第304話 恋と打算(フォークス)
※ 今回は兄フォークス目線の話です。
今日の午後に作業を終えたウサギ人のカナトさんの家を最後に、避難用の地下室を設置する工事は終わった。
これで村の全ての家に、避難用の地下室が備わった。
ハイオークに率いられたオークの群れが村が襲われた時、村人を一ヶ所に集めてから襲うというオーク達の作戦と偶然里帰りしたニャンゴの活躍で死者を出さずに済んだが、一つ間違えば村が無くなるような被害になっていたはずだ。
そこで村長の肝煎りで、村の全ての家に地下室を設ける事になった。
その仕事を土属性魔法の訓練を兼ねて、俺も手伝うことにしたのだ。
「フォークス、長い間ありがとう。おかげで予想していたよりも短い期間で地下室の設置を終えられた」
報告を終えた後、村長に深々と頭を下げられて面食らってしまった。
「そ、村長、頭を上げて下さい。工事を行ってきたのは俺だけじゃないですし、自分が生まれ育った村のためですから当然です」
「それでもだ。一度は村を出た者が、里帰りして騒動に巻き込まれ、復興のために村に残って働いてくれた。ワシだけでなく、多くの村人がフォークスには感謝しているのだよ」
「そうなんですか……」
村長の話に、思い当たる節が無い訳ではない。
これまでは、村で暮らしていても他の村人からは殆ど相手にされていなかった。
相手にされる時は、虐められる時ぐらいのもので、他の村人からすると空気みたいな存在だったと思う。
道ですれ違って会釈をしても、会釈を返してもらえる方が少なかったくらいだ。
それが地下室設営の工事をやるようになってからは、村の人から声を掛けられるようになった。
まぁ、その何割かは名誉騎士に叙任された弟のおかげなのだろうが、逆に言うなら、その他の何割かは俺自身の働きが認められた結果なのだろう。
「これは、本当に少なくて申し訳ないのだが、村の復興に尽くしてくれたお礼だ」
「いや、それは……」
「これは、私だけでなく多くの村人からの気持ちだ。どうか収めてもらいたい」
「分かりました。ありがたく頂戴いたします」
革袋に収められたコインは、金額以上にズシリと重たく感じられた。
「フォークス、イブーロまではゼオルさんに送らせよう」
「いえ、駅馬車に乗って帰りますよ」
「遠慮するな。たまにはゼオルさんにも息抜きしてもらわないとならんからな」
「なるほど……そういう事でしたら、お世話になります」
「イブーロへ行く日にちは、ゼオルさんと相談して決めてくれ」
「分かりました」
居候している離れに戻ると、ゼオルさんは討伐で集めたゴブリンやコボルトの魔石を整理して数を確認していた。
普段の年なら、ゴブリンやコボルトの巣を討伐するのは秋になってからだが、今年は魔物が現れる数が例年の三倍以上になっているそうで、前倒しして行ったそうだ。
「おぉ、フォークス。お疲れさん」
「ただ今戻りました。相当な数ですね」
「そうだな、昨年の秋はブロンズウルフが片付けちまったから比較にならんが、一昨年の秋よりも多いな」
「そうですか……森の奥で、何が起こってるんでしょうね」
「どうやら、エストーレで大規模な森林伐採が行われているらしい。その影響で住み家を追われた獣や魔物が国境を越えて来ているようだ」
「そんなの良く分かりましたね」
「ふふん、ニャンゴが空から確かめたらしいぞ」
「えぇぇ……あいつ本当に空を飛ぶのか」
以前、ニャンゴが一人でアツーカ村に帰って来た時に、俺の仕事が終わったら迎えに来るから空を飛んで帰ろうなんて話していた。
俺は冗談だと思っていたが、どうやら本当だったらしい。
「空か……一度ニャンゴに乗せてもらうかな」
「えぇぇ……本気ですか?」
「勿論、本気だぞ。前に、山から獲物を運んで来る台車には乗せてもらったが、気分いいぞ、あれは」
「うみゅぅ……俺は地に足がついていた方がいいです」
「がははは、人それぞれだ、嫌な物には無理して乗らなくても構わんだろう」
「ただ、それに乗ると旧王都からも一日で戻って来られるなんて言ってるから、乗る羽目になりそうです」
「ほぅ、旧王都から一日とは……とんでもない速度だな」
旧王都からアツーカ村までは、順調に進んでも十五日ぐらいは掛かるらしい。
そんな距離を一日で戻って来るとか、俺の頭では想像も出来ない。
「ニャンゴは、カリサさんにベッタリだからな。ダンジョンに潜るようになっても土産を抱えて戻って来るのだろうな」
「そうでしょうね。飄々としていそうで、実際は寂しがりですからね」
ゼオルさんと相談して、イブーロに向かうのは明後日になった。
明日は、帰る支度をして、実家とカリサさんの薬屋に顔を出してこよう。
今夜の夕食は、村長宅の厨房に頼んだらしく、俺と同じ年のタヌキ人のメイド、グリタが運んで来てくれた。
川エビとタニシを串に刺して炙ったものと、オークの塩漬け肉のスープ、それに黒パンだ。
今日も朝から働いてきたから、匂いを嗅いだだけで腹が鳴った。
「あ、あの……フォークスさん」
「みゃっ?」
突然呼びかけられ、驚いて視線を向けると、グリタが思いつめた表情をしていた。
「ゆ、夕食の後で、少し話せませんか?」
「お、お、俺と……?」
「はい……」
「分かった」
「では、食器を下げに来た時に……」
「う、うん……」
ぱぁっと笑顔になったグリタは、料理を載せて来たお盆を抱えて、弾むような足取りで母屋へ戻っていった。
「ほぉ、フォークスも隅に置けないな」
「みゃっ? みゃみゃっ?」
「あの反応は、そういう事じゃないのか?」
「そういう事……?」
「まぁ、料理が冷める前に食うとしよう」
「はぁ……」
隅に置けないなんて言われても……グリタが俺のことを……?
いや、そんなはずは無いだろう、そもそもあまり話をしたことも無いのだ。
「まさか……うにゃうにゃ、無い無い……」
「フォークス、パンばかり食ってると、おかずが余るぞ」
「みゃっ? おかず……熱っ!」
反射的に手を伸ばしたスープは熱々だった。
「慌てないで、ゆっくり食え。その程度で混乱してるようじゃ、ダンジョンなんかにゃ挑めないぞ」
「うにゅぅぅ……」
串から外して噛みしめたタニシは、ちょっとほろ苦い味がした。
夕食の後、落ち着かない時間を過ごしていたら、グリタが食器を下げに来た。
「フォークスさん、先に食器を運んでしまわないといけないので、一緒に来ていただけますか」
「わ、分かった……」
食器を厨房へ運び終えたグリタは、俺を村長宅の裏を流れる小川へ誘った。
「にゃにゃっ……蛍か」
小川の岸辺や川面の上には、沢山の蛍が舞っていた。
「知ってますか、フォークスさん。蛍は光で恋をするんですよ」
「そうなんだ……」
俺はグリタに呼び出された理由も忘れて、蛍の舞いに見入っていた。
「フォークスさん、イブーロに戻られるんですか?」
「みゃっ? うん、村での仕事は終わったからね」
「あ、あの……フォークスさんには、その……決まった人はいるんですか?」
「みゃみゃっ? 決まった人……?」
「はい……恋人は?」
「いにゃい、いにゃい! 俺なんて冒険者としては半人前だから、恋人なんて、とてもとても……」
「私……私じゃ駄目ですか?」
「みゃっ……?」
絞り出したようなグリタの言葉の意味を一瞬理解出来なかった。
いや、何を言われているのかは分かっていたが、そんな言葉が俺に向けられるなんて思ってもみなかったから信じられなかっただけだ。
「にゃ、にゃんで俺なの……?」
「フォークスさんは真面目だし、綺麗好きだし、仕事も出来るし、それに……」
「それに……?」
「いえ、何でもないです」
口ごもったグリタの姿を見て、口から飛び出してくるんじゃないかと思うほどバクバクしていた心臓がふっと静かになった。
「それに、イブーロで暮らしてみたい……から?」
蛍を眺めるフリをして、視線を逸らしていたグリタの肩がビクっと震えた。
「違うんです。確かにイブーロで暮らしてみたいと思っていますけど、フォークスさんが素敵だと思っているのも本当なんです」
たぶん、グリタは嘘は言っていないのだろう。
アツーカ村のような小さな村で、結婚相手を見つけるのはこんな感じだ。
決定的に駄目な要素が無くて、他の男より少しマシなら贅沢は言えない。
ましてや、イブーロの街で暮らしている男なら、その方が良いに決まっている。
だから、グリタが俺を選ぶ理由には文句を付ける気は無い。
むしろ、猫人の俺が選んでもらえたのだから有難いぐらいだ。
「ごめん、俺、イブーロに戻ったらパーティーのメンバーと一緒にダンジョンのある旧王都に行くんだ」
「えっ……旧王都?」
「うん、拠点を移してダンジョン攻略に挑む」
ダンジョンの話は、グリタにとっては想像もしていなかったらしく、呆気に取られていた。
「旧王都は、イブーロと較べても治安は良くないし、ダンジョンに潜っても必ず稼げるとは限らない。そんな不安定な状況で、グリタの申し出を受ける訳にいかないや」
「そっか……そんな予定があるんだ。それじゃあ仕方ないね。私が付いて行ってもお荷物になるだけだもんね」
「ごめん、グリタの申し出は嬉しかったけど、期待に沿えなくて……ごめん」
「ううん、私の方こそ戸惑わすようなことを言って、ごめんね……でも、ダンジョンかぁ……学校で一人で本を読んでたフォークスからは想像できないよ。やっぱり、ニャンゴの影響? それともイブーロに行って変わった?」
「うーん……両方かなぁ」
イブーロに行って、まともな仕事に就けず、悪い奴らに騙されて借金を背負わされ、ニャンゴ達に助けてもらった話をした。
勿論、貧民街で何をしていたかまでは話さなかったけど。
「そうなんだ、やっぱりイブーロで仕事を見つけるのは大変なんだ」
「猫人以外の人種ならば、頑張ればなんとかなりそうだけど、それでも何も技術を持っていない人だと厳しいと思う」
「じゃあ、私なんかじゃ尻尾を巻いて戻って来ることになりそうだね」
グリタは、ニャンゴの成功譚を聞いたり、俺の働きぶりを見たりして、自分もイブーロで暮らしていけるのでは……と思ったらしい。
アツーカ村で暮らす者にとってイブーロは、『巣立ちの儀』で一生に一度訪れる大きな街だったりする。
『巣立ちの儀』が行われるお祭り騒ぎの時期に訪れるので、余計にイブーロに対する憧れが強くなるのだ。
「ここの仕事が嫌いな訳じゃないし、村が嫌いな訳でもない。でも、毎日代わり映えのしない日が続くとどうしてもねぇ……」
「ここは、良い意味でも悪い意味でも変わらないからなぁ……」
「そうなのよねぇ……」
告白なんて状況があったせいか、徐々にグリタの口調は砕けてきて、おれも緊張が解れて普通に話せるようになった。
この晩、俺とグリタは夜が更けるまで、蛍が舞う小川の畔で語らい合った。
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