第249話 拠点の扱い
炎に炙られて息絶えた罪人達が、焼け崩れて人としての形を失う頃には、処刑場を取り囲んでいた群衆は四分の一ほどに減っていた。
罪人の遺体は骨になるまで焼かれ、集められた骨は粉々に砕かれ、教会の地下へ収められるそうだ。
女神ファティマの慈悲により、罪人の魂は浄化され天に昇るとされている一方で、教会の地下には浄化されない悪霊が留まっているという話もある。
良くある怪談話の一つだが、貧民街の崩落絡みで新しい話がいくつか出来上がっているらしい。
曰く、夜中になると街娼の霊が立っていて、値段の交渉が成立するとあの世に連れていかれる……。
曰く、取り締まりを行う騎士や官憲の隊員の霊が列をなして行進し、地中へと沈んでいく……。
たぶん、罪人達の処刑に絡んだ話も作られて、広まっていくのだろう。
遺骨の収集作業が始まったところで、俺も倉庫の屋根を降りて拠点へと戻った。
「思った通り、湿気た面して帰ってきたな」
拠点の一階には、セルージョ、ライオス、ガド、シューレ、ミリアムのチャリオットの面々の他に、ボードメンのリーダー、ジルの姿があった。
「こんにちは、ジルさん」
「大丈夫か、ニャンゴ」
「処刑の様子を見ていたら、色々と考えちゃいまして」
「ニャンゴはボーデと因縁が深かったもんな」
「そうですね、何であんなに絡まれたのか……」
ジルには、ボーデとの最初の決闘の審判を務めてもらったことがある。
「最初の決闘だって、ジルさんに言われた通り、派手で分かりやすい形で決着をつけたのに……」
「やっぱりニャンゴが猫人だからだろうな」
「猫人ごときに負けたままじゃ……ってことですか?」
「それと、Cランクに上がってパーティーでの活動も順調で、調子に乗っていたのも要因の一つだろうな」
冒険者として出世街道を歩いている時に、躓いた小石を腹立ちまぎれに蹴り飛ばそうとしたら、地面から顔を覗かせた大きな岩の一部だった……みたいな感じなのだろう。
「ワザと負けておけば良かったんですかね?」
「その場合は手を抜きやがって……とか言って、また絡まれていただろうな」
「うわっ、面倒臭っ……」
「いずれにしても、ボーデがあんな風になっちまったのは、ニャンゴの責任なんかじゃねぇ、自業自得だ」
ジルの言葉に頷きながら、ライオスが語り掛けてきた。
「ニャンゴも冒険者として本格的に活動し始めてから、多くの冒険者の死に様を見てきたよな?」
「はい、ブロンズウルフの討伐の時にも、何人もの冒険者が命を落とす瞬間を見ました」
「シューレと一緒に護衛の依頼をこなした時には、襲って来た盗賊連中がキラービーに襲われたと聞いたし、ワイバーン討伐の時にも多くの冒険者が死んだ」
「王都の『巣立ちの儀』が襲撃された時には、俺自身が多くの反貴族派を殺しました」
王都の襲撃では、反貴族派を何人殺したのかすら良く覚えていない。
「そうした連中の死に様の中には理不尽だと思うものもあるだろうが、その瞬間、その場所に居るのは、そいつ自身の決断によるものだから、受け入れるしかないだろう」
「そうなんだけど、何て言うか……もっと上手く出来たんじゃないのかって、振り返る事をやめちゃいけない気がする」
「そうだな、ボーデもニャンゴと同じぐらい自分の行動を振り返っていたら、こんな結果にはならなかったんだろうな」
「ところで、今日はなんでジルさんがいるんですか?」
「おう、今後の話をしようと思って来てもらったんだ」
ライオスは、俺にも席につくように言って、改めてチャリオットのメンバーでジルを囲んで話を始めた。
「ジル、まだ少し先の話だが、俺達はダンジョン攻略に挑もうと思っている」
「うおぉ、マジか!」
「あぁ、ニャンゴという強力な戦力、シューレという優秀なシーカーが加わった今なら、ダンジョンに潜っても戦えると判断した」
「確かに、そうだな……今のチャリオットは、イブーロで一番のパーティーと言っても異論を唱える奴はいないだろうな」
前衛を務めるガドとライオス、中衛はシューレ、後衛はセルージョ、俺は中衛でも後衛でも戦える。
パーティーとしてのバランスは取れているし、戦闘能力も十分だ。
「ダンジョンに挑むのは決まっているんだが、この拠点をどうするのかを決めかねている」
「旧王都に完全に移籍する訳じゃないのか?」
「たぶん、むこうに行ってもやっていけるとは思うが、まだ実際にダンジョンに潜ったことは無いから、どこまで俺達の力が通用するか分らない」
「いや、ダンジョンにはDランク程度の冒険者も足を踏み入れてるって聞くから、ライオス達が通用しないって事はないだろう」
「勿論、勝算も無しに行く訳じゃないが、それでも何かアクシデントが起こってダンジョン攻略を断念する可能性だってある」
「まぁ、可能性というならな……それで、俺に何を頼みたいんだ?」
「この拠点の管理を頼もうかと考えている」
「なるほど、戻って来られる場所は確保しておくって事だな?」
ライオスの構想は、ダンジョン攻略に必要な装備だけを持って旧王都へと向かい、不要な物は屋根裏部屋に収納、拠点の一階と二階、車庫と厩舎部分をジルのパーティー、ボードメンに貸し出そうというものだ。
「ジルのところは、特定の拠点は持っていなかったよな?」
「あぁ、うちは若い連中も多いし、移籍したり、独立する奴らもいるから拠点は持っていないんだが……そうだな、ここを拠点に使えたら確かに便利だ」
「今すぐという話ではないが、考えてみてくれ。ジルのところで必要無いならば、ギルドで募集を掛けて貸し出すつもりだが、良く知っている者に借りてもらえるなら、その方が気が楽だからな」
「よし、分かった。もう少し細かい条件を詰めよう。これだけの場所をタダで借りるって訳にはいかないからな」
ジルは何度もここに遊びに来ているが、二階の部屋などには殆ど入ったことがないので、広さや使い勝手を確かめてから家賃などを決める事になった。
ボードメンのメンバーと相談してからだが、ジル本人は乗り気のようだ。
「ライオス、ここを買ったのは四年ぐらい前だったか?」
「あぁ、立て続けに黒オークを仕留めて、まとまった金が入った時に丁度割安な価格で売りに出されてたのを買ったんだ」
「まだケビンが生きていた頃だよな?」
「あぁ、ケビンが死んでから、もう三年になるな……」
ケビンは、かつてチャリオットに所属していたユキヒョウ人で、病魔に侵されているのを隠しながら冒険者を続け、最期はオークジェネラルと刺し違える形で亡くなったと聞いている。
「あの……」
「どうした、ニャンゴ」
「そのケビンさんって、レイラさんの恋人だったんですか?」
「そうだが……レイラに聞いたのか?」
「いえ、レイラさんが寝言で名前を呼んでいたので……」
「そうか……」
ちょっと重たくなった空気を払うように、セルージョが声を上げた。
「ケビンが聞いたら複雑だろうな、レイラに覚えていてもらったが、そのレイラはニャンゴと一夜を共にしてるんだもんな」
「そうよ、私に断りもなく……」
「いやいや、俺はシューレの所有物じゃないからね」
「何ですって!」
「いや、何ですってじゃなくて……ミリアム一人で我慢してよ」
「断わるわ。ミリアムも、ニャンゴも、フォークスも私のものよ」
猫人ハーレムを築くつもりかよ。
「これから夏になるのに、全員で固まって寝たら汗だくになっちゃうよ」
「そうしたら、全員で朝風呂に入って汗を流せば良いだけの話よ。ねぇ、ミリアム」
「はぁ……」
「ほら、見なさい」
いや、シューレに抱えられているミリアムは、むしろ迷惑そうな顏してるよ。
まったくシューレには困ったものだと思っていたら、セルージョが意外な言葉を口にした。
「レイラは、だいぶニャンゴに御執心って感じだから、チャリオットの一員としてダンジョンに潜るなんて言ったら、一緒に行くとか言い出したりしてな」
「いやぁ、それは無いでしょう」
「分らねぇぞ、ケビンが生きていた頃には、ダンジョンにも潜ってみたいとか言ってたからな」
「えっ? なんでレイラさんがダンジョンに潜るんですか?」
「なんでって……レイラは元Bランクの冒険者だぞ」
「えぇぇぇぇ! 本当なんですか?」
「なんだ、聞いてなかったのか」
「聞いてませんよ。てか、Bランクって……」
でも、言われてみれば、いつも気配を感じさせずに接近してくるし、身体強化魔法が使えるって言ってたし、シューレと俺を取り合う時の動きとか、普通の女性のものではない。
それに、丸洗いさせられた時にも、女性らしい柔らかさの内側に鍛えられたしなやかな筋肉の存在を感じていた。
「レイラは私と同じエスカランテ領の出身。本気出すと強いわよ……」
「シューレも現役当時のレイラさんを知っているの?」
「一緒に仕事をしたこともあるわ。でも、ブランクがあるから復帰はしないでしょう……」
レイラさんは、ケビンが死んだ時に冒険者を辞めて酒場で働き始めたそうだ。
冒険者時代の蓄えがあるようで、別に仕事をしなくても大丈夫だったらしいが、何もしないと気が滅入る一方だったので、今のような暮らしをするようになったようだ。
「レイラか……」
「駄目よ、ライオス。レイラが加わったら、私の生活が奪われてしまうわ」
「いやいや、イブーロを離れたって、シューレに独占されるつもりはないからね」
「何ですって!」
「いや、そのボケはいらないから」
でも、レイラさんがチャリオットに加わったら……うん、毎晩の御奉仕が大変そうだにゃぁ。
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