第258話 対立する冒険者

 今夜はヴェルデクーレブラの巣の探索に専念することになったのだが、明日以降の討伐について注文を付けて来る冒険者がいた。


「奴の巣を見つけて、こちらに有利な状況を作って叩くのは賛成だが、その討伐は俺らに先手を任せてくれよ。名誉騎士様ってのは、王様から恩給が貰えるんだろう? 俺達は実績を残さなきゃ銅貨一枚手に入らないんだ。毎晩雨の中で泥だらけになって駆け回り、それで何も得られないんじゃ食っていけねぇんだよ」


 二十代ぐらいの牛人の冒険者は、イブーロの冒険者ギルドで時々見かけるが、これまで絡んだことが無い。

 俺としては初撃のチャンスを逃したくはないのだが、チャリオットの行動を決めるのはリーダーのライオスだ。


 どうするのか視線を向けると、ライオスが答えるまえに隣にいたジルが口を開いた。


「クゼーロ、お前さんの気持ちは分かるぜ、俺らだって状況は一緒だからな。確かにニャンゴが狙いすました一撃をお見舞いすれば、一発で仕留めちまう……かもしれねぇ。そうなりゃ、駆け出しの小僧が稼ぐ程度の礼金を手にして終わりだ。ヴェルデクーレブラを相手にして戦ったって自慢すら出来ねぇよな」

「そうだ、だからこそ先手を取らなきゃならねぇ」

「あぁ、分かる、分かるぜ、でも、どこまでニャンゴに我慢させるんだ? どのタイミングで、誰が決断して参戦させる? 判断が遅れて逃げられたら、責任取れんのか?」

「それは……」


 牛人の冒険者クゼーロは、返答に窮して言い淀んだ。


「ここに居る連中は、誰だって稼ぎたいし、有名になりたいし、ギルドのランクを上げたいと思ってる。だが、討伐は遊びじゃねぇ。何よりも優先すべきはヴェルデクーレブラの討伐だ。そのためには、ニャンゴに最初から全力で攻撃させるのが一番良いに決まってる」

「ちっ、結局名誉騎士様に全部持っていかれちまうのかよ……」

「何言ってんだクゼーロ。持っていかれるのが嫌なら、ニャンゴより先に倒せば良いだけだろう」

「えっ……?」

「ニャンゴに手出しを控えてもらって倒せたとしても、手柄を譲ってもらった……って言われるぞ」

「そんな事は……」

「無いと言い切れるか? それに、先手を譲ってもらって倒しきれず、結局ニャンゴが倒したら、いきがった挙句に尻拭いしてもらった……なんて言われちまうぞ」

「なっ……」


 冒険者の噂話は、伝わるうちに尾ひれが付いて誇張されていく。

 確かに、ここで俺が引くと言ったら、譲ってもらったと言われるだろう。


 尻拭いの話なんて、冒険者が面白おかしく話すには持ってこいの題材だ。

 クゼーロも、もう中堅の域に足を踏み入れる年齢だし、そうした噂が飛び交う状況を想像できたのだろう、顔をしかめて舌打ちをもらした。


「ちっ、分かりましたよ。好きにやってもらっていいっすよ。その代わり、俺達も好きにやらせてもらいますよ」

「構わねぇけど、無茶すんなよ」

「ガキじゃねぇんだ、引き際ぐらいわきまえてますよ」


 クゼーロは吐き捨てるようにして言い残すと、打ち合わせようの大型の天幕から出ていった。

 あの感じでは、何かやらかしそうな気がする。


 少し注意しておいた方が良さそうだ。

 フードを被って不機嫌そうに雨の中を歩み去っていくクゼーロを見送っていると、ジルに肩を叩かれた。


「ニャンゴ、遠慮する必要は無いぞ。一発で仕留めても構わないからな」

「えぇ、雨の中の依頼は、いつまでも続けたくないですからね」

「まったくだ。さっさと倒してイブーロに戻って、シャワーを浴びて、冷たいエールをぐぃっとやりてぇぜ!」


 ジルの言葉を聞いて、天幕の中に笑いが起きる。

 陰鬱な空気を払うようなジルの人柄は、まさに陽の人という感じだ。


 昨晩、複数の犠牲者を出したことで打ち合わせが始まった頃は空気が重たく感じたが、今は次の方針も決まり、気分も新たに討伐に臨もうという気概に溢れている。

 これならば、ヴェルデクーレブラの巣を突き止められるかもしれない。


 騎士団との打ち合わせが終わり、各自が昼食を済ませると、野営地は急に静かになった。

 夜中の作戦に備えて、殆どの冒険者が仮眠や休息に入ったのだ。


 数多くの幌馬車や天幕が並び、大勢の冒険者が居るはずなのに、雨の音だけがやけに大きく聞こえる。

 今日は風向きが北寄りに変わったので、昨日までのような蒸し暑さは感じないが、湿度は言うまでもなく高い。


 チャリオットの馬車の中は、俺が吸湿の魔法陣を使った除湿器を稼働させているので湿度を抑えられているが、普通の天幕は内側が結露でビシャビシャになっているらしい。

 ダンジョンの内部も場所によって漏水があり、湿気が酷いらしい。


 吸湿の魔法陣を維持するだけなら、あまり魔力を使わないし、風を吹かせるのはセルージョやシューレ、ミリアムが出来るので、協力すれば少ない労力で快適な環境が作れそうだ。

 ダンジョンの内部に何日も籠るならば、快適に眠れる環境を整えることで疲労の回復度も変わってくるだろうし、それは成果にも影響を及ぼすだろう。


「あぁ、また今夜も雨の中で立ちん坊かよ……うんざりだな」


 夕食を終えて、今夜の探索の準備を進めながら、降り続く雨を見上げてセルージョが愚痴を漏らしたが、その表情に疲労の色は無い。

 打ち合わせた持ち場に向かう冒険者の多くが目の下にクマを作っているのに比べたら、休息の環境作りが重要なのは一目瞭然だ。


 野営地を出た冒険者達は、列をなして橋を渡って行く。

 今夜は全員が対岸に陣取り、一部を除いて盾などに身を隠して川を監視する。


 冒険者から見た川の対岸には、昨夜ヴェルデクーレブラが現れた場所を中心として、上流、下流に間隔を開けて三ヶ所ずつ、合計七頭の羊を餌として繋いである。

 ヴェルデクーレブラが姿を見せたら呼子笛を鳴らし、その後はひたすら追跡する予定だ。


 襲撃地点が徐々に下流に移動しているところから見て、ヴェルデクーレブラの巣は上流にあると予想されているが、今夜は冒険者を川の片側のみに配置出来るので、下流にも監視体制を敷いてある。

 もし追跡を振り切られてしまったら、明日の晩、見失った地点から先もカバーする体制を築いて捜索を継続する予定だ。


 俺達チャリオットは、昨夜の襲撃地点から少し下った辺りに配置された。

 今夜、一番現れる可能性が高いと思われる場所だ。


 餌の羊の近くには、様子が良く見えるように明りの魔道具が置かれているが、今夜は配置に付いたころから雨脚が弱まり始め、二時間ほどすると雲の切れ間から月も見え始めた。

 監視を行うには良い条件だし、冒険者が川から離れて監視に徹しているなら、雷の魔法陣を食らわせるチャンスもあるかもしれない。


 このまま雨よ降らないでくれと、監視についた全ての冒険者が祈っていたことだろう。

 そして夜半過ぎ、チャリオットが配置された場所よりも上流で呼子笛が鳴った。


「来た!」


 ステップを使って空中に駆け上がりながら、川の上に明りの魔方陣を並べていくと、呼子笛の音はこちらへと近付いてきた。

 どうやら、巣は上流ではなく下流にあるようだ。


「いた! えぇぇぇ……」


 川面からエメラルドグリーンの巨体が姿を覗かせているのだが、その口許から延びたロープの先にしがみ付いて一緒に流れて来る冒険者の姿があった。

 これでは雷の魔法陣は使えない。


「くそっ、クゼーロのパーティーか……」


 冒険者の人数は三人で、その中にはクゼーロの姿があった。

 俺より先にヴェルデクーレブラに攻撃を仕掛けようと、餌の羊のロープを長いものに取り替えて、その端を握って引き留めようとしたが逆に引きずり込まれた……という感じだろう。


「ロープから手を放せ!」


 ステップを使って川の上を並走しながら叫んだが、三人は水飛沫に翻弄されながら引っ張られていく。

 もしかすると、放したくても放せないのだろうか。


「待ってろ、今ロープを切ってやる!」

「うるせぇ……余計な事すんな!」


 ヴェルデクーレブラに引き摺られながらもクゼーロが叫び返してくる。

 何か策があるのだろうか、このまま巣の中まで突っ込むつもりなのだろうか。


 三人を引き摺ったままヴェルデクーレブラは橋の下を潜り、更に下流へと向かっていく。

 今夜は月も出ているし、明りの魔方陣も灯しているからなんとか見失わずにすんでいるが、陸では目立つエメラルドグリーン体は水に入ると目立たなくなる。


 むしろ引っ張られている三人が、良い目印代わりになっている。

 川の流れを利用し、巨体をくねらせて、ヴェルデクーレブラは更に下流を目指す。


「どこまで下るんだよ……あれっ、なんだ?」


 急に川幅が広がり、流れが緩やかになる。

 上流の倍以上の川幅となる淵に辿り着くと、ヴェルデクーレブラは三人を引っ張ったまま水の底を目指して沈んでいった。


「マズい……」


 クゼーロ達が、あっという間に水に沈む。

 慌てて魔銃の魔法陣を使ってロープを切ろうとしたが、手遅れだった。


 明りの魔方陣を増やして水の中を透かして見ようとしたが、連日の雨で水が濁っているし、暗い淵には動く影は全く見当たらない。

 次々と追い付いてきた冒険者が淵を取り囲んで監視を続けたが、クゼーロ達三人は浮かんで来なかった。

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