第300話 ハチワレ兄貴の生きる道

 コルデロが落ち込んでいる。

 それはそれは見事な落ち込みぶりで、挫折という言葉が服を着て座り込んでいるかのようだ。


 ガド共々、全身オークの返り血塗れだったので、俺が空属性魔法で作った温水シャワーで流してやってる途中で目を覚まし、パニックになって大暴れした。

 まぁ暴れたと言っても、紐を解いたガドに片手でぶら下げられた状態で、暫くジタバタと手足を振り回していただけだ。


 息が切れて動きが鈍り、ようやくもう討伐が終わっているのだと分かり、ガドに下ろしてもらうと言葉も無く肩を落として座り込んでしまったのだ。

 シャワーを浴びたまま、まだ毛並みも服もズブ濡れなので、余計に尾羽打ち枯らした感がハンパない。


「お兄ちゃん……大丈夫?」


 見かねたミリアムが声を掛けると、ようやく顔を上げたものの、死んだ魚のような目をしていた。


「ミリアム……俺はもう駄目だ」

「お兄ちゃん……」

「オークが、あんなに恐ろしいなんて知らなかった。戦いが、あんなに恐ろしいなんて想像もしてなかった」


 実際に魔物と対峙する機会が無ければ、魔物は冒険者に狩られるだけの存在だと思いがちだが、実際には自分たちの生存権を掛けて、それこそ命懸けの戦いを挑んでくるのだ。

 襲われれば命を落としかねない危険な存在だと頭で知っていても、実感が伴っていなかったのだろう。


「まだ、冒険者になりたい?」

「そりゃぁなりたいよ。なりたいに決まってるけど……無理だ。どうやったってオークを倒せるなんて思えない」

 

 討伐に同行するまでは、根拠は無かっただろうが自信に満ち溢れていたコルデロから生気が失われていた。

 甘い気持ちで冒険者を目指すのは危険だから、身をもって体験すれば良いとセルージョは考えたのだろうが、夢も希望も粉々になってしまったようだ。


「トローザに戻って、みんなに謝って、畑仕事すれば?」

「もう、どうでもいい……」


 コルデロは、湿った身体のまま寝転んで丸くなってしまった。

 冒険者を諦めさせるという目的は達成できたようだが、その代償としてコルデロのやる気をゴッソリ削いでしまったようだ。


 ノリノリで計画を推進してきたセルージョは、わざとらしく口笛なんか吹きながらオークの解体作業に忙しい振りをしている。

 仕留めた三頭のオークは血抜きをして魔石を取り出し、村で何頭買い取るのか聞いた後で持ち帰る準備を進める予定だ。


 俺も空属性魔法で滑車を作ってオークを吊るす手伝いをしながら、何か声を掛けた方が良いのだろうかと思ったが、何て声を掛けたら良いのか言葉が浮かんでこなかった。

 すると、血を埋める穴を掘り終えたガドがコルデロに歩み寄って行った。


 コルデロはガドが近づいて来たのに気付くと、ビクっと体を震わせて慌てて起き上がった。


「すまんかったな、コルデロ。生半可な気持ちで冒険者になると、初めての依頼であっさり死んでしまったりするから、殊更厳しい状況を見せたんじゃが……驚いただろう?」


 コルデロは、言葉も無く何度も頷いてみせた。


「実際、猫人の冒険者が討伐の前線に参加するのは稀じゃ。己の属性魔法を使いこなしているか身体強化魔法に慣れていないと、猫人の体格ではオークどころかゴブリン相手でも苦戦するからの」


 体格差は生まれつきの要素なので、こればかりはどうにもならない。

 分かり切っている話だから、コルデロも神妙な表情で頷いていた。


「ニャンゴは幼い頃から冒険者になるんだと、薬草採取の知識を身に着けたり、山を走り回っておったそうじゃ」


 まぁ、俺の場合は前世の記憶があったおかげなので、普通の猫人に俺と同じ行動を求めるのは酷だろう。

 それでも、早めに将来の目標を定めて動き出したのは大きなアドバンテージになっている。


「『巣立ちの儀』の後は、自分の魔法に磨きを掛け、棒術を習い、身体強化魔法の修業までやったそうじゃぞ」


 コルデロが、信じられないと言いたげな視線を向けて来たので頷いてみせた。


「世間の者達は、ニャンゴが珍しい魔法に恵まれたおかげで簡単に名誉騎士になったと思っているようじゃが、その影には地道な努力の積み重ねがあるんじゃぞ」

「知らなかった……」

「今の話を踏まえた上で……コルデロ、お前さんは冒険者になるために、どんな努力を積み重ねて来た?」

「どんな努力って……毎日畑仕事に追われていたから、特に何も……」


 これは、別に猫人に限らず、他の人種だって同じだ。

 冒険者は人気の職業だが、子供の頃はゴッコ遊びをする程度で、真面目に修業をする者など殆どいないだろう。


 ただ、体の大きい人種は一般的に魔力指数も高く、『巣立ちの儀』の後から準備をはじめても何とかなるが、猫人が肩を並べるには幼い頃からの努力が必要になるのだ。


「つまり、お前さんは冒険者として何の準備も出来ていなかった訳じゃ。そりゃあ勝ち目がないと思うのは当然だし、それはお前さんに限った話じゃない。そもそもオークに勝てる自信がある者がゴロゴロしているなら、ワシらに依頼など出す必要はないじゃろ」


 ガドの言う通り、村の者では手に負えないと思うから依頼を出すのだ。

 オーク討伐にビビったからといって、何も恥じる必要などない。


「冒険者稼業は危険を伴う。自分の力量と相手の力量を冷静に見極められねばコロっと死んでもおかしくない仕事じゃ。オークの討伐を見て、自分には難しいと思ったら他の仕事を探せば良いし、それでも冒険者になりたいと思うなら体を鍛え、魔法を鍛え、判断力を鍛えるのじゃな」

「お、俺でも……俺でも冒険者になれるのか?」

「そいつは、お前さん次第じゃが……忘れるな、判断を誤れば……」


 ガドに太い人差し指を突き付けられて、コルデロはブルっと体を震わせた。

 ギルドで登録を終えれば、一応冒険者にはなれるが、生活の保証など一切無い。


 自分の才覚で依頼をこなして報酬を得られなければ、食っていくことさえ難しい。


「少し話を聞いたが、お前さんは今まで周囲に言われる通りに生きて来たそうじゃな」

「親から言われるままに畑仕事をしてきたし、エルメール卿の話を聞かなければ疑問にすら思わなかっただろう」

「だが今回、冒険者になろうと自分で判断して家を出た」

「そうだ、もっと簡単になれると思っていたけど、甘くなかった……」

「だが、決断したのはお前さんだ。その責任を背負うのもお前さんじゃぞ」


 コルデロは、ゴクリとツバを飲み込んで俯いた。

 たぶん、オーガがうろついている村から、掻き集めた小銭を握って飛び出してきたのだから、責任とか全く考えていなかったのだろう。


 イブーロに辿り着いたが思っていたのとは違っていた、それでも冒険者になれそうだから言われるままに働いていた、そんなツケが一気に回って来た感じだろう。

 ガドは優しいけど、優しいだけでない。


「ミリアムの働きは見ておったな。自分に出来る事を精一杯やっている。お前さんが抜けた家では、弟に後を継がせようとしておった。それでコルデロ、お前さんはこれからどう生きていくんじゃ? 今すぐ答えは出せんじゃろうが、妹や弟に格好悪い姿は見せられんじゃろう?」


 コルデロは答えを返せずに視線を落とす。

 格好悪いというなら既に十分格好悪いが、これからどう生きていくかでコルデロという人間の価値は大きく変わっていくだろう。


 血抜きを終えたオークは、空属性魔法で作った大きな台車に載せて村長宅まで運んで行く。

 現物を確認してもらい、討伐完了の書類にサインを貰い、買い取りの交渉をする事になる。


 ガドとライオスが台車を押して、セルージョは集まってくる人達が台車の前に入り込まないように交通整理を担当。

 俺はレイラに抱えられて移動しながら、路盤の設置を続けている。


 ミリアムはシューレに抱えられながら、何やら今日の探索について話をしているようだ。

 そして、コルデロはトボトボと列の一番後ろを歩いている。


 村長宅に着いたら、確認と買い取り交渉はセルージョが担当し、ライオス、ガド、それにコルデロは風呂場を借りてもう一度返り血を洗い流した。

 三人が体を洗っている間に、着ていた服は俺が空属性魔法を使って洗濯&乾燥し、最後にコルデロを温風で乾かした。


「凄いな……一体どうなってるんだ? そんなに何でも出来るなら、俺も空属性だったら良かったな」

「何でもは出来ないよ。出来るのは、出来る事だけ」


 とは言ってみたものの、俺の魔法が他の属性よりも応用力が高いのは事実だ。

 それでも、自分の属性魔法を突き詰めていけば、他人とは違った使い方とかを思い付くような気がする。


「魔法は使えば使うほど上手くなって、自分の属性で何が出来るのかが分かってくる。体の小さい猫人にとって魔法は大きな助けとなってくれるから、とにかく練習してみるといいよ」

「そうか……ミリアムも頑張ってるんだもんな、俺も負けていられないよな」


 壮絶なスプラッター体験から少し時間が経って、コルデロも落ち着きを取り戻してきたようだ。

 三人が着替えを終えて戻ると、オークは三頭とも買い取りと決まっていた。


 イブーロまで持ち帰る必要がなくなったから、明日の撤収作業は楽に終わりそうだ。

 村長に夕食に誘われたので、コルデロも加えてもらう。


 夕食のメニューは、オークのソテーだった。

 分厚く切ったオークの切り身に、たっぷりの香草塩を塗りつけて、オークの脂肪で作ったラードで揚げ焼きにしてある。


 低温でジックリと火を通した後で、高温の油で表面を焦がしてあるようだ。


「熱っ、でもうみゃ! 外カリカリ、中から肉汁ジュワーで、うみゃ!」


 こんなに分厚いオークのソテーは初めてなのだろう、コルデロは夢中でナイフとフォークを動かしている。

 シューレに抱えられて、俺に呆れたような視線を向けていたミリアムも、コルデロを微笑みながら見守っていた。


 食事を終えて、野営地に戻る途中でコルデロがミリアムに話し掛けてきた。


「家には手紙を書くよ。それで、もう少しここで働いてみる。トローザ村に戻る戻らないは別にして、折角村の外に出て何も得るものが無かったら勿体ないからな」

「分かった。体に気を付けて頑張ってね」

「ミリアムも無理するなよ」

「うん……」


 歩み寄ったミリアムが、スリっとコルデロに頬摺りをする。

 美しい兄妹愛の光景だが、そばでシューレが両手をワキワキさせていて台無しだ。


 コルデロは宿舎に戻るつもりだったようだが、ミリアム共々シューレに捕まって、もう一晩抱き枕を務める羽目になった。

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