第294話 オリハルコンの噂

 イブーロに戻った後、拠点に帰る前にギルドに立ち寄って、ギルドマスターのコルドバスに面会を求めた。

 エストーレに関する情報があると伝えたら、受付嬢のジェシカさんは俺とレイラの顔を見比べた後、何か言いたげな表情を見せたがコルドバスに取り次いでくれた。


 取り次ぎを頼んだだけなのに、何か感じ取られてしまったのか。

 いや、そんなはずはないよね。


 ギルドの二階にあるコルドバスの執務室の扉をジェシカさんがノックすると、今日はすぐに返事があった。


「入りたまえ」

「失礼します。エルメール卿がエストーレに関する話があるそうです」

「ほう、まさか偵察して……きたのか?」

「ちょっと覗いた程度ですけど」

「ほぉ……掛けてくれ。ジェシカ、お茶を頼む」


 応接ソファーに向かい合って座った後、エストーレを偵察した経緯を話すと、コルドバスはジェシカさんと顔を見合わせた。


「空を飛んでエストーレまで行っただと?」

「あぁ、そこからですか……」


 飛行船についてザックリと説明すると、今度はヘリウムについての説明をする羽目になった。

 色々と大雑把に説明して、魔物が国境地帯である瓦礫の谷を渡って来ている事やエストーレの森で大規模な伐採が行われている様子を伝えると、コルドバスは意外な事を口にした。


「どうやら、オリハルコンの噂は本当らしいな」

「オリハルコン……ですか?」

「商工ギルドにエストーレの話を集めてもらったのだが、その中にオリハルコンの鉱床が見つかったらしい……というものがあった」

「俺達が見た伐採箇所は、オリハルコンの採掘現場なんですか?」

「その可能性が高い。エルメール卿は、オリハルコンがどんなものか知っているかい?」

「金よりも貴重な金属で、特殊な魔法特性がある……ぐらいで、詳しくは知りません」

「オリハルコンは、その希少性ゆえに一般人の目に触れる事は殆ど無い。特殊な魔法特性というのは、属性魔法の触媒としての働きだ」

「触媒……というのは?」

「属性魔法を増幅させたり、減衰させたりする。例えば、オリハルコンの魔剣に風属性の魔法を纏わせて一撃を放つと山を二つに割るほどの威力が出せるらしい。そして盾として使えば全ての魔法を打ち消すそうだ」

「えぇぇ、山を割るって……」

「まぁ、そんなのは作り話だろうが、実際、城壁や城門を一撃で破る程度の威力は出せるらしいぞ」

「本当に、そんな魔剣が存在するんですか?」

「王家は所有しているらしいが、真偽のほどは分からない」


 シュレンドル王家の宝物庫には、神剣と神盾が収められているらしい。

 神剣は海を割り、神盾はドラゴンのブレスすら防ぐと言われているそうだ。


 なんだか、いきなりファンタジーな話になってきて、ちょっとワクワクしちゃっているけど、もしエストーレが大量のオリハルコンを手にしたら、何に使うだろうか。

 思い付いた疑問をコルドバスにぶつけてみた。


「ふむ、あくまで仮定の話だが、一つは輸出品として交易で稼ぐ、もしくは外交の道具として使う。鉄と同程度に採掘されたら、騎士団の戦力底上げに使うだろうな」

「魔剣を装備した部隊とか……?」

「可能性としてはゼロではないが、限りなくゼロに近い話だな。末端の兵士にまで魔剣を装備させて隣国を侵略するなんて、御伽噺の世界でしかありえないだろう」


 前世、日本で暮らした記憶を持っている俺にとっては、魔法が存在するこの世界が既に御伽噺レベルだから、魔剣部隊が現れてもおかしくないと感じている。

 だが、コルドバスは侵略の可能性よりも、森林伐採の影響や交易品として流通した場合の影響の方が気になっているようだ。


「今の時点でもエストーレから魔物の流入が続いているならば、伐採の範囲がまだ広がっているのだろう。更に魔物の数が増えれば、秋までは何とか食料を確保出来ても、冬に入って飢えた連中が人里を襲う可能性が高まるな」

