第250話 役立たずの魔法陣
貧民街の跡地で処刑が行われた翌日の午後、イブーロの学校にレンボルト先生を訪ねた。
魔力回復の魔法陣について王都の学院に手紙を送ってから一か月程が経ったので、レンボルト先生にも情報を公開して、ついでに新しい魔法陣を仕入れるつもりだ。
研究棟の入口で待っていると、授業を終えたレンボルト先生が俺の姿を見つけて小走りで戻って来た。
「ご無沙汰してます、レンボルト先生」
「ようこそいらっしゃいました、エルメール卿」
「今日は、新しい魔法陣の効能についてお知らせに来ました」
「新しい魔法陣ですか?」
「いや、新しいと言うと誤解を生みますね。これまで用途が分らなかった魔法陣の用途が判明しました」
「な、何ですって! ほ、ほ、本当ですか」
レンボルト先生は抱えていた授業用の資料を放り出すと、俺の両肩を掴んでガクガクと揺さぶり始めた。
「にゃっ、にゃっ、お、落ち着いて……落ち着いて!」
「あぁ、失礼しました。それで、判明した用途は……」
「一から説明しますから、とりあえず先生の部屋に行きましょう」
相変わらず足の踏み場も見つからないほど散らかったレンボルト先生の研究室に行き、積み上げられた本を移動して掘り出したソファーに座って話を進めた。
「魔力回復……本当なんですか?」
「はい、俺自身が使っていますし、パーティーのメンバーでも実験してみました」
「それは、どの程度の効果があるものなんですか?」
「この魔法陣を使っている限り、魔力切れは起こしません」
「なんですって……それじゃあ、永遠に魔法を使い続けられるんですか?」
「いえ、筋肉による運動も肉体的に余力があっても疲労が蓄積すると動けなくなるのと同じで、魔法も使い続けているとスタミナ切れを起こします」
「逆に言うと、スタミナ切れを起こすまでは延々と魔法を使い続けられるのですね?」
「そうですけど、俺は空属性魔法で魔法陣を作っていますが、一般の人が同じ魔法陣を使おうと思ったら魔道具に魔力を注いで発動する必要があります。おそらく、魔道具に自分の魔力を流した場合は、回復する魔力よりも消費する魔力の方が大きくなるような気がします」
「となると、魔石を使って発動させるしかないのですか……だとすると、魔石が切れれば効果も切れてしまう……」
空属性魔法で作る魔法陣は空気中に含まれた魔素を利用するので、俺が使う魔力の量よりも遥かに高い威力の魔法を使える。
魔力を回復する魔法陣も、俺の場合には自分が使う魔力よりも回復する量の方が上回るので、セルフブーストが可能なのだろう。
「それでも、これは大発見ですよ。たとえば鎧の内部に魔法陣を設置して、魔力切れを起こしそうになったら魔石を使って発動させる……といった使い方が出来るかもしれません。これまで魔力の回復と言えば魔力ポーションしかありませんでしたが、この魔法陣は新たな魔力回復の道を開く大発見です」
レンボルト先生は奇声を上げて走り回りそうなほど興奮状態だったが、伝えておかなきゃいけない事がある。
「すみません、レンボルト先生。実は……」
王都の学院との取り決めで、既に知らせの手紙を出してから一か月経っていると話すと、さぞやガッカリするかと思ったレンボルト先生は納得したように何度も頷いてみせた。
「まぁ、向こうとしても自分の与えた情報で他の研究者がリードするのは気分が悪いでしょうし、その程度の遅れならば無いのと同じです。論文として発表するには、基礎的な検証を繰り返し、その結果を基にして更に検証を進める必要があります」
「なるほど、その検証作業に時間が掛かるから、大して優位性は無いんですね」
「その通りです。それに、我々はエルメール卿のように簡単に発動する魔法陣を用意出来ません。魔道具屋に発注しないと、正しい検証に耐えられる品物は手に入りませんからね」
確かに、一般の人では職人に頼んで魔道具にしないと魔法陣を発動させることすら出来ない。
当然、魔法陣の大きさや厚みなどを自由に変化させて、トライアンドエラーなど出来るはずもない。
レンボルト先生には、ハイオークとの戦いで俺が使用した感じや、ミリアムの特訓に使っている状況も説明した。
これで更に王都の学院の優位性は減ったかもしれない。
「それにしても、良く分りましたね」
「実は、この左目のおかげなんです」
エルメリーヌ姫の光属性魔法で修復された左目は、元の金色に近い黄色ではなく鮮やかなサファイヤブルーに染まっている。
「魔力回復の魔法陣を検証した時に、左目で見ると魔法陣が光って見えたのですが、どうやら魔力の流れを見られるようなんです」
「それは、一種の魔眼ですね」
おおっ、くっくっくっ俺の左目が……と、やっちゃって良い存在だったのか。
