第315話 ダルクシュタイン城
領主ラガート子爵の居城、ダルクシュタイン城が建つトモロス湖には、多くの養殖いかだと作業を行う小舟が浮かんでいた。
ブーレ山に連なる山脈に降った雨や雪が伏流水となって湧き出しているので水の透明度が高く、前世日本ならば多くの観光客が訪れる人気スポットになっていただろう。
トモロス湖ではマルールなどの淡水魚の養殖が盛んで、お隣のエスカランテ領にも輸出されているらしい。
ラガート子爵は、養殖業を領内の主要産業に引き上げようと考えてるようだ。
前回来た時と同じく、堀の西側に架かる橋から城の内部へと入ったのだが、身元のチェックが簡単になった上に、衛兵から敬礼までされてしまった。
そして、城の玄関へ向かうと、子爵夫妻が自ら出迎えてくれた。
「やぁ、暑い中をようこそエルメール卿」
「ご無沙汰しております子爵様。到着してから騎士服に着替える予定でしたので、こんな格好で失礼いたします」
「いやいや、構わんよ。この暑さだ、わざわざ騎士服に着替える必要は無い。皆、そのままの格好でくつろいでくれ」
「ありがとうございます」
正装は不要だと言う子爵自身、麻のような涼し気な生地のスラックスと開襟シャツというラフな装いだ。
ブリジット夫人もシンプルな形のワンピース姿で、窮屈なドレスは御免だわと笑っていた。
馬と馬車を預けて、今夜の着替えだけを持って用意された部屋へと向かう。
用意された部屋は二人部屋が四室で、ライオスとセルージョ、ガドと兄貴、シューレとミリアム、俺とレイラという組み合わせになった。
荷物を置いた後に案内されたのは城の北側のテラスで、建物が夏の日差しを遮り、トモロス湖を渡ってくる風が涼しくて快適だった。
ここで夕食までの間、男性陣と女性陣に別れて歓談して過ごす。
男性側の話題は、やはりダンジョンに関してだった。
「チャリオットがイブーロから旧王都へと移籍してしまうのは大いに痛手だが、きっとそれ以上の利益を王国にもたらしてくれるのだろうな?」
「それは行ってみないと分かりませんが、少し考えている事もありますので、もしかすると大きな発見が出来るかもしれません」
「ほほう、考えている事とは?」
「はい、ダンジョンは地下に作られた都市ではなく、地上にあった都市が火山の噴火によって埋もれたものではないかと考えています」
「ほぉ、それはまた突飛な考えだが、どうしてそんな風に思ったのだね?」
崩落した貧民街が地下に潜るほどに狭く、尖った形になっていたのに対して、ダンジョンの構造が、地下に向かうほど広がっている点を指摘すると、子爵は身を乗り出してきた。
「なるほど、たしかに言われてみればそのように思えてくるな。だとするとエルメール卿は、現在見つかっている空間以外にも地下空間があると考えているのだね?」
「仰る通りです。まだ手つかずの建物が見つかれば、貴重な資料が残されているかもしれません」
「なるほど、これは相当期待できそうだな。エルメール卿、もし新しい建物の存在を確認し、発掘の手が足りない場合には冒険者ギルドを頼りなさい。発見者としての名前を残してくれるし、最初の一歩を記せるように配慮してくれるだろう」
ダンジョンの発掘では、未踏区画を調べたり、新しい階層を発見した場合には、その発見者が記録として残される。
いわゆる、冒険者としての箔が付く訳だ。
「それにしても、地上の建物が埋まったという発想は面白いな。では、エルメール卿は最下層の横穴は何だと考えているのだね?」
「それは、別の都市との間を繋ぐ地下通路だと考えています」
「地下通路?」
「はい、例えば、新王都の街並みを思い浮かべてみて下さい。そこに新しい通路を通そうと思っても、既にぎっしりと建ち並んだ街並みが邪魔をします」
「なるほど、地下ならば妨げられずに済むという訳だな?」
「はい、あくまでも想像ですが、魔導車以外の交通手段があったのではないかとも考えています」
「魔導車以外というと……?」
「魔導車では、一度に運べる人や荷物に限りがあります。もっと多くの人や荷物を遠方まで運べたら、もっと街は発展するでしょう」
「ほほう……面白い、実に面白い発想だ。しかも、実在しそうな気がするぞ。あぁ、あと二十年私が若ければ……」
子爵ならば、本当にダンジョンに突撃しかねないけど、夫人が怖い目で睨んでますよ。
この後も、ライオス達も混じってダンジョン談議を続けた後、そろそろ夕食というタイミングで子爵が俺にある依頼をしてきました。
「エルメール卿、明日は職業訓練所の見学をしてから出掛けると聞いているが……」
