第287話 踏み出す一歩(カバジェロ)

「それならば、義足を作るのが一番だろうが……ジェロの場合は少し難しそうだな」


 夕食の後で、思い切ってタールベルクにルアーナとの将来について相談してみた。


「義足は俺も考えたけど、右足は付け根まで無くなってしまっているから義足は着けられないんじゃないか?」

「どうだかな。俺は職人じゃないから分からないが、本職の人間ならば解決策があるかもしれんぞ」


 俺が厄介になっているグラーツ商会は、色々な工房から商品を仕入れて販売している。

 家具や食器、宝飾品や服飾品、グラーツ商会に行けば良い品物が揃っていると言われるほど、会長オイゲンの目利きは確かだそうだ。


「義足や義手は、家具職人に頼む場合が多いから、どこの職人に頼むと良いか聞いておいてやろう」

「頼む……」

「それにしても、ジェロに女が出来たか……」


 タールベルクにニヤリと笑われると、顔が熱くなってくる。

 こういった時、猫人は顔色に出にくいが、それでも耳まで熱くなっているという自覚はあるから気恥ずかしい。


「お、俺も、こんな事になるなんて思っていなかった……」

「そうだな、出会った時のジェロは、この世に未練なんか無い……みたいな面していたからな」


 確かにタールベルクに拾われた頃は、まだ他人を信用出来ず、漠然とラガート子爵領に向かおうと考えてはいたが、いつ死んでも構わないとも思っていた。


「俺は……俺は本当に物を知らなかったから……いや、今でも知らない事ばかりだけれど、それでも幸せってものが、どんなものなのか、ほんのちょっとだけ分かったような気がする」

「そうか……なら、そいつを守らないとな。ジェロは左腕も失ってしまっているから、魔法を使うには右手を自由な状態にしておかねばならん。止まっている時は片足で立っていれば良いが、移動中は杖を握らねばならないから魔法が使えなくなる。こいつを解決するためにも義足は必要だろうな」


