第316話 その後のグロブラス領
「ライオス、グロブラス伯爵領を通る時は、少し注意をしてくれ。エルメール卿も目立つ行動は控えた方が良いだろうな」
夕食の後、場所を変えて酒を酌み交わし始めると、ラガート子爵が不穏な話を始めた。
「俺が目立たない方が良いって、何か理由があるのですか?」
「反貴族派の活動が活発化しているらしい」
「えぇぇ……まさか逃亡したカバジェロが関係しているんでしょうか?」
「確たる証拠がある訳ではないが、可能性はあるな」
ラガート子爵の乗った魔導車が襲撃されてから、グロブラス領では反貴族派の取り締まりが行われたそうだが、目に見えるような成果は得られなかったらしい。
王都に向かう途中で逃亡した襲撃犯の一人、カバジェロの行方も分かっていないようだ。
「ですが子爵様、我々は冒険者パーティーとして普通の幌馬車で通過するだけですから、反貴族派の連中に狙われる理由は無いのでは?」
「まぁ、ライオス達は問題無いが、エルメール卿は我々の魔導車への襲撃を防ぎ、多くの反貴族派を捕らえた立役者だ。奴らから恨みを買っている恐れがある」
「確かに俺は反貴族派の連中から見れば、貴族の手先と思われても仕方ないですが、別に名前や存在を宣伝して歩く訳じゃないですから、そんなに心配は要らないでしょう」
「そうだが……グロブラス領に入る時には、身分証を呈示する必要があるだろう?」
「えっ……まさか衛兵の中に裏切り者がいるんですか?」
ラガート子爵は、考えをまとめるために少し沈黙した後、これは推測の域を出ない話だと断りを入れた後で話し始めた。
「そもそも、住民の不満の原因がグロブラス伯爵にあるから、騎士団や官憲の取り締まりに対して住民が協力的ではないらしい。だが、それを差し引いたとしても、あまりにも調べが進んでいないようだ」
「その原因が、裏切りにあると考えていらっしゃるのですね?」
「調べた情報の隠蔽または破棄、取り締まり手抜きや形骸化などが無いとは言い切れん。エルメール卿は、グロブラス伯爵の屋敷に滞在した時、騎士達と行動を共にしたから分かると思うが、あれがグロブラス伯爵家における騎士や兵士の扱いだそうだ」
グロブラス伯爵家でのラガート家の騎士に対する扱いは、他の領地とは宿泊施設や食事など比べ物にならないほど酷かった。
それが他家の騎士に対してだけでなく、自分の家の騎士や兵士、官憲などにも同様な扱いをしているとすれば、嫌気が差すのも理解できてしまう。
「あんな扱いでは辞める人が多いのでは?」
「うちの領地ならば辞めるだろうが、あれでも給料はグロブラス領内では高額らしく、やる気は起きないが辞める気も無いという感じらしい」
「でも、伯爵家が倒されるような事態になったら、騎士達も職を失う事になるのでは?」
「その通りだ、実際危うい状況に陥ったらしい」
「危うい状況……?」
「屋敷が焼き討ちされたらしい」
「えぇぇ……あの金ピカで趣味の悪い屋敷ですか? でも、警備は厳重でしたよね?」
「乾燥して、風の強い日を選んで、屋敷のある丘の麓から火を放ったらしい」
火は丘を吹き上げる風に乗って燃え盛り、城壁を超えて屋敷の敷地にも火の粉を降らせたそうだ。
「幸い、屋敷の主な建物には被害はなく、庭の管理小屋などが焼けた程度らしいが、いよいよ尻に火が着いたと感じたのだろう、取り締まりを強化したらしいが、どこまで効果があったかは疑問だな……」
「焼き討ちの犯人は捕まったんですか?」
「そのような話は届いていない。届いていないだけで捕まっているのかもしれないし、捕まっていないのかもしれない」
焼き討ちが行われたのは深夜だそうで、火を放って結果を確かめずに逃走してしまえば、足取りを追うのは難しいのだろう。
「私の所に届いている情報では、まだ目に見えるほど治安は悪化していないようだが、焼き討ちのような状況が起こると領内全体が不安定になる。まぁ、チャリオットの馬車を襲ったところで返り討ちに遭うだけだろうが……」
「そうですね。返り討ちにしたところで、盗賊と認定されて報奨金が下りるとも限りませんし、無駄な戦いはしたくありませんね」
ライオスが言うには、住民が盗賊の真似事をする場合、失敗した時に逆に自分達が襲われたのだと主張する事があるらしい。
大人数で口裏を合わせて喚きたて、返り討ちにしようとした相手を盗賊に貶めようとするそうだ。
まともな騎士や官憲ならば、どちらに非があるのかキチンと調べるが、やる気の無い担当者に当たってしまうと面倒な事態になりかねない。
「ニャンゴ、もしもの時には、なるべく派手な魔法で追い払ってくれ」
「了解、音を重視した粉砕の魔法陣で脅して追い払うよ」
向かってくる手前の地面を派手な音を立てて粉砕すれば、身の危険を感じて逃げていくだろう。
それでも向かってくるようならば、雷の魔法陣で痺れさせてやろう。
「エルメール卿、その粉砕の魔法陣だが、グロブラス領で襲撃に使われているらしい」
「えっ……まさか、自爆攻撃ですか?」
「それもあるが、それ以外に魔導線を使った襲撃も行われているそうだ」
標的にされているのは、グロブラス伯爵の親戚にあたる資産家で、外出先で馬車が爆破されたり、屋敷が爆破されたりしているらしい。
「まさか、カバジェロが……」
「可能性が無いとは言い切れぬな。一度襲撃に失敗して、その責任感から再度……という事もあり得るだろう。ただし、どんな人間が自爆したのかまでの情報は届いていない」
「話をしても頑なな態度は崩さなかったですし、捕らえた時には、よくも邪魔したな……みたいな事を口走っていましたからね」
せっかく助かった命なのに、カバジェロはまた自爆という道を選んでしまったのだろうか。
それとも、生きていて反貴族派として貴族やその親戚、それに俺を付け狙ったりしているのだろうか。
「子爵様、王都での取り調べは進んでいるのでしょうか?」
「うむ、そちらでは首謀者の名前や手口が明らかになってきている」
「どんな奴なんですか?」
「これまでに届いている情報によると、ダグトゥーレという白虎人の若い男らしい」
ダグトゥーレは、グロブラス領の貧しい村を回っては、種芋などの物資を無料で配って歩いていたそうだ。
本業は冒険者だが、裕福な家に忍び込んで金品を奪い、それを資金として物資を配っていたらしい。
物資を配り、世の中が悪いのは貴族のせいだと説いて回れば、賛同する者を集めるのには苦労しないだろう。
「ダグトゥーレは、自分は貴族が使用人に産ませた子供で、苦労ばかりで日の目も見ずに死んだ母親の代わりに貴族社会に復讐をしていると語っていたらしいが、どこまでが本当だか怪しいところだな」
「そうした人物は、他の領地では目撃されていないのですか?」
「そもそも、ダグトゥーレという名前が本名だったのか疑わしい。隣接するレトバーネス公爵領には、そんな名前の白虎人は出入りしていないそうだ」
レトバーネス公爵はラガート子爵と懇意の間柄で、当然捜査には協力してくれているはずだ。
「白虎人の若い男……というだけじゃ分かりませんよね?」
「それでも、当主のアーレンスが手を尽くして調べるように指示してくれたので、何人かの男は抽出できたそうだが、そのような物資を大量に運んでいる者は居なかったそうだ」
「物資は別の者が運んで、本人は体一つで移動している……とか、ですかね?」
「その可能性は高いな」
「そいつは、今もグロブラス領に出入りしているのでしょうか?」
「どうだろうな、捕まった連中の調べが進んで、自分に関する供述が得られたと考えるなら、わざわざ危険を冒してまで足を運ばないかもしれないな」
「だとしたら、グロブラス領に出入りしていた白虎人の男の中から、最近出入りしなくなった男が怪しいのでは?」
「ふむ……ただ、そいつが正規の手続きをして移動しているかどうかだな」
「あぁ、そうか……関所破りしているかもしれないのか……」
その領地で正規の仕事するのであれば、キチンと身分証を提示して領地に入り、冒険者ギルドや商工ギルドに拠点移設の登録をする必要がある。
一方、そうした正規の仕事はせず、反貴族派の活動など不法行為だけ行うのであれば、関所を通らずに隠れて領地に入るという手もある。
「子爵様、グロブラス領はどうなってしまうのでしょう?」
「我々としては、早く伯爵が音を上げてくれないかと待っているところだ」
「それは、王家に助けを求めるという事ですか?」
「その通りだ。王家に救援を求めてくれば、王国騎士団の出入りが自由になる。そうなれば、反貴族派の取り締まり以外にも、伯爵に不正が無いかの捜査も出来るようになる」
「逆に言うと、伯爵はそれが嫌で助けを求めていないのでしょうか?」
「確証は無いが、その可能性が高いと見ている」
「それでは、反貴族派と思われる者を見かけても、手出ししない方が良いのでしょうか?」
「いいや、確証があるならば、捕らえて官憲に突き出してくれ、特に、あのカバジェロは見つけ次第捕らえてくれ。出来れば、王都の騎士団に突き出してもらえるとありがたい」
「分かりました。まぁ、まだ生きていれば……ですね」
「あぁ、死んでいる奴までは捕らえられんからな」
この後、ラガート子爵との語らいは、ダンジョン攻略に話題を移して、夜遅くまで続けられた。
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