第285話 オーガの巣
「ラバーシールド!」
雄叫びを上げて襲い掛かって来たオーガは、沢の両岸に二頭ずつ合計で四頭。
岩の影から姿を見せたと思ったら石礫を投げつけて来たが、俺が展開したラバーシールドに阻まれて、チャリオットのみんなの所には届かない。
粉砕の魔方陣を用いた砲撃にも耐えるほどの強度があるから、オーガの投石程度では壊されたりしない。
「ウバァ?」
自分たちが投げつけた石が、目標に届くことなく落下するのを見て、オーガ達は困惑したような表情を浮かべて動きを止めた。
「ライオス、どうする? 倒しちゃっていい?」
「いや、態勢を立て直したところでシールドを解除してくれ。ガドと俺が前に出る、その後ろにセルージョとシューレ、ミリアムとレイラは後ろを警戒してくれ。ニャンゴ、シューレの後ろにシールドを出してくれ!」
「了解!」
チャリオットが隊列を組み直したところでラバーシールドを解除する。
シールドを展開していればオーガの投石は届かないが、こちらからの攻撃も通らない。
ガドとライオスが投石を防ぎ、セルージョとシューレが弓矢と魔法で攻撃を仕掛ける。
「ウボァァァ……」
「ウバァァァ……」
姿を見せたまま投石をためらっていたオーガの右目に矢が突き刺さる。
慌てて石を振りかぶったオーガの腕は、シューレの風属性の刃に切り飛ばされた。
オーガ達は慌てて岩の陰へと身を隠し、そこからメチャクチャに石を放り投げて来た。
山なりで飛んでくるので威力は無いが、それでも当たりどころが悪ければ流血するだろう。
直線的に投げてくる石は、前衛のガドやライオスが叩き落したが、山なりに飛んでくる石は二人の後ろにも飛んで来る。
「くそっ、往生際の悪い連中だな……痛ぇ!」
弓を射るタイミングを計り、オーガの方向ばかりに気を取られてセルージョが肩口に食らったようだが、骨折や流血するほど大きな石ではなかったようだ。
「ライオス、かがんで。風よ!」
ライオスが姿勢を低くした瞬間、シューレが短剣を鋭く横薙ぎにした。
一拍の間をおいて、オーガ達が岩陰に隠れている辺りから十メートルほど上の斜面が、轟音と共に崩落した。
「やるじゃねぇか、静寂。こっちも食らいやがれ、クラッシュ!」
セルージョが溜めて、溜めて放った矢は、斜面に命中した瞬間に炸裂した。
「ウボァァァ……」
恐慌をきたしたオーガ達は、背中を見せて逃走に入った。
「追撃!」
ライオスが指示を飛ばした直後、シューレとレイラが疾走を始める。
高さ二メートルはありそうな岩を軽々とシューレが飛び越えて行く。
レイラは岩の上に着地すると、更に大きく飛んで沢の対岸に着地した。
あっと言う間に追い付いた二人がオーガに向けて刃を振るう。
「水の槍!」
レイラが突き出した右の拳から水の槍が放たれ、潰走するオーガの背中に風穴を開けた。
「風よ!」
シューレの短剣の一閃で、オーガの体が上下に分かたれて転がった。
レイラは、もう一頭のオーガの腹にも風穴を開けたが、シューレは残りの一頭から距離を取って追跡を始めた。
「ウバァァァァ! ウブォァァァ!」
五分ほど走り続けたオーガは、大きく吠えながら両腕を振り回し、沢にいた小さなオーガを追い立てながら洞窟へと駆け込んでいった。
それを確認したシューレは、洞窟の手前三十メートルあたりで足を止めた。
ゆっくりと高度を落としてシューレのところまで降りる。
「あそこがオーガの巣で間違いないわ……」
「ちょっと中を探ってみるよ」
洞窟の入り口から空属性魔法の探知ビットを送り込んで、内部の様子を調べて行く。
俺が内部の探査をしているうちに、ライオス達も追い付いて来た。
「どうだ? ニャンゴ」
「まだ十頭以上いるけど、半数以上は子供みたい」
「ここを片付ければ依頼は完了だな」
「入り口を密閉して、中で複数のバーナーを発動させれば全部焼き殺せますよ」
「そうだな……それが一番安全か」
「待って! 焼き殺すのは待って」
巣に立て籠もっているオーガの始末を始めようとしたら、ミリアムが待ったを掛けて来た。
「どうした、ミリアム」
「もしかしたら……そんな可能性は残ってないって分かってるけど……それでも兄さんが生きてるかもしれないから……」
絞り出すようなミリアムの言葉を聞いて、俺はライオスと視線を交わした。
ミリアムが考えているような状況は、奇跡と呼ばれる確率でしか起こらないだろう。
村でオーガに襲われたなら、その場で食われなくても、ここに連れて来られた時点で餌になるのは確実だ。
ましてや、ミリアムの兄貴が家を出てから四日になる。
