第286話 報告と提案

 魔石と角を切り落としたオーガの死体は、ライオスとガドの手で洞窟の内部へと放り込まれた。


「ニャンゴ、この洞窟を完全に塞げるか?」

「出来ますけど……良いんですか? 討伐の証明が出来なくなるんじゃ?」

「構わない。村長の様子では、全頭分の討伐報酬の回収は難しそうだし、これだけの数の魔石を回収出来れば稼ぎとしては悪くない」

「それじゃあ、洞窟ごと埋めて終わりですね」

「いいや、終わりじゃないぞ。ギルドを通じて、ここでオーガが繁殖していた事は報告する。通常、オーガはもっと山の奥で繁殖するものだから、何か異変が起こっている可能性があるからな」


 こうした魔物の異変に関する情報は、ギルドを通じて冒険者達に共有されると共に、ラガート騎士団にも伝えられるそうだ。

 アツーカ村をハイオークが率いたオークの群れが襲い、その後も魔物の数が増えている状況も、このトローザ村の件と関係しているかもしれない。


 トローザ村は、アツーカ村の南西に位置していて、この森を更に北に進むと尾根続きになっているはずだ。

 このオーガの一団は、北の奥山からアツーカ村には下りずに尾根を伝って下って来たのだろう。


「じゃあ、洞窟を塞いじゃいますから、みんなは離れていてください」


 チャリオットのみんなには、オーガを追跡して沢に出た辺りまで下ってもらい、俺はまた空属性魔法で空に上がってから洞窟の入り口を爆破した。


「ではでは、粉砕!」


 洞窟の上の斜面を粉砕の魔法陣を使って爆破する。

 思ったよりも固い岩盤だったので、二度、三度と爆破を繰り返して入り口を完全に塞いだ。


 放置しておけば、オーガは来なくてもゴブリンやコボルトなどの巣になっていた可能性が高いし、塞いでしまえば秋から冬の心配が一つ減る。

 作業が終わったところで、沢の近くで休憩を取った。


 ビスケットと乾パンを足して二で割ったような携帯食とお茶だけの簡単な食事もしたが、ミリアムは殆ど口を付けていない。

 実家を訪れて失踪を知らされた時に、兄の死を理性では覚悟したのだろうが、感情では納得していなかったのだろう。


 オーガの群れの討伐を終えて、村人や家畜が連れてこられて、餌として食われた痕跡を見て、感情が兄の死を受け入れ始めたのだろう。


「ミリアム、少しでも食べておきなさい……」

「シューレ……」

「あなたが衰弱して倒れることをお兄さんは望んでいないわよ」

「うん……」


 ようやくミリアムが携帯食を小さく齧り、少し冷えてしまったお茶で喉を潤す。

 腹持ちの良い携帯食だが、保存性を高めるため乾燥してあるのでパサパサなのだ。


 前世日本のような密封、脱酸素包装なんてものがあれば、もうちょっとシットリした物が食べられるのだろうが、こちらの世界では難しい。

 時間を掛けて調理すれば、もう少しマシな食事にありつけるが、今日は撤収を優先しているのでお茶で流し込むしかない。


「ニャンゴ、上から村への方向を誘導出来るか? またオーガが偽装した跡を辿って帰るのでは遠回りだからな」

「そうですね。最短距離の方向に明かりの魔法陣で誘導しますよ」

「頼むぞ」


 ライオス達はベテランの冒険者だが、トローザ村の森の地理までは把握していない。

 追跡している途中、帰路のための目印は付けてきたが、それを辿っていたら遠回りになるのは目に見えている。


 俺なら森の上空に上がって、村の方向を確認できるので、最短距離を誘導出来る。

 ステップを使って森の上まで駆け上がり、村の方向を確認したら、明かりの魔法陣で列を作ってみんなを誘導した。


 来る時は沢まで二時間以上掛かっていたが、帰りは一時間も掛からずに森の外へ出られた。

 相変わらず、村はオーガの襲撃を恐れて静まり返っているが、それも今日までだろう。


 村長の屋敷に戻った後、ライオスの報告に同席させてもらった。


「村長、結論から先に言うと、オーガは全て討伐した」

「本当か? もう農作業に出ても大丈夫なんだな?」

「あぁ、少なくとも、ここ最近トローザ村の周辺に出没していた一団は全て討伐したから心配ない……はずだ」


 オーガが討伐されたと聞いて、ほっと胸を撫で下ろしていたオブライトだったが、ライオスの含みを持たせた言い方に気づいたようだ。


「はずだ……というのは?」

「まずは、これを見てもらおう」


 ライオスが持参した袋からテーブルの上に広げたのは、今日討伐したオーガの魔石と角だ。

 その数と意味を悟ったらしく、オブライトは息を飲んで目を見開いている。


「こ、これが全部オーガなのか?」

「そうだ、村から見て北西に一時間ほど進んだ沢沿いの洞窟に巣を作っていた。昨晩討伐したものを加えると、ニ十頭を超える群れだった」


 オブライトの顔から、みるみるうちに血の気が引いていったのは、村の危機というよりも追加で支払わなければならない金額を想像したからだろう。


「む、無理だ……いきなりこれだけの数の報酬を支払うのは、今のトローザでは……」

「そちらの事情も理解している。我々としては、昨晩討伐した三頭分の報酬だけ要求して、残りの支払いは求めないつもりだ」

「良いのか……?」

「まぁ、これだけの数の魔石もあるから構わない」

「すまない! あれほど無礼な態度をとってしまったのに……申し訳ない」


 オブライトは深々と頭を下げてみせた。


「討伐の報酬は三頭分だけで構わないが、いくつか要求する事がある」

「なにかね?」

「一つは、村の警戒態勢だ」


 ライオスはオーガの営巣の異常性、アツーカ村の周辺で起こっている異変などを話して聞かせた。


「では、トローザでも魔物の襲撃が増えるのか?」

「確実に増えるとは言い切れないが、備えておく必要があるだろう」

「備えると言われても……」

「まずは、騎士団に助けを求めるべきだろう。村の近くにオーガが巣を作ったとなれば、騎士団としても放置は出来ないはずだ。例え五人程度であっても人員を配置してもらえれば、村の安全は格段に上がるはずだ」

