第282話 猫人の家族

 村長の屋敷を囲んでいる防風林を出て、街道にそってミリアムの実家へと向かう。

 確かに、雨季が終わって夏本番を迎えた太陽に照らされ、畑の作物はしおれてきていた。


「ではでは、シャワー……とな」


 空属性魔法で水の魔法陣と細かい穴の開いたシャワーヘッドを組み合わせたものを二十個ほど作り、畑の上を移動させてたっぷりと水を撒いていく。

 散水を終えた直後から、まるで高速度撮影した映像を見るように、しおれかけていた葉が張りを取り戻し、項垂れていた茎が太陽に向かって背を伸ばし始めた。


「やるわね、ニャンゴ。私も負けていられないわね」


 道の左側に広がる畑は俺が空属性のシャワーで、道の右側に広がる畑はレイラが水属性魔法を使って、ホースで水を撒くようにして潤していく。

 さすがに俺とレイラの二人では、村の畑全部に水を撒くのは無理だけど、せめて見えている範囲ぐらいは対処しておきたい。


 とは言え、いつオーガが姿を現すか分からないので、俺自身とレイラの背中には魔力回復の魔方陣を設置しておいた。

 これで、いざ戦闘となった時に魔力切れ……なんて事態にはならずに済むはずだ。


 俺達が畑に水を撒いている間に、ミリアムは足早に先へと進んでいく。

 土産の包みを背負ったシューレが、俺達を振り向いて先に行っているとジェスチャーを送ってきた。


 俺達も見失わない程度に後を追うつもりだ。

 トローザ村の家は、畑や草地の間にポツン、ポツンと点在するように建っている。


 ミリアムは村長の屋敷から十分ほど歩いた所で脇道へと入り、更に畑や草地の間を進んだ先にある小さな家へと駆け込むようにして入っていった。

 家は分ったので、周りの畑にたっぷり水を撒いてから行こうと思ったのだが、悲鳴のようなミリアムの声を聞いて、レイラと共に走り出した。


「嘘っ、嘘、嘘、嘘……嘘だって言ってよぉぉぉ……」


 開け放たれた玄関の向こうでミリアムが泣き崩れていて、それを五人の猫人が肩を落として見守っていた。


「ミリアムの兄が三日前から戻っていない……」


 村長のオブライトが、既に五人の村人が犠牲になっていると話していたが、まさかその内の一人がミリアムの家族とは思ってもいなかった。

 ミリアムの家は、両親と四人兄弟、それに父方の祖母の七人家族だそうだ。


 今年ミリアムがイブーロに職を探しに行き、家は一番上の兄が継ぐ予定だったらしい。

 その家を継ぐはずだった兄が、三日前に畑に水を撒きに行くと言って家を出たきり戻っていないらしい。


 オーガに襲われたのを誰かが見た訳ではなく、家を出たきり戻ってきていない状況なので、家族は一番上の兄が死んだと受け入れられないようだ。

 一方のミリアムは、チャリオットの一員として戦闘には参加していないものの依頼に同行しているので、人間は思いがけないほどアッサリと死んでしまうものだと理解している。


 状況を考えれば、三日も帰っていない猫人が生きている確率は限りなく低い。

 今の状況を受け入れられない家族と、受け入れてしまったミリアムの間には見えないギャップが生じてしまっているようだ。


「だ、大丈夫さ。コルデロなら、どこかに隠れて……」

「本気でそんな事を言ってるの? お父さん」

「そ、それじゃあ、お前はコルデロが殺されたと言うのか」

「だったら、三日もどこに隠れているって言うのよ。いままでお兄ちゃんが三日も帰らなかったことが一度でもあった?」

「そ、それは……」


 たぶん、ミリアムの父親は、普段だったらもっと怒鳴り散らしているのだろう。

 ミリアムに反論する度に、チラチラとシューレやレイラに視線を向けて顔色を窺っている。


 その卑屈な表情は、アツーカ村にいる俺の父親が良く見せる表情だ。

 残りの家族四人は、父親とミリアムの会話を聞きながら、やはりシューレとレイラの顔色を窺っていた。


 違う村の違う家族ならば、少しは違っているのかと思いきや、やはり猫人はどこにいっても猫人なのかもしれない。

 重たい空気の中で父親と睨み合うような格好のミリアムに、シューレが声を掛けた。


「ミリアム、ここに家族として残る? それとも、チャリオットの一員として活動する?」

「勿論、チャリオットの一員として活動するわ。オーガはあたしが見つけ出してみせる」


 グシグシっと目元を拭ったミリアムは、シューレが担いで来た包みを土産だと言って押し付けると玄関から走り出ていった。


「絶対! 絶対に見つけ出してやるから覚悟しなさい!」


