第264話 現れたお尋ね者 後編(カバジェロ)



「お前さんは、なんで冒険者になろうと思ったんだ?」

「冒険者ぐらいしか、この体で出来る仕事が思い付かなかったから……」


 周囲の客に聞かれたら騒ぎになりそうなので、モーゼスが当たり障りの無い話を振ってきたので、当たり障りの無い答えをしておいた。


「そうか……おぅ、そろそろ開店か、客が入ってきたら注文しよう」

「主任、エールは駄目ですよ」

「なんだ、固いこと言うな。というか、この手の店で飲まずに長居していたら怪しまれるぞ」

「そんなの、飲んでる振りで良いじゃないですか」

「ジェロだったな、お前さんも飲むか?」

「いや、酒は弱いから……」

「そうか、じゃあ食う方に専念してくれ。おぅ親父、注文だ!」


 モーゼスは、真面目に張り込みをする気があるのかと心配になるほど、マイペースで料理と酒を注文すると、鉄板一面に肉を並べ始めた。


「ちょっと、主任、いきなり並べ過ぎです。ペースを考えて下さい」

「なに言ってんだ、この程度じゃ食ったうちに入らねぇよ。ジェロ、遠慮しないでドンドン食え」

「はぁ……いただきます」


 どうせ逃げ出すことなんか出来ないのだから言われるままに食べ続け、ふと視線を上げた時に驚いた。

 事務所で聞き取りを行っていた時のモーゼスは、いかにも官憲の捜査官という雰囲気だったのに、いつの間にか何処にでもいそうなオッサンになっていた。


 服の襟元を緩め、姿勢と髪型を少し崩した程度なのに、まるで別人のようだ。

 率直な感想を口にすると、モーゼスは嬉しそうに口許を緩めてみせた。


「なるほど、タールベルクさんが助手にするのも頷ける。それに比べてドローテ、お前さんはもう少し柔らかくならんもんか?」

「申し訳ございません、頭が固いのは生まれつきですから……」


 いや、それも時と場合によるだろうと、モーゼスも苦笑いを浮かべていた。

 もしかすると、教育するためにドローテを同席させているのだろうか。


 モーゼスは店中の肉を食い尽くすつもりかと思うようなペースで注文を重ね、俺が満腹感がもたらす睡魔との戦いを始めた頃、目的の男達が姿を現した。

 ルガシマの宿で一緒になった七人組だが、グロリア達三人が一緒だった。


「あーら、ルアーナじゃないの、とうとう冒険者を辞める決心をしたみたいね」

「今日は、ここで仕事をしているだけよ。ジェロと一緒に魔法の練習を重ねてるから、すぐに追いついてやるわよ」


 七人組と一緒に入ってきたグロリアは、ルアーナの言葉を聞いて俺に視線を向けて来た。


「あぁ、そこにいる死にぞこないのニャンコロ……って、なんで官憲のモーゼスがいるのよ!」


 官憲という言葉を聞いて、座りかけていた七人組が一斉に身構え、それを見たドローテが声を上げた。


「イブーロ貧民街崩落の主犯ガウジョ、抵抗をせず大人しくなさい!」

「きゃぁぁぁ……」


 大人しくしろと言われて従うような奴が、お尋ね者として手配されるはずがない。

 素早く動いたヒョウ人の男が、ルアーナではない女性店員の首筋にナイフを突きつけた。


「動くな! 追ってきたら、こいつの命は無いぞ、動くな!」

「やぁぁぁぁ! 助けて、殺さないで……」


 ドローテが一歩踏み出した瞬間、ヒョウ人の男は人質にした女性店員の頬にナイフの切っ先を食い込ませた。


「手前らも来い! もう渡した金も使っちまったんだろう? 後戻りなんか出来ねぇぞ」

「ちっくしょ!」


 どんな経緯があったのか知らないが、ヒョウ人の男に指示されたグロリアがルアーナに向かって掴み掛かろうとしたので、咄嗟に火属性の魔法を放った。

 周囲の魔素も集められず、圧縮もしない見てくれだけの火の玉だったが、グロリアの足を止めるには十分だった。


「熱ぅ! ちくしょう、やりやがったなニャンコロ!」

「もういい、早く来い、置いていくぞ!」


 七人組とグロリア達が出て行った店の外からも、怒号と悲鳴、大きな物音が響いてきた。

 

