第259話 討伐に向けて

 騎士団と冒険者の中から土属性魔法が使える者が集められ、淵の周辺の探索が行われた結果、地中に大きな空洞が発見された。

 直径が二十メートル、高さは三メートルにもなる巨大な空間のようだ。


 自然に存在する穴とは思えず、状況からしてヴェルデクーレブラの巣穴だと思われるが、どうやったらヘビが穴を掘れるのだろうか。

 巣穴の存在は確認出来たが、クゼーロ達三人の安否は不明だ。


 というか、生存は絶望的だと殆どの者が考えている。

 巣穴の出入り口は水深五メートルほどの場所にあり、巣穴の内部に空気が存在しているのかも分らない。


 たとえ空気が存在していたとしても、逃げ場の無い空間でヴェルデクーレブラと対決するには圧倒的に戦力不足だ。

 そのため、ヴェルデクーレブラの討伐を優先し、クゼーロ達の生存は考慮しない事になった。


 一夜が明けて、各パーティーの代表者が騎士団の天幕に集められる。

 話し合いの内容は、ヴェルデクーレブラの討伐方法だが、まずはどうやって巣穴から追い出すかが問題となった。


「エルメール卿、意見を聞かせていただけますか」

「僕に出来る方法としては、粉砕の魔法陣を使って巣穴の天井部分を爆破する程度しか思いつきません。それでも確実に追い出せるか分りませんし、悪くすると地盤が崩れてヴェルデクーレブラが埋まってしまう可能性があります」

「そうですか……確実に討伐出来るならば埋まってしまっても構いませんが、出来れば素材は回収して今回の討伐に参加して下さった冒険者達に分け与えたいと思っています」


 ヴェルデクーレブラは、皮や肉、魔石などが高値で取り引きされる。

 参加した冒険者で頭割りしたら大した金額にはならないだろうが、それでも稼ぎにはなる。


 埋まってしまったら掘り出す手間が掛かるし、掘り出したら生きてました……なんて事になったら洒落にならない。

 結局、土属性魔法を使って巣穴までの穴を開け、そこから油を注いで火を着けて追い出すことになった。


 巣から追い出す方法は決まったが、討伐方法が決まらない。

 障害として立ち塞がるのは淵の深さだ。


 ヴェルデクーレブラの巣がある淵は、一番深い所で水深が七メートル以上になる。

 巣から出て来たところに雷の魔法陣をぶつければ、感電させて動きを止められるだろうが、そのまま淵の底に沈んでしまう恐れがある。


 素材の価値を考えれば、討伐したヴェルデクーレブラは回収する必要がある。

 そこで、巣から追い出し、淵からも上がって来たところで討伐することになった。


 初撃は天候次第だが、俺が雷の魔法陣を食らわせ、動きが鈍ったところで袋叩きにする感じだ。

 淵には逃げ込めないように、ヴェルデクーレブラが出たら戻れないように網を設置する。


 討伐予定地は淵から五十メートルほど遡った辺りで、網の設置作業などを行う都合から決行は明日になった。

 俺が初撃を食らわせる事に、殆どの冒険者は賛成したが、それでも一部の冒険者は納得しなかった。


 そこで、今夜も餌の羊を三頭だけ繋ぎ、それを狙ってヴェルデクーレブラが現れた場合には自由に攻撃して構わない事になった。

 そのチャンスをものに出来ないなら、翌日は騎士団の指示に従え……という事なのだろう。


「エルメール卿は参加されますか?」

「そうですね……明日の為の下見はしておきたいので、見学には行くかもしれません」

「討伐はされないのですか?」

「今夜よりも、明日の作戦を確実に遂行したいので、隙だらけでなければ仕掛けるつもりはありません」


 あくまでも明日の作戦を優先するためと強調したのは、手柄を譲った云々と言わせないためだ。

 まぁ、それでも言う奴はグダグダ言うのだろうが、そこまで面倒を見るつもりはない。


 打ち合わせを終えて、午後からは明日のための設営作業を手伝った。

 淵から出たヴェルデクーレブラが戻れないように網を入れるのだが、その為には川にロープを渡さなければならない。


 ロープを投げて届かない距離ではないが、俺が端を持ってステップで川を渡ったほうが確実だ。

 網は間隔を開けて、念のために三枚設置される。


 網を繋ぐのは運動会の綱引きで使うような太い綱で、それを固定する土台は川原に土属性魔法で作られた。

 網をかける辺りの川原には、騎士団の兵士が大盾を持った状態で配置されるそうで、何としても逃走を食い止めるそうだ。


 ヴェルデクーレブラを淵の上流に誘導出来たら、俺が初撃の雷の魔法陣を食らわせて動きを止め、その後川の右岸から魔法による一斉攻撃を行い、その後肉弾戦に移行するそうだ。