 ミリアムの叫びがオーガの耳に届いたかどうか分からないが、必ずチャリオットの刃を届けてやろう。

 玄関に残ったミリアムの家族たちは、シューレとレイラをチラチラと眺めては、初対面の二人にどう接したものか迷っているようだ。


 ミリアムと俺達の関係とか、色々と説明した方が良いかと思っていたら、先にシューレが口を開いた。


「オーガの討伐が終わったら、ミリアムに説明させるわ……」


 そう言い捨てると、シューレは俺達を促して玄関を出た。

 まぁ、本人に説明させるのが一番だろう。


 俺達が家から出て来たのを確認すると、ミリアムは村長の屋敷を目指して歩き始めた。

 ピンっと立った尻尾の毛が逆立っているのは、オーガに対する怒りだろう。


 怒りは思わぬ力を引き出してくれるが、我を忘れるほど冷静さを欠けば失敗を招く原因となる。

 常に冷静沈着に見えていたシューレでさえも、従妹の仇ゾゾンの存在を知った時には我を忘れた。


 果たして今回、ミリアムの怒りは良い方向に作用するのか、それとも足を引っ張ることになるのか、いずれにしても本格的に動くのは明日になってからだろう。

 村長の屋敷に向かう道に、俺たちの影が長く伸びている。


 日が落ちた後、どういった体制を敷くのかは、ライオス達と相談してからだ。

 村長の屋敷では、聞き取りを終えたライオス達が俺達の帰りを待っていた。


 セルージョの渋い表情からすると、あまり状況は芳しくないらしい。


「確定ではないが、オーガは複数いると考えた方が良さそうだ」


 昼も夜も現れて、村人を攫っていく様子からして、単独のオーガが摂取する食事量とは思えないらしい。

 住民の他にも、十頭以上の家畜が襲われて連れ去られているそうだ。


「昨晩は、村はずれの家が襲われて家畜の山羊と、住人一人が連れ去られたそうだ」

「普通、一頭のオーガなら山羊を仕留めた所で満足して立ち去るはずだ、そこから家の中にいた住人まで襲って連れて行くとなると、一頭の仕業とは考えられねぇ」


 ライオスの説明をセルージョが補足した所で、レイラが手を上げて質問した。


「ねぇライオス、今夜はどうするの? 話ぶりからして今夜も襲ってくると考えてるのよね?」

「おそらくな。これまでの被害状況からすると、村の北側の森に潜んでいる可能性が高い。しかも、襲撃頻度からして、こちらの戦力を舐めている可能性が高い」

「じゃあ、今夜のうちに方を付ける?」

「出来ればそうしたい所だが、全部で何頭いるのかすら把握しきれていない状態だから……追い払えれば上等、傷を負わせて追い払えれば更に良しというところだな」


 傷を負わせて追い払えば、血の跡を追い掛けて潜伏場所を特定できるからだ。


「オーガが姿を現すのは、夜半ぐらいの時間か早朝、昼間に姿を見せた日は曇っていたそうだ。おそらくだが、昼間の日照りの時間は避けて行動しているのだろう」


 昼の暑い時間は避けて、涼しい時間に狩りを行う……熱中症対策でもしているのかと思ってしまうが、体力の消耗を避けるならば正しい選択だ。


「そこで、俺達の作戦だが、二手に分かれて行動する。この後、俺とレイラ、それにニャンゴは仮眠をして夜半前から警戒に当たる。この三人で、オーガを手負いにして追い返す。残りの四人は夜明け前に交代、俺達が仮眠を終えた所で森に捜索に入る。質問や反対意見は無いか?」

「あの、あくまでも傷付けて追い返すのですか? 仕留めちゃ駄目ですか?」

「そうだな、ニャンゴの砲撃ならば仕留められるだろうが、さっきも言ったがオーガが何頭いるのか分かっていない。全部討伐したつもりで、俺達が引き上げた後に村が襲われるような事態は避けたい。それに暗闇で砲撃なんかぶっ放したら、流れ弾で家とか吹き飛ばしそうだからな……」

「まさか、そんな事は……」


 やるはずがない……とは言い切れない。

 見通しのきかない夜間は砲撃は控えて、ダガーとかランスなどで切り裂いて、たっぷり体力を消耗させてやろう。


 村長のオブライトは、ベッドが二つある客間を貸してくれた。

 俺とライオス、レイラの三人は、夕食を済ませたら仮眠に入る。


「ニャンゴは私と一緒よ」

「まぁ、しょうがないね」


 ライオスに抱えられて眠るぐらいなら、レイラに抱えられた方が良い。

 なんだか、これではお持ち帰りされてた時と変わらないな……などと思いつつ、夜半に備えて仮眠に入った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る