第246話 貴族と反貴族派(カバジェロ)
※ 今回もジェロ目線の話となります。
襲撃の様子を見物人の目線で話すのは、なかなか大変な作業だった。
一つ間違えば正体がバレて、バレれば処刑を免れないと思えば嫌な汗が滲んできた。
元々、他人と話すのが得意でなかったのが幸いして、最初から何度も言い淀んでいたのも被害者の記憶の混乱と思われたようだ。
そして、自分が捕まった時の様子を他人の振りをして話すのは何とも変な気分だった。
「なるほどなぁ……手足を失った傷口は、焼いて止血をしたのか?」
「たぶん……良く覚えていないのですが、そうだと思います」
「ジェロが命を繋いだのは、おそらく猫人であったからだろう」
「えっ、そうなんですか?」
「うむ、これは猫人を差別する訳ではないのだが……」
アルバロスの話によると、獣に近い猫人の体は怪我に強く、他の人種では死に至るような傷を負っても、しぶとく生き残ることが少なからずあるらしい。
盗賊や魔物の集団が村や集落を襲った現場に、騎士として何度も足を運んでいるうちに、そうした傾向に気付いたそうだ。
忌まわしいとしか思えなかった猫人の体が、俺の命を繋いでいたとは思ってもみなかった。
「なぁ、ジェロよ。お前さんは、反貴族派を恨んでいるか?」
アルバロスの問いは、襲撃の話をし始めた時点で予想はしていたが、まだ答えを出せずにいた。
被害者の立場からすれば、恨んでいると答えるのが正解なのだろうが、死んでいった仲間を思うと恨んでいるなんて言いたくない。
「分からないです」
「分からない?」
「はい、手足を失ったのは悔しいですが、貴族を恨む気持ちも分かってしまうので……」
「貴族は憎いか?」
「他は良く知りませんが、少なくともグロブラス伯爵は憎い」
今はもう無くなってしまった開拓村での生活が、いかに貧しく苦しいものであったか、それなのに伯爵からは何の支援も無いどころか、更に苦しめるような政策が続いていたことを話した。
「開拓村が廃村になって、村の外に出て初めて自分達の貧しさを実感しました。俺達があんな悲惨な生活をしているのに、貴族どもは毎日豪華な食事をして、綺麗な服を着て、楽しく暮らしていると知らされたら、恨むのは当然じゃないですか?」
話をしているうちに気持ちが高ぶってしまい、最後はアルバロスを咎めるような口調になってしまった。
黙って話を聞いていたアルバロスの表情からも笑みが消えている。
「ジェロ……すまなかった」
「えっ……あっ、いえ、そんな……」
突然、姿勢を正したアルバロスが、俺に向かって深々と頭を下げた。
まさか、こんな豪邸の主である貴族が、俺なんかに頭を下げるなんて思ってもいなかったので、どう反応したら良いのか分からず狼狽えてしまった。
「グロブラス領の一部農民が苦しんでいるとは耳にしていたが、それほどまでに困窮し、しかも顧みられていないとは思っていなかった。基本的に我々貴族は、他家の政治には口を出せないのだが、それでももっと詳細を調べて手を差し伸べるべきだった」
アルバロスの言葉には、真摯な謝罪と後悔の念が込められているように感じる。
この人ならば、ダグトゥーレの話していた言葉の真偽について教えてくれるかもしれない。
正体がバレれば処刑されるとしても、真実を知らないまま生き続ける方が嫌だ。
「実は……俺の村にも反貴族派と思われる人物が出入りしていました」
「何じゃと、それは本当か?」
「そ、その時には、ただの親切な人かと思っていたけど、後から考えると……」
自分は猫人だったので直接話を聞いた訳ではないと前置きして、ダグトゥーレの名前も伏せて、やっていた支援や話していた内容などを伝えた。
「あいつは、反貴族派だったんですか?」
「間違いないだろうな。白虎人の若い男か……」
黙り込んだアルバロスの眉間には、深い皺が刻まれている。
「誰か、思い当たる人物でもいるのですか?」
「いいや、白虎人など珍しくもないが……そうだな、ジェロも話しづらい事を語ってくれたのだからワシも話すとしよう。ただし、これから話す内容は他言無用だ」
ギロリと俺を睨んだ瞳は大型肉食獣そのもので、ただ頷き返すことしか出来なかった。
「反貴族派の本拠地は旧王都にあると言われているが、その実体は全く掴めていない。その旧王都を治めている大公スタンドフェルド家はシュレンドル王家の分家にあたり……歴代の当主は白虎人が務めている」
「えぇぇ? まさか……」
「まぁ、急くな。だからと言って、大公家が王家に対して叛意を抱いているという訳ではない。実際、大公家の当主アンブロージョ様は頻繁に王都を訪問し、国王バルナバス様とも良好な関係を築いておられる。ただ、その一方で反貴族派の暗躍の影には、白虎人の存在が頻繁に確認されているのも事実だ」
「疑わしいけど証拠が無い……感じですか?」
「いや、疑わしいかも分からないが、旧王都に出入りしている白虎人が反貴族派の中で重要な役割を果たしているのは確からしい」
