第306話 村長への依頼
「お、俺は空なんか飛んでいかないからな!」
「何を言ってるんだ、兄貴」
拠点で朝食を済ませてから、空属性魔法で作った飛行船に乗ってアツーカ村まで里帰りすると、俺を見た途端、兄貴が訳の分からない事を言い出した。
「お、俺は、ゼオルさんに馬車で送ってもらうんだ」
「別にいいんじゃない、送ってもらえば」
「いいのか? ホントに空を飛ばなくてもいいのか?」
「あっ……もしかして、兄貴の仕事が終わったの?」
「あぁ、終わった……って、俺を迎えに来たんじゃないのか?」
「違う違う、ちょっと村長に話があって来たんだよ」
「はぁ……あんまり脅かすな、俺はてっきり空を飛んでイブーロに連れ戻されるのかと思ってヒヤヒヤしたぞ」
ちょっとばかり怖がりの兄貴は、オフロードバイクに乗るのも嫌がるくらいだから、飛行船は敷居が高すぎるのだろう。
「でも、わざわざゼオルさんに送ってもらうのは……」
「いいや違うぞ、ニャンゴ。ゼオルさんも、たまにはイブーロで息抜きが必要だから、俺を送って行くだけじゃないんだ。だから……」
「分かった、分かったから、そんなにムキにならなくても大丈夫だよ」
「べ、別にムキになってる訳じゃないし……」
てか、別にツンデレ兄貴なんていらないし……。
「それで、兄貴は明日イブーロに戻るつもりなの?」
「そうだ、ゼオルさんに、馬車で、馬車で送ってもらうからな!」
「はいはい、分かったよ。この陽気だから、俺も一緒に乗って日除けと水撒きをするか」
「そうだ、そうしろ。それがいい」
「でも、オフロードバイクの方が早く……」
「いいや! 俺は馬車で帰るからな!」
「はいよ、分かったよ」
今日はアツーカ村に一泊して、イブーロには俺も馬車に乗せてもらって帰ることにした。
兄貴とは後で合流することにして、村長を訪ねる。
幸い、村長は在宅していた。
「おはようございます、村長」
「これは、これは、エルメール卿、おはようございます。今日は、何か御用ですかな?」
「はい、ちょっと村長にお願いがあって参りました」
「お願いですか?」
「はい、実は所属しているパーティーと一緒にダンジョンの攻略に向かうことになりまして。以前お話した、プローネ茸の栽培計画に携われなくなりそうです。僕から言い出しておいて、途中で放り出すような格好になってしまい申し訳ありません」
この件に関しては、全面的に俺の落ち度なので、キッチリと頭を下げて謝罪した。
「いやいや、とんでもない。どうぞ頭を上げて下さい、エルメール卿。プローネ茸の栽培についてはカリサさんに引き継いでもらう形では駄目なのですか?」
「それは、やってもらう予定ではおりますが、俺が言い出した話を途中で投げ出す格好になってしまうので……」
「そもそも、これはアツーカ村の将来を思って考えて下さった計画です。エルメール卿が参加できなくなったとしても、継続していくつもりでおりますから御安心ください」
「ありがとうございます。一応、植物学のルチアーナ先生にも引き続きアドバイスが頂けるように頼んできました」
「それでしたら、あとは我々の頑張りで結果を出すだけです」
「はい、よろしくお願いします。それと、このお金を預かっていただけませんか?」
村長に、昨日ギルドで下ろして来た大金貨五枚を差し出した。
「エルメール卿、このお金は?」
「カリサ婆ちゃんか、実家に何かあった時のためのお金です。婆ちゃんは俺が差し出しても受け取ってもらえないでしょうし、実家は逆に、お金に頼って働かなくなるおそれがあるので……」
「なるほど、確かにカリサさんは少々頑固だから、エルメール卿からお金を差し出されても受け取らないでしょうな」
「えぇ、今はまだ普段の生活に大きな支障はないようですが、この先年齢を重ねていけば、一人で生活させるのに不安を感じるようになると思います。旧王都に拠点を移せば、イブーロからのように気軽に戻って来られなくなります。なので、何かあった時の備えとして預かってもらえませんか?」
村長は少し考えた後で、お金を受け取ってくれた。
「カリサさんは村で一人きりの薬師ですから、エルメール卿に言われるまでも無く、老後の援助も考えています。なので、このお金を使う機会は来ないと思いますが、折角のお気持ちなので預からせていただきます」
「よろしくお願いします」
これでカリサ婆ちゃんの金銭的な心配は、完全ではないけど無くなった。