「店から出るな! 追って来たら、こいつを殺す!」


 グロリアと一緒にいたヒョウ人と狼人の冒険者も、七人組に連れていかれたようだ。

 お尋ね者たちを一網打尽にする予定が、グロリアの一言で破綻してしまった。


 いや、グロリアの言葉だけなら、まだ何とか誤魔化せていたかもしれないが、ドローテの一言で完全に計画は破綻した。

 七人組は、通り掛かった馬車を奪って逃走したらしく、モーゼスが矢継ぎ早に指示を飛ばしている。


「ドローテ、呆けている暇なんか無いぞ、来い!」

「は、はい!」


 七人組を追って官憲の捜査官達が姿を消すまで、ルアーナは俺の肩を掴んで無言で見守っていた。


「ジェロ、グロリアはどうなっちゃうのかな?」

「さぁな、あいつルアーナを人質にするつもりだっただろう。モーゼスとドローテが見ていたから、仲間だと認定されるんじゃないか?」

「そっか……」


 ルアーナの声も、俺の肩を握る手も震えている。

 もし、グロリアに掴まれていたら、ルアーナも連れ去られていたかもしれない。


 女性店員が連れ去られたので、店は臨時休業となった。


「ジェロ、その……うちまで一緒に……」

「俺じゃ護衛の役に立たないと思うぞ」

「そんなことない! ジェロは、あたしよりもずっと強いよ……」

「まぁ、強くはないけど送っていくよ」

「ありがとう……」


 ルアーナの実家はキルマヤにあるそうだが、兄が結婚したのでギルドから紹介してもらった部屋にすんでいるそうだ。

 古いアパートで、住民は全員ギルドに登録されている冒険者なので、なにか不祥事を起こせば登録情報で手配されてしまうので、揉め事を起こす者は少ないらしい。


 ルアーナの部屋は二階の角部屋だった。


「ここが、あたしの部屋……」

「そうか、じゃあここで……」

「待って、誰か待ち伏せしてないか、一緒に見て……」


 いや、流石にさっきの今で待ち伏せされるとも思えないが、ルアーナは本気で怖がっているみたいなので、部屋の中を確認する。

 室内だから燃えたらマズいが、すぐ魔力を圧縮できるように備えておいた。


 ドアの内側は、手前が簡単な炊事と洗い物が出来る水場とトイレ、奥にもう一部屋あるだけの簡素な造りだ。

 誰かが隠れるような場所も無い。


「大丈夫だな、それじゃあ……」

「帰らないで……」

「えっ……?」

「グロリアが、襲って来るかも……」

「いや、流石にそれは……」

「だって、私達が官憲に知らせたって、お尋ね者たちに思われてるよ……グロリア、あたしがここに住んでるって知ってるし……」


 確かに、俺達が知らせなければ官憲は鉄板焼き屋で張り込んだりしなかった。

 女性店員を攫ったヒョウ人の男は、決断が早かったし勘も良さそうだった。


 自分達を危険な目に遭わせた報復に来る可能性はゼロではない。


「帰らないでって言われても、体中が鉄板焼き臭いし……」

「あたしが、ジェロも服も洗ってあげる。だから、お願い……」

「いや、体ぐらい自分で洗えるし……」

「ねぇ、ジェロ……お願い……」


 結局、ルアーナのお願い圧力に屈して泊まっていくことになってしまった。

 一人で洗えると言ってるのに、洗ってあげる、あたしも洗うと言って、狭い洗い場でルアーナと一緒に体を洗うことになり、目のやり場に困ってしまった。


「いいよ、ジェロだったら見られてもいい……」

「馬鹿、なに言って……にゃんで抱き付いて……」

「あたし、ジェロが好き……」

「にゃ、にゃにを言って……」


 体を洗うには邪魔だからと杖を取り上げられてしまったので、逃げ出す方法も無かった。

 この夜、俺はルアーナに抱かれた。

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