第265話 帰りがけの駄賃

 ヴェルデクーレブラの討伐が終わった翌日、野営地からの撤収作業を終えた冒険者達はカバーネの村へと向かう。

 カバーネにはイブーロギルドの出張所がある。


 カバーネ村の周辺には牧場が多く、家畜を狙う魔物の出没も多いためだ。

 倒した魔物の買い取りはイブーロの方が高価だし、なにより遊興施設が多いのでイブーロに拠点を置く冒険者が多いが、中にはカバーネに拠点を構えている者もいる。


 野営地を出た冒険者の多くがギルドの出張所を訪れた理由は、帰りがけの駄賃ではないが何か美味しい討伐の依頼があれば片付けてからイブーロに戻ろうと考えているからだ。

 何しろ多くの冒険者がヴェルデクーレブラの討伐に掛かりきりだったので、オークやゴブリンの討伐依頼が溜まっているはずだ。


 俺達チャリオットも、ギルドの出張所へ向かった。

 イブーロに戻って、依頼を受けてまたカバーネまで来るのでは、余分な手間が掛かるからだ。


「オークの討伐で残っているのは北の牧場だけか……」

「まぁ、しゃーないだろう。モタモタしてると、オークの討伐自体無くなるぜ」


 ライオスが渋ったのは、カバーネの北側は山際の森に接していて、魔物の数が多いからだが、セルージョが言う通りノンビリしていると他の冒険者に依頼を持っていかれるだろう。

 チャリオットが比較的早く野営地から引き上げて来られたのは、自前の馬車で移動しているので天幕を片付けるなどの手間が掛からなかったからだ。


 もう少しすれば、撤収作業を終えた冒険者達が押しかけて来るだろう。

 そうなれば、素材として高く売れるオークの討伐はすぐに無くなり、旨味の少ないゴブリンなどの討伐しか残らなくなる。


「よし、こいつでいくか……」


 ライオスが一件のオーク討伐の依頼を選んでカウンターに受注の手続きにいく。

 それが終われば、また馬車で移動して今度はオークの討伐だ。


「あっさり出て来ればいいけどな……」

「えっ、何かオークが出て来なくなる理由があるんですか?」

「雨だ。雨の降り方が強い時にはオークは姿を見せないことがある」


 セルージョが言うには、匂いに敏感なオークは臭いを洗い流してしまう雨の日には姿を見せない事があるそうだ。

 ただし、連日雨が続いて、空腹に耐えきれなくなったり、若い個体などは雨に関係なく現れるらしい。


 というか、セルージョもやる気が無さそうに見える。

 雨は視界を悪くするし、物音を奪い、気配の察知を鈍らせる。


 冒険者にとっても、不意に魔物に出くわすような事態に陥りかねない雨は歓迎せざる存在なのだ。

 ギルドの出張所から、二時間ほど馬車に揺られて目的の牧場へと辿り着いた。


 ライオスが牧場主から状況の聞き取りを進める。

 オークが現れたのは三日前で、羊が一頭攫われたそうだ。


 それ以後は被害は出ていないが、念のために討伐の依頼を出したらしい。


「オークが姿を消したのは、どちらの方向になります?」

「あっちだ、放牧地の左手奥の方へ仕留めた羊を引き摺って消えていった」

「数は一頭だけですか?」

「ワシが見たのは、その一頭だけだ」

「分かりました。あとは我々が探索を行いますので、安全が確認出来るまでは放牧は控えて下さい」

「あぁ、分ってる。分っているが、羊たちも厩舎にこもりきりだとイライラして喧嘩を始めやがるから、なるべく早く片付けてもらえると助かる」


 滞在場所として納屋の一角を貸してもらえたので、馬車を停めて討伐の準備に入る。

 早めの昼食を終えた後、簡単な牧場の見取り図を前にライオスが方針を説明した。


「今回は二組に分かれて、オークが去った方角を挟み込むようにして探索する。組み合わせは、俺とセルージョとニャンゴで一組、ガド、シューレ、ミリアムでもう一組だ」


 前衛、後衛、探知役という組み合わせだが、ハッキリ言って探知は期待出来ない。

 俺の探知ビットは雨と立ち木が邪魔になるし、ミリアムの風属性魔法での探知も雨の影響で大幅に精度が落ちてしまう。


「雨の降り方が酷くなった場合には、途中で中断するかもしれない、その時は……」

「ミリアム、この筒を持っていて」

「えっ、なにこれ?」

「筒の中に向かって話すと、俺に聞こえるようになってる。で、こっちの声は筒の反対から出るようになってるから」


 集音マイクの仕組みを応用した、いわば空属性魔法で作った糸電話みたいなものだ。

 糸の代わりに、空属性の魔力の繋がりを利用している。


「落とすと透明だから見つからなくなると思うから、落とさないように気をつけて」

「分ったわ」

「よし、じゃあ出発しよう」


 連絡手段は確保したが、ライオスの号令で出発した途端、雨の降り方が強くなってきた。

 俺は空属性魔法で作った、魔力回復機能と冷房機能を備えたレインウエアで快適だが、他の皆は革の外套を着込んでいるものの蒸れて不快なようだ。


 まずはオークが壊した後、補修された放牧地の柵まで行き、そこから二手に分かれて探索を進める。


「ニャンゴ、上から見てくれ」

「了解です……」


 ステップで視線を上げて辺りを見回すが、雨に煙って視界が悪い。

 別行動のガド達とは、そんなに離れていないはずなのに、時々見失ってしまうほどだ。


 通常、オークの討伐の場合、痕跡を辿りながら探すものだが、今回は連日雨が降っているし、三日前に現れたきりなので痕跡の発見は期待していない。

 なので、今回は森の中での遭遇戦という形になり、オークとはイーブンの条件で戦わなければならない。


 とは言え、雨は視界を遮り、探知の邪魔をして気配察知さえ妨げる。

 一時間ほど探索を続けたが、更に雨脚が強くなったところで中断して戻ることになった。


 空属性魔法で作った魔導電話で中断を連絡すると、ホッとしたようなミリアムの声で了解の返事が聞こえてきた。


「ガドやシューレだから大丈夫だと思うが、放牧地に出るまで気を抜かないように言っておいてくれ」

「了解です」


 撤収する場合は、森に背を向けて放牧地の方へと戻るので、当然危険が増す。

 後ろから突然襲われないように気を配りながら、土砂降りになった雨の中を放牧地まで戻った。


「ニャンゴ、お風呂を要求するわ……」

「俺は風呂までとは言わないが、熱めのシャワーを浴びたいな」

「シューレもセルージョも贅沢じゃない?」

「ニャンゴ、女は欲望に正直な生き物なのよ」

「あぁ、俺も欲望には正直だぜ」

「はいはい、分かりましたよ」


 借りた納屋の庇の下に目隠しの仕切りを立てて、まずは、ライオス、ガド、セルージョ、それに俺の四人がシャワーを使い、その後、俺が空属性で作った湯船の中でシューレとミリアムが入浴を楽しんだ。


 依頼を受けている最中とは思えない行動だが、野営地でも風呂に入れなかったので、全員サッパリしたかったのだ。

 俺も汗を流した後、温風で毛並みを乾かし除湿済みの冷風で体を冷やした。


 依頼の途中では贅沢だけど、やっぱり風呂に入れる方が気分が良い。

 夕食の席で、セルージョが明日からの方針をライオスに尋ねた。


「明日もこの降りだったら、どうやって見つけ出す?」

「そうだな……牧場の守りに誰かを残して、他の者は遭遇戦覚悟で森に入るしかなさそうだな」

「まぁ、そうなるだろうが、やりづらいな」

「まったく、早いところ雨季が明けてもらいたいな」


 特に今年の雨季は雨の量が多いので、今後も暫くはこうした状況が続くのだろう。

 名誉騎士の恩給もあるし、休んでしまっても良いのだけど……なんて考えが頭をよぎったが、怠けると猫人の気質としては何処までも怠けてしまいがちだから気を付けよう。


 夜中の見張りは、一人ずつ交代で厩舎の周りを巡回する事になった。

 厩舎の周囲には探知ビットを配置してあるが、オークが突進してくると駆け付けるのが間に合わなくなる恐れがあるからだ。


 俺達はオークを討伐出来れば問題ないが、依頼主とすればこれ以上の被害は出したくない。

 すでに羊一頭を失っているし、ギルドには依頼料を払っている。


 更に羊に被害が出たり、厩舎を壊されたら損害が膨らんでしまう。

 なので、出来るだけ厩舎から離れた場所で討伐を終えたい。


 見回りは、シューレ、セルージョ、ガド、ライオスの順で、俺は探知ビットと借りてる納屋の除湿担当だ。

 オークが現れたのは、セルージョとガドが交代するタイミングだった。


「来た! 一頭じゃない、二頭いる!」

「ニャンゴ、厩舎に近付かないように足止めしてくれ」

「了解!」


 俺の声を聞いて、もうセルージョとガドは飛び出していった。

 オークと厩舎の間には、雷の魔法陣をいくつか浮かべて接近を止める。


 準備を終えたライオス、シューレと共に厩舎へと向かう。

 相変わらず雨が降り続いていて、周囲は真っ暗闇だったので明りの魔方陣を空に浮かべた。


「ブモォォォォォ!」

「それ以上は近付かせんぞ!」

「おら、食らいやがれ!」


 二頭のオークのうち、一頭は盾を構えたガドが押さえ、もう一頭にはセルージョが矢を射掛けている。


「シューレ、ガドの方を応援してくれ。ニャンゴは隙を見つけて援護を頼む」


 指示を終えたライオスは、セルージョが牽制しているオークに向かっていった。

 雨の中での混戦となっているので、威力の高い攻撃魔法での援護は危険だ。


 ステップを使って戦場の上に陣取り、空属性魔法で作ったダガーナイフを使ってオークの動きをけん制する。


「ブギィ?」


 ガドの盾で押されたオークが後ろによろめき、設置しておいたダガーナイフに自分から突っ込んで悲鳴を上げた。

 後ろに別の敵が現れたと思って振り返っても誰もいないし、それだけ大きな隙をシューレに見せるのは自殺行為だ。

 風のように走り寄ったシューレが、オークの首筋を深々と斬り裂いた。


 もう一方はと見れば、ライオスの大剣に脛を斬り払われたオークが倒れていくところだった。

 さすがに全員叩き上げのBランク、俺がいなかったとしても危なげなく討伐できただろう。


 雨中のオーク討伐は、三十分も掛からずに終了した。

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