どう判断したら良いのか分からずにいると、それまで黙って話を聞いていたタールベルクが口を開いた。
「ご隠居、大公家に叛意があるとしたら、反貴族派との連携は間違いないでしょうが、叛意を抱いていない場合は、反貴族派と繋がりは無いと考えるべきですか?」
「いいや、叛意を抱いていない場合でも、大公家が裏で糸を引いている可能性はある。そもそも、反貴族派なる組織が一つの組織であるとは限らないであろう」
「そんな面倒な奴らが、いくつもの組織に分かれていると仰るのですか?」
「なにも驚くような話では無かろう。最初は反貴族という目的の下に集まった者達であっても、主義主張の違いから袂を分かつなど珍しい話ではあるまい。冒険者だってパーティーの結成、解散は良くある話であろう」
「確かに……」
「それに、そんなに簡単に尻尾を掴ませるような連中ならば、とっくの昔に捕らえられておるわい」
「では、御隠居はフロス村での襲撃と、王都での襲撃は別の組織によるものだとお考えですか?」
「さぁて、どうであろうな……ジェロよ、お前さんはどう見る?」
「えっ……お、俺には分からないです。ただ……」
「ただ……?」
「あの襲撃の日、それらしい白虎人の姿は見えなかったから。もしかすると使い捨てにされたのかも……」
「それは間違いないだろう。不遇な環境にある者達を焚き付け、扇動し、襲撃させるのが役目ならば、なにも現場にいる必要は無い。襲撃のリーダーを決め、そいつに任せるとか頼むとか、いかにも信頼している口調で命令を下す。あとは何らかの理由を付けて自分は現場を離れ、安全な場所から眺めていたのであろう」
アルバロスの推察は、前日のダグトゥーレの姿を見ていたかのように言い当てていた。
もはや俺達がダグトゥーレに利用されてたのは、疑う余地は無いだろう。
「あの白虎人や、村の仲間は王都の襲撃に加わったのでしょうか?」
「さて……ジェロが知りたいと思うならば、騎士団に手を回しても良いが……」
「いえ、昔の仲間が犯罪者として殺されていたりしたら悲しいので、むしろ調べないで下さい。生きているなら、またいつか、どこかで会えるかもしれませんから」
「そうじゃな、その者達も幸せになっていると良いな」
たぶん、あいつらが幸せになれるとしたら、それは生まれ変わった来世だろう。
今度は貧しい開拓村ではなく、普通の食事が出来て、普通に暮らせる街の平民になっていてほしい。
「御隠居様、グロブラス伯爵を何とか出来ませんか?」
「ふむ、ワシは隠居の身の上だが、息子を通して宰相などに相談させるとしよう」
「ありがとうございます」
「ただし、言うことを聞く、聞かないはグロブラス伯爵次第だし、最悪の場合は内乱となってしまうので、簡単に片付くものではないのは理解してくれ」
「そうですか……分かりました」
この後、アルバロスとタールベルクは昼食を共にしながら酒を酌み交わした。
俺とルアーナの話も、酒の肴にされてしまったが、めちゃくちゃ美味い料理を食えたから勘弁してやろう。
というか、弱った女はベッドの上で慰めてやれ……とか、俺に出来るはずもないアドバイスをされても何の役にも立たないぞ。
ただ、武芸を嗜む者にとっては、強さの壁などというものは当たり前に存在するもので、己の力で乗り越えるしか無いらしい。
「ジェロよ。強さとは、己が納得出来るかどうかだ。弱いと思うなら、納得出来るまで鍛えるしか無い。武芸には、回り道はあっても近道など存在していないぞ」
「お、俺でも強くなれますか?」
「どんな強さを求めるかだが、名誉騎士になった猫人がおるのだから、絶対に無理とは言えぬだろう」
確かに片腕、片足を無くしたというハンデはあるが、ニャンゴは名誉騎士まで上り詰めたのだ。
一目置かれる冒険者程度ならば、俺にだってなれるかもしれない。
「さて、タールベルクよ。次は珍しい酒を開けてやろう」
「珍しい酒ですか?」
給仕が持ってきた酒は、壜の周りが曇るほど冷やされているようだ。
アルバロスが捻ると、大きなコルクの栓はポンと乾いた音を立てて庭の隅まで飛んでいった。
「ほう、発泡酒ですか、これは珍しい」
「のど越しだけでなく、味わいも良いぞ。どうじゃ、ジェロも飲んでみるか?」
アルバロスから話掛けられたが、俺は庭の隅に転がったコルクの栓から目が離せなくなっていた。
「どうした、ジェロよ」
「あ、あの栓は、どうして飛んでいったのですか?」
「このように泡の立つ酒は、壜の中に圧力が掛かっていてな、栓が抜ける時にその圧力で飛んで行くのだ」
「圧力……圧力……壜の中に圧力……」
「何やら思いついたようじゃな、ほれ味わって確かめてみるか?」
「い、いただきます……」
アルバロスに差し出された発泡酒を飲んで、俺はあっけなく酔い潰れてしまった。
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