第295話 義足(カバジェロ)

 家具職人トーニョの工房から、義足が出来上がったとグラーツ商会に連絡が来たので受け取りに来たのだが……。


「こ、これが義足……?」

「はい、少し工夫を凝らしてみました」


 俺は義足と言えば、足の代わりに丈夫な木の棒を装着するものだと思っていたのだが、この義足は土台となる木の部分に、弓のように湾曲した板が取り付けられている。


「足の付け根から取り付ける義足は股義足と呼ばれているもので、本来は歩くための補助をするものですが、ジェロさんは冒険者として活動なさると聞いたので、走ることも想定しています」


 若いキツネ人の職人兼工房主であるトーニョの説明によると、装着する部分は角イノシシの革を重ねて立体的に作り、そこに土台となるズミノキの部材を取り付け、更に湾曲した黒い板の部材を取り付けてあるそうだ。


「角イノシシの革は、鞣し終えると濡れても縮まなくなるので馬具などに多く用いられています。ズミノキは比較的軽くて割れにくい特性があるので、家具などに広く使われています。そして、この黒い部材が我々が実用に取り組んでいる素材です」

「これは、何で出来ているんだ?」

「リマナスシダという植物の素材は、柔軟性に富んでいて様々な形を作れますが強度が足りませんでした。そこに、ストラ―樫の樹液を染み込ませたものが、こちらの部材になります」

「にゃっ……歪んで、戻る?」

「はい、軽くて弾力性に富み、水にも強く強度もある。厚さや形も自由に変えて作れるので、これから用途が広がっていくはずですよ」


 早速、出来上がった義足を装着させてもらうと、新しい素材の効果はすぐに実感できた。

 ぐっと体重を掛けると、一度撓って反発してくるのだ。


「にゃんだこれ……筋肉が付いてるみたいだ」

「どうでしょう、この義足ならば訓練しだいである程度は走れるようになると思いますが……」

「うん、これ凄いよ……」

「ありがとうございます」


 義足の長さは、無事な左足よりも少し短めに作られている。

 猫人の足は普通の人とは少し関節の形が異なっていて、つま先から踵までが長く、一つ余分に関節があるように見える。


 この特徴を活かせば、少し短い義足を上手く前後に振り出せそうだ。

 ただし、腰を上手く使ってやらないと義足の反発力を前に向かう力に変えられない。


 だが、逆に考えるなら、練習しだいでは小走り以上の速度でも移動できるかもしれない。

 トーニョに何度も礼を言って、使い心地は定期的に知らせると約束して義足を受け取り、早速歩行の練習に没頭した。


 幸い、グラーツ商会の敷地は広く、練習する場所には事欠かない。

 最初は、ゆっくりと歩きながら、体の使い方を確認していく。


 当然、バランスを崩して何度も転倒したが、全く苦には感じない。

 作り物だとは言え、また自分の足で立って歩けるようになるための練習なのだから、苦しいどころか楽しみでしかなかった。


 ただし、これまで使ってこなかった筋肉や、やった事のない動き、それと塞がった傷跡への圧迫によって色んな場所に痛みが生じた。


「トーニョも言ってたけど、いきなり使いこなすのは難しいか……」


 一度義足を外して少し休憩を挟んだ後、水浴びをして着替え、義足を装着し直してからグラーツ商会の会長オイゲンの執務室を訪ねた。

 折よく来客も無く、仕事にも余裕のある時間だったのでオイゲンは上機嫌で迎えてくれた。


「ほぉ、それがトーニョが作った義足か」

「はい、おかげ様で、こんなに立派な義足を作っていただきました。本当にありがとうございます」

「ほほぉ、良い顔になってきたな、ジェロ。さぁ、掛けて話を聞かせてくれ」

「はい……」


 良い顔をというのは意味が分からなかったが、ソファーに座ろうとして義足の欠点に気付かされた。


「えっ、これ、どうやって座れば……」

「ふむ、なかなか面白い試みの義足だと思ったが、まだ改良が必要だな」


 トーニョの作った義足は、歩くのには素晴らしい性能を持っているが、膝にあたる関節が無いので座ろうとすると足を突き出す形になってしまう。


「関節を付けるには、上側の部材を伸ばして関節を付け、その先に黒い部材を付ける必要があるな」

「でも、それですと義足が長くなりすぎてしまいます」

「そうだな、根本的に作り直さないとだめだろうな」


 オイゲンにトーニョから聞いた材料などの説明をすると興味深げに聞き入っていたが、最終的な評価は手厳しかった。


「物を作る場合には、使う人の生活を考えなければいけない。この義足は歩く、走るという面では素晴らしいものかもしれないが、生活するための道具としては欠陥品と言わざるを得ないな」

「物を作るって大変なんですね」

「そうだよ。そして我々グラーツ商会は、使う人の立場で本当に良い品物を選ばなければいけないんだ」

「分かりました、すぐトーニョに伝えて来ます」


 オイゲンとの面会を終えた後、トーニョの工房を訪ねると何度も謝られてしまった。


「ジェロさん、本当に申し訳ない」

「いえ、歩くための性能としては本当に素晴らしいですし、俺としてはこのままでも構わないのですが……」

「いえいえ、駄目です。このままで終わってしまっては、私の職人としての成長が止まってしまいます。是非とも作り直させて下さい」

「では、外しますね」

「いや、新しい義足が出来るまで、良ければそちらの義足はそのまま使ってください」

「良いのですか?」

「はい、どうぞお使いください」

「では、ありがたく使わせていただきます」


 この後、改良のための寸法取りをして、トーニョの工房を後にした。

 グラーツ商会に戻ろうかと思ったが、思い直して行き先を変更した。


 本当は、杖無しで軽く走れるようになってから見せようと考えていたのだが、やっぱりルアーナに見せたくなったのだ。


「ふふっ、こんな変てこな義足を見たらビックリするかな」


 ルアーナが驚く様子を想像しながら歩いていると、道の先にそのルアーナの姿が見えた。

 声を掛けようとして、ルアーナが怯えたような表情で他の人物と対峙しているのに気付いた。


「あんたのせいよ! あんたのせいで、私はこんな目に遭ってるのに、なに幸せそうに暮らしてんのよ! さっさとキルマヤから出て行きなさいよ!」


 目を吊り上げて、狂犬のように叫んでいるのは、お尋ね者たちに連れ去られた鉄板焼き屋の店員だ。

 店からルアーナを追い出しただけでは飽き足らず、今度は街から追い出そうというのか。


 その身勝手ぶりに腹が立った。


「やめろ! あんたが攫われたのはルアーナのせいじゃないだろう! そもそも攫ったのはお尋ね者達だし、意味も無く官憲に噛みついた馬鹿女とヘマをやらかした官憲の女のせいだろう。ルアーナは市民としての義務を果たしただけだ!」

「うるさい! 部外者は引っ込んでなさいよ!」

「部外者なんかじゃない。俺も一緒に官憲に知らせて、あの日一緒に店にいたんだ。それに、ルアーナは俺の大切な人だ。傷付けるなら許さないぞ!」

「大切な人……? ルアーナ、あんたこんなニャンコロと付き合ってるの? きゃははは……そうなんだ、こんなニャンコロと……きゃははは、傑作ね」


 鉄板焼き屋の店員は、狂ったように笑いながらフラフラと歩み去っていった。

 感情の起伏がおかしいというか、言い知れない気味の悪さを感じる。


「大丈夫か、ルアーナ」

「ありがとう、ジェロ……その足」

「あぁ、義足が出来たんだ。まだ試作品みたいなものなんだが、これで歩けるようになる」

「良かった……」

「それより、さっきの女、頭おかしいんじゃないか?」

「うん、実はね……」


 攫われた店員は、危害を加えられることなく解放されたのだが、世間には事実とは違った妄想を信じ込む輩がいるらしい。

 本当はお尋ね者達に凌辱されたのだろう、だったら俺達にも……と迫って来る男が何人もいたらしい。


 勿論、女性店員はその度に強く否定し続けていたそうなのだが、妄想に囚われた男達に仕事帰りを待ち伏せされ暴行されてしまったそうだ。

 男たちは官憲に捕らえられて処罰されるらしいが、だからと言って女性店員の心と体が元に戻る訳ではない。


 鬱屈したやり切れない思いの捌け口に、ルアーナが選ばれてしまったという訳だ。


「それは……同情するけど、ルアーナに街から出て行けは違うだろう」

「私もそう思うけどね……彼女の気持ちを考えると」


 あの女性店員に恋人がいたのかどうか知らないが、もし俺が彼女の恋人だったら、攫われた時点でも気が狂いそうになっていただろう。

 まして、実際に集団暴行を受けたなんて知ったら、相手の男を殺しているかもしれない。


「ルアーナ、気を付けてくれよ。ルアーナにもしもの事が起こったら、俺は……」

「ジェロ……」


 口づけを交わした俺達は、そのままルアーナの部屋に行き、互いの存在を確かめ合うように体を重ねた。

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