第267話 一人で里帰り
「ヴェルデクーレブラの肉、よしっ! 煮込みに使う材料、よしっ! 婆ちゃんへのお土産、よしっ! では、出発!」
市場で買い物を終えた後、村に持ち帰る荷物を飛行船に積み込んで、拠点の屋根から離陸した。
小雨が降っているが、視界はまぁまぁ開けている。
今回は、俺一人での里帰りだ。
一応、シューレにも声を掛けたのだが、何やらやる事があるそうで今回は同行しない。
たぶん、ミリアムを特訓するつもりなのだろう。
昨日は二人とも拠点でダラーっと過ごしていたようだが、今朝は早起きしてギルドに出掛けたようだ。
俺も王都行きで鈍った体を少しずつ鍛え直しているが、元に戻すのではなく更に進歩するようにアツーカ村から戻ったらシューレに手合せしてもらおう。
飛行船は、俺と荷物を合わせた重さと浮力が釣り合う辺りでヘリウムガスの発生を止め、浮上や方向変換は風の魔法陣を使って行う。
上向きの力を加えれば浮上するし、下向きに力を加えれば降下する。
旋回も風の魔法陣を使えば思うがままだ。
それにしても、飛行船の乗り心地は良い。
馬車のように路面の凹凸の影響を受けないし、高度を上げればアツーカ村への直線ルートで飛んで行ける。
突風には注意が必要だが今日は風も穏やかだし、これで晴れていれば絶好のフライト日和だったろう。
景色が水墨画のように煙ってしまっていたが、どうにかコースを外れることなくアツーカ村へと到着した。
アツーカ村では、俺が空を飛んでいるのは珍しい風景ではないので、小雨の中で農作業をしている村人達が手を振って出迎えてくれた。
そのまま風の魔法陣で速度と高度を調整して、村長宅の庭に着陸する。
荷室は台車の形にしてあるので、飛行船の胴体部分を消して村長宅の玄関まで移動した。
「こんにちは」
「これはこれは、エルメール卿。おかえりなさい」
「ご無沙汰してます、フリオさん」
玄関先で声を掛けると、姿を見せたのは村長の息子でミゲルの父親フリオだった。
「これ、先日討伐に参加したヴェルデクーレブラの肉です。滋養強壮の効能があるそうですから、皆さんで召し上がって下さい」
「これは、御丁寧にありがとうございます」
村長もフリオも至って普通の人物に見えるのだが、どうしてミゲルがあんな感じで育ったのか不思議でならない。
挨拶を終えて、台車を玄関先に置かせてもらい、別の肉の包みを抱えて離れに足を向けた。
「こんにちは、ゼオルさん、いますか?」
「おぉ、その声はニャンゴか? いるぞ」
「お邪魔します」
ゼオルさんは寝台に寝転んで本を読んでいたようだが、お茶の支度を始めた。
「今日はどうしたんだ?」
「カバーネに出たヴェルデクーレブラの討伐を終え、帰り掛けにオークも討伐したから一週間の休みです」
「ほぅ、ヴェルデクーレブラか……俺は討伐した経験が無いが、どうだった?」
「結構、厄介な相手でしたよ」
手土産の肉を渡しながら、討伐の様子を語って聞かせた。
元冒険者として血が騒ぐのだろう、話が進むにつれてゼオルさんは身を乗り出すようにして聞き入っていた。
「今回も討伐の主役を務めたみたいだな。もう押しも押されぬイブーロのエースだな」
「いやぁ、俺一人では倒せていませんよ。巣穴から追い出す人達や、下準備を整える人がいなかったら、まだ雨の野営地に足止めされてたと思いますよ」
「そりゃ、ヴェルデクーレブラほどの大物になれば、一人で討伐なんか無理に決まってる。それでもニャンゴがいなかったら、まだ倒せてもいないだろう」
「そうかもしれませんが……やっぱり周りの協力があっての討伐ですよ」
「がははは……変わらんな」
兄貴は今日も避難スペースの設置工事に出掛けているそうだ。
朝は素振り、昼は工事、夕方早く上がれた時にはゼオルさんと手合せや身体強化魔法の訓練もしているらしい。
「フォークスも、だいぶシッカリしてきたぞ。あんまり怠けていると追い付かれるかもしれんぞ」
「うっ……気を付けます」
兄貴の事を頼んで、台車を引き取ってカリサ婆ちゃんの薬屋を目指す。
オークによって荒らされてしまったが、建物自体の被害は扉程度だったので、もう片付けも終わっているそうだ。
「婆ちゃん、いる?」
「ニャンゴ、ニャンゴかい?」
「うん、大きな討伐が終わって休みになったから帰って来たんだ」
「おかえり……ニャンゴ」
「婆ちゃん、ただいま……」
