第334話 反貴族派のアジト

「くそぅ、出せ! ここから出しやがれ!」


 騎士達に取り囲まれて、道の真ん中でウマ人の若い男が喚いている。


「エルメール卿、囲いを解いていただいて結構です」


 騎士の言葉に従って空属性の壁を解除すると、ウマ人の男は騎士達に押さえつけられ、縛り上げられた。


「俺が何したって言うんだよ!」

「ガタガタ喚くな、この先には潰れた陶器の窯元があるだけだ。お前こそ、何処に何をしに行くつもりだった?」

「お、俺は……何もやってねぇ!」

「連れて行け、逃がすなよ」


 縛り上げられた男は、後方の馬車へと連れていかれる。


「では、俺は上に戻りますね」

「はい、よろしくお願いします」


 俺は王国騎士団とグロブラス騎士団の合同部隊に同行して、反貴族派がアジトとしている窯元の跡地へと向かっている。

 行列に先行する形で、二十メートルほどの高さを空属性のボードに乗って移動し、目についた人物を片っ端から拘束している。


 やり方が荒っぽいとか思われるかもしれないが、捕えた男に騎士が指摘した通り、道の先には潰れた窯元しかなく、本来なら人など居ない場所なのだ。

 捕えた男も、騎士団の行列が近付いて来るのに気付くと道の先、つまりは反貴族派がアジトとしている窯元の跡地に向けて走り出そうとしていた。


 最終的には気付かれるとしても、反貴族派が迎撃態勢をとるのを少しでも遅らせるように、俺が見張りを捕えているのだ。

 昨日、反貴族派のアジトが判明した後の騎士団の動きは迅速だった。


 すぐに人員の手配が行われたが、グロブラス騎士団への通達の名目は、カーヤ村の守りを増強するというものだった。

 グロブラス騎士団の内部に、反貴族派に協力する裏切り者が潜んでいる可能性を考慮した措置だ。


 当然、追加の人材なのでアジト制圧に必要な人数には足りないので、そこは王国騎士団と俺がカバーする。

 人員不足を相手に悟られないためにも、アジトを急襲する必要があるのだ。


 見張りの配置は、捕えた反貴族派の連中から聞き出してあるが、それ以外にも居ないという保証は無いので、目を皿のようにして上空から捜索を続けた。

 この後、騎士団の一行は、街道から外れて山に分け入って進む予定だ。


 理由は、街道の脇に粉砕の魔道具が埋設されているからだ。

 捕えた反貴族派の男は、粉砕の魔道具が埋設されているのは知らされていたが、その場所や起動させる人間が何処に潜んでいるかまでは知らされていなかった。


 先行する俺がそれらしい人物を発見出来れば良いが、じっと身を潜めている者を発見するのは難しい。

 発動させられれば、大きな損害を被ることになるので、リスクを避けて街道以外から接近を試みることになっている。


 反貴族派のアジトとなっている窯元の跡地が近付いてきたので、更に高度を上げておく。

 空属性のボードの上には白い布を敷いてあるので、下から俺の姿を発見するのは難しいはずだ。


 そもそも、空を飛ぶ道具が無いので、まさか上空から偵察されているとは思わないだろう。


『エルメール卿、聞えますか?』

『はい、聞えてますよ』


 王国騎士のマルコ・エーベントには、空属性魔法で作った集音マイクとスピーカーを組み合わせた魔道具を渡してある。

 言うなれば魔法を使った無線機だ。


『こちらは、これから街道を外れて山に分け入ります』

『了解です。アジトを眺めていますが、慌ただしい動きは見られないので、まだ気付いていないはずです』

『引き続き偵察をお願いできますか?』

『了解です。何か動きがあれば知らせます』


 素早く動くと発見される恐れがあるので、ゆっくりとした速度で窯元の跡地へと接近を試みる。


「うわぁ……結構な人数が居そうだな……」


 上空から眺めてみると、五棟の建物と崩れかけた煙突が付いた窯が三つあるのは情報通りだが、周囲の山が切り開かれている場所があった。

 近付いてみると、どうやら射撃場のようで弓弦の音が響いていた。


 焼き窯の方でも人影が動いているのが見え、そちらでは魔銃の扱いを教えているらしく、火球が放たれるのが見えた。

 そうした物騒な訓練が行われているのが見える一方で、別の場所に目を移すと洗濯をする女性の周りで走り回っている子供の姿があった。


 オラシオ達は、助けを求めてきた男の子に誘い出されたと話していたが、もしかするとここに居る子供の一人だったのかもしれない。

 反貴族派のアジトだと分かっているのだが、女性たちの表情は明るく、悲壮感は感じられない。


 イブーロにあった貧民街の住民は、もっと暗い表情で死んだ魚のような目をしている者が殆どだったが、ここに居る者達はごく普通の人に見えてしまう。

 昨日、供述を始めたイヌ人の男によれば、アジトには贅沢するほどではないが、飢えずに済むだけの食糧があるらしい。


 このアジトに居る者の殆どが、そうした食糧に釣られて協力をしているようだ。

 もはや、反貴族派のアジトというよりも、一つの小さな集落のように見える。


「てか、五十人どころか百人近く居るんじゃない」


 供述したイヌ人の男は、アジトを数日前に出たと言っていたので、あるいはその後に人が増えたのかもしれない。

 このアジトを束ねているのは、ドーレというトラ人の男らしい。


 年齢は三十代ぐらいのガッシリとした体型で、何か武術の心得があるそうだ。

 荒っぽい連中も集まってくるようだが、腕っぷしで黙らせて、従わない者は叩き出すか、いずこへと葬り去られるらしい。


 ラガート子爵の車列を襲った連中は、ダグトゥーレという男に操られていていたようだが、このドーレという男は操る側の人間である可能性が高い。

 エーベントからは、出来れば生きたまま捕えたいと言われている。


 上空から、それらしい男を探しているのだが、高度を上げているせいもあってか見つけられない。


『エルメール卿、聞えますか? 我々のところからもアジトが見えるようになりました』

『アジトの様子は変わりありません。まだ気付いていないようです』

『了解です。もう少し接近して、仕掛ける直前に合図を送ります』

『分かりました。あとは打ち合わせ通りで良いですね?』

『はい、よろしくお願いします』


 今回、俺の主な役割は上空からの陽動だ。

 騎士団が突入する方向とは、別の方向から粉砕の魔法陣を発動させて、反貴族派の連中に包囲されていると思わせるのだ。


 それと同時に、街道以外の山の中へと逃亡する者を捕縛する。

 両方を一人で完璧にこなすのは難しいが、そもそもの人員が足りていないのだから、多少の抜けは仕方ないと言われている。


 勿論、だからといってわざと手を抜くつもりは無い。

 ただし、非戦闘員である女性や子供には、騎士団も手荒な対応はしないと言っているし、俺も危害を加えるつもりは無い。


 発動させる粉砕の魔法陣も、今回は威力よりも音を重視したタイプにするつもりだし、捕縛用の雷の魔法陣も手加減するつもりだ。

 周囲の地形を確認しながら、魔法陣を仕掛ける場所をチェックしていると、アジトの中が騒がしくなった。


 一部の者が森の中を指差しているのが見える。


『そちらが発見されたようです』

『了解です、作戦を開始します。作戦開始!』


 通信を切ると同時に、森の中にいる騎士団が散開しながらアジトへと接近していく。


「敵襲! 敵襲だ!」

「街道じゃない、森だ! 森から来てるぞ!」

「早く魔銃を持って来い、こっちだ!」


 あっと言う間に、反貴族派のアジトの中は大混乱になった。

 摘発に備えて、街道側には迎撃態勢を敷いていたが、騎士団が接近していく方向には備えがなされていないようだ。


 男達が銀色の筒や弓矢を携えて走る一方、女性達は子供を抱えて中央の建物へと飛び込んでいく。

 上空から眺めている限りでは、山の中へと逃げる者はいないようだ。


『中央の建物に女性や子供が避難しています』

『了解です、そちらには攻撃を仕掛けないようにします』


 反貴族派の連中は、金属製の盾だけでなく、戸板なども並べて迎撃態勢を構築していく。

 何人かの男が指示を出して、それに男たちが従っているようだ。


 ただの烏合の衆ではなく、軍隊や騎士団のような体制が作られているのだろう。


「まだ攻撃するな! 焦って撃っても無駄になるだけだ、引き付けろ!」

「魔銃と矢は、あるだけ持って来い! 余して負けたら意味が無いぞ!」


 騎士団の方も、まだ攻撃を仕掛けずに黙々と距離を詰めている。

 やがて隊列の先頭で大盾を構えていた騎士が、反貴族派に向けて投降を呼び掛けた。


「大人しく武器を捨てて投降しろ。悪いようにはしない!」

「うるせぇ! 貴族の手先の言う事なんか信じられっか!」

「諦めろ! 貴様らは包囲されている!」

「ふははは……笑わすな、グロブラスのしみったれが、ここを包囲出来るほどの人員を出す訳が……」


 ズドーン……ドーン……ズーン……


 反貴族派の男の声を遮るように、アジトを取り囲むように設置した粉砕の魔法陣を次々に発動させる。

 山肌に反響して、思っていたよりも大きな音圧となったようだ。


 爆破の音がやんだタイミングで、再び騎士が呼び掛ける。


「もう一度言う、大人しく武器を捨てて投降しろ!」

「う、うるせぇ、返り討ちにしてやるから掛かって来やがれ!」


 残念ながら交渉は決裂して、騎士団と反貴族派の戦いの火蓋が切って落とされた。

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