第284話 オーガの偽装
昨夜討伐したオーガは、魔石と角を切り落とした後、空属性魔法で作った焼却炉で骨になるまで焼いておいた。
俺達がガド達と交代して仮眠している間に、角と骨を確認した村長のオブライトは渋い表情を浮かべていたそうだ。
討伐の頭数が増えれば、当然それに見合った報酬を払わなければならない。
オークのように食用にならないオーガは、素材としての買い取り価格が低い分だけ余分に討伐報酬を払わなければならないのだ。
領主であるラガート子爵から補助金が出るそうだが、それでも村にとっては痛い出費なのだろう。
アツーカ村の村長が、ゼオルさんをどの程度の給料で雇っているのか知らないが、トータルでは安く済んでいるような気がする。
俺とライオス、レイラが仮眠を取った後、全員で朝食を済ませてからオーガの追跡に入る。
隊列の先頭にはミリアムとシューレ、その後ろにはガドが続く。
セルージョを挟んでライオス、最後尾は俺とレイラだ。
オーガが襲って来た場合、すぐさまガドが前に出てガードを固め、一旦シューレとミリアムは後方へと下がる。
オーガの数や襲ってくる方向にもよるが、ライオスもいつでも前衛に出られるように用意している。
俺とレイラは、状況に応じた遊撃担当だ。
側方や後方からの襲撃に備えると同時に、襲撃が前方のみの場合には回り込んで横から攻め立てる……という予定だが、森の中では木や灌木が動きを邪魔するので、想定通りの動きは出来ないと思っていた方が良いだろう。
俺の位置はミリアムとシューレからは離れているし、作戦中は大きな声は出せないから会話を聞けるように集音マイクを設置しておく。
「じゃあ、始めよう。くれぐれも安全が優先、怪我などせずオーガを圧倒し、一頭残らず討伐する。索敵を頼むぞ、ミリアム」
「はいっ!」
ライオスに声を掛けられたミリアムは、だいぶ肩に力が入っているように見える。
ライオスとシューレが目線を交わして頷き合ったのにも、ミリアムは気付いていないようだ。
昨晩、オーガを討伐した場所から手負いのオーガを追跡する。
まずは、踏みつけられた草と残された血痕を辿って森の端まで歩く。
ピンと立ったミリアムの尻尾は、毛が逆立ちビリビリと震えているようだ。
緊張だけでなく、兄を殺された恨みや怒りが籠っているようだ。
「ミリアム、森の中は更に視界が悪くなるわ。魔法、匂い、音……感覚を研ぎ澄ましなさい」
「はい!」
ライオスの予想では、オーガたちは森の深い所に巣のような物を築いているらしい。
洞窟か大木の根元、木や枝葉を組み合わせて雨風をしのげる場所を作るそうだ。
襲撃の時、慎重に周囲をうかがっていたように、人間を警戒するだけの知恵がある。
オーガの巣は、森の端からは離れた場所にあるはずだし、当然人間には気付かれたくないだろう。
途中での待ち伏せも十分に予想されるので、森に入った途端、ガドやセルージョも表情を引き締めた。
森の中を進み始めて十五分ほどした所で、ミリアムが足を止めた。
「これ、どうなってるの? 足跡が三方向に分かれてる……」
「二つは偽物、本物がどれか見極めなさい」
ここまで一筋の足跡と血痕だったものが、突然三方向へと分かれているらしい。
これがオーガによる偽装行為なのだろう。
「どうなってるの?」
「あれはね……」
レイラに訪ねてみると、オーガによる典型的な偽装の仕方だと説明してくれた。
手負いとなったオーガは相手の追跡が無いと見極めると、グルリと楕円を描くように動き、元の場所に戻る直前に後ろ歩きをするらしい。
そのまま逃走してきたところまで戻ると、二筋の足跡が出来上がる。
更に合流地点から別の方向へと逃げれば、三つに分かれた足跡が出来上がるという訳だ。
「良く見なさいミリアム、こっちの足跡は後ろ向きに歩いたせいで踵の方が深く沈んでいるわ」
「あっ……本当だ」
前向きに歩くのと、後ろ向きに歩くのでは、足の裏への体重の掛かり方が異なる。
その僅かに違いも、シューレにはお見通しのようだ。
「じゃあ、残りの二つはどっちが本物なの?」
「中央が最初の足跡、左が後ろ向きに戻って来たもの、右が一番新しいものよ」
「どうやって見分けてるの?」
「前向きの足跡と後ろ歩きの足跡の配置、それに足跡の乾き方や崩れ方ね」
今回のオーガは左腕と左足に傷を負っている。
となると、無事な右足を大きく踏み出して反時計回りに楕円を描く方が楽だ。
真っ直ぐ来て、反時計回りに楕円を描いて左から戻り、右に逃走を続けたと考えるのが一番自然だ。
前向きの足跡が左右にあり、後ろ歩きの足跡が中央ならば、左の足跡が新しいものになるらしい。
ただし、老獪なオーガになると裏をついてくる場合もあるそうで、その場合は足跡の縁の乾き方や崩れ方などから新しいか古いか判断するらしい。
