第299話 肉弾戦

 探索を始めて最初に気付いたのは、森の外から聞こえてくる音だった。

 ガシャン、ガシャン、ガシャンっと金属をぶつけ合う音が聞こえる。


「騎士団かギルドか、魔物除けを配ったみたいだな」


 ライオスの言うように、聞こえてくるのは鉄の輪を束ねた魔物除けの音のようだ。

 金属のぶつかり合う音は、武器を持った者がいると魔物に錯覚させるためだ。


 以前、土の採掘場の護衛依頼に同行した時、トラッカーの三人も使っていた。

 ただし、魔物によっては音に怯えず、近付いて来る場合もあるので注意が必要だ。


 俺達が魔物除けの音に気を取られている間も、ミリアムはオークの探索に集中している。

 今日は、まずオークを発見し、その後は行動を監視し、ねぐらを確認したところで討伐するか否かを決める。


 また、発見したオークが村を襲うようであれば、その場で討伐する予定だ。

 シューレとミリアムが先頭を歩き、その直後にガドとライオスがフォローし、セルージョとレイラが並んで殿を務めている。


 俺は、相変わらずレイラの腕の中で出番無しだ。

 池の南側から回り込んだのは、今日は北寄りの風が吹いているからだ。


 風上から接近すれば、鼻の良いオークは俺達の存在に気付いてしまう。

 最悪、風上から接近するような場合には、シューレやセルージョが風属性魔法を使って風向きをコントロールするのだが、余分な魔力を使わない方が良いに決まっている。


 森に入って探索を開始して三十分ほどで、早くもミリアムが左手を上げて止まるように合図をしてきた。

 どうやらオークの反応があったらしい。


 ミリアムの動きを見て、シューレが満足そうに頷いている。

 とりあえず、発見までの動きは合格点なのだろう。


 ミリアムは手の動きだけで、オークのいる方向、距離、そして頭数を伝えてくる。

 妹の働きぶりを見たコルデロの反応が見たいところだが、生憎とガドに隠れてしまって全く見えなかった。


 オークは、情報どおり三頭いるらしい。

 そろそろ下ろしてくれと合図して、レイラの腕の中から抜け出し、木の幹に隠れながら上へと移動した。


 木立を透かして見ると、百五十メートルほど先にオークの姿があった。

 パッと見た感じだが、どうやら若い個体のように見える。


「群れから出たばかりの若造みたいだな……もう少し距離を詰めよう」


 ライオスが手振りでシューレ達の上に移動するように俺に指示してきた。

 これまでの情報だと、オークは村を襲わずに姿を消しているが、相手は魔物なのでいつ気が変わるか分からない。


 村の方向へ突進を始めた場合には、前線のライオスとガドが距離を詰めるまで、俺が行く手を阻む予定になっている。

 遠距離でも魔銃や粉砕の魔法陣で仕留められるが、今日は雷の魔法陣で脅す程度に留めるようにライオスからは言われている。


 討伐が行われる時には、まずライオスとガドが戦い、その様子をコルデロに体験させるのだ。

 ガドとオークの力と力のぶつかり合いを至近距離で見物するのは、かなりエキサイティングだろう。


 コルデロがチビらないと良いけど……。

 オーク達は、森の端まで移動して村の様子を窺い始めた。


 池の周囲では、養殖場の作業をする者の他に、葦の刈り取り作業をしている者達がいる。

 紐で編んで、日除けの葦簀を作るらしい。


 刈り取り作業をしている人を囲むように、数人が魔物除けの鉄の輪を鳴らしていた。

 ガシャンっと音がする度に、オークは不機嫌そうに耳を動かしている。


 冒険者がいると思うかどうかは別にして、不快な音であるのは確かなようだ。

 オーク達は、暫く葦刈り取りの作業を眺めていたが、森の中へと戻り始めた。


 すると三頭のうちの一頭が、木の幹に顔を擦り着け始めた。

 まだ百メートルぐらい離れているのだが、時折ゴリっという音まで聞こえてくる。


 後でレイラが教えてくれたのだが、今ぐらいの季節は若いオークの牙が伸びる時期で、むずがゆさを紛らわすために木に擦り付けるそうだ。

 別のオークは、木の幹に背中を擦り付けている。


 今は単純に背中が痒いのかもしれないが、これはオークが縄張りを示す行動だと言われている。

 将来的には自分の群れを持ち、自分の縄張りを主張するようになるのだろう。


 一時間程オークの様子を観察したところで、ライオスが俺に戻って来るように手招きをした。


「討伐するぞ」

「ねぐらは突きとめなくて良いの?」

「あれは群れから離れたばかりの若いオスの寄せ集めだ。繁殖しているとは思えない」


 オークが繁殖する場合、強いオスが複数のメスを連れてハーレムを作るか、一対一の番になるらしい。

 どちらの場合でも、他のオスにメスを奪われないように、メスは一緒に行動するそうだ。


「どうやって討伐します?」

「そうだな、今回はダンジョン攻略に向けて得物を変える俺とセルージョ、それにコルデロを連れたガドでやる。シューレとミリアムは他の個体が近づいて来ないか警戒、レイラとニャンゴは逃亡防止に備えてくれ」


