第261話 討伐を終えて

 討伐の最後にヴェルデクーレブラに絞め殺されてしまった馬人の冒険者は、トラッカーの三人と幼馴染だったようだ。


「ホヘルさん……目を開けてよ」

「ホヘル兄ちゃん、死んじゃやだよ……」


 カルロッテとベルッチはホヘルの遺体にすがって泣きじゃくり、フラーエもボロボロと涙を流しながら立ち尽くしていた。

 冒険者という職業は、死と隣り合わせの危険な職業だと分かっているつもりでも、身近な人間が命を落とす瞬間に立ち会ってしまうのは辛い。


 トラッカーの三人は冒険者の死を直接目撃したのも初めてだったそうで、余計にショックが大きいようだ。

 それでも、ホヘルという冒険者は幸運だ。


 一昨晩、無茶をやってヴェルデクーレブラに淵へと引きずり込まれた三人など、遺体が発見出来るかどうか疑わしい。

 ヴェルデクーレブラの腹を割けば、あるいは遺品が見つかるかもしれないが、本人だと判別できる遺体は発見出来る可能性は低い。


 それに、ホヘルの遺体はイブーロの家族の下へと届けられるが、山奥や深い森の中で命を落とした冒険者は遺品だけ持ち帰り、遺体はその場に埋葬されるのが普通だ。

 命を落としたのは不幸だが、それでも冒険者の死に方としては幸運なのだ。


 ホヘルの遺体は、所属していたパーティ―のメンバーとトラッカーの手でイブーロまで運ばれるそうだ。

 討伐に加わっていた冒険者達が、川原に横たえられたホヘルに祈りを捧げて野営地へと戻っていく。


 討伐に参加していたか否かは、検分を行っていた騎士団の係官とジルやライオスなどのベテラン冒険者の証言によって確認され、報酬はギルドの口座へと振り込まれる。

 報酬の額は、討伐報酬の大金貨三枚を頭割りにしたものに加えて、素材の買い取り額も頭割りにして振り込まれる。


 その際に、討伐において大きな貢献をした者には、割増しした報酬が支払われるそうだ。

 素材の買い取り価格が確定していないので正しい数字は出ないが、冒険者の多くは金貨五枚程度の報酬は固いと予想しているようだ。


 討伐の最中に命を落とした冒険者の報酬は遺族に支払われ、遺族がいない場合はパーティーのメンバーへ支払われる。

 遺族も所属パーティーも無い場合には、ギルドが冒険者基金として回収する。


 この基金は、討伐の最中に手足を失うなどの大怪我をして、冒険者からの引退を余儀なくされた者に、その後の生活資金として贈与されるそうだ。

 支払われる金額は、その時の資金の残金によっても違うそうだが、一年程度は無理せず暮らせる程度の額らしい。


 それにしても、ヴェルデクーレブラは間近で見ると凄い迫力だ。

 ワイバーンも恐ろしかったが、単純に口の大きさだけならヴェルデクーレブラの方が大きい。

 長さもハンパじゃないので、馬車の後ろに台車を連結させてイブーロまで運ぶそうだ。


 いくつかに分割して運んだ方が良いと思うのだが、長いままで運ぶことによって、街の住民にヴェルデクーレブラの脅威を実感させる狙いがあるらしい。

 いうなれば、住民に対して騎士団が仕事をしているとアピールする道具として使われるようだ。


 まぁ、騎士団が倒しましたと言う訳ではないので、住民が誤解すれば良い程度なのだろう。

 野営地に戻ると、張り詰めた空気は消えて、宴会前の緩い空気が漂っていた。


 今からイブーロまでは戻れないので、みんな野営地で夜を明かし、明日の朝出発するはずだ。

 無事にヴェルデクーレブラも討伐出来たし、騎士団から祝いの酒が提供されるはずだが、生憎とまた雨が降り始めた。


「ニャンゴ、こっちに屋根を作れないか?」


 ライオスに指定された馬車も天幕も無いスペースに大きな屋根を作る。

 屋根の中央には穴を開け、その上に別の屋根を作って煙が抜けるようにした。


 屋根は、学校の体育館ぐらいの大きさがあるので、殆どの冒険者が入れるだろう。

 俺が屋根を作ると、水属性魔法を使える者が地面に浮いた水を移動させ、土属性魔法を使える者が地面を固めた。


 中央に竈が作られ、囮に使った羊の一頭が捌かれて丸焼きにされる。

 その内臓を使った煮込み鍋が作られ、宴会に参加する冒険者が食い物を持ち寄って来た。


 料理の匂いが辺りに漂い始めると、冒険者たちは勝手に酒を飲み始める。

 偉いさんの挨拶を待って……のような堅苦しさは無い。


「ライオス、適当な所で切り上げさせて。でないと、この規模の屋根は眠った後、維持出来るかどうか自信が無いから……」

「分った、ここで寝込むと手荒く起こされるから、自分の天幕に戻って寝ろと言っておく」

「お願いします」


 宴会はダラダラ始まったが、すぐに騒々しく盛り上がり始めた。

 今夜は雨の中の監視も無いし、明日はイブーロに帰るだけだから気楽なものだ。