 接近戦を望む冒険者は左岸にも配置されるが、魔法による攻撃が行われている間は、塹壕に潜って同士討ちを防ぐらしい。


 俺の決められた役目は雷の魔法陣による初撃だけなので、魔法による一斉攻撃の時にはステップを使って川の上空に上がり、真上から砲撃をお見舞いするつもりだ。

 乱戦になってしまえば俺に出来る事は無いので、この二撃に全てを賭けるつもりで挑もう。


 その日の夕方、野営地の動きは二分されていた。

 片方は今夜の討伐に乾坤一擲の思いで挑む者達で、もう一方は今夜は様子見に徹して明日の討伐に備える者達だ。


「バーカ……冒険者は自由こそが全てだろう、騎士団の下請けじゃねぇぞ」

「なに言ってやがるんだ、冒険者は生き残ってなんぼだろうが! いくら金や名誉が手に入ったとしても、死んじまったら終わりなんだよ」

「またニャンコロ貴族様に、美味しい所を持っていかれるのを指咥えて見てるつもりか?」

「いくらデカい口を叩こうが、勝算も無しに突っ込むのは馬鹿がやる事だ!」


 声を荒げて自分達こそが正しいと主張し合っているけど、そんなの結果で示せば良いだけの話だ。


「おーおー、この雨の中を元気だねぇ……」


 チャリオットは、パーティーとしては今夜は不参加だが、個人としての参加は自由という方針だが、午後から強くなり始めた雨を見て、全員が今夜は待機と決めたようだ。

 セルージョなどは、短パンにダボっとしたTシャツ、サンダル履きで行く気ゼロだ。


「ニャンゴは見に行くのか?」

「はい、出来れば川を遡ってくる様子を見ておきたいので」

「そうか、頑張ってくれ。俺は明日に備えて寝るから、この湿気取りはそのままにしといてくれな」

「んー……距離が離れても維持出来るのかなぁ……やってみますけど、途中で壊れるかもしれませんから、そのつもりでいて下さい」

「しゃーねぇな、そん時は早めに戻って再開させてくれや」

「はいはい、ご期待に沿えるように頑張ってみますよ」

 

 なんだか便利な除湿器扱いですけど、セルージョはいつもこんな感じですからねぇ。

 まぁ、除湿器に関してはシューレやミリアムからも要望が強いので、なんとか維持出来るように頑張ってみますかね。


 チャリオットのみんなと夕食を済ませた後、一人で野営地を出た。

 雨脚がかなり強くなってきたが、空属性魔法で深いドーム状の屋根を作り、ステップを使って移動するので濡れる心配は皆無だ。


 今夜は除湿器を離れた場所からも維持出来るかテストするので、魔力回復の魔法陣を背負っている。

 更に足元を照らす明りの魔法陣を作って……って、なんだか自分がモバイルバッテリーにでもなった気分だ。


 今夜、餌となる三頭の羊は、川を跨ぐ橋の上流に繋がれる。

 既にヴェルデクーレブラの巣の位置は判明しているので、今夜討伐を試みる冒険者達は羊の周りに陣取っているようだ。


 橋の上に陣取ってヴェルデクーレブラが川を遡ってくる時の様子を確認する予定なので、今夜は俺が第一発見者になりそうだ。

 橋の上から覗いた川は真っ暗で、殆ど何も見えなかったので、川の上にもいくつか明りの魔法陣を点して待った。


 連日の雨で川は水量を増し、橋脚に当たった水流が渦を巻いている。

 夜半近くになった時、突然渦の中にエメラルドグリーンの巨体がうねるのが見えた。


 用意しておいた呼子笛を思いっ切り吹き鳴らし、橋の上流を明りの魔法陣で照らすと、三頭いる餌の羊の内、中央の一頭にヴェルデクーレブラが襲い掛かるのが見えた。


 火属性の攻撃魔法が撃ち込まれるのが見えたが、この雨では威力は相当落ちてしまうだろう。

 ヴェルデクーレブラは羊をがっちりと咥え込むと、巨体を捩って引き綱を千切り、すぐさま逃亡に移った。


 茂みに隠れていたらしい冒険者が、大剣や槍を振るって向かって行ったが、大したダメージも与えられないまま尾で薙ぎ払われてしまったようだ。

 そのままヴェルデクーレブラは濁流と一体になって、淵を目指して泳ぎ去っていった。


 雷の魔法陣を使えば、今夜でも仕留められたかもしれないが、素材を確保するための準備がされていないので見逃してやった。

 我が物顔で暴れていられるのも今夜まで、明日には巣から追い出して、ただの素材にしてやろう。

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