第305話 ダンジョンの仮説

 この日、ライオスとセルージョはギルドに次の仕事を探しに行き、ガドは拠点に残って馬の世話、レイラ、シューレ、ミリアムの三人は女子的な買い物に出掛けて行った。

 俺は拠点に残って馬の世話を手伝いながら、ガドに話を聞いていた。


「土の中をどのぐらい遠くまで探れるか……それはダンジョン絡みじゃな?」

「そうそう、まだ埋まっている部分を探るのに、どの程度の距離まで土属性魔法で探れるかと思って」

「ふむ……土の中といっても、土にも色々な性質があってな、魔力を通しやすい土ならば遠くまで探れるが、逆に通しにくい土だと近くまでしか探れなかったり探知が不鮮明になったりする。それに地中には地下水脈が通っていたりするからの、条件によって様々じゃが……条件が良ければ、ここから倉庫街の端ぐらいまでは探れるじゃろう」

「おぉ、そんなに遠くまで探れるんだ」

「条件が良ければ……じゃぞ」


 シュレンドル王国において、ダンジョンは先史文明の地下都市だと考えられているらしいが、前世日本の知識を持つ俺には、超高層ビルを中心とした大規模商業施設に見えるのだ。

 現在のダンジョンは、地下深くまで延びる回廊を中心として探索が行われていて、未知の横穴に注目が集まっている。


 その横穴も、俺から見ると地下鉄のトンネルにしか見えないのだが、強力な魔物が住みついていて探索は進んでいないらしい。

 そこで、俺としては地下鉄のトンネルらしい横穴を探るよりも、大規模商業施設の外にあるであろう別の建物を探りたいと思っている。


 ダンジョンが火山の噴火などで埋まった大規模商業施設だとすれば、近隣にも別の建造物があってもおかしくない。

 地下鉄のトンネルに強力な魔物が住み着いていたとしても、地下通路で繋がっていない建物ならば、魔物に荒らされず、昔の痕跡を留めている可能性が高いと踏んでいる。


 そうした建物を発見するためには、地中の様子を探れる技術が必要だと思ってガドに話を聞いたのだ。


「まだケビンが病む前、ライオスやセルージョとダンジョン行きについて語り合ったものじゃった。ブロンズウルフみたいな強力な魔物を倒せば冒険者として名前を売れるが、そんな魔物には早々出会える訳ではない」

「だから、ダンジョンで成果を上げて名前を売ろうって思ったの?」

「そうじゃ、ダンジョンは逃げ出したりしないからな」


 確かに、ダンジョンは移動することなく存在し続けているし、発見者や節目となる階層を踏破した冒険者の名前は残されている。

 魔物のように偶然の遭遇を求める必要はなく、ただひたすらに挑むだけで良い。


「ダンジョンの未踏の空間を探るために、土属性魔法による探査の練習を重ねたのじゃが、今は横穴の攻略が主戦場のようじゃから、あまり役には立たんじゃろう」

「そんな事ないよ! ガドの技術は絶対、絶対、ぜぇぇぇぇったいに役に立つ!」

「お、おぅ、ニャンゴがそこまで言うならば、役に立たねばならんな」

「うん、ガドには大発見をしてもらわないといけないからね」

「ほほう、その口ぶりでは何か考えがありそうじゃな。ここを片付けて、中でじっくり話を聞かせてもらおうか」


 ガドと二人で馬の世話をパパっと片付けて、リビングに戻って話の続きをした。


「俺は、ダンジョンは地下都市じゃなくて、都市が埋まったものだと思ってるんだ」

「ほほう、そいつはまた面白いことを考えたもんじゃな」

「うん、このダンジョンの略図を見て。地上に出る部分は狭く、地下深くなるほどに面積が広がっているでしょ」

「うむ、そうじゃな、それがどうしたんじゃ?」

「崩落した貧民街はどうなっていた?」

「貧民街じゃと……?」


 ダンジョンの略図から視線を外して、記憶を探っていたガドが目を見開いた。


「おぉ、確かに貧民街はこの真逆の作りになっておったな」


 崩落した貧民街は、元々窪地であった所に作られたそうなので、ダンジョンとの単純比較は出来ないだろうが、それでも地下都市を作るとしたら、こんな構造にはならないはずだ。