オークやゴブリンなどは、ここまでの偽装行為は行わないそうだが、追跡作業には推理力と観察力が求められるようだ。
「足元ばかりに気を取られていたら駄目よ。どこで待ち伏せているかも分からないからね」
「はい……はぁ、はぁ……」
俺の位置からだと、ガドの大きな体の影になってミリアムの姿は見えないけれど、ずっと気持ちを張り詰めて追跡を行っているからか、息遣いが荒くなってきているようだ。
オーガは楕円を描いてみたり、自分の足跡を正確に踏んで後戻りをしてみたり、灌木を飛び越えてみたり、色々な手段を講じて追跡を振り切ろうとしていた。
「ミリアム、止まってくれ」
森に入ってから一時間半ほど歩いたところで、ライオスが休憩を指示した。
青々と茂った葉が直射日光を遮ってくれているが、徐々に気温が上がってきている。
それでも、時折吹き抜けていく風が心地よい。
冷却の魔方陣と水の魔方陣を組み合わせて冷たい水を作り、みんなの喉を潤した。
「どこでも冷たい水が飲めるなんて、ニャンゴ様様だな」
「セルージョ、そんなにおだてても、冷たいエールは出ないよ」
「おぅ、そいつはオーガを片付けて、イブーロに戻ってからだな」
ここまで一時間半ほど歩いて来たが、森の端からの直線距離だと歩いて半分ほどの距離に感じる。
それだけグネグネと、オーガが偽装工作を繰り返しているのだ。
「ミリアム、大丈夫か?」
「はい……大丈夫です」
ライオスの問いに答えたミリアムは、目に光は残っているものの尻尾はへにょんと垂れている。
ずっと緊張しっぱなしの状況が続いているから、精神的な疲労が蓄積してきているのだろう。
「たぶん、もう少しすると待ち伏せしているだろう。窪地に降りる時は気をつけて、襲撃だと分かったら、すぐにガドの後ろに入れ」
「分かりました……」
戦いとなった時、高い所に立っている方が攻撃がしやすい。
オーガの待ち伏せは、足跡などの痕跡を残して窪地に誘い込んだところで行われる場合が多いそうだ。
休憩を終えて追跡を再開し、更に三十分ほど歩いたところでシューレが隊列を止めた。
「足跡が沢沿いに続いているわ……たぶん両側から襲って来る。どうする、ライオス」
「よし、俺とガドが前に出る。オーガの足跡がまた森の中に入ったら隊列を戻そう。痕跡を追いながら索敵はできるか?」
「ミリアム、追跡は任せるわよ。索敵は私がやるわ」
「分かった……」
窪地には下りないが、両側に斜面が迫ってくる沢沿いは、低地に誘い込まれているのと同じだ。
斜面を利用して岩などを落とされると対処するのは難しい。
「ライオス、俺は上から見張るよ」
「そうだな、頼むぞニャンゴ」
昨日の晩と同様に、空属性魔法で作ったボードに乗って上空からの監視体制を敷く。
高さは十メートルほど、一応念のためにボードにはシールドと同等の強度を持たせておいた。
俺から見ると、チャリオットのみんなが沢沿いに進んでいくのをドローンで撮影しているような感じだ。
斜面の前方へと視線を向けていくと、切り立った斜面の上からチャリオットの様子をうかがっているオーガを見つけた。
「ライオス、右の斜面に待ち伏せ。その先の大きな岩の手前の上だ」
「何頭いる?」
「二頭……待って、左の斜面にも一頭いる」
「排除してくれ、頭を吹き飛ばしても構わんぞ」
「了解!」
オーガの討伐を依頼主に知らせるには、首を持ち帰るか、角を持ち帰る必要がある。
その討伐証明部位が無くても構わないという事は、討伐報酬は貰えなくても構わないという事だ。
三頭のオーガでも長のオブライトは渋い表情を浮かべていた。
小さな村にとって、突然の大きなオーガ討伐は財政を直撃する。
貧民街の裏組織と繋がっていたコスカのように、財政的に苦しくなった村が反社会組織の根城にされてしまうのは好ましくない。
討伐報酬が減っても、魔石さえ手に入れば良いとライオスは考えているのだろう。
「ここは岩場だし、魔銃で狙撃といきますか」
パーン……パーン……
二発の銃声が響くと、右側の斜面にいたオーガの体が傾き、斜面の下へと落ちていった。
距離にすると百メートル以上離れているが、手元に魔銃の魔法方陣を作るのではなく、オーガの頭のすぐ近くで発動させたから外す心配はない。
続いて、左の斜面も……と思った瞬間、オーガの眉間に矢が突き刺さった。
セルージョが、俺に向かって拳を握ってみせた。
オーガが斜面の上から、下の様子をうかがった瞬間を狙って射抜いたのだろう。
「ライオス、斜面の上は片付い……」
「ウボァァァァ……」
俺の通信を掻き消すように、沢の上流からオーガの雄たけびが響いた。
いよいよ巣に近付いたのだろう、岩陰に隠れていたオーガが雄たけびを上げて襲い掛かって来た。
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