「今のうちから、討伐を進めて魔物の密度を下げておいた方が良いのでは?」

「ゴブリンやコボルトの討伐手当ての増額を検討するか……」


 アツーカ村に駐留している騎士団に頼んで、村の周辺に巣を作っているゴブリンやコボルトの討伐を進めたのは正解だったようだ。


「とりあえず、引き続き商工ギルドとも連携して情報を集めてみる。エルメール卿の情報も匿名で騎士団の方へ伝えておこう」

「えっ、匿名ですか?」

「たいした距離ではないのだろうが、国境侵犯だから大っぴらに話さない方がいいぞ」

「うっ……了解です」


 確かに、情報を伝える事ばかりに気を取られて、不法出国、不法入国をしたことが頭から抜け落ちていた。

 もしかして、処罰されたりするのかな。


 コルドバスとの面談を終えて帰る途中に、ジェシカさんからも釘を刺されてしまった。


「エルメール卿、国を代表する名誉騎士様なんですから、軽率な行動は控えて下さい」

「すみませんでした」

「もし見つかっていたら、国際問題になっていたかもしれないんですよ」

「面目ないです……でも、本当に酷い嵐で、やむを得ず国境を越えてしまったんですよ」

「それで、エストーレでどうやって嵐をしのいだのです?」

「えっ、それは空属性魔法でドーム状の屋根を作って、嵐が過ぎるまで耐えてたんですよ」

「そうよ、ジェシカ。ニャンゴが屋根を消してしまったら、二人ともびしょ濡れになるところだったのよ」


 レイラが補足してくれたけど、ジェシカさんは納得していないようだ。


「まぁ、空を飛ぶとかは体験してみないと信じられないでしょうけど、すっごい嵐だったのは本当よ。でも、屋根の下も湿気が酷くて、私もニャンゴも汗だくになっちゃったけどね」

「気温はそんなに高くなかったはずですけど」

「だって、大きな屋根を作れば、それだけニャンゴが消耗しちゃうでしょ? 屋根のサイズを制限すると、中の空間は限られちゃうから蒸れるのよねぇ……」


 いや、ドームのサイズはゆったり出来る大きさで作ったし、気温自体は高くなかったよ。

 すっごい嵐で、汗だくになっちゃったのは確かだけど……。


「とにかく、エルメール卿は軽率な行動は控えて下さい。分かりましたね!」

「はい、分かりました……」

「ニャンゴ、怒られちゃったね」

「レイラさんもですよ!」

「はーい、分かってますよ」

「はぁ、怪しいんだから……」


 ギルドから拠点に戻ると、リビングにライオスがいたのでエストーレの件と、戻って来る間に考えていた事を話した。


「という感じで、エストーレから魔物の流入が続いているみたいなんだ。それでライオス、ダンジョンに挑むのは来年の春からじゃ駄目かな?」

「アツーカ村が気になるか?」

「うん、騎士団も駐留しているから、余程の事がなければ被害は出ないと思うけど、エストーレの森にいたコボルトの痩せ具合とかを見ると、これから国境を越えて来る魔物が更に増えるような気がするんだ」

「そうか……ただ、俺の一存では決めかねるから、結論は少し待ってくれ」

「分かった……そうだ、明日からの仕事は?」

「ラージュ村でのオーク討伐だ。相手は複数らしい」


 ラージュ村は、以前ロックタートルの討伐を行った村で、イブーロからは半日ほどで着ける距離だ。

 白身の高級魚マルールの養殖が行われている村でもある。


「あんまりオークが多いと持って帰って来られないんじゃない?」

「その時は、ラージュで買い取ってもらうから大丈夫だ」


 ラージュ村はアツーカ村などとは違って、マルールの養殖で潤っているので、オークを買い取る余裕があるらしい。

 イブーロのギルドで買い取ってもらうよりも値段は安くなるが、運ぶ手間を考えれば悪い話ではないようだ。


 自前の馬車を持たない冒険者の中には、ラージュ村の依頼を好んでやる者が多いらしい。

 討伐したら村まで引き摺って帰り、魔石だけ取り出して肉は売り払ってイブーロへは手ブラで帰るわけだ。


「うちが受けちゃって構わないの?」

「あぁ、運搬方法を持たないパーティーは、まだランクが低い連中が多いからな。複数相手の依頼は受けられないんだ」


 手に余るような依頼を受注させて、討伐出来なかったり冒険者に犠牲が出るのは、ギルドにとっても損失になるので制限を設けているのだ。


「複数のオーク相手だと、Cランク以上のパーティ―じゃないと受注できないはずだ」

「じゃあ、うちがシッカリと稼がせてもらおう」

「そういうことだ。明日は開門と同時にイブーロを出る。そのつもりで準備を整えておいてくれ」

「分かった」


 その晩は、明日からの依頼に備えてパーティ―のみんなも早く部屋に戻った。

 俺は屋根裏部屋で、例によって裸族仕様のレイラと一緒だったけど、抱き枕にされる以上の事は無かった。


 これが割り切った大人の関係なのだろうが……これで良いような……物足りないような……求めちゃいけないような……求められたいような……悶々とした一夜を過ごすことになった。

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