 宴会の話題は、ヴェルデクーレブラの討伐にどれだけ自分が貢献したのか、どれだけ他の冒険者が無様な姿を晒していたかだ。

 自慢話を披露し、いやいや違うと突っ込まれ、自分のヘマをネタにして笑いを取る。


 殆どの者が笑顔で酒を酌み交わす中で、涙を流しながら酒をあおる者達がいる。

 討伐で命を落とした冒険者の知り合いや、同じパーティーのメンバー達だ。


 トラッカーの三人も、ホヘルの所属していたパーティーのメンバー達と涙しながら酒を飲んでいる。

 泣きながら笑い、故人の思い出話に花を咲かせ、己の無力さを噛みしめながら苦い酒を飲むのだ。


 雨は宴会が始まった頃から本降りとなっていたが、屋根を叩く雨音は喧騒に掻き消されている。

 宴会が盛り上がり酒の量が増えると、今度は小競り合いが始まる。


 俺の方が活躍した、いいや俺の方が手柄を立てた、お前は逃げてただけじゃないか、何だとこの野郎……掴み合いが始まった所で周りの連中が集まり、当事者二人を屋根の外へと放り出す。

 強制的に頭も体も冷やされて、スゴスゴ帰る者もいれば、泥だらけになりながら取っ組み合いを続ける者もいる。


 いつものように混沌とする宴会を眺めながら、俺は大人しく屋根を維持しながら食事をしていた。


「うみゃ、羊はちょっとクセがあるけど、うみゃ」

「今回もニャンゴは大活躍……」

「シューレには、あまり出番が無かったかな?」

「ニャンゴが脅かすから……」


 雷の魔法陣を使うとは説明しておいたが、落雷が起こったような大音響が響くとは思っていなかったので、多くの冒険者が驚いてフリーズしていた。

 直後に行われるはずだった魔法による一斉攻撃が、散発に終わったのはこのせいだ。


「腰が抜けるかと思った……というか、ニャンゴが止め刺せたんじゃない……?」

「うん、まぁ……でも、みんな折角来たんだし、実績が無いと支払いも減るでしょ?」

「ニャンゴは優しすぎ……普通の冒険者なら、自分で止めを刺して総取りしてる……」

「そこまでやっちゃうと、妬まれちゃいそうだからね」


 騎士団の隊長の話では、ヴェルデクーレブラを誘導して動きを止めた俺には大きな割り増しがされるらしい。

 どの程度なのかはまだ分らないし、この先も公開されることは無いそうだが、口さがない噂を立てる奴はいるだろうし、その為の材料を余分に与えてやる事もないだろう。


 俺に向かって欲が無いとか言いながら、シューレは満足げな表情を浮かべているから別に文句を言うつもりはないのだろう。

 シューレが満足げなのと対照的に、ミリアムは不満げな表情を浮かべていた。


「だって、何の役にも立ってないじゃない」

「現場に出なかっただけで、他の冒険者も大して変わらないよ」

「それは、あんたがあんな魔法を使って活躍しているからそう思えるだけよ。それに……あんなに簡単に人が死んじゃうとは思わなかった」


 兄貴同様に、田舎の村からイブーロに出て来て就職に失敗、あやうく貧民街に沈みそうになっていた所をシューレに拾われてきたミリアムは、討伐に出た回数も数えるほどだし、人が死ぬ瞬間を目にするのも初めてだったらしい。


「この先、やっていけるのか不安になっちゃった……」


 ミリアムの不安は当然だろう。

 俺だって、空属性という特殊な魔法でなかったら、同じような不安を抱えていたはずだ。


 いや、実際アツーカ村にいた頃には、将来への不安を感じていた。


「嫌なら無理して続けなくてもいいわよ……」

「えっ……?」


 たぶん、ミリアムは慰め、引き留めてもらいたかったのだろう。

 シューレの素っ気ない言葉に目を見開いている。


「冒険者は強制されてやる仕事じゃないわ……」

「シューレは、クロヒョウ人だから分らないのよ」


 そう、猫人のミリアムとクロヒョウ人のシューレでは、置かれている環境が違いすぎる。

 スタートの時点で条件が違いすぎるのだ。


「分かるわよ……」

「えっ?」

「だって、ニャンゴがいるじゃない……」

「そんな出鱈目な奴と……」

「ニャンゴだって、最初から出鱈目だった訳じゃないわ……」


 まぁ、そう思われるかもしれないけど、転生者という大きなアドバンテージは持ってたんだよね。


「本人にやる気が無ければ、いくら周りの者がやれと言っても出来るようにはならない……でも、いくら周りが無理だと言っても、本人のやる気次第で道は開ける……」

「あたしでも、冒険者を続けられるのかな……?」

「それはミリアム次第……ただ、少しでも可能性を感じているのに諦めたら悔いが残る……」

「あたし次第か……」


 混沌の度合いを増す宴席に目を向けながら、ミリアムは別のものを見通そうとしているようだった。


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