半年に一度ぐらいは戻って来たいと思っているし、アツーカ村ならこの金額でも一年以上暮らせるはずだ。
村に常駐してくれている騎士団にも頼みに行こうかと思ったけど、魔物からの防衛という面では騎士団の方が上だろうし、下手な素人考えを押し付けない方が良いと考え直した。
村長の家に来たついでに、裏手のプローネ茸の栽培予定地を見に行くと、イネスとキンブルが何やら作業をしていた。
土を起こして耕し、雑草を抜いているようだ。
キンブルが真面目に作業をしているのは、もう不思議だと思わない。
俺が村にいた頃に、色々とちょっかいを出して来たのは全てミゲルが原因だったのだろう。
そうだ、全ての元凶はミゲルであって、あいつも何とかしておかないと心配なのだが、まさか学校の中で騒動を起こす訳にもいかないから本当に困ったものだ。
キンブルの働きぶりは不思議ではないのだが、イネスまで真面目に雑草を抜いているのには驚いた。
日除けのために作った壁の上から俺が見ているのも気付かずに、一心不乱に雑草を抜いている。
いったい、イネスはどうしたのだろう、何か悪いものでも食べたのだろうか。
「イネスさん、こっちは終わりましたので、少し水を撒いてもらえませんか?」
「いいわよ、じゃあ……女神ファティマの名のもとに……」
「あぁ、ちょっと待って下さい。どばーっと撒いちゃ駄目ですよ」
「もう、分かってるわよ。ぱぁーっと雨のように撒けばいいんでしょ?」
「はい、でも大丈夫ですか? 桶に入れてから撒いた方が……」
「大丈夫、大丈夫、このイネスさんに任せなさい!」
自信たっぷりのイネスに対して、キンブルは不安でいっぱいという感じだ。
見ている俺も不安でいっぱいだよ。
「女神ファティマの名のもとに、水よ……水よ……えっと、撒き散れ!」
「うわぁぁぁ……」
ぶよんぶよんと空中に現れた水の塊は、風船が弾けるように四方八方に飛び散って、イネスもキンブルもずぶ濡れだ。
うん、本当にイネスはフラグの回収が上手いよね。
「もう、どうしてニャンゴみたいに上手くいかないの?」
「ニャンゴさんなんかと比べちゃ駄目ですよ。あんな複雑な魔法陣を一瞬で作って発動させているんですよ。僕らなんかが真似できませんよ」
「そうね、いつもキンブルが変態的だって言ってるもんね」
「へ、変態なんて言ってませんよ! 超絶的だって言ってるだけです」
「変態も超絶も同じようなもんよ。というか、水はどうするの、もう少し撒く?」
「そうですね。向こうの端が乾き気味なんで、もうちょっと撒きましょう」
「しょうがないわねぇ……」
口を尖がらせながら、イネスが桶に歩み寄ると、キンブルが待ったを掛けた。
「もうびしょ濡れになってしまったし、もう一回やってみましょう」
「えっ、いいの?」
「はい、その代わり、今度はシッカリ詠唱して下さい」
「分かった……って、何て詠唱したらいいの?」
「もう……そうですねぇ、水よ雨になれ……とか?」
「うん、それいいね、いただき!」
ニカっと笑ったイネスは、再び自信たっぷりに栽培予定地の端へと歩いて行き、両手を勢い良く突き上げて詠唱を始めた。
「女神ファティマの名のもとに、水よ雨になれ! ……って、ちょっと、なんでよぉ!」
大きな水球は豪雨となって降り注いだ……イネスの頭の上から。
「はぁ……イネスさんが頭の真上に水球を作っちゃうからですよ。それに雨の勢いも強すぎです」
「そんな事言ったって、キンブルが詠唱を考えたんだからね」
「えぇぇ、俺の責任なんですか? というか、元々ずぶ濡れだったんだからいいじゃないですか」
「良くないの、乙女の心が傷ついてるのよ、ちゃんと慰めなさい」
「はぁ、仕方ないですねぇ……イネスお嬢様、私が悪うございました。イネスお嬢様の魔法が上手く発動するように、次はもっと良い詠唱を考えますのでお許し下さい」
「ふふん、しょうがないわねぇ……今日のところは許してあげるわ」
「ははぁ、ありがとうございます」
うん、何だか馬鹿ップルのコントを見せられているみたいなので、声は掛けずに退散しましょう。
案外、この二人は良いコンビみたいだね。
イネスの将来も不安だったけど、キンブルが面倒見てくれれば大丈夫かなぁ……。
やっぱり、ちょっと不安だ。
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