「はい、是非とも見学させていただきたいと思ってます」
「勿論、見学は大歓迎なのだが、その時に騎士服を着てくれないか?」
「それは構いませんけど、なにか理由があるのですか?」
「エルメール卿は、王都へ行く途中……そうだね、あの襲撃があった後ぐらいに、私と話した事を覚えているかね?」
「えっと……どの話でしょうか?」
「冒険者として成功し、多くの猫人から憧れられる存在になって欲しいと話したのだが」
「あっ……はい、カバジェロと話した翌日ぐらいでしたか」
「そうだ、貧しい暮らしを続けている者たちの憧れ、希望になって欲しいと頼んだのだが、私の予想以上の存在になったな」
「そう、でしょうか……」
「それは、明日、騎士服を着て訓練所を視察すれば分かるだろう」
子爵に、明日の見学時に騎士服を着用する約束をしたところで、夕食の支度が整ったという知らせが来た
いよいよ、待ちに待ったお魚タイムだ。
食堂に移動して、席に着くなり子爵が宣言した。
「今宵はマナーなど気にせずに、思う存分夕食を堪能してくれたまえ」
前回はテーブルマナーにおっかなビックリだったが、今回は王城での夕食会にも出席したから、気持ち的に余裕がある。
兄貴も前回一緒だったし、フリーズしかけているのはミリアムだけだ。
しきりに周囲を見回しては、泣きそうな表情でシューレを見詰めている。
別に子爵夫妻はマナー違反なんか責めたりしないけど、こんなに食器が並んでると混乱するよね。
「では、チャリオットの旅立ちを祝して、乾杯!」
子爵が食前酒のグラスを掲げて夕食が始まったのだが、ミリアムはシューレを真似て食前酒を一気飲みしちゃったよ。
近くにいた兄貴が、あーぁ……みたいな顔してるけど、時すでに遅しだよね。
まぁ、ミリアムの面倒はシューレに任せて、俺は食事に専念させてもらおう。
一品目は、ハマグリほどの大きさがある二枚貝をワイン蒸しにしたものだ。
「うみゃ! 実がプリプリで味わいが濃厚、子爵様、この貝は?」
「これは、トモロス湖で養殖を進めてきた淡水アサリだ。これも少しずつだが増やして、ラガート領の名物にしていくつもりだ」
「このスープの味わいが最高です」
「そうだろう、そうだろう」
二品目は、カボチャの冷製スープとデニッシュ生地のパンだった。
スープはカボチャの甘味が引き出されていて、パンは外側が香ばしく、バターの風味が濃厚でうみゃかった。
三品目は白身魚のフライで、タルタルソースが添えられていた。
「うみゃ! 衣がサクサクで魚は甘い、でもアッサリしているところに濃厚なタルタルソースが合う! 子爵様、この魚は……?」
「これはサファイアバスだ。これも養殖を試みているところだ」
「サファイアバス……うみゃ!」
スズキやブラックバスのような魚なのだろうか、養殖するのは良いとして、他の魚の稚魚とか食べちゃわないか心配だにゃ。
あとで子爵にアドバイスした方が良いのか……でも、何でそんな事を知ってるとか疑われそうな気もする。
メインディッシュは、黒オークの赤ワイン煮込みだった。
ナイフを使わなくても、大きな肉の塊がホロホロになるまで煮込まれている。
「うみゃ! これだけホロホロになるまで煮込むのは大変そうですね」
「これは、うちの料理長の得意料理だから、堪能してくれ」
「はい、煮込まれているけど、肉の味わいがシッカリ残っていて……うみゃ!」
デザートは赤肉メロンのシャーベットが出てきた。
「んー……冷たくてうみゃ! あれっ、この甘味は……」
「気付いたか、さすがグルメなエルメール卿だ。それは蜂蜜の甘味だよ」
子爵は、説明しながら少し残念そうな表情を浮かべていた。
「このメロンもラガート領で栽培した物なんですか?」
「そうだが、まだ甘味が足りない。普通に食べる分には、少しアッサリしている程度だが、冷やしたデザートに使うと弱いな」
「でも、香りはとても良いので、後は甘味さえ強くなれば名産品になると思います」
「その通りだ。あとは栽培の条件などを変えて試す予定だから、来年はアツーカにも栽培を頼む予定でいる」
「えっ、アツーカ村もですか?」
「この辺りに比べると、山に入る分だけ涼しいから栽培の条件を変えるには丁度良いし、上手くいけばアツーカの特産品になるぞ」
「ありがとうございます。上手くいってくれて、少しでも村が潤えば嬉しいです」
前回訪問した時は、食事の後はすぐ部屋に戻ってしまったが、この晩は酒を酌み交わす子爵やライオス達に付き合って、もう少し話をしていく事にした。
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