第291話 偵察飛行
やっぱりエストーレの様子が気になる。
隣国エストーレで何か異常事態が起こっているなら、国境の砦を除けば一番最初に影響を受けるのはアツーカ村だ。
ギルドマスターのコルドバスは、戦争の兆候は無いと話していたが、戦争以外でも大規模な森林伐採などが行われれば、住み家を追われた魔物が溢れる可能性はある。
シュレンドル王国とエストーレの間は、岩だらけの谷が両国を隔てているそうだ。
ブロンズウルフが現れた時に、騎士団に応援要請をしに国境を警備するビスレウス砦を訪れたが、その向こう側の谷の様子は見ていない。
どの程度の深さの谷なのか、簡単に魔物が渡れてしまう規模なのか、実際に越境してくる魔物がいるのか自分の目で確かめたくなったのだ。
チャリオットはオーガの依頼を終えた後、三日間の休養に入ったので、その間を利用して偵察に出掛けようと思い立った。
空の上から眺めた程度で何かが分かるとも思えないが、自分の気持ちは納得させられるだろう。
休日二日目の早朝、北門の外から飛行船で飛び立って空から偵察を行い、昼にはアツーカ村に戻ろうかと思っていたのだが……。
「本当に危ないですから、ふざけないで下さいよ」
「分かってるわよ。大丈夫だって、討伐の時も真面目にやってたでしょ?」
「まぁ、それはそうなんですけど……」
寝ている間に抱き枕にされてしまうのだから、レイラに気付かれずに拠点を出るのは不可能だ。
昨夜の夕食の席でも、エストーレに対する心配を話していたから、行き先を誤魔化そうとしても無駄だった。
仕方がないので、レイラも乗せての偵察飛行となってしまった。
まぁ、ヘリウムガスを使った飛行船ならば、使う魔力は限定的なので、タンデム飛行でも大丈夫だろう。
「一応、念のために俺の体とレイラさんの体をベルトで繋いでおきますよ」
「ねぇ、ニャンゴ。私が後ろの方が楽でしょ?」
「まぁ、そうですね」
座席は一つにして、レイラが俺を抱え込む形で座るようにした。
この姿勢の方が俺も見晴らしが良くて助かるのだが、俺が乗せているようには見えないよな。
まぁ、頭を支えるクッションは極上だから文句は無いけどね。
新型の飛行船はヘリウムガスを入れる気室を座席の前後に配置して、流線型のカバーで覆ってある。
普通の素材で作られた気室では前方への視界を邪魔するが、空属性魔法で作った気室は透明なので、視界を邪魔しない。
「もう少しで浮かぶので、もう暫く待って下さい」
「ねぇ、本当に空に浮かんだりするの?」
「浮きますよ。もうちょっとです」
自信たっぷりに答えたが、道端の草地でレイラに抱えられて座っているだけにしか見えないので、時折通る旅人の視線が痛い。
ちゃんと流線型のボディーに安定翼まで付けてあるのに、誰にも見てもらえないのがちょっと悲しい。
「あっ、浮いた……?」
「はい、お待たせしました。出発しますよ」
俺達の体重と浮力の釣り合いが取れて、機体はゆっくりと浮かび始めた。
「では、出発します」
「わっ……わっ……浮いてる、浮いてるよ、ニャンゴ」
飛行船は後部に取り付けた風の魔法陣の力で前進する。
方向変換は、機首の先端を空属性魔法で移動させて行う。
機首を上げて後部の風の魔法陣を発動させれば、飛行船は前方へと進みつつ高度をドンドン上げて行った。
「これは……さすがに怖いわね」
高度が上がると、レイラが俺を抱えている腕に力を込めてきた
何しろ、座席も床も空属性魔法で作っているから透明で、下の景色が丸見えなのだ。
十メートルほどの高さが恐ろしく感じる一方で、何百メートルぐらいの高さになると、現実味が失われて怖さも半減する。
レイラも最初は怖がっているようだったが、高度が上がり、周りを見渡す大パノラマが見えると驚きの声を上げた。
「凄い、本当に空を飛んでるわ」
「あそこに馬車がいますよ」
「うわっ、小さい……手の上に乗りそう」
今日は低い雲もなく、見晴らしが良い。
風も穏やかのようで、絶好のフライト日和だ。
「ありがとう、ニャンゴ」
「えっ、何がですか?」
「ニャンゴと知り合っていなかったら、こんな風景は一生掛かっても見られなかったわ」
「あぁ、でも熱気球を作れば、見られるようになると思うよ」
「熱気球……?」
「えっと……暖かい空気は軽いから……」
熱気球について簡単な説明をしたけれど、レイラは景色を見るのが忙しいらしく、生返事しか返ってこなかった。