その間、ずっと生かされているとは考えにくい。
だが、そんな奇跡的な状況が起こっていたとしたら、巣を密閉してバーナーを発動させれば奇跡をぶち壊しにしてしまう。
「ニャンゴ、洞窟から全てのオーガを追い出す方法はあるか?」
「生木を燃やして、パイプ経由で洞窟の一番奥まで送り込めれば、燻し出せると思います」
「よし、準備を始めてくれ。セルージョ、レイラ、シューレ、出て来た魔物を仕留められるように用意していてくれ。俺とガドは素材の回収をやっておく」
チャリオットのメンバーは、それぞれの役割を分担して動き始めた。
レイラとセルージョが洞窟の入り口を見張り、シューレは周囲の警戒、ミリアムは洞窟内部の動きを探る。
俺は空属性魔法で作った超振動ブレードで近くの若木を伐採して、適当な長さの薪にした。
生木は水分を含んでいるので、乾燥させないと燃料としては使えないが、今日は煙を出すための材料として使うから湿っていても構わない。
オーガ達が巣として使っていた洞窟は、出入り口の幅が二メートルちょっと、高さは四メートルぐらいある。
奥行きは三十メートルほどで、一番奥は高さが一メートルほどしかない。
洞窟の天井に沿って、太さ三十センチほどのパイプを設置していく。
パイプは洞窟の一番奥まで伸ばし、入り口の上に用意した空属性魔法で作った箱に繋げた。
「準備できたよ、始めていい?」
「おぅ、いつでもいいぞ!」
洞窟からオーガを燻し出したら、まずはセルージョが弓で狙い、上流に逃げた個体はレイラが、下流に逃げた個体はシューレが討伐する手筈だ。
ミリアムは、セルージョの隣に陣取って、じっと洞窟の入り口を見詰めている。
「じゃあ、始めるよ!」
箱の中に生木の薪を放り込み、火の魔方陣で炙ると、真っ白な煙がモクモクと立ち上った。
この煙を、風の魔方陣を使ってパイプの中へと強制的に送り込む。
始めは天井にそって薄く流れてきた煙は、すぐに洞窟入り口から濛々と溢れてきた。
洞窟入り口の上部を空属性の壁で塞ぐと、更に内部に煙が充満し始めたようだ。
「ゴホッ……ガハッ……ウブァァァ……」
すぐに洞窟内部から咳き込む声が聞こえてきて、直後小さな影が飛び出してきた。
激しく咳き込みながら、ヨロヨロと下流に向かって歩き始めたオーガの子供の側頭部に、セルージョが放った矢が突き刺さる。
ばったりと倒れたオーガの子供は、それきり動かなくなってしまった。
洞窟内部からは、成体のオーガも這い出してきたが、セルージョは腕や足に矢を突き立てるだけで頭を狙わなかった。
セルージョの矢から逃れたオーガは、レイラとシューレの手で討伐された。
逃れたと言うより、見逃されたと表現する方が正しいだろう。
その証拠にセルージョは、洞窟から這い出てきたオーガの子供は全て一撃で仕留めている。
オーガとは言っても、子供を殺すのは精神的な負担となる。
セルージョは、レイラやシューレの精神的な負担を肩代わりしているように思えた。
「ニャンゴ、あと何頭だ?」
「次が最後です」
「おっし、これで仕舞いだ!」
激しく咳き込みながら、四つん這いで出て来たオーガの額に、セルージョは正確に矢を打ち込んだ。
全部で十三頭のオーガが這い出て来ては、討伐されていったが、ミリアムが望んでいた奇跡的な光景は見られなかった。
「ニャンゴ、洞窟の煙を追い出してくれ、一応内部を調べないといけないからな」
「了解です」
煙を送り込んだ後、右往左往するオーガの反応は全部チェックしておいたので、洞窟の中にはもうオーガは残っているとは思えない。
オーガの生き残りを確認すると言うよりも、ミリアムの気持ちを納得させるための措置だろう。
煙を全部排出した後、洞窟内部に明かりの魔方陣を設置して、シューレがミリアムに同行して一番奥まで確認を行った。
内部には、古びた斧と錆びた剣、それに千切られバラバラになった布切れが落ちていた以外、被害者の痕跡らしき物は何も発見できなかった。
布切れは、引き裂かれしまっていて、服としての形を全く保っていない。
どの程度の大きさの服だったのかも不明だし、血まみれで元の色も分からない。
結局、ミリアムの兄が被害にあったという証は見つからなかった。
「これで良かったのかも……ハッキリ分かってしまうより、ほんの少しでも希望が残っていた方が、ゆっくりと時間を掛けて諦められるから……」
ミリアムはシューレの胸に抱かれながら、静かに肩を震わせていた。
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