第302話 ライオスの決断

 ラージュ村でのオーク討伐から戻った翌日、ライオスに少し時間を作ってくれと言われた。

 ダンジョン攻略の件で話があるらしい。


 ラージュ村での依頼に出発する前に、ダンジョンに向かうのを来年の春に出来ないかと訊ねたのだ。

 理由は隣国エストーレで森林伐採が続き、住み家を失った魔物がシュレンドル王国へ移動している件だ。


 エストーレからの魔物の流入が続くと、一番影響を受けそうなのが俺の故郷のアツーカ村だ。

 これまでにも、ブロンズウルフやハイオークが率いたオークの群れなど、通常では考えられない危機が村を襲っている。


 幸い、村人には殆ど犠牲者は出ていないが、この先も無事で済むとは限らない。

 実際、オークの群れが村を襲った時には、カリサ婆ちゃんが危うく犠牲になるところだった。


 今の状況でイブーロを離れて、旧王都へ引っ越すのは不安だ。

 アツーカ村に何か危機が迫った時、イブーロなら馬を飛ばせば半日ちょっとで知らせられるが、旧王都までは何日も時間が掛かってしまう。


 たとえ飛行船などの手段を使って戻って来たとしても、その頃には手遅れになってしまっているだろう。

 頭の中を整理してから、ライオスの部屋を訪ねた。


「ライオス、入ってもいい?」

「あぁ、入ってくれ」

「お邪魔します……」

「悪いな時間を取ってもらって」

「ううん、パーティーのこれからの話だから時間を作るのは当然だよ」

「ちょっと待っていてくれ、カルフェを淹れてくる」


 拠点の二階にあるライオスの部屋は、いつも綺麗に片付いている。

 家具は窓際に置かれたベッドの他は、折り畳みのテーブルと折り畳みの椅子が二脚あるだけだ。


 壁の一面が作り付けのクローゼットになっているので、剣や鎧、盾などの装備や服などは全部そこに仕舞ってあるらしい。

 テーブルと椅子を畳んで片付けてしまえば八畳ぐらいのスペースが出来るので、そこで筋トレをやっているらしい。


 俺やシューレみたいに前庭で手合せとかはしないけど、技術、体力の維持向上は怠っていないようだ。

 ライオスもガドもセルージョも、あまり努力している所は人に見せたがらないタイプみたいだ。


「待たせたな、砂糖は適当に入れてある」

「ありがとう。んー……いい香り」


 チャリオットでは、カルフェを淹れるのはライオスの役目だ。

 誰かにやってくれと頼むよりも先にライオスが淹れ始めている感じで、本人も楽しみながらやっている。


 豆は既に焙煎して挽いてあるものを使っているようで、自分で焙煎したりブレンドしたりするほどのこだわりは無いらしい。

 フィルターに豆を入れ、お湯を注いだ時に立ち上る香気を楽しむのが好きなんだそうだ。


「さて、時間を取ってもらったのは、ダンジョンに向かう時期についてなんだが……ニャンゴ、どうしても来年の春じゃなきゃ駄目か?」

「俺としては、冬を迎えて山が雪に閉ざされれば魔物の移動も止まるから、それまで様子を見れば大丈夫かと思っているんだけど……」

「そうか……逆に俺やガドは、出来るだけ早く旧王都に向かいたいと考えている」

「理由を聞いてもいい?」

「簡単に言うなら、残された時間だ」

「えっ……誰か病気を抱えてるの?」

「いやいや、そういう話じゃない。冒険者として活躍できる時間は……という話だ」


 俺が加入する以前にいたメンバー、ケビンのように誰か不治の病でも抱えているのかと心配したが、そういう訳ではないらしい。

 ただ、俺には想像できなかったが、ライオス達にとっては残された時間というのは意外に切実な問題らしい。


「ニャンゴ、冒険者という仕事は何歳ぐらいまで出来ると思う?」

「えっと……考えたことが無かったけど、五十歳ぐらい?」

「そうだな、五十まで現役を続けられるのは、ごく一部の冒険者だろうな」


 ライオスの話では、冒険者として一線で活躍できるのは、三十代半ばから四十代手前ぐらいまでだそうだ。


「筋力、持久力、魔力、視力、集中力……色々なものが年齢と共に衰えていく。まだ二十歳にもなっていないニャンゴには想像も出来ないだろうが、俺やガド、セルージョはあと何年かすればそうした衰えに直面することになる」

「い、今は……?」

「今はまだ大丈夫だ……と言いたいところだが、二十代後半に較べれば落ちて来ている自覚はある。あと二年や三年で動けなくなる訳ではないが、だからと言って半年を無為に過ごせるほどの余裕は無い」


 実際、年齢的な衰えなんて考えたこともなかった。

 むしろ俺としては、年齢を重ねて成長したいとすら思っている。


 前世、日本で過ごしたのも高校生までだから、老いる、衰えるという感覚を自分で味わったことがない。

 身近な事例としては、カリサ婆ちゃんの年齢的な衰えが心配だけれど、まさかライオス達が考えているとは想像もしていなかった。


「ニャンゴ、アツーカ村にはラガート騎士団が常駐しているんだよな?」

「うん、ハイオークの襲撃の後から一部の部隊を常駐させてくれているし、ゴブリンなどの駆除も行ってくれているらしい」

「それでも安心出来ないか?」

「ゴブリンとかコボルトとか、数頭のオークやオーガの群れ程度なら問題無く対処できると思うけど……ブロンズウルフとかヴェルデクーレブラみたいな魔物が出て来た場合には心配かな」


 別に自分の手柄を自慢したい訳じゃないけど、ブロンズウルフにしてもヴェルデクーレブラにしても、俺抜きで討伐していたらもっと多くの犠牲者が出ていた気がする。

 場合によっては、討伐に参加した冒険者だけでなく、普通の村人にも犠牲者が出ていたかもしれない。


 それを伝えると、ライオスは二度三度と頷いていた。


「確かに、どちらの討伐でもニャンゴの果たした役目は大きい。ワイバーンだって、ニャンゴがいなかったら倒せていなかっただろう。だが、そうした強力な魔物の出現を恐れているのであれば、来年の春以降もイブーロを離れられなくなるんじゃないか?」

「それは……そうかも……」

「エストーレの状況は俺には分からないが、ニャンゴが危惧するような魔物は、十数年に一度の大雨とか、数十年に一度の大地震を心配するのと一緒じゃないのか」

「でも、大雨や地震と違って、魔物なら俺でも対処は出来ると思う」

「そうだな、でも対処するならアツーカ村から離れられなくなるぞ」

「たしかに……」


 ブロンズウルフやヴェルデクーレブラのようなイレギュラーな魔物は、来年の春になったらもう出ません……といった確証がある訳ではない。

 来年の夏に出没するかもしれないし、次に出るのは十年先かもしれない。


 ライオスの言う通り、そうした魔物に全部対処するのであれば、アツーカ村からは離れられなくなってしまう。

 たとえイブーロに拠点を置いていても、依頼で数日出掛ける事は珍しくないし、そのタイミングで魔物が出たら対処のしようがない。


「ニャンゴが故郷の村や薬師のお婆さんを大切に思っているのは良く分かっている。同時に、俺達の目から見るとそうした存在に縛られてしまっているようにも見える。それが良い事なのか、悪い事なのかは人によって考え方も違うし、どちらが正解とは俺には判断出来ない」

「もし……もし、俺がダンジョンには行かないって言ったら、ライオス達はどうするの?」

「俺とガド、セルージョはダンジョンに向かう。シューレとレイラ、ミリアムは未定だ」

「俺抜きでも行くんだ……」

「あぁ、ダンジョンは俺達の夢でもあるからな」


 冒険者を生業とする者には、色々なタイプが存在している。

 自分の力を世間に認めさせて、高いランクや名声、富を手にしたい者。


 何者にも縛られない自由な生活を謳歌したい者。

 強力な魔物と戦ってみたい者。

 未知への冒険を楽しみたい者など……。

 そして、ライオス達がパーティーを組んだ頃の目標がダンジョンの攻略なのだ。


「イブーロで腕を磨き、資金を作り、気の合った仲間を集め、そろそろダンジョンへ……と思っていた頃にケビンが病んだ。体調の様子見をしているうちに病状は悪くなるばかりで、ケビンを失い、ダンジョン行きの計画も頓挫していた。正直、ダンジョン行きは半分ぐらい諦めていたんだが、そこにニャンゴが現れた」

「だったら、来年の春でも……」

「来年の春だったら、確実に出発出来るのか? また何か異変を感じたら、出発を延期するんじゃないか?」

「それは……」

「ニャンゴにはニャンゴの考えがあるだろうし、それを全否定するつもりはない。ただ、俺達に残されている時間はそんなに多くはないから、動き出すのであれば今しかないと思っている」


 ライオスは一旦話を切ると、冷めてしまったカルフェを口に運んだ。

 俺も喉がカラカラに乾いていたので、カルフェに口を付けた。


 カルフェのほろ苦さと酸味が、意識を少しだけハッキリさせてくれる。


「ニャンゴ、俺達は旧王都へ出発するように動き出す。フォークスが戻った時点で、参加するか否か改めて聞かせてもらうから、その時までにどうするか考えておいてくれ」

「分かった……ごちそうさま」


 冷めてしまったカルフェを飲み干してライオスの部屋を後にする。

 ダンジョン攻略に参加するのか止めるのか、後は俺の決断次第だ。

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