「そうだな、明日にでも子爵様に手紙を出そう」

「それと、これはアツーカ村の話なんだが……」


 ライオスが語り始めたのは、アツーカ村とゼオルさんの関係だった。

 途中で話を振られたので、俺が詳しく説明すると、オブライトは興味を惹かれたようだ。


「なるほど、引退した冒険者から経験を分けてもらうのか」

「はい、今回のオーガの一件も、ゼオルさんが居たら複数のオーガによる襲撃だと分かっていたでしょうし、そうなれば最初から騎士団に救援を求めたのではありませんか?」

「確かに、その通りだな」

「ニャンゴの言う通り、今回の依頼は騎士団に救援を頼むレベルだし、俺達以外の経験の浅い冒険者が担当していたら、下手すれば全滅していたかもしれない。そうなれば、新たに依頼を出さなければならなかったし、更に被害が続いていただろう」


 迅速に依頼を出すのは当然として、状況に変化が生じた場合には依頼の内容を変更する必要がある。

 単独のオーガであれば、Cランク三人組程度のパーティ―でも討伐出来るが、複数となれば返り討ちにされる可能性の方が高い。


「分かった、村の安全を守るためだ、出来る限りの事をしよう。こんな事が起こると知っていれば、もっと親父の話にも耳を傾けていたのに……」


 四十代かと思っていたオブライトは三十代半ばで、急逝した父親から半年前に村長の座を受け継いだばかりらしい。

 財務に関しては、父親の代から雇っている者が代行してくれているが、魔物の襲撃への対処法などでは冒険者のような経験が無く、とりあえずギルドに依頼を出したらしい。


「とにかく、分からないものは仕方ない。騎士団とギルドに頭を下げて力を貸してもらう。もうこれ以上村民から犠牲を出す訳にはいかないからな」


 オブライトは客間をもう一部屋貸して、夕食も用意すると言ってくれた。

 到着した直後とは凄い違いだが、村を思う気持ちが伝わってくる。


 将来、ミゲルもこのぐらい謙虚になってくれると助かるんだけどなぁ……。

 夕食前には、風呂も借りられて埃と汗を流せた。


 なぜだか俺はレイラに捕まって、丸洗いされて、丸洗いさせられた。

 自分で自分を洗ったほうが、洗う面積が小さくて済むのに……。


 納得のいかない思いを抱えつつ、自分の毛並みとレイラの髪を乾かし終えて風呂場を出ると、ざーっと夕立が通り過ぎていったおかげで涼しい風が吹いていた。


 部屋に戻る途中の渡り廊下では、シューレとミリアムが腰を下ろして、ぼんやりと庭を眺めていた。

 俺とライオスがオブライトに報告をしている間に、ミリアムの家族に諸々の説明をしに行ってきたはずだ。


「どうだった?」


 隣に腰を下ろしながら尋ねると、ミリアムはちょっとこちらに視線を向けた後でポツリポツリと話し始めた。


「あたしが、冒険者になって、Bランクのパーティーに入ったって言ったら固まってたわ」

「ふふっ、だろうね」

「あたしが話をしている間、みんなシューレの顔色を窺っていて……ほんと猫人って駄目ね。まぁ、あたしも外に出たから気付いたんだけどね」


 うちの家族もシューレを初めて連れて行った時は、終始ビクビクしていたものだ。

 お袋と姉貴は、抱き枕にされていたから若干馴染んだ感じだったが、親父と一番上の兄貴はずっと距離を取って様子を窺い続けていた。


「お兄ちゃんの事は、もう暫く待ってから考えるって言ってた。先送りにしても結果は変わらないけど……やっぱり時間は掛かるよね」

「だろうね……」


 こちらの世界に生まれ変わってから、俺はまだ親しい人の死に直面していない。

 冒険者として討伐の現場に出て、同業者の死には何度も遭遇しているが、近親者とは感じ方が違うだろう。


「ダンジョンに行くかもって言っても、あんまりピンと来ないみたいで、たまには帰って来いって言ってたわ」

「俺はたまに帰ってくるつもりだから、一緒に乗せて来ても構わないよ」

「えっ? だって旧王都までは馬車で何日も掛かるんじゃないの?」

「そうだけど、空を飛べば一日で戻って来られると思うよ」

「えっ、何言ってるの? 空を飛ぶ……?」

「まぁ、安全は保証しかねるけどね」

「はぁぁ?」


 ミリアムには理解不能みたいだけど、俺は飛行船でアツーカ村まで戻ってくるつもりでいる。

 ミリアム一人程度ならば、乗せて来るのに問題は無いだろう。


 明日は希望者を乗せて、イブーロまで飛行船で帰ってみようかな。

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