キダイ村の上空を通り過ぎ、アツーカ村を見下ろし、北の奥山に近付いたところで速度を落とした。
「うーん……森の中までは、上からだと見渡せないな」
「そうね。今の時期は一番葉が繁っているから余計に見通しは悪いわね」
時折、木々の隙間に動くものが見えたが、真上からなので何がいたのか判別できなかった。
もう少し高度を落とせば見えるかもしれないが、ブロンズウルフのような強力な魔物がいたら、飛び掛かってくるかもしれない。
安全のために十分な高度を維持しながら更に北へと向かうと、突然森が途切れて岩だらけの谷に出た。
「これが国境の谷か……」
「何で、ここだけ木が生えてないの?」
「さぁ……?」
レイラに質問されたけど、むしろ俺が聞きたいぐらいだ。
岩だらけの谷は、南西の方角から北西に向かって続いていた。
「ちょっと谷に沿って飛んでみよう」
「あっ、ニャンゴ、あそこ!」
レイラが指差す方向を見ると、一段低くなっているように見える場所に、複数の魔物や獣の死骸が横たわっていた。
「なんだろう、何かに襲われた感じじゃないよね」
「そうね、死体は食い荒らされていないみたい」
「あっ!」
「どうしたの、ニャンゴ?」
「あれかもしれない……」
「えっ、何?」
「向こうの崖、黄色くなってるでしょ?」
「あれが、どうかしたの?」
「たぶん、あそこから火山性のガスが噴き出してるんだと思う」
飛行船は、ほぼ密閉状態にしていたので気が付かなかったが、外気が入るように小さな窓を開けると、硫黄独特の臭いが漂ってきた。
「うわっ、臭い……これが火山の臭いなの?」
「たぶん……」
一旦、飛行船を森の上空へと戻して、キャビンの空気を入れ替えて、再度密閉した状態で接近してみた。
高度を下げてみると、窪地の中には泉らしきものがあり、ここへ水を求めて寄って来て、ガス中毒で倒れて息を引き取ったのだろう。
「もしかすると、このガスの影響で木も生えにくくなってるのかも……」
「なるほどね。でもニャンゴ、こんなに危険な場所があるんじゃ、エストーレから魔物は来ないんじゃない?」
「でも、魔物がここが危険だって知ってるかなぁ……?」
「そうね、知ってたら、こんなに死んでいないか……」
更に北西へと向かって谷に沿って飛んでみると、他にも黄色く変色した崖や明らかに湯気が立っている泉が確認出来た。
やっぱり、この岩だらけの谷は、火山性の有毒ガスが滞留しやすい場所のようだ。
「ニャンゴ、コボルトの群れよ」
「うわっ、結構大きな群れじゃない?」
「そうね、五十頭はいるわね」
「こいつら、シュレンドル側に行こうとしてるのか?」
「そう見えるわね」
エストーレ側から岩だらけの斜面を下りてきたコボルト達は、盛んに鼻をヒクヒクさせて臭いを嗅ぎながら、小川の水を貪るように飲み始めた。
良く見ると、傷ついている個体も見受けられる。
「何かに襲われたみたいね」
「大きな魔物?」
「それか、オークの群れとかね」
「理由はどうあれ、シュレンドル側に渡って来られるのは迷惑だから追い払おう」
水分を補給したコボルト達は、周囲を警戒しつつも川原に寝転び始めた。
見通しの利く場所で休息しようと考えているようだが、悪いけど休ませてやるつもりは無いよ。
「粉砕!」
コボルト達が、これから上って行こうと考えているであろうシュレンドル側の斜面を粉砕した。
ズーン……っと腹に響く音の直後、ガラガラと音を立てて斜面が崩れ始めた。
川原で休息していたコボルト達は、突然の事態に驚いて飛び起き、エストーレ側へと戻り始めた。
更に二発、粉砕の魔法陣でシュレンドル王国側の斜面を崩し、空属性魔法で作ったバーナーを浴びせて、エストーレ側の森へとお帰りいただいた。
「とりあえず追い払ったけど、また暫くしたら近付いて来そうだな」
「エストーレ側の問題が解決されないと駄目そうね」
飛行船の高度を上げて、谷の上空からエストーレ側の森を眺める。
鬱蒼とした森が、シュレンドル側よりも更に遠くまで広がっていた。
「これだけ広大な森だったら、多少魔物が増えても大丈夫そうだけどなぁ……」
「それは、程度によるんじゃない?」
程度を確かめようにも、森の端は遥か遠く、エストーレで何が起こっているのか全く分からないが、疑いは更に濃厚になってきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます