第262話 怪しい七人組(カバジェロ)
ルガシマでの商談を終えキルマヤまで帰る道中は、油断するなとタールベルクから言われた。
同じ宿に泊まっていた例の七人組が気に掛かるらしい。
「昨日のうちに宿を引き払って出発したみたいだから、大丈夫じゃないのか?」
「盗賊の中には、そうして油断させておいて襲う奴らもいる。油断はするな、そして襲ってきたら容赦はするな」
「そうか、分った」
俺達にとっての最優先事項は、雇い主であるグラーツ商会の会長オイゲンさんを守ることだ。
縁もゆかりもない盗賊に情けを掛けて雇い主に危害が及べば、俺達は職を失う。
いや、職だけで済めば良いが、相手が盗賊ならば命を落とす可能性の方が高いだろう。
俺は転落防止用の綱を腰に巻き、御者台から後ろを何度も振り返って確認を繰り返す。
グラーツ商会の馬車の前後には、かなり距離を置いて別の馬車が走っている。
一定の距離を置いているのは、互いに相手を害する気持ちはないと知らせるためだ。
急に距離を詰めて追い掛けてくる馬車や、前触れもなく止まる馬車には注意が必要らしい。
ただし、あらかじめ止まると合図を送って来た馬車が盗賊だったりする場合もあるので、合図をしてきたから大丈夫というものでもないらしい。
グラーツ商会は、キルマヤだけでなくエスカランテ侯爵領でも指折りの商会だ。
商談をしてきたとはいえ、馬車に多額の金品が積まれている訳ではないが、身代金目的で会長のオイゲンさんを拉致しようと襲ってくる可能性がある。
タールベルクは、そうした襲撃を撃退した経験もあるそうだが、貧しさのどん底にいた俺は金目的で襲われた経験など無い。
自分を狙っているのではないと分っているが、護衛として一緒に襲われるかもしれないと考えるだけで緊張してくる。
とにかく、少しでも異常な状況が無いか、目を皿のようにして周囲の監視を続けた。
「油断するよりはマシだが、あんまり力みすぎるなよ」
「そう言われても、いつ襲って来るのか分らないのだろう」
「まぁ、そうだが、こうした集落の近くで見通しが利く場所は襲われる可能性は低い。前後の馬車だけ気を配っておけ」
「分った」
前を走っている馬車は、グラーツ商会のものと同様の箱馬車だが、例の七人全員が乗れるほどの大きさはない。
後ろを走っている馬車は、収穫した野菜を運んでいるらしく、こちらも盗賊が絡んでいるようには見えない。
道の両側には畑が広がっていて、まだ手の平ほどの大きさの苗が生えているだけだ。
誰かが隠れていられるような死角も無さそうだし、確かにここなら少し気を緩めても大丈夫そうだ。
その後、途中の集落で昼食を兼ねた休憩を取り、日が落ちる前にはキルマヤの街に無事辿り着いた。
「はぁ……キルマヤに戻るとホッとするな」
「街中で仕掛けて来るような奴はいないと思うが、それでも商会に戻るまで油断するなよ」
「あぁ、分ってる」
キルマヤの街は、治安が良いことで知られているらしい。
街の犯罪を取り締まる官憲も、武術が盛んな土地柄とあって鍛えられていて、並みの犯罪者では簡単に取り押さえられてしまうそうだ。
その官憲が二人組で街を巡回していて、着実に犯罪の芽を摘んでいるようだ。
官憲の制服を着込んだ者だけでなく、冒険者のような服装で活動する者もいるらしい。
「グロブラス領とは大違いだよなぁ……」
俺が生まれ育ったグロブラス領では、官憲は権力を笠に着て袖の下を貰って犯罪を見なかったことにする連中ばかりだった。
だからなのだろう、街を歩いている人の表情がグロブラス領とは全然違っているように見える。
結局、グラーツ商会に着くまで、何事も起こらなかった。
何も無い方が良いに決まっているが、少しだけ拍子抜けしたのも事実だ。
「だいぶ気を張っていたみたいだから疲れただろう」
「まぁ、でもこれが仕事だろう?」
「その通りだ、いつでも襲撃があると思って備えなければ後手を踏む。かと言って、過度の緊張状態を続けていたら、いざという時に動けなくなる。緊張感を保ちつつ、疲労しない心の持ち方を工夫しろ」
「それって……普段から備えておけってことか?」
「分ってるじゃないか」
「いや、今まで分かってなかった。これからは……工夫してみる」
とは言っても、これまで襲われるなんて考えたことも無い。
何に備えれば良いのかも分らないまま、その晩は昼間の疲れもあってグッスリと寝込んでしまった。
翌日は、オイゲンさんは外出せずに商会で仕事をする予定なので、俺はギルドの射撃場へと向かった。
どうすれば日頃から襲撃への備えられるか考えてみたのだが、良く分からなかったので大切な物を預かって運んでいると想定して行動してみた。
通りに怪しい奴がいないか確かめてから商会の門を出て、ギルドまで歩く間も時々後ろを振り向いて確認する。
勿論、襲って来る者など居ないのだが、襲うとしたら何処から来るのか、どのタイミングで来るのか、などと考えていると本当に誰かに監視されているような気になってくる。
ギルドの建物が見えてきた所で、もう一度後ろを振り返り、襲撃者がいないのを確認して歩き出そうとしたら、急に前から来た男に行く手を阻まれた。
更には、仲間と思われる男に背後へ回り込まれ、逃げ道を塞がれてしまった。
「なっ……なんだ?」
「官憲だ。怪しい奴め、身分証を出せ!」
「えっ……?」
存在しない襲撃者に備えて、キョロキョロしている様が怪しく見えてしまったそうだ。
ギルドカードを出して、あわあわしながら事情を説明すると、大笑いされてしまった。
たぶん、俺がどこにも所属していない猫人だったら連行されていたのだろうが、グラーツ商会でタールベルクの助手をしていると話したから笑いごとで済んだのだろう。
「まぁ、護衛として警戒しているとアピールするには良いかもしれんが、街中で一人でやっていると不審者にしか見えないから止めておけ」
「す、すまなかった……」
「それと、ラガート子爵領からお尋ね者の一団が流れてきている可能性がある。戻ったらタールベルクさんにも伝えておいてくれ」
「お尋ね者?」
「あぁ、何でも貧民街を崩落させて、官憲、騎士団、ギルドの職員などに多くの犠牲者が出たそうだ。ガウジョという犬人の男を中心とした十人前後の裏社会の連中だ」
脳裏に浮かんだのはルガシマの宿で一緒になった一団だ。
「そいつらには、冒険者崩れも混ざっているのか?」
「そうだが、なにか心当たりがあるのか?」
「昨日まで、オイゲンさんの護衛でルガシマまで行ったんだが……」
例の七人組とタールベルクが警戒していた様子を話すと、官憲二人の表情が厳しくなった。
「うん、怪しいな。ちょっとグラーツ商会まで行ってみるか?」
「そうだな、タールベルクさんの話も聞いてみたい」
どうやら二人の探している連中が、例の七人組のようだ。
「有力な情報をありがとう」
「いや、役に立ったなら何よりだ」
「グラーツ商会を訪ねてみるよ。あぁ、さっきの練習はもう街中ではするなよ」
「ぐぅ……分った」
最後にまた笑いのネタにされて、ようやく解放してもらえた。
ギルドの射撃場へ行くと、もうルアーナが練習を始めていた。
パーン、パーン……っと、小気味良い魔法の音が響いている。
最初、空中の魔素を取り込むコツを掴むまでは苦労していたが、一度コツを掴んで直感的に出来るようになると、一気に上達のスピードが上がった。
「おはよう、ジェロ。遅かったじゃない、寝坊でもしたの?」
「いや、寝坊はしていないが……」
官憲に足止めされた話をすると、ルアーナにも大笑いされてしまった。
「ルアーナ、笑い過ぎだ……」
「あははは……ごめん、ごめん。でも官憲に止められて慌てているジェロの姿が目に浮かぶようで……あははは」
「はぁ……また新しいアイデアを思い付いたんだけど、ルアーナに教えるのは止めておこう」
「えっ、新しいアイデア? ごめん、謝るから教えて……ねぇ、お願いジェロ」
ルアーナは、俺を拝みながら擦り寄って来る。
右腕を抱え込まれると、柔らかな感触と甘酸っぱいようなルアーナの匂いがして、ドキドキしてしまう。
「わ、分った、教えるから、そんなに引っ付いて来るな」
「ホントに? ホントに教えてくれる?」
「教える、教えるから……」
「ふふーん……ジェロは照れ屋さんだからねぇ」
「そんな事言ってると……」
「嘘、嘘、ゴメンって……」
魔素を包み込んで圧縮した球を二つ作り、一度に二発の魔法を発動させると、ルアーナは目を丸くして驚いてみせた。
「すごい、すごいよジェロ。一度に二発って、どうやってるの?」
「あぁ、これは……」
圧縮する球を二つ作る方法を説明すると、ルアーナは目をキラキラと輝かせて聞き入っていた。
たぶん、すぐに追い付かれて追い抜かれてしまうのだろうが、この瞬間だけは誇らしい気分になれる。
それぞれの課題を持って魔法の練習を続け、昼はギルドの酒場に一緒に食べに行った。
食事をしながらルガシマに行った話になり、必然的に例の七人の話になった。
「商人風だけど柄の悪い七人組……?」
「あぁ、もしかするとラガート領から流れて来たお尋ね者かもしれ……ルアーナ?」
「昨日、店に来た人かも……」
「えぇぇぇ!」
ルアーナは、冒険者としての稼ぎだけでは心許ないので、鉄板焼き屋が忙しい時には手伝いに入っているらしい。
その鉄板焼き屋に、昨晩柄の悪い七人組が来て、他の客とトラブルになりかけたらしい。
「でも、体の大きな犬人が仲間を一喝して場を収めたんだ。あれは普通の商人じゃないよ」
「ルアーナ、午後から官憲の事務所に知らせに行こう」
「そうだね、そんな悪い連中は早く捕まえてもらわないとね」
食事を終えた俺達は、ギルドを出て官憲の事務所へと向かった。
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