第266話 休日
「ニャッ、ニャッ、ニャンゴが、うみゃうみゃみゃ~……尻尾をフリフリ、うみゃうみゃみゃ~……」
カバーネから戻って、仕留めたオークの買い取りやらヴェルデクーレブラの討伐参加の報告や打ち上げを済ませた翌日から一週間は休みになった。
一週間の完全休暇なので、食事も各自が好き勝手に食べることになっている。
お持ち帰りされたレイラさんのアパートから拠点に戻ると、チャリオットのみんなはまだ眠っているようだったので、とりあえず自分の朝ごはんを準備する。
「ニャッ、ニャッ、ニャンゴが、うみゃうみゃみゃ~……炊き込みご飯で、うみゃうみゃみゃ~……」
マイ土鍋で米を研ぎ、ほぐした干し貝柱をたっぷり入れて塩を少々、あとは炊くだけ。
米を炊いている間に、キッチンにあった干し魚を使ってスープも作っておく。
「ニャッ、ニャッ、ニャンゴが、うみゃうみゃみゃ~……お魚スープで、うみゃうみゃみゃ~……」
干し魚は、内臓の部分を削いで軽く炙ってから煮出す。
灰汁を取り細切りにしたニンジンやキャベツを入れ、味は魚醤で整える。
「あとは……そうそう、ゴマを煎らないと……」
干し貝柱などと一緒に仕入れた黒ゴマをフライパンで煎ると、香ばしい匂いが台所に漂った。
「ニャッ、ニャッ、ニャンゴが、うみゃうみゃみゃ~……黒ゴマぱらぱら、うみゃうみゃみゃ~……おっと火を止めないと……」
そろそろご飯が炊きあがったので、火を止めてジックリと蒸らす。
その間に冷蔵庫からバターを少し切り出しておいた。
「スープ、よしっ! ご飯、よしっ! ではでは、土鍋オープン……ふわぁぁぁ、いい匂い……」
土鍋の蓋を取った瞬間、ふわ~っと貝の良い匂いが立ち上った。
ちょっと水加減が少なかったのか、固めのようだが悪くない。
しゃもじ代わりの木べらでご飯をほぐすと、更に良い香りがして胃袋がさっさと寄越せと盛大に鳴った。
「早く、早く、よそって食べないとぉぉぉ……」
茶碗に炊き立ての貝柱ご飯をよそって、煎りたての黒ゴマをパラパラっと散らす。
「では、いただきます。はふっ、はふっ……うんみゃぁぁぁ! 貝柱ご飯うみゃぁぁぁ!」
干し貝柱の旨味が米の一粒一粒にギューっと封じ込められていて、至福の美味さだ。
「そうそう、スープを……熱っ、でもうみゃ! 魚の出汁がうみゃ! 野菜シャキシャキうみゃ!」
ご飯、スープ、ご飯、スープ、ご飯、ご飯、スープ、ご飯……で一膳目は終了。
「今度は、おこげを一緒によそって……ここにバターをちょっと載せ、魚醤をちょび……うんみゃぁぁぁぁぁ! おこげの香ばしさに濃厚バターが、うみゃぁぁぁ!」
ご飯、スープ、黒ゴマ追加、ご飯、スープ、バター追加、ご飯、黒ゴマ&バター追加、ご飯、スープ、ご飯……で二膳目も終了。
「あとは、この土鍋に残った貝柱ご飯にスープをイン! さらにバターをオン! 黒ゴマを散らして、これをサラサラっと……うみゃ……うみゃすぎる……うみゃ……」
食べ過ぎた……お腹がきつくて動きたくにゃい……。
一階のリビングで膨れた腹を抱えて放心状態でいると、二階からミリアムが下りてきた。
盛んに鼻をヒクヒクさせているけど、もう何も残っていないのだ。
「なんか良い匂いがするんだけど……」
「うん、うみゃかった」
「なにを食べたの? あたしにも食べさせなさいよ」
「残念ながら、もう全部食べてしまったのだ」
「はぁ……ホントに食い意地が張ってるわよね」
「うん、否定はしない。うみゃいは正義なのだ」
ミリアムが起きて来たという事は、そろそろシューレも起きて来るだろう。
さっさと洗い物を済ませて退散しよう。
屋根裏部屋に戻ったら、ハンモックの上でみょ~んと長くなる。
今の時期はハンモックの方が、布団よりも気持ち良い。
美味しいものを満腹になるまで食べて二度寝する……なんて怠惰で贅沢なんだろう。
今日は一日ダラダラして、明日はアツーカ村に戻るつもりだ。
早起きして市場に寄って、ヴェルデクーレブラの肉を仕入れる予定だ。
ヴェルデクーレブラの肉は滋養強壮の効能があるらしいから、婆ちゃんが長生き出来るように食べさせてあげたい。
ゼオルさんは……食べなくても大丈夫そうだけど、兄貴が世話になっているから持っていこう。
うちの実家と村長の所にも持っていかないと駄目か。
それと、食いしん坊のイネスが食べたいって言うだろうな。
キンブルは……どうでもいいか。
二度寝から起きると、ようやく起きてきたセルージョに昼食に行こうと誘われた。
一緒に行くなら御馳走してくれるらしい。
