第289話 不安な推測
イブーロの拠点に戻った後、みんなよりも一足早くライオスと共にギルドに向かった。
目的は依頼完了の報告と、トローザ村の近くでオーガが繁殖していた件の報告だ。
トローザ村の村長からも改めて報告があるのだろうが、魔物の異変については早急に報告しておいた方が良い。
カウンターでジェシカさんに依頼完了の報告をした後、討伐後に回収した魔石と角の買い取りを頼みながら事情を話すと、ギルドマスターに直接報告するように頼まれた。
二階の執務室へ案内され、ジェシカさんがドアをノックすると、何やら室内でゴトゴトと音がした後で咳払いが聞こえた。
「おほん……あぁ、入りたまえ」
「失礼します……」
ギルドマスターのコルドバスは、執務机に向かって厳しい表情を浮かべていたが、ライオスと俺の姿を見て、ほんの少しだけ首を傾げてみせた。
「どうした、何かあったのか?」
「トローザ村の討伐依頼に向かったチャリオットの皆さんが、オーガの営巣を確認したそうです」
「何だと……本当かライオス」
「えぇ、村からは歩いて一時間も掛からない距離に巣を作っていました」
「詳しい話を聞かせてもらおうか。ジェシカ、お茶を頼む」
執務机を離れて歩み寄って来たコルドバスに、ジェシカさんがニッコリと微笑みかけた。
「かしこまりました。マスター、本日分の決済が終わらない場合には残業していただきますよ。それと、ソファーの下の馬鹿デカイ剣は片付けておいて下さい」
「ぐぅ……分かった」
応接テーブルの上の灰皿には、まだ薄く煙を上げている葉巻が残されている。
おそらく、俺達が来る直前まで剣の手入れでもしながらサボっていたのだろう。
てか、ギルドマスターをぐうの音も出ないぐらいにやり込めるジェシカさんってば、恐ろし……いえ、何でもないです。
応接ソファーに腰を落ち着けた後、ライオスが主に説明をして、俺が尋ねられた内容を補足する形で討伐の経緯を話した。
「それじゃあ、一頭残らず討伐したんだな?」
「えぇ、巣の周辺もニャンゴとシューレ、ミリアムに入念に索敵してもらいましたから、一団から逃げた個体はいないはずです」
「そうか、それならば当面の危機は去った訳だな?」
「はい、トローザ村の村長には、騎士団に助けを求めるように助言しておきました」
「そうだな、うちからもトローザだけでなく、周辺の村へも騎士団を派遣するように要請しておくか」
コルドバスの話によれば、トローザだけでなく他の村からの依頼も増えているらしい。
「あの、アツーカ村の北の森で魔物が増えている影響なんでしょうか?」
ハイオーク襲撃以後も、アツーカ村で魔物の出没が増えている件を話すと、コルドバスは大きく頷いてみせた。
「全く無関係ではないだろうな。魔物自体の数が増えているのか、あるいは食料が足りないのか、それとも……」
「強力な魔物が縄張りを作ったか……?」
「そうだな。それも考えられるが、エストーレの連中が何かやっている可能性もある」
「えっ、エストーレですか?」
エストーレは、アツーカ村から更に街道を北に進み、国境のビスレウス砦を通り、岩だらけの峡谷を渡った先にある隣国だ。
「アツーカ村の北の森から瓦礫の砂漠のような谷を挟んだ向かい側、エストーレの国内にも大きな森が広がっている。その更に向こうがエストーレの主要な国土になるが、もし大規模な森の伐採などが行われた場合、住み家を追われた魔物が谷を渡り、こちらの森に入り込む可能性も考えられなくもない」
前世の日本とは違い、こちらの世界では正確な地図は出回っていない。
旅をする者が使うものも、街道を簡略化して描いた程度の地図で、あまり詳しい情報は載っていない。
ましてや、シュレンドル王国の外については、漠然とした国の形を描いた地図程度で、全く当てにならない精度だ。
国境近くのアツーカ村に生まれ育ったが、あまり交易が盛んでないこともあってエストーレがどんな国なのかも知らない。
「そう言えば、ケビンがそんな話をしてたな」
「ケビンさんってエストーレに詳しかったんですか?」
「あぁ、奴はエストーレの出身だったからな」
病に冒されていたチャリオットの元メンバーで、レイラさんの恋人だったケビンは、隣国エストーレから流れてきた冒険者だったそうです。
「もし、魔物の増加がエストーレの影響だとしたら、どう対処するんですか?」