「地下を広げるには、当然土を掘らなきゃいけないし、掘った土は外に出さなきゃいけなくなる」

「ふむ、そう言われてみれば、地下都市としての作りではないように見えてくるのぉ」

「それにね、これだけ大規模な地下都市を作るなら、地上にも工事に関わる人のための街が出来ていたっておかしくないと思うんだよね」

「なるほど、なるほど……じゃが、ニャンゴ。ここが鍾乳洞を利用した都市だったらどうじゃ?」

「鍾乳洞……ではないと思う」

「なぜそう思うんじゃ?」

「鍾乳洞を利用した地下都市だったら、都市が出来た後も鍾乳石の浸食は続くだろうし、そうだとしたら、こんなに綺麗な面は保てないんじゃない?」


 ダンジョンの略図は、大規模商業施設の案内図のように、キッチリ四角い空間で構成されている。

 もし鍾乳洞を活用した地下都市であったなら、建物は四角でも周囲がギザギザに侵食されているはずだ。


「なるほど……確かにその通りじゃな」

「それに、ここで魔導車の動力となる魔道具が見つかったんだよね?」

「そう聞いておるのぉ」

「ダンジョンは広いけど、魔導車を使わないといけないほど広くはないんじゃない?」

「おぉ、確かにそうじゃ、だとすると……魔導車でここまで移動して来ていた。ここと同じ高さに魔導車で移動できる空間が広がっていたということか。なるほど、なるほど……面白いぞ、ニャンゴ」


 話が進むほどに、普段は物静かなガドが興奮を抑えられないといった様子になっていった。


「それでね、ガド。これが埋まった建物だとしたら、ここの他にも埋まった建物があるんじゃないかと思うんだ」

「そうじゃな、ダンジョンが大きな建物だとすれば、当然周囲には大きな街が広がっていたはずじゃな。地下への回廊ではなく、天高くそびえる回廊か……どんな姿だったんじゃろうな」


 俺がこちらの世界に転生してから見た建造物で、一番高いものは王都の教会の尖塔だが、ダンジョンの回廊は何倍もの深さ……即ち高さを誇っている。

 これだけでも失われた先史文明は、今よりも優れた建築技術を持っていたことが窺える。


「これは、俄然ダンジョンに行きたいという気持ちが強くなってきたぞ」

「新しい建物が発見出来たら、チャリオットの名前は歴史に刻まれるはずだよ」

「おぉ、そうじゃな。我々の名前が歴史に刻まれるのか……」


 普段は、飄々としていて功名心とか、欲とかとは無縁に見えるガドだけれど、やはり冒険者として活動を続けているだけあって、そうした欲が全く無い訳ではないらしい。


「ニャンゴ、フォークスはいつ戻ってくると言っておったかな?」

「えっ? いや、詳しい日にちは聞いてないけど」

「村の家に避難用の地下室を作るんだったな?」

「そうだけど……」

「ワシも行って手伝ってくるかのぉ……」

「いや、そこまでしなくても、もうすぐ終わるかと……」

「そうか……それにしても、火山の噴火で埋まった都市か……なるほど……」


 ダンジョンに行く前に、ちょっと確認しておこう……ぐらいの気持ちでだったんだけど、どうやらガドの気持ちに火を点けてしまったようだ。

 もう、ライオス達と一緒にダンジョンに行く決心はしたけれど、出発の日は俺が考えているよりも早まりそうな気がする。


 ダンジョンに行くまでには、カリサ婆ちゃんを心配しなくて良いように、婆ちゃんが心配しなくて済むようにしておきたい。

 ガドとの話を切り上げて、屋根裏部屋に戻ってやるべき事を整理する。


 まずアツーカ村の防衛に関しては、ラガート騎士団が常駐してくれているから、一応は大丈夫だろう。

 魔物が襲ってきた時のための避難スペースの設置も進められている。


 だが、実際に魔物が襲って来た場合、ゼオルさんは村のおっさん達を指揮しなきゃいけないだろうし、婆ちゃんの傍には誰もいなくなってしまいかねない。


「やっぱり、イネスかキンブルに頼むしかないよな」


 それに魔物が襲ってこなくても、高齢の婆ちゃんが体調を崩したりして、経済的に困窮しないとも限らない。

 婆ちゃんは、死ぬまで食べていく蓄えぐらいあると言っていたけど、実際に確かめた訳ではないので不安だ。


 婆ちゃんだけでなく、実家の経済状況も心配ではある。

 こちらは、親父や一番上の兄貴が、もうちょっと真面目に働いてくれれば無くなる心配だが、一応村長に見守りを頼んでいくらか金を預けておこう。


 婆ちゃんは俺からは受け取らないだろうし、親父は金を与えたら余計に働かなくなりそうだ。

 プローネ茸の栽培についても、呼び掛けただけで放置する形になってしまっている。


 一度学校に行って、植物学のルチアーナ先生に事情を話しておいた方が良いだろう。

 何とか、アツーカ村に新しい産業を興したいけど、ダンジョンに行くまでの短い時間で成果を出すのは難しい。


「あぁ、なんか全部中途半端だよ……兄貴が戻ってきたら、三日ぐらい休みをもらってアツーカ村に帰って来よう。いや、五日ぐらいもらおうかにゃ……」


 グシャグシャと頭を掻きむしっていたら、階段の下からセルージョに呼ばれた。


「ニャンゴ! 飯食いに行くぞ!」

「はーい、今行く!」


 腹が減っては戦は出来ぬ、腹ごしらえしてから考えることにしよう。

 いや、腹ごしらえして、昼寝してから考えよう。

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