「てか、傘の代わりですよね」
「まぁ、そうぼやくな」
というか、各自勝手に食事するはずだったのに、ライオス達も勢揃いしている。
冷蔵庫の中にロクな食材が無かったし、外は結構な勢いで雨が降っているから買い出しに行くのも億劫なのだろう。
向かった先は、倉庫街にある行きつけの食堂だ。
そう言えば、新生チャリオットを結成した翌日、この店を訪れた時も雨だった。
メニューは、ドカ盛りのパスタ一種類だけだ。
「熱っ、やっぱり熱っ、でもうみゃ、パスタの茹で加減が絶妙でうみゃ! ソーセージがプリプリでうみゃ!」
昼食としては少し遅い時間だったが、店は混雑していた。
その多くは、泥まみれの作業服姿だ。
倉庫街の裏手、元貧民街があった場所では、整地や区画割の仕事が急ピッチで進められているらしい。
倉庫街で働く人に加えて、工事現場で働く人が訪れるようになって更に繁盛しているようだ。
いつもは仏頂面をしている牛人の店主も、気持ちが悪いぐらいの笑みを浮かべている。
あの感じでは、相当儲かっているのだろう。
パスタを食べ終えた後は、全員でマーケットに買い出しに向かった。
こちらもチャリオットご用達で、貧民街にいた頃の兄貴がパン泥棒をしていた店だ。
「バゲット、ベーコン、卵、ミルク、チーズはまとめて購入する。その他に食いたい物がある奴は、自分の財布で買ってくれ」
「あいよ!」
ライオスに返事をしたセルージョは、てっきりワインの棚に直行するかと思いきや、精肉のコーナーでベーコンを値切り始めた。
ライオス、セルージョ、ガドの三人で活動している頃から、誰が何を買うのか担当が決まっているらしい。
三人が買い物を進める様子を見守っていたら、ヘラ鹿人の店長ナバスさんに声を掛けられた。
こちらも食堂の店主同様にホクホク顔をしている。
「やぁ、ニャンゴさん。いや、エルメール卿とお呼びしないといけませんね」
「そんな堅い事は言いませんよ。バックヤードのネズミはどうです?」
「例の貧民街の騒動の後、溢れ出てきたネズミ共を駆除してもらってからは、殆ど見掛けなくなったね」
「それは何よりですね」
「いやぁ、うちはネズミよりも貧民街の連中が商品を盗みに来なくなった影響の方が大きくてね。亡くなった方々には申し訳ないが、貧民街が無くなって本当に助かっているよ」
貧民街に落ちた兄貴を発見できたのは、このマーケットからパンを盗んでいく姿を見掛けたからだ。
その後、ネズミ捕りの依頼を受けた時に聞いたが、貧民街の住民による盗難被害は毎月かなりの金額になっていたそうだ。
それが殆どゼロになった上に、工事の関係者が買い物に利用するようになり、ナバスさんの口許も緩むのも当然だろう。
「整地が終わったら、貧民街があったところには職人街を作るそうだ。商工ギルドの出張所も作られるそうだから、この辺りの人通りは益々増えていくはずだ」
「それじゃあ、お店は安泰ですね」
「まぁ、そうそう良いことばかりが続くとも思えないが、これまで貧民街の連中には散々苦労させられてきたんだ、少しは良い思いさせてもらっても罰は当たらないと思うぞ」
儲かっている店があれば、それにあやかりたいと思う人が出て来るだろうし、いずれこのマーケットにも商売敵が生まれるだろう。
でも、折角良い気分でいる人に冷や水を浴びせるような言動は無粋というものだ。
「儲けるのは良いですけど、働き過ぎて体を壊したりしないで下さいよ」
「そうだね、売り上げも上がっているし、従業員も増やそうと思っているよ」
「そうですか、あんな悲惨な事件があったのだから、多くの人に幸せになってもらいたいですね」
「いや、まったくその通りだ」
買い出しを終えてマーケットを出ると雨が止んでいた。
西の空には雲の切れ間も見えて、大きな虹が掛かっていた。
「おっ、もう雨季も終わりか?」
「いや、まだ中休みだろう……」
「そうじゃな、あと二週間はむりじゃろう」
何だかんだと言っても、セルージョ、ライオス、ガドの三人は仲が良い。
といっても、ベタベタと慣れ合う感じではなく、互いの実力を認め合い厚い信頼で結ばれている。
俺もチャリオットの一員だけど、三人のような友情というか阿吽の呼吸で通じ合うところまではいっていない。
この先、ダンジョンに挑むのであれば、もっと心の距離を縮めておいた方が良い気がする。
アツーカ村から戻ってきたら、誰かと一緒に行動する時間を増やしてみよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます