第248話 処刑
大崩落から十五日、貧民街の跡地は急ピッチで整備が進められていた。
貧民街の建物は殆どが木と土で作られていたので、土は埋め立て、木は廃材として燃やされた。
崩落現場から発見されて身元の分からない遺体も、廃材と共に火葬され、残った骨はアンデッドにならないように砕かれ、貧民街の入り口であった場所に埋葬された。
いずれは事件を語り継ぐ慰霊碑が立てられる予定だそうだ。
かつて窪地であった場所は、街の外からも土が運び込まれて真っ平に整地された。
新しい街区として生まれ変わった土地の中心には、太い丸太が何本も立てられている。
丸太には、地面から五十センチほどの場所に踏み台が設えてあり、根本には大量の薪が積まれている。
今日、ここで事件に関わった者達の処刑が行われる予定だ。
日本では考えられない事だが、取り調べを終えて罪を認めた者、罪を犯したことが明らかな者に対しては、日を置かずに処分が下される。
恐らく、これまでに何件もの冤罪による処刑が行われたと思われるが、俺一人の力で裁判制度の改革なんて出来るはずも無いので見守るしかない。
今日、処刑されるのは、俺を含む突入部隊を裏切った潜入捜査官のソブス、コスカで捕らえたボーデ以下レッドストームの連中、三人の舎弟、その他、逃げそこなったガウジョの部下達など十六人だと聞いている。
官憲の所長オルドマンから教えてもらったのだが、コスカの長もガウジョ達に加担した罪で処刑されるそうだが、貧民街ではなく別の場所で行われるそうだ。
ボーデ達は、騎士団員や官憲の職員を死に追いやった犯罪者だが、コスカの長は貧しさ故に裏社会と手を組まざるを得なかったという理由がある。
処刑場へと送る際に、そうした事情をイブーロの街の人達に叫ばれるのは都合が悪いという訳だ。
いかにも為政者がやりそうなズルい手段だと思ってしまうが、多くの官憲職員を失った現状で社会情勢が不安定になると困るのだろう。
処刑される罪人達は、官憲の留置場から貧民街の跡地まで、イブーロの街中を引き回しにされる。
処刑の予定は事前に告知され、貧民街までの沿道には多くの見物人が集まっていて、警備のために金属鎧を身に着けた兵士も配置されていた。
罪人達は、名前と罪状を記した大きな看板を載せた荷馬車の後ろに、手枷、足枷をされた状態で縄で繋がれ、二列に並ばされて歩かされる。
全員が粗末な囚人服を着せられていて、その多くに赤黒い染みが出来ていた。
こちらの世界では取り調べという名の拷問が行われていて、当然のようにロクな手当てもしてもらえない。
「この人でなしが!」
「さっさとくたばりやがれ!」
沿道の群衆からは、罵声とともに石などが投げつけられたが、反応する者はいない。
殆どの者が、形が変わるほど青黒く腫れあがった顔で、幽鬼のごとくおぼつかない足取りで歩を進めている。
数歩前の地面に向かって視線を落とし、縄に引きずられるようにして機械的に足を運んでいるだけだ。
その中には、俺がイブーロに出て来てから、何度も絡まれたボーデの姿もあった。
無駄にイキリ倒していた時とは別人のようにやつれ、半分ぐらい魂が抜け掛かっているように見える。
初めて見たのは俺がイブーロへと引っ越して来た日で、ボーデは黒オークを討伐して有頂天だった。
馬車の荷台に積み込んだ黒オークの横に立ち、沿道の人々を自慢げに見下ろしていた姿が目に浮かぶ。
あの時は、イブーロの冒険者は凄いと憧れの視線を向けていたほどだ。
片やド田舎村から出て来たばかりのFランク冒険者、片やDランクのパーティー、レッドストームを率いるCランク冒険者。
俺なんかに関わらずに、冒険者稼業に専念していれば違った未来があっただろうに、下らないプライドと見栄に拘った結果がこのざまだ。
投石を頭に食らっても、視線を上げることさえしない姿は哀れに思えてしまう。
自業自得なんだろうけど、俺だってどこかで道を誤っていたら、こんな風になっていたのかもしれない。
イブーロに出て来てから、トントン拍子で出世して、アツーカ村にいた頃には考えられないぐらいのお金も稼げるようになったし、名誉騎士の地位も得た。
でも、それに驕って他人を虐げるような事をしていたら、今のボーデと同じような運命を辿るのではないだろうか。
人の振り見て我が振り直せ、他人の失敗を笑うのではなく、教訓として生きていこう。
ステップを使って屋根伝いに移動して、元貧民街を見渡せる倉庫の屋根に上った。
かつて日が落ちると、客待ちの街娼が立っていた道には、黒山の人だかりが出来ている。
処刑場の周囲には、頑丈な柵が設けられているが、殺到する群衆によって壊されないか少し心配になる。
それほど多くの人が、処刑を見ようと集まっているのだ。
今日の処刑は、間違いなく見せしめだ。
領地を守る騎士団、街の治安を守る官憲、経済を司る冒険者ギルドに商工ギルド、街の人々の生活を支えている組織に弓を引けば、どうなるのか知らしめるためだ。
官憲は街の治安を乱す者達には鉄槌を下し、街を守っている、ちゃんと仕事をしていると証明するための儀式であり生贄なのだ。
罪人達が処刑場へと連れて来られると、群衆の間に地鳴りのようなどよめきが広がり、やがて怨嗟の声へと変わっていく。
「お前らのせいで、うちの息子は死んだんだ、苦しみ悶えて死にやがれ!」
「死んだ後も、地獄で苦しみ続けろ!」
住民たちは恨みの声と共に投石を始め、処刑場の周囲が騒然とした雰囲気に包まれた時だった、五発ほどの火属性の攻撃魔法が上空へと向けて撃ち出され、直後に野太い男の声が響いた。
「静まれ! 皆の気持ちは良く分かるが、投石は罪人を連行する職員も傷つける、静かに見届けてくれ」
演台に上がったオルドマンの言葉によって投石は止み、沸き上がっていた怨嗟の声も静まっていく。
奇妙な静けさの中で、馬車に繋がれていた縄が外され、罪人達が丸太へ引き摺られていった。
「い、嫌だ! 死にたくない! 俺は、こんな事になるなんて……がふぅ」
「今更ジタバタするな!」
急に喚き始めたのはボーデの舎弟で、以前裏路地で俺に網を被せて袋叩きにしようとした三人の内の一人だ。
体格の良い狼人だが、左の耳が半分千切れ、尻尾は股の間に隠れようとしている。
泣き叫ぶ度に連行する兵士に槍の柄で殴られ、両側から抱えられるようにして丸太まで連れて行かれて鎖で縛り付けられた。
全ての罪人が丸太に縛り付けられた後、オルドマンが名前と罪状を読み上げていく。
オルドマンの声が遠くまで届くのは、斜め後ろに控えている兵士が風属性の魔法で音を広げているからだろう。
丸太に縛り付けられた罪人の足下には、更に薪が積み上げられた。
イブーロでの処刑は絞首刑が一般的らしいが、今回の処刑では、罪人は槍で止めを刺されることもなく生きたまま火炙りにされる。
貧民街の崩落に巻き込まれた者の中には、単純な圧死だけでなく瓦礫に埋もれた状態で火災によって焼死した者もいたらしく、報復ではないが火炙りが選ばれたそうだ。
処刑の準備が進められる中、許しを請い泣き叫ぶ者もいれば、気力を失い焦点の合わない目をしている者、見物の群衆を眺めまわして薄ら笑いを浮かべている者もいた。
そして、教会の鐘が正午を告げると、兵士達の手で火属性の魔法が撃ち込まれ、薪は一斉に燃え上がった。
火を放ち終えた兵士達が離れると、再び怨嗟の声が湧き起り投石が再開された。
処刑が行われている間、俺は集まった群衆に目を向けていた。
恐れているのは、フロス村の襲撃で使われた粉砕の魔法陣を用いた自爆攻撃だ。
こんなに沢山の人が集まっている時に自爆なんてされたら、どれほど多くの命が失われるか分かったものではない。
処刑場を囲む道に入る者には、騎士団によるボディーチェックが行われている。
さすがに粉砕の魔法陣を隠し持って入るのは困難だし、集まっている住民に対してテロ攻撃を仕掛ける理由も希薄なので、可能性としては低いが油断は出来ない。
それに、火炙りにされて現在進行形で死に向かっている者達を見るのは辛い。
その半数ほどは、俺の手で無力化して拘束された者達だ。
群衆が罵倒する声の合い間に、泣き叫ぶ声が聞こえる。
思わず向けてしまった視線の先で、ボーデの舎弟が下半身を焼かれながら叫んでいた。
「熱い! もう、殺してくれぇ!」
「あははは、ざまぁみろ!」
「泣け、喚け、苦しめ、はーはははは!」
悲痛な叫びは群衆の嘲笑に掻き消されてた。
こんな残酷な見世物に意味はあるのだろうか。
ボーデも身を捩り、何事か叫んでいるようだが群衆の声が高まって聞き取れない。
悪鬼のごとき表情で刑場を取り囲んだ群衆を睨みつけていたボーデの視線が、不意に俺に向けられた。
「ぶっ殺す!」
音として耳に届いた訳ではないが、確かにボーデは俺に向かって叫んだ。
俺を睨み続けていたボーデの首が力尽きて落ちるまで、その場から動けなかった。
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