魔眼にも色々な種類があるらしく、俺の目は魔力感知の魔眼のようだ。
「これは、ますます魔法陣の検証を頑張らないといけませんね」
「勿論、私としてもそうしてもらいたいですが、魔力感知の魔眼は冒険者の活動にも役立ちますよ」
「冒険者の活動に……ですか?」
「はい、たとえば盗賊と戦う時などは、相手の魔力の動きが見えれば攻撃魔法を使うタイミングが分るようになるそうですし、ダンジョンの罠の位置が分ったりもするそうですよ」
「ダンジョン……本当ですか?」
「ええ、ダンジョンの罠は魔力によって作動する物が多いそうで、他の場所に比べて魔力の高い場所、線のように魔力が続いている場所などには罠があると思った方が良いそうです」
「なるほど……でも、見えるようになるかなぁ」
「エルメール卿でしたら、真っ暗な部屋で明り以外の魔法陣を作動させれば、もっと見えるようになるかもしれませんよ」
「そうですね、ちょっと工夫して鍛えてみます」
これでダンジョンの罠が見破れるようになれば、探索をより安全に進められるはずだ。
自分だけでなく、仲間の安全にも関わるのだから、ちょっと気合い入れて鍛えてみるか。
「それにしても、魔力回復の魔法陣とは驚きましたね」
「レンボルト先生、王都で十個ほど使い道の分からない魔法陣を教わったのですが、解明出来たのはこの一つだけなんですよ。一応残りの九個も検証は続けますが、他にも使い道の分からない魔法陣ってありますよね」
「ええ、ありますよ。それと、役立たずの魔法陣なんてのもあります」
「役立たずって、効果は分るけど使い道が無いってことですか?」
「そうです。例えば……この魔法陣は水を出す魔法陣なんですが、本来の水の魔法陣に比べると出が悪いんですよ」
「出が悪い?」
「ええ、ポタポタ……ぐらいしか出ない」
「これ、写していっても良いですか?」
「勿論、構いませんよ」
試してみないと分らないけど、この魔法陣は空気中の水分を集める魔法陣だろう。
水の魔法陣は、魔素を水に変換しているようで、水の出方は魔力の量や魔法陣自体の性能によって変わる。
一方、ポタポタしか水が出ないならば、それは空気中の水分を集めていると考えるべきだろう。
ダンジョンのような洞窟は、地下水などの影響で湿度が高いと予想される。
動いている時は無理だとしても、休息する時などはカラっとした空気の中に居られれば、疲労度も違ってくると思う。
「他には、ありませんか役立たずの魔法陣」
「そうですね……これは、泡の魔法陣と呼ばれるもので、風の魔法陣の劣化版だと思われています」
「泡が出るんですか?」
「そのままでは、泡は見えませんが、表面を濡らしたり、水の中に入れた状態で発動させるとブクブク泡が出て微弱な風が出ているのが分ります」
「その泡の魔法陣って、いくつか種類があったりします?」
「えっ、どうして知ってるんですか?」
「それ全種類教えてもらえますかね? すごい役に立つと思いますよ」
「本当ですか。ちょっと待ってもらえますか……えっと、どこに置いたかな……」
ゴソゴソと積み上がった資料を掻き回している所をみると、少し時間が掛かりそうだが、その泡の魔法陣は是非とも教わって帰りたい。
これも推測だが、たぶん生成される気体の種類が違うのだろう。
俺としては、酸素とか、ヘリウムを生成する魔法陣は、是非とも手に入れたい。
酸素はダンジョン探索の役に立つはずだし、ヘリウムは風の魔法陣と組み合わせれば飛行船が作れる。
水素でも飛べるだろうが、ヒンデンブルグ号みたいな爆発事故は起こしたくないからヘリウムが欲しい。
でも水素だったら、敵のアジトに充満させて火を点ける、なんて攻撃手段には使えるな。
他にもアルゴンとか、二酸化炭素を生成できる魔法陣があれば、消火とか相手を酸欠にさせる……なんて攻撃手段として使えるかもしれない。
「あった、あった、お待たせしました、エルメール卿。泡の魔法陣として発見されているのは、この八種類です」
「そんなにあるんですか。それなら期待出来そうですね」
「何か使い道があるのかね?」
「たぶん、出て来る泡の種類が違うのだと思います」
「それによって使い道が違う?」
「そうです。検証してみないと分らないですけど、空を飛べるかもしれませんよ」
「はぁぁ、空を飛ぶ? それは、空属性魔法を使わなくても可能ですか?」
「まぁ、検証次第ですけどね……」
「是非、是非とも解明して下さい。お願いします、エルメール卿」
「全力を尽くします」
結局、九種類の魔法陣を教わって、レンボルト先生の研究室を後にした。
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