第303話 決意

 拠点の屋根に座ってイブーロの街を眺めていると、天窓から顔を覗かせたレイラが声を掛けてきた。


「ここにいたんだ」

「何か用?」

「ううん、特に用事は無いけれど、どこに行ったのかなぁと思ってね……」


 屋根の上に出て来たレイラは隣に腰を下ろしたと思ったら、ヒョイっと俺を持ち上げて抱え込んだ。

 抵抗しても無駄なのは分かっているから、大人しく抱えられて深い胸の谷間に頭を埋める。


「元気ないわねぇ……」

「そうでもないけど……そうかも……」

「ライオスと何を話してたの?」

「ダンジョンに行く時期の話」


 聞かれるままに、ライオスと話した内容を伝えた。


「もし……もし俺がダンジョンに行かないって言ったら、レイラはどうするの?」

「行かないわよ」

「えっ、行かないの?」

「行って欲しいの?」

「いや、そういう訳じゃないけど……なんで?」

「だって、ニャンゴがいなかったらつまらないじゃない」

「ダンジョンより、俺といる方が楽しいの?」

「勿論、ニャンゴは何をしでかすか分からないからね」

「うにゅぅ……何か、その言い方だと俺が常識をしらない危ない奴みたいじゃない」

「だって、その通りでしょ? 空を飛んでエストーレを偵察に行こうなんて考えて、嵐にあって帰って来られなくなっちゃうとか……」

「うにゅぅ……その通りです」


 ちょっと凹んでみせると、レイラにギューっと抱きしめられた。

 うむうむ、埋まりますよ、後頭部がむにゅーっと埋まってます。


「ニャンゴは、ダンジョンに行きたい?」

「うん、行ってみたい」


 ライオスに見せてもらったダンジョンの略図は、高層ビルを中心とした大規模商業施設にしか見えなかった。

 最下層から伸びている未知の横穴は、地下鉄のトンネルにしか見えなかった。


 ダンジョンからは、これまで知られていなかった魔道具とかが見つかっているそうだから、この世界が一度文明が滅びた数千年、数万年後の日本という訳ではないのだろう。

 それでも、今よりも進んだ文明が栄えていた痕跡を辿る作業は、とてつもなく魅力的に感じる。


 行ってみたいかと聞かれれば、返事は一択だ。


「でも、故郷の村が心配なのね?」

「うん……」

「つまり、ニャンゴは村離れ、親離れ、お婆ちゃん離れが出来ていないお子ちゃまってことね」

「えっ……? いや、俺が心配して……そうか、そうかも……」


 チャリオットのみんなに誘われて、イブーロで冒険者として活動してお金を稼げるようになった。

 名誉騎士に叙任され、毎年お金を貰えるようになって、カリサ婆ちゃんにも沢山お土産を買って帰れるようになった。


 これからは俺が婆ちゃんの面倒を見てやる……みたいな気になっていたけど、その気持ちの裏側では婆ちゃんに依存し続けていたのだ。

 もしカリサ婆ちゃんが居なくなってしまったら、心の拠り所が無くなってしまいそうで怖いのだ。


「婆ちゃんは、いっぱい褒めてくれるんだ。よく出来たね、えらいよ、助かったよ、ありがとう……って。俺は、婆ちゃんに褒められたくて、ここまで頑張ってこれた気がする……」

「優しいお婆ちゃんなんだね」

「うん、怒ると怖いけど、すっごく優しいんだ」

「だったら、シッカリと自分の目標に向かって歩いているって見せてあげなきゃ駄目じゃない?」

「そうだね……俺、ダンジョンに行くよ。どうせダンジョンに挑戦するなら、ライオス達と一緒に行きたい」

「あら、私は一緒じゃないの?」

「勿論、レイラも一緒だよ」

「しょうがないなぁ……一緒に行ってあげるか」


 いつの間にか、俺がお願いしているみたいになってるけど、まぁいいか。

 どうせダンジョンに行くなら、レイラも一緒にいてくれた方がいい。


 一つ問題があるとすれば、チャリオットのみんなと一緒だと、レイラとうにゃうにゃするタイミングが無いのだ。

 エストーレの森の中でして以来、一度も出来ていないのだ。


「旧王都で手ごろな拠点とか見つかるかなぁ……」

「どうかしらね、ギルドで聞けば物件は紹介してくれると思うけど……」

「イブーロよりは割高だよね?」

「たぶんね。今と同じ規模の建物を借りるのは難しいんじゃない」


 最悪、男部屋、女部屋みたいな感じで分けられて、今よりももっとチャンスが減ってしまうような気がする。

 これは、ダンジョンに向けて出発する前に、いっぱいうにゃうにゃしておいた方が良いかもしれない。


「ねぇ、レイラ……」

「なぁに?」

「ケビンが生きていた頃も、ダンジョンに付いていくつもりだったの?」

「そうね、そのつもりだったわ」

「それは、ケビンと一緒にいたかったから? それとも、ダンジョンにも興味があったから?」

「うーん……ケビンと一緒にいたかったからね。でも、ダンジョンに全く興味が無い訳じゃないわよ」


 ダンジョンからは、多くの宝飾品も見つかっているらしい。

 頑丈な金庫に隠されていたという話だから、宝飾店の隠し金庫だったのかもしれない。


「ダンジョンが古い時代の地下都市だったとしたら、それを築いた人達はどこに行ってしまったのだろう?」

「さぁ? 遠い遠い昔に、優れた文明を築いた人達がいたけど、空から星が降って来て滅んだとか、海が荒れ狂って飲み込まれてしまったとか、大雨が降り続いて流されてしまったとか……色んな言い伝えがあるみたいだけど、どれが本当なのか、それとも全部嘘なのかも分からないみたいね」

「もしかすると、全部本当なのかもよ。どれか一つで、文明が滅んでしまうなんて考えられないもの」

「そうかもしれないわね……」


 こちらの世界で考古学が、どの程度盛んなのか知らないけど、今あるダンジョンとされている建物とは別の建物や、地下鉄で繋がった違う都市が見つかれば、大きな発見になるだろう。

 もしかすると、歴史に名前を残しちゃったりするかもしれない。


「もう、すっかりダンジョンに行く気になったみたいね」

「うん、どうせ行くなら世間をあっと言わせるような大発見をしたいからね」

「いいわね。イブーロにも名声が届くくらいの大発見をすれば、お婆ちゃんも安心するわよ」

「あっ……そうだね」


 なるほど、アツーカ村にまで届くほどの大発見をすれば良いのか。

 難しいけど、前世の知識とかをフル活用すれば、案外いけそうな気もする。


 そのためには、まずダンジョンが地下都市ではなく、地上の施設が何らかの理由で埋没したものだという仮説に納得してもらわなければならないだろう。

 あとは、兄貴やガドが、地中をどのくらい先まで探索できるかだ。


 仮説にしたがって、地中を探索して、別の建物の存在を証明出来れば、チャリオットだけでなく他のパーティーも参加しての大規模な発掘調査が出来るかもしれない。

 そうすれば、手つかずの建物からは新たな発見があるかもしれない。


「ニャンゴ、夕食はどうする?」

「えっ……あっ、もうこんな時間か」


 ダンジョン攻略について思いを巡らせていたら、日が西に傾き始めていた。


「みんなは、どうするんだろう?」

「ライオス達は酒場じゃないの。ニャンゴは飲むよりも食べたいでしょ?」

「うん、まぁね……」

「何処かに食べに行く? それとも何か作る?」

「うーん……材料を買ってないから、食べにいこうか」

「じゃあ、出掛けようか」


 屋根裏部屋に戻って出掛ける支度をしていたら、シューレが上がって来て、一緒に夕食を食べに行く事になった。

 当然、ミリアムも一緒だ。


 どこに行こうかという話になったら、レイラとシューレが頷きあって行先を決めてしまった。


「何処に行くの?」

「それは着いてからのお楽しみ」


 例によって例のごとく、レイラに抱えられて連れていかれる。

 シューレの腕の中にいるミリアムは、少々お疲れ気味のようだ。


「また訓練してたの?」

「そうよ、誰かさんみたいに規格外の力は無いから地道にやるしかないでしょ」

「俺も最初から規格外だった訳じゃないんだけどなぁ……」

「だとしても、今は規格外でしょ。一緒のパーティ―にいるのは大変なんだからね」

「それはそれは、申し訳ない」

「ホントよ……」


 うん、何で謝ってるのか良く分からないけど、ご機嫌を損ねない方が良さそうだ。

 レイラとシューレに連れて来られたのは、一軒の食堂だった。


「あっ、この店は……」

「あら、ニャンゴ来たことあるの?」

「うん、前に一度」


 前にジェシカさんに連れられて来て、ベリーミルクで酔っぱらってしまった店だ。


「おかしい、この店は女性同伴じゃないと入れないのに……」

「あら、私じゃないわよ」

「じゃあ、ジェシカ……」

「いつの間に……」

「えっ、いや……それは……」


 にゃにゃっ……楽しく夕食を食べるはずが、なんだかピンチだ。

 ベリーミルクで酔っぱらって、ジェシカさんの部屋にお泊りしたとかは黙っていた方が良いよね。


 てか、ミリアムがゴミでも見るような目を向けてくるんだけど。

 まだ、一線を越えたのはレイラだけだからね。


「じゃあ、夕食を食べながら、じっくり話を聞きましょうか」

「賛成……」

「自業自得ね」

「はい……」


 この後、じっくりと尋問されたけど、料理はうみゃかった。

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