台車を裏口の外に置いて薬屋に入ると、慌てたように出て来た婆ちゃんに抱き締められてしまった。
薬草の匂いが染みこんだ、いつもの婆ちゃんの匂いがする。
「婆ちゃん、お土産持って来たよ」
「何だい、そんなに気を使わなくてもいいのに……あたしはニャンゴの元気な顔を見られれば、それで十分なんだよ」
「でも、俺がやりたいから、婆ちゃんが嫌じゃなかったら受け取ってよ」
「そうかい、すまないねぇ。それなら、有難くいただくよ」
「うん、ちょっと待ってて、今持ってくるから」
台車に載せておいた荷物を運び入れていると、店の方からイネスが顔を出した。
「あれっ、ニャンゴだ。どうしたの?」
「うん、ちょっと休みが取れたから帰って来た」
「そうなんだ……ねぇ、それ何?」
「これは、ヴェルデクーレブラっていう魔物の肉だよ」
「お肉! 食べたい、食べたい!」
「これは滋養強壮の効果があるから、婆ちゃんのために買ってきたんだからね」
「うー……だって、ニャンゴがイブーロに行ってから、あんまり肉が食べられなくなったから……」
「この前、オークの肉を嫌になるほど食べただろう」
「そうだけど、もうみんな干し肉に加工しちゃったから、新鮮なお肉は無くなっちゃったよ」
「しょうがないなぁ……まずは婆ちゃん優先、イネスはその後だからね」
「やった! ニャンゴ大好き!」
「はぁ……お肉大好きの間違いでしょ」
「えへへへ……」
肉を食べさせる代わりに、荷物を運んでもらった。
「婆ちゃん、これは夏掛けの布団ね。生地がサラサラして肌触りが良いから使って。それから、こっち扇子だよ」
「おや、これは竜胆かい、綺麗だね」
「でしょでしょ、そんでこっちが夏用のローブだよ」
「こんなにたくさん、すまないねぇ……」
「こんなの婆ちゃんに世話になった分に比べたらチョビっとだよ」
お土産を渡し終えたら、台所を借りてヴェルデクーレブラのシチューの仕込みを始める。
市場で聞いたレシピを元に、必要な材料も揃えて来た。
炙ったオークの骨、炒めたオークの筋肉や香味野菜、トマト、ニンニクなどを鍋で煮込んでいく。
イネスに火加減の調整を頼んで、実家にヴェルデクーレブラの肉を置きに行った。
「ただいま」
「ん? ニャンゴか、何か土産か?」
玄関を潜って声を掛けると、居間でグテーっと寝転んでいた親父が、揉み手でもしそうな表情で起き上がって来た。
仏頂面で出迎えられるのも気分が悪いが、土産目当ての卑屈な態度を見せつけられると情けなくなってくる。
「これは、この前討伐したヴェルデクーレブラという魔物の肉だ」
「なんだ、ただの肉か……」
「嫌なら持って帰るぞ、滅多に手に入る代物じゃないし、滋養強壮の効能があって黒オークの五倍近い値段がするんだからな」
「黒オークの五倍だと……そうか、五倍か……」
肉だと聞いて当てが外れたような表情を浮かべた直後、値段を聞いたらコロっと態度を変えやがった。
「お袋に調理してもらって、みんなで食べてくれ」
「あぁ、いつもスマンな……母さん、ニャンゴが高い肉を持って来たぞ」
ヴェルデクーレブラの肉を受け取った親父は、くるっと俺に背を向けてお袋のいる部屋に入ると、声高に食べ方の相談を始めた。
居間には一番上の兄貴もいたが、チラっとこちらに視線を向けた後は目を閉じて見向きもしなかった。
まったく、うちの家族は良いも悪いも、典型的な猫人気質で頭が痛くなってくる。
ずっと土間に放置された状態だったので、兄貴にまた来ると言付けして家を出た。
カリサ婆ちゃんの家に戻ると、イネスが竈の前で鍋を睨んでいた。
「ニャンゴ、ニャンゴ、すっごい良い匂いがする。早く食べようよ」
「これは、夕食用だぞ。これを濾して、大きく切った肉を入れて煮込むんだ」
「えぇぇ! そんなぁ……」
完成までに時間が掛かると教えたら、イネスはこの世の終わりみたいな顔をしてみせた。
「大丈夫だよ、お昼はあたしがお焼きを作ってあげるよ」
「にゃっ! 婆ちゃんのお焼き、やったぁ!」
「ニャンゴの好きなクルミを沢山入れようね」
カリサ婆ちゃんのお焼きは、クルミがコリコリで香ばしくて絶品なのだ。
イネスは肉のお預けを食らって不満そうだけど、俺にとってはどちらも最高の御馳走だ。
この後、お焼きをうみゃうみゃしながら、ヴェルデクーレブラの討伐の様子を婆ちゃんに語って聞かせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます