第260話 生命力

 翌日、夜が明けても雨は降り続いていたが、夜半に比べると雨脚が弱まっているし、西の空が明るくなってきている気がする。

 これまで野営地の朝は、夜の間の監視や戦闘が終わり、休息している時間だったので静かだったが、この日は冒険者達のざわめきと共に空気が張り詰めてきている。


 いよいよ今日は、ヴェルデクーレブラを巣から追い出し、冒険者、騎士団総出で討伐を行う。

 ちなみに昨晩ヴェルデクーレブラに向かっていった連中は、一人が腕を骨折した以外は軽傷で済んだらしい。


 粋がって向かっていった挙句、軽くあしらわれた格好だが、冒険者にとっては強大な相手にも怯まずに向かっていったという事実が重要らしい。

 昨晩、戦果も無く引き上げてきた連中は、意外に晴れ晴れとした表情をしていた。


 たぶん、イブーロに戻った後、自慢話のネタにするのだろう。

 それもまた冒険者の楽しみなのかもしれないが、俺としてはヴェルデクーレブラに止めを刺すことに専念したい。


「ニャンゴ、気負っちゃ駄目……」

「うっ、そうだね。全部一人でやろうとはしないよ」


 馬車の外で、準備を始めた冒険者達を眺めていたら、シューレに釘を刺された。

 自分では気付かないうちに、逸っていたみたいだ。


「これまで奴は、食事のために巣から出てきていたわ……でも、今日は違う……」

「うん、僕らに巣から追い出されるんだもんね」

「これまでなら餌を取ったら即逃げていたけど、今日は逃げる場所が無い……」

「確かに、想定外の反撃にも備えていた方が良いね」

「そう、討伐は常に思い通りにならないものだと考えるべき……」


 確かに、今日は万全の体制をしいて確実に討伐出来るつもりでいたけど、ヴェルデクーレブラがこちらの思う通りに動いてくれるとは限らない。

 一応、騎士団の水属性と土属性の兵士が下流に逃げるのを阻止する手筈になっているが、もう一度確認しておいた方が良いかもしれない。


 朝食の後、騎士団の天幕に主要な冒険者が集められ、今日の確認が行われた。

 これから配置が行われ、全員が持ち場に着いた時点でヴェルデクーレブラの巣に火が放たれる。


 淵の下流側や崖とは反対の河原には騎士団の兵士が陣取り、ヴェルデクーレブラを上流へと誘導する。

 攻撃を行うのは、淵から五十メートルほど遡った水深が浅くなっている場所で、討伐場所の下流には三枚の網を入れる。


 上流に網を入れないのは、ヴェルデクーレブラが逃げ場を失って追い詰められたと思わないようにするためだ。

 勿論、逃がすつもりは無いが、窮鼠猫を噛むではないが、追い詰められて死に物狂いの動きをする前に討伐を終えてしまうつもりだ。


 浅瀬で討伐を行うのは、冒険者が接近しやすいからと、攻撃魔法が水に妨害されないからだ。

 ワイバーンを倒した時の砲撃だったら、少々の水深でも威力を保てるだろうが、普通の冒険者が使う攻撃魔法程度だと、水属性の魔法以外は水の抵抗に負けて威力が落ちてしまう。


 雷の魔法陣も水を通すより、直接接触させた方が効果は高いはずだ。


「エルメール卿、よろしくお願いします」

「はい、全力を尽くしますよ」


 討伐にあたって、俺が合図をするまでは絶対に川には近付かないでくれと念を押しておいた。

 今日は手加減無しの雷の魔法陣を食らわすつもりなので、巻き込まれたら感電死するかもしれないと話したし、もし巻き込まれた奴がいても自己責任だと騎士団の了承も取り付けてある。


 理想としては、俺が雷の魔法陣で痺れさせ、動きが止まったところを冒険者達が一斉に攻撃魔法を撃ち込み、直後に前線で戦うタイプが止めを刺すという形にしたいのだが……不測の事態に備えて、いつでも砲撃出来るようにしておこう。

 野営地を出た冒険者たちが、続々と持ち場に散り始めると、雲の切れ間から日が差してきた。


「ニャンゴ、頼むぞ」

「はい、ライオスとガドは俺が合図するまでは近付かないで下さいよ」

「分かっておるわい、蛇と心中なんてお断りじゃ」


 ライオスとガドは一斉攻撃の後に直接攻撃をする予定でいる。

 セルージョとシューレは攻撃魔法を使う側で、今日はミリアムも見学について行くそうだ。


 まぁ、近付かなければ危険度は低いだろうし、実際の討伐現場を見ておけば後々役に立つだろう。

 俺はパーティーのみんなとは離れて、川の真上の高さ七メートルほどの所にステップを使って待機する。


 まだ川の水は濁っているが、ヴェルデクーレブラの巨体を見落とす心配は無い。

 冒険者達が持ち場に着いた頃、下流で火の玉が打ち上げられるのが見えた。


 いよいよ作戦開始だ。

 俺が待機している場所からは、淵の様子も良く見えるが、まだ動きは見られない。


 もしかして、巣からの追い出しが失敗したのかと心配になり始めた頃、淵の水面を破ってヴェルデクーレブラが鎌首をもたげた。

 すかさず兵士達が下流側から攻撃を仕掛ける。


 予定では、これでヴェルデクーレブラは上流に向かう……はずなのだが、こちらに向かってくる気配が無い。

 むしろ、兵士達への攻撃を強めているようにさえ見える。


「くそっ、失敗か……どうする……」


 どうやらヴェルデクーレブラは、攻撃を仕掛けている兵士が巣を攻撃した敵だと思い込んでいるようだ。

 このままでは上流には上がって来ないどころか、兵士が全滅しかねない。


「よし、攻撃して誘導してやる」


 兵士に向かって攻撃を仕掛けているヴェルデクーレブラの背後から、威力を弱めた魔銃の魔法陣で火球を打ち込む。

 背後から不意打ちの形で火球を食らい、ヴェルデクーレブラがこちらに向き直った。


 魔銃の魔法陣を展開する場所を徐々に上流へと移動させながら、ヴェルデクーレブラに火球を浴びせ続ける。

 姿こそ見えないものの、攻撃を仕掛けて来る相手に向かってヴェルデクーレブラが牙を剥く。


 縮めた体を一気に伸ばして噛みついてきたり、毒液を飛ばしたりするが、そもそも攻撃を仕掛けている俺は遠く離れているから何の危険も無い。


「おら、こっちだ、こっち……」


 前世の頃、蛇は視力が弱く、音や熱によって獲物を見つけていると聞いたことがある。

 たぶん、ヴェルデクーレブラも熱に反応して向かって来ているのだろう。


 それにしても、いくら威力を落としているとはいっても、火球を丸呑みにしてもダメージを受けているように見えない。

 もしかして、火か攻撃魔術に対して耐性があるのかもしれない。


 それでも、火球を使った挑発が功を奏して、ヴェルデクーレブラは上流へと上がってきた。

 食っても食っても実体が無く、続けられる火球による攻撃で、だいぶイライラしているように見える。


「よーし、そのまま……そのまま上がって来い」


 あと少しで討伐予定地という所まで来て、火球を追いかけていたヴェルデクーレブラが不意に動きを止めた。

 今まで水面の少し上しか見ていなかったヴェルデクーレブラが、急に視線を上に向けたのだ。


「やばっ、雷!」


 ギュっと体を縮めたヴェルデクーレブラが、ロケットのような勢いで俺に向かって牙をむいたが、ギリギリ雷の魔法陣の展開が間に合った。


 バシ――――ン!


 間近に落雷したかと思うような大音響と閃光が走った。

 念のために自分の体は空属性の壁を使って、三重に球体のシールドを施しておいたが、それでもビリビリしたように感じた。


 ヴェルデクーレブラは、雷の魔法陣に突っ込んだまま体をギューっと強張らせている。

 雷の魔法陣を解除すると、グラリと揺れたヴェルデクーレブラは、頭を川原に落として動きを止めた。


「やっちゃえ!」


 大声で攻撃開始の合図をしたのだが、パラパラと散発的に魔法が撃ち込まれただけだった。

 その後、前線タイプの冒険者が川原に掘られた塹壕から出て来たのだが、勢い良く飛び出してくるというよりも、恐る恐る周囲の様子を確かめている感じだった。


 そんな中、素早くヴェルデクーレブラに駆け寄ったのは、ライオスとガド、それにジルだった。


「ライオス! 念のために頭を落として!」

「任せろ!」


 ライオスは、横倒しになったヴェルデクーレブラの腹側に大剣を振るって喉を切り裂いた。

 背中側ほど固い鱗には覆われていないようで、ザックリと斬り割られたところから鮮血が吹き出してくる。


 喉笛を切り割られると、ヴェルデクーレブラはビクンっと大きく体を震わせた。

 やはり、まだ完全に死んだ訳ではなさそうだ。


「早く頭を落として、止めを刺して!」


 俺が大声で叫ぶと、ようやく呪縛を解かれたように他の冒険者達も動き出し、代わる代わる大剣や戦斧を叩き付け始めた。

 途中何度かビクンビクンとヴェルデクーレブラの体が動いたので、いつ麻痺から醒めてしまうかと気が気ではなかったが、槍や盾を持った者達も押さえ込むのを手伝っていた。


 十五分ぐらい悪戦苦闘したが、どうにかヴェルデクーレブラの頭を切り落とせた。

 大剣や戦斧を振るっていた者達は、返り血を浴びて凄い状態だ。


「よーし、川原に引き上げちまおう」


 ジルの呼び掛けで、若手の冒険者が中心となって川からヴェルデクーレブラを引き上げ始めた。

 頭を落としても、まだ十メートルの巨体だから、引き上げるのも一苦労だ。


 ロープを掛けて川原から引っ張る者、川に入って押し上げる者、大変だけれど討伐が終わったのでお祭りのような活気に溢れている。

 俺も持ち場から、ヴェルデクーレブラの頭を見物に下りた時だった。


「うわぁ、た、助けぇぇぇ……」


 突然上がった悲鳴に視線を向けると、頭を落とされたヴェルデクーレブラの体がとぐろを巻き、冒険者を締め上げていた。


「おいっ、引っ張れ!」

「駄目だ、ビクともしねぇぞ」

「こいつ、まだ生きてやがるのか?」


 冒険者達の怒号に混じってミシミシ、ボキボキという音が響き、締め上げられた冒険者が血の固まりを吐き出した。

 結局、ヴェルデクーレブラの体から力が抜けるまで三十分以上掛かり、締め上げられていた冒険者は帰らぬ人となってしまった。

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