「確実にエストーレの影響だという証が無い限り、こちらからは何も要求出来ないだろうな」
コルドバスは、お手上げだと両手を広げてみせる。
「証拠があったらどうですか?」
「それでも、お願い程度しか出来んだろう」
隣国エストーレとは、現在は友好的な関係が続いているが、交易が盛んな訳ではない。
ビスレウス砦に王国騎士団とラガート騎士団が常駐している程度には、緊張した関係と思った方が良いのだろう。
「エストーレに関しては、噂を集める程度しか出来んが、商工ギルドにも声を掛けて、あちらでも噂を集めてもらおう」
単純に魔物が増えた、食料不足、強力な魔物の出現、そしてエストーレの影響。
四つの理由の中では、エストーレの影響が一番怪しいように感じる。
今聞いたばかりだからかもしれないが、それでもヒゲがビリビリする。
俺の思い違いであってほしいが、何だか嫌な予感がする。
「あの……エストーレに入国するのって大変ですか?」
「いいや、別に敵対関係にある訳ではないから身分証さえ持っていて、犯罪歴が無ければ問題無いが……エルメール卿は少々手間取るかもしれないな」
「あっ、そうか……俺のギルドカードには王家の紋章が入ってるんだ」
「シュレンドル王家に縁のある者の訪問となれば、国として相応の対応が必要となるので、通常は事前に書簡などで通告した上で訪問する事になっているはずだ。いきなり行って入れて下さいだと、あちらが面食らうだろうな」
「そうか……紋章無しのカードって作れます?」
「作れないことは無いが……お薦めは出来ないな。紋章を入れたカードが渡されるのは、王家が手放したくないと考えている表れだ。紛失した訳でもないのに新たなカードを作ってエストーレを訪問するとなると、要らぬ疑いを抱かれたりしかねないぞ」
王家の紋章が入ったカードは、俺の身分を示すには都合の良いものだと思っていたが、場合によっては足枷にもなるのだと改めて気付かされた。
「自分の故郷が関係する事柄だけに心配になるのは当然だろうが、エストーレの件は私の当て推量にすぎん。確証が見つかるまでは、頭の片隅に置いておく程度で構わんと思うぞ」
「そうですね。ブロンズウルフの一件以来、魔物に関するトラブルが続いているので、ちょっと神経過敏になっていたみたいです」
「何か進展があったら、エルメール卿に伝わるように手配しておこう」
「よろしくお願いします」
報告を終えた俺とライオスは、書類が山と積まれた机へトボトボと戻るコルドバスを見送った後、酒場へと足を向けた。
ギルドの酒場には、チャリオット以外のパーティーも打ち上げに来ているらしく、いつも以上に賑わっていた。
その多くは、カバーネ周辺でオークの討伐を終えた者達らしい。
仕留めたオークの頭数や大きさ、買い取り金額を競い合い、我こそは……と自慢を繰り広げている。
「おかえり、ニャンゴ」
「ふみゃ……レイラ」
酒場の賑わいに気を取られていたら、例によって気配もなく接近してきたレイラに抱えられてしまった。
「俺らの席は?」
「今日は、ジルのところが黒オークの大物を仕留めてきたそうだから、そっちで御馳走になるわよ」
「そうなんだ……」
酒場の奥へと目を向けると、ジルが率いるパーティー、ボードメンのメンバーに混じっているセルージョ達の姿が見えた。
すでに打ち上げが始まっていて、ジルとセルージョは何やら自慢し合っているように見える。
レイラに抱えられたままテーブルの間を突っ切っていくと、あちこちからレイラに対するお誘いの言葉が掛かる。
「レイラ、こっちで一緒に飲まないか?」
「おぉ、こっち席が空いてるぞ」
「また今度ね……」
にこやかに手を振られて断わられると、声を掛けた冒険者達はガックリと肩を落とし、レイラが通り過ぎた後で俺への呪詛の言葉を吐きつけてきた。
「くそっ、俺の指定席みたいな顔して収まりやがって」
「尻尾の毛がズルっと抜けちまえばいいのに……」
「レイラの乳はみんなのものだったんだぞ……」
いやいや、別に俺のものになった訳じゃないよ。
ちょっと、ちょーっとだけ踏み踏みするぐらいだよ。
ジル達の打ち上げに混じっても、わぁっとレイラが迎えられ、直後にギロっと俺が睨まれる。
まぁ、いつもの居心地悪さだし、いつものごとく、うみゃうみゃに徹してやろう。
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