 ライオスの指示で隊列の順番を入れ替える。

 今度は先頭にライオスとガド、その頭上に俺、二列目がセルージョとレイラ、三列目がミリアムとシューレになった。


「仕掛けるタイミングは、あいつらが森の端まで出て来た時だ。森の奥から三頭も引っ張り出すのは手間だからな」


 オークの討伐は、倒せば終わりではない。

 大きな利益を手に入れるには、食用にされるオークの巨体を持ち帰らなければならないのだ。


 同じ持ち帰るなら、自分の足で森の浅い所へ出て来たタイミングで仕掛けた方が後の作業が楽になるという訳だ。

 いざ動き出そうかという時に、ガドが待ったをかけた。


「お前さん、先に用を足しておけ。そこでチビられたらかなわんからな」


 一度ガドの腹の上から降ろされて、コルデロが用を足し始めたのだが、縮こまってなかなか出ないようだ。

 そのコルデロに視線を向けた後、ミリアムはガドに深々と頭を下げてみせた。


 ガドはゴツい手で優しくミリアムを撫でると、笑顔で頷いてみせた。

 うん、面白がってニヤニヤしっぱなしのセルージョとは人徳が違いすぎるよね。


 コルデロの準備も終わって、隊列を組みかえて追跡を続行。

 更に三十分以上監視を続けていると、オーク達は再び森の端へと移動を開始した。


 上から木立の先を透かしてみると、畑の向こうに小屋が並んでいる。

 盛んに鳴らされる魔物除けの音に混じって、鳴き声が聞こえるから鶏小屋なのだろう。


 畑の手前の草地にも鶏がいて、良く見ると足を紐で縛られているようだ。

 たぶんこの鶏は生贄で、それ以上は渡さないと、小屋の手前では村人が槍を構えていた。


 魔物除けの音を気にしながらも、オーク達が鶏に近づき始めたところでライオスが動いた。

 姿を晒して、大股でオーク達に歩み寄って行く。


 ガドもライオスと並んで歩き、セルージョは森の奥側に回り込むように移動を始めた。

 ビビったコルデロが、情けない声を洩らした。


「あっ、ああぁ……」

「黙って歯を食いしばっておれ、舌を噛むぞ」


 恐れる素振りも見せずに近付いてくるライオスとガドに気付いて、オーク達が牙を剥き出しにして威嚇を始める。

 ライオス達に速度を合わせて俺も接近すると、オークの唸り声が響いてきた。


「ブフゥゥゥゥゥ……」


 チラリと視線を向けると、コルデロはガドの腹の上で、気を付けの姿勢で固まっていた。

 尻尾は股の間どころか、お腹の上まで巻き上がっている。


 オーク達は三頭が横に広がって、ライオスとガドを迎え撃つ形を整えた。

 足で地面を掻き、ブルブルっと体を震わせて突っ込む準備を始める。


 オーク達はライオスとガドを取り囲むつもりでいるようだが、既にセルージョが森の奥側へと移動しているし、レイラも森を出て回り込むように畑の中を走っていた。

 勿論、俺もいつでも各種の魔法を発動させる準備は出来ている。


 既に臨戦態勢を整えているライオスとガドは、足を緩めずにドンドン距離を詰めていく。

 横並びになったオーク達は、徐々に姿勢を前かがみにすると、耐えきれなくなった一頭が雄たけびを上げて走り出した。


「ブモォォォォ!」

「ブゥモォォォォォ!」


 一頭が突進を始めると、すぐに他の二頭も後に続く。

 一方のライオスとガドは、速度を変えずに歩み続けていた。


「ブギィィィ……」


 双方の距離が、あと二十メートルほどになったところで、突然一頭のオークが悲鳴を上げて蹲った。

 セルージョの放った矢が右目に深々と突き刺さったのだ。


 仲間の悲鳴に驚いて、オークの突進が鈍った瞬間、今度はライオス達が猛然と走り出した。

 左手で盾を構えて突進し、ぶち当たった直後に右手の剣を振るう。


 狙いはオークの太腿の内側だ。

 太い血管を切られて、傷口から鮮血が噴き出す。


 更には、オークの首筋や胸板に、セルージョの放った矢が容赦なく突き刺さる。

 ライオスは相対していたオークの脇を摺り抜けて、呻き声を上げながら目に突き刺さった矢を引き抜いたオークの首筋を切り払った。


 太腿を切られたオークが後ろから襲い掛かってくるが、ライオスは振り下ろされる腕を余裕を持って盾でいなすと、後ろに回り込んで左の足首を切り払う。

 動脈を切り裂き、動きを止めてしまえば、後は息絶えるのを待つだけだ。


 一方ガドは、足を止めて真正面からオークとやり合っていた。

 オークが振り回してくる太い腕を、盾と鉈のような短剣で迎え撃つ。


 ガドが構えた盾が、トラックでも衝突したかと思うような音を立て、振り払う短剣はオークの拳を叩き割った。

 たちまち両方の拳が血塗れになったが、オークは引き下がらない。


 いや、ガドの気迫を目の当たりにして引き下がれないのだろう。

 背中を向ければ、その時点で死が確定すると分かっているのなら、あとは死に物狂いで向かっていくしかない。


「ブゴォォォォォ!」


 両手がボロボロになったオークは、雄叫びを上げ、捨て身の噛みつき攻撃にでた。


「むんっ!」


 気合を入れたガドの盾に殴打され、捻じ曲げられたオークの首筋に鉈のような短剣が叩きつけられた。

 ゴキンという鈍い音と共にオークの頭が傾き、同時に噴水のように鮮血が飛び散る。


「ずおぁぁぁぁぁ!」


 雄叫びをあげたガドの横でオークの巨体がゆっくりと倒れ、そのまま二度と動かなくなった。

 コルデロはといえば、ガドと一緒にオークの返り血にまみれ、目を回して気絶していた。

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