第298話 コルデロの処遇

 コルデロは、密かに貯めていた小銭だけを持ち、ひたすら歩いてイブーロを目指したそうだ。

 イブーロに到着したのは、もう日が暮れようとした時間で、街に入ろうとして衛兵にとめられたらしい。


 イブーロに何の用だと聞かれ、冒険者になりに来たと答えたら、この時間からギルドに行っても間に合わないだろうから一晩詰所に泊めてやると言われたそうだ。


「それで、次の日の朝起きたら馬車に放り込まれて、ここに連れて来られて、今は養殖場で働いてる」

「それのどこが冒険者なのよ……」


 なんとも呑気なコルデロの話を聞いて、もう何度目かも分からないがミリアムは頭を抱えた。

 たぶん、イブーロで仕事にあぶれて、新たな貧民街を作ってしまうような人間が増えないように、騎士団で門前払いのような形で訓練施設へと送り込んでいるのだろう。


「馬鹿だなミリアム、冒険者になるにも登録料が必要だし、元手も無しに始めたら大変な事になるんだぞ」

「そ・れ・を! お兄ちゃんはやろうとしてたんでしょ!」

「ま、まぁ、若気の至りというやつだ……」

「はぁ……これからどうするつもりなのよ」

「ここで働いて金を貯めるだろう。休みの日には武術をやりたい人への講習会もあるそうだ。そこに参加して腕を磨くだろう……そうすれば水の魔法が使える俺ならパーティーを組みたいって人が現れて……そしたら魔物を狩って……ランクを上げて……いっぱい金を稼いだら可愛い嫁さんをもらって……」


 あーあ、ミリアムがシューレにすがりついて嫌々しちゃってるよ。

 もう手遅れなの、このまま火を点けて燃やしましょう……なんてアテレコしたくなっちゃったよ。


 なんか、前世でラノベを読みまくって妄想を巡らせていた頃の自分を見るようで胸が痛いね。


「そんじゃあ、体験してみりゃいいんじゃねぇか」

「簡単に言わないでよ!」


 軽い調子で切り出したセルージョに、イライラしたようすでミリアムが食ってかかる。


「そうカリカリすんなよ、ミリアム。ところで、コルデロだったな、お前さんオークの実物を見た事あるか?」

「い、いえ……無いですけど、ここのみんなが鍋とか叩くと逃げて行く程度なんですよね?」


 コルデロの言葉を聞いたセルージョは、意味ありげな表情で頷いてみせた。

 アツーカ村やトローザ村のように冒険者のいない小さな村では、ゴブリンやオークが出没した時には冒険者が来るまでの間、村のオッサン連中が自衛の支度を整える。


 アツーカ村のように、元冒険者のゼオルさんに手ほどきをしてもらい、積極的な防衛をする村は少ないようだが、それでもいざとなれば自分達で戦わなければならない。

 ただし、そうした場に駆り出されるのは、殆どが体の大きな人種のオッサンだ。


 俺もアツーカ村のゴブリンの討伐やオークの討伐に参加したが、俺以外に猫人やウサギ人などの体の小さな人種はいなかった。

 つまり、コルデロは魔物を間近で見た経験が無いのだ。


「明日、俺達に同行して、オークの討伐がどういうものなのか実際に見てみればいい。冒険者の仕事って奴が、どんなものなのか味わってみればいいさ」

「つ、連れて行ってくれるのか?」


 冒険者の現場が味わえると聞いて、コルデロは目を輝かせている。


「構わないだろう、ライオス」

「まぁ、うちは構わないが、養殖場の方は大丈夫なのか?」

「大丈夫だ。俺一人欠けたところで何の問題も無い」


 いやいや、それって自分で存在価値が無いって言ってるようなものだからね。


「それでも、無断で休む訳にはいかないだろう」

「分かった、じゃあ許可をもらってくればいいんだな。行ってくる……」

「ちょっと、お兄ちゃん! もう……」


 食器の載ったトレイを持って、炊事場の方へと駆け出していったコルデロを見送って、ミリアムは不機嫌そうに頬を膨らませた。

 そんなミリアム見て笑みを浮かべたセルージョが、俺に向かって指を差した。


「ニャンゴ、お前は明日出番無しだからな」

「えっ、なんで?」

「当たり前だろう。お前が魔法で片付けちまったら、冒険者の厳しさなんか欠片も伝わらねぇよ」

「なるほど……でも、冒険者の厳しさを伝えるって、どうやるの?」

「まぁ、そこは俺様に任せておきな。安全を確保しつつ、冒険者の厳しさを体感できる場所を整えてやるよ」


 なんとなく、ミリアムやコルデロのためというよりも、セルージョが楽しむためのように思えるのは勘違いじゃないだろう。


「ねぇ、それでもお兄ちゃんが、冒険者になるって言ったらどうしたらいい?」

「やらせてみるしかねぇだろう。元手が必要、腕も磨かなきゃいけない……たぶん、俺らが動かなくても甘い考えで冒険者にならないように、騎士団やギルドが手を回してるんだと思うぜ。なにより、お前の兄貴がここに送られて来てるのがその証だろう」

「そっか……それもそうよね」


 確かにセルージョの言う通り、以前のイブーロであればコルデロは路頭に迷っていただろう。

 それが、こうして職業訓練を受けているのだから、セーフティーネットは機能しているのだ。


「冒険者になるならないは別にして、家を誰が継ぐのかは、ミリアム、お前の家の中の問題だ。別に、親は今すぐ働けなくなるような歳でもないんだろう? それなら、ちゃんと仕送りをさせるようにすれば問題無いんじゃねぇか?」

「うん……」

「まぁ、その辺りは、明日の討伐が終わってから話し合ってみるんだな」

「うん……」


 ミリアムが今ひとつ納得がいかないような表情を浮かべてる一方で、炊事場の方から小走りで戻ってくるコルデロは満面の笑みを浮かべていた。

 許可をもらったコルデロは、このままチャリオットと一緒に夜を明かして、明日一日討伐に同行する事になった。


「ミリアム、お前なんかいい匂いがするな……」

「ちょっと、くっつかないでよね」

「いいじゃないか、兄妹なんだから」

「兄妹だから恥ずかしいんでしょ」


 久しぶりに会ったミリアムを構おうとして邪険にされたり、シューレに水浴びのやり直しを命じられたり、コルデロのせいでウニャウニャと賑やかな夜になった。

 最終的にはシューレに抱え込まれて、石像のように固まっていた。


 まぁ、俺もレイラに抱えられて一夜を過ごしたんだけどね……踏み踏み。

 一夜が明けて、朝食を済ませたら各自が討伐の準備を始める。


 ライオスは、この日も大剣ではなく左手に小盾を持ち、腰には幅広の短剣を吊っている。

 ガドも小さめの盾と鉈のような短剣、セルージョは短弓を携えている。


 討伐の依頼をこなしながら、徐々にダンジョン攻略のための準備を進めているのだ。

 ミリアムとコルデロはシューレに抱えられ、シューレはいつもの短剣を腰の後ろに吊っている。


 レイラはナックルブレードを腰に吊り、俺を抱えている。

 うん、いつものチャリオットなのだが、コルデロは首を傾げていた。


「ミリアム、冒険者ってのは、こんなに楽なのか?」

「そんな訳ないでしょ。森に入るまでよ」


 ミリアムは目を吊り上げているが、シューレの腕の中で向かい合わせに抱えられているので格好がつかない。

 まぁ、今日はミリアムに経験を積ませるのが目的と言ってたから、その格好もオークの探索を始めるまでだろう。


 出発前にシューレが風を読み、今日は池の南側を通って西の森を目指す。

 池に沿って続く道を歩き、池の南西で森に踏み込む支度を整えた。


「こ、これは、にゃんで……?」

「今日のコルデロは、言わばお客さんだからな。万全の安全措置を講じた訳だ」


 コルデロはシューレの腕の中から、ガドの腹の上へと移動させられている。

 だっこ紐で、前向きに固定されている感じだ。


「うちで一番守りが固いのはガドだ。そこにいればオークの攻撃が届く可能性はほぼ無いから、安心して討伐を見物してくれ」


 ガッシリした体形のサイ人のガドならば、猫人のコルデロを括り付けられたとしても、殆ど負担には感じていないだろう。

 この格好ならば、チャリオットの最前線を担うガドが見る光景をかぶり付きで見られるわけだ。


「セルージョにしては良いアイデアね」

「それはいいけど、レイラ、そろそろ下ろして」

「あら、ニャンゴは今日はお休みでしょ?」

「だとしても、俺を抱えていたらレイラが戦えないよ」

「大丈夫、大丈夫。私の出番はオークを見つけて、ねぐらを確認してからだから大丈夫よ」

「まぁ、そうなんだけどさ……」


 たしかに今日は俺の出番は無いみたいだし、レイラの出番もまだまだ先だが、だからと言って抱えられたままでは名誉騎士としての威厳が……元からそんなの無かったか。

 森に入る手前でミリアムもシューレの腕から降りて、ピンと尻尾を立てて周囲の様子を探り始めた。


「気負っちゃ駄目……今日は長丁場になるつもりで、魔力の消費に気を使いなさい……」

「分かったわ」


 探索の準備が整ったところで、ミリアムがライオスに頷いてみせる。


「よし、行こう」


 ライオスの一言で空気がピリっと引き締まる。

 まだ臨戦態勢のような張り詰めた空気ではないが、それでもコルデロはビクっと体を震わせていた。

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