 タールベルクの言う通り、魔法を使うには右手を自由にしておかねばならない。

 魔法が使えなかったら、俺の価値なんかゼロだ。


「足があった時のように、自由に走れれば楽なんだがなぁ……」

「だが、いくら嘆いても無いものは無い。だったら対策を考えるだけだぞ」

「そうだな……その通りだ」

「何なら、ドラゴンみたいに口から火を吐いてみるか?」

「何を馬鹿な……」

「ぐははは……ジェロならやりかねんからな」


 タールベルクは笑っていたが、俺は口から火を吐く自分の姿を想像していた。

 たとえば、良い義足が手に入ったとしても、移動の補助に杖は必要だろう。


 それに、相手に剣で斬りかかられたら、杖で防ぐしかない。

 左腕があれば、その状況からも反撃出来るだろうが、俺の場合は右手が塞がってしまったら防戦一方だ。


 もし口から火が吐けたら、右手が塞がっていても攻撃が出来る。

 杖を使って移動しながらでも、魔法が使えるのではないか。


「試すなら外でやれよ。部屋を燃やしたら叩き出すぞ」

「分かってる……」


 考えに耽り始めた俺を見て、タールベルクはニヤリと口許を緩めてみせた。

 もうギルドも閉まっている時間なので、本格的に試すのは翌日以降にするしかないが、ちょっとだけでも感じを掴んでおきたかったので風呂場で試してみた。


 俺の火属性魔法は、自分の魔力を膜状にして広げ、空気中の魔素を包み込むようにして圧縮して手の中に握り込み、的に向かって打ち出す瞬間に発動させている。

 これを口でやるとなれば、空気と共に吸い込んだ魔素を胸の中で圧縮し、的に向かって吐き出す瞬間に発動させてやれば良いはずだ。


 ギルドの射撃場と違って、耐火や耐魔法の備えが施されていないので、威力を高めず発動することだけを確認する。

 お湯を張ったバスタブに向かって、大きく息を吸って、吐き出だすところで魔法を発動させる。


「かっ、かっ……かはっ!」


 息とともに吐き出した魔力で火属性魔法を発動させると、手のひらサイズの火球が飛んでバスタブの湯に触れるとシュっと音を立てて消えた。


「うん、やって出来なくはないな……」


 口でやるのか、手のひらでやるのかの違いだけで、魔法を放つのは可能だ。

 ただし、失敗すると命に関わるかもしれない。


 手の平の場合は、火傷で皮が剥けても痛みを我慢すれば済むが、口の中はまだしも、喉や胸の中を火傷したら息が出来なくなるかもしれない。

 胸の中で圧縮した魔素を発動させてしまったら、即死するかもしれない。


「だから……だから、なんだ。俺がルアーナとの生活を守るためには、危険だからと逃げてる訳にはいかないだろう。かっ、かっ、かっ……かはっ!」


 先程より威力を高めた火球は、バスタブのお湯に触れると弾けて周囲にお湯を撒き散らした。

 俺も頭からお湯をかぶってずぶ濡れだ。


「服を脱いでからやれば良かった……続きはギルドの射撃場だな」


 翌日、タールベルクが俺を家具工房へと連れて行ってくれた。

 グラーツ商会とは、今年になってから取引を始めたばかりの新しい工房らしい。


「邪魔するぞ」

「いらっしゃいま……タールベルクさん……」


 工房で働いている職人は、タールベルクを見て驚いている。

 タールベルクは冒険者として数々の功績を残しているらしく、冒険者以外の街の人にも顔を知られているらしい。


「ちょっと相談に乗ってもらいたいのだが、このジェロの義足は作れるか?」

「義足……ですか?」

「あぁ、右足は付け根まで無くなってしまっているから、普通の義足という訳にはいかない。普通の義足であれば、老舗の工房の方が仕事は早いだろうが、工夫を要する義足であれば、ここの方が良い物が出来るだろうとオイゲンさんに言われてな……」

「オイゲンさんが……分かりました、ちょっと足の様子を見せてもらえますか?」


 あまり物を知らない俺でも、タールベルクの言葉によって職人のやる気が引き出されたのが分かった。

 新しい工房だから老舗工房と比較されれば対抗心が湧く、グラーツ商会の会長の名前を出せば今後の取引きを考えて良い物を作ろうという気にさせられる。


 自分の存在感も使い、さり気なく話を進めながら職人の気持ちを誘導する……俺にはとても真似できない振る舞いだ。


「ジェロは、俺の助手を務めてくれているが、今のままだと少し不便なので義足を考えている。グラーツ商会の客からの注文ではないので、空いた時間に片手間でやってもらえばいい」

「なるほど……ちょっと寸法を測らせて下さい」


 物差しや巻き尺を使って俺の体を測り始めたトーニョという若いキツネ人の男は、工房で働いている職人かと思ったら工房の主だそうだ。

 ただ立っている時の寸法だけでなく、歩いた時の左足の角度や長さまで、何度も計っては略図を描いた紙に数字を書き込んでいった。


「そうですね……どうすれば使いやすいか少し考えますので、試作品の完成まで一週間ほど時間を下さい。それを見てもらって、完成品を作るのに一週間、最後に微調整に二日程度はいただきたい」

「分かった、それじゃあ来週また顔を出そう」

「よ、よろしくお願いします」


 タールベルクは交渉は俺に任せておけと言っていたが、俺の義足なのだから礼儀は尽くすべきだろう。

 一週間後の再訪を約束して、トーニョの工房を後にした。


 物作りに関わった事のない俺には、どんな形の義足が出来上がるのか想像もつかないが、杖無しでも歩けるようになるかもしれないと思うと心が踊る。


「あっ……しまった」

「どうした、ジェロ」

「義足の値段を聞いてこなかった」

「心配するな、必要経費として商会が持ってくれる」

「えっ……?」

「すぐに辞めるつもりは無いんだろう?」

「あ、あぁ……無いけど良いのか?」

「負担に思うなら、それに見合った働きをするんだな」


 義足が、どの程度の値段なのか全く分からないが、職人に頼んで作ってもらうのだから安くはないだろう。

 果たして俺に、その値段に見合った働きが出来るのか分からないが、出来るのかではなくやるのだ。


「ジェロ、来月の上旬にラガート子爵領まで行く事になりそうだ」

「ラガート子爵領……」

「行きたがっていたよな?」

「まぁ、そうなんだが……あの頃ほど強烈に行きたいとは思ってない」

「そうか……そのラガート領までの旅程だが、ジェロの女、ルアーナだったな、そいつも連れて行ってもいいぞ」

「えっ、どうして?」

「まだ駆け出しの冒険者なんだろう。護衛のやり方を教えてやる。その代わり、報酬は安いぞ」

「分かった、声を掛けてみる」


 確か、ルアーナのランクでは、まだ護衛の仕事は受けられないはずだが、ギルドを通さないなら可能なのだろう。

 将来に向けての経験を積むという意味では、これ以上無い申し出だと思う。


 何より、ルアーナと朝から晩まで、数日も一緒に居られると考えたら断る理由が無い。

 遊びではないと分かっていても、顔がニヤけてくる。


「遊びに行くんじゃないから、夜のお楽しみなんか無しだからな」

「そ、そのくらいは分かってる……」


 駄目なのか……駄目だよな。

 という事は、何日もルアーナと一緒にいても……はぁ、急に憂鬱になってきた。

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