第245話 意外な話し相手(カバジェロ)

※今回はジェロ目線の話です。


「強いってなにか……だと? また随分と漠然とした事を聞くんだな」


 グロリアに出会って意気消沈したルアーナは、俺に促されてトボトボとギルドを出て来たが、別れて帰路につくまで一言も話さなかった。

 開拓村でも虐げられるだけで誰かを励ました経験が無いから、ダランっと巻尾を垂らしたまま肩を落として歩いていくルアーナに、どう言葉を掛けて良いのか分からなかった。


 戦えば間違いなく俺よりも強いルアーナを励ますなんて間違っているのだろうか。

 それでも何とかしたい、俺に出来る事は無いのだろうかと思って、タールベルクに一連の経緯を話して聞いてみたのだ。


「強さと言っても、色々な種類がある。一番分かりやすいのは腕っ節の強さだが、それだって単純に重たい物を持ち上げられる強さとか、殴り合いの強さとか、魔法を含めた総合的な戦闘力とか、色んな物差しがあって単純に決められるものではないぞ

「俺も、あんたみたいに名前を聞いただけで恐れられるような存在になれるんだろうか?」

「そいつは、やり方次第だな」

「えっ、なれるのか?」

「俺と全く同じようには無理だが、例えば、うちの旦那の名前を出せば、キルマヤに住んでいる者なら俺と同様に敬意を払うぞ」

「そうか、金も力なのか」


 俺が厄介になっているグラーツ商会は、キルマヤの街では知らない者がいないほどの大きく活気のある商会だ。

 その会長ならば、敬意を払われるのは当然だ。


「腕力、精神力、財力、権力……人望なんてのも強さの一つだな」

「それって、強い奴の所に集まり、弱い奴には手に入れられないものばかりじゃないか」

「確かに腕っ節が強ければ金を稼ぐのには有利だが、商売の才能があれば腕っ節が弱くても稼げるし、自分の強さに自惚れたら人望を失うぞ」

「人望って強さなのか?」

「個人としての強さではないが、組織を作る上では重要で、一人の人間の存在が組織の強さを左右する場合もあるから、そういう意味では個人の強さでもあるな」


 なんだか煙に巻かれているような感じだが、俺では強さを手にするのは難しいことだけは分かる。


「ジェロ、お前はそのルアーナって奴よりも、自分は弱いと思っているのか?」

「そうだ。だから俺なんかに出来る事があるのかと思って……」

「ふふん、俺はジェロの方が弱いとは思っていないぞ」

「いや、戦ったら百回やって百回負ける自信があるぞ」

「じゃあ、何でルアーナが黙り込んだ時に、ジェロだけがグロリアに突っかかっていけたんだ?」

「それは……グロリアの実力を良く分かっていなかったのと、こんな体の奴に大勢の人が見ている前で乱暴しないだろうという打算もあったから……」

「相手と自分の実力差を利用して、自分に優位な状況を作る……立派な強さだろう」

「でも、あんたの名前まで利用したんだぞ」

「それこそ、自分が暴行されれば、俺が黙っていないという人望を計算してだろう?」

「そうだが、それはあんたが強いのであって、俺の強さではないだろう」

「それでも、グロリアに向かっていけたお前は、精神力の強さにおいてはルアーナを上回っていたんだぞ」

「そう言われても、ピンとこないな……」


 俺の方が強かったのではなく、ルアーナが弱っていたというのが正解だろう。

 心さえ普段の状態ならば、間違いなくルアーナは俺よりも強い。


 でも、その状態でもルアーナはグロリアには勝てない。

 だから強くなるしかないのだろうが、乗り越えられるのだろうか。


 ルアーナが強くなる間に、グロリアは更に強くなっているかもしれない。

 どこまで強くなったら追いつき、追い越せるのだろうか。


「ジェロ、明日の休み、何か用事があるか?」

「いや、別に何もないが……」

「なら、ちょっと俺に付き合え。俺よりも強い爺さんに会わせてやる」

「あんたよりも強い人がいるのか?」

「当たり前だ、そんなものゴロゴロしてるぞ」

「だけどグロリア達は、あんたの名前を聞いただけでビビってたぞ」

「その程度は自慢にもならん」


 翌日、タールベルクに連れられて行った目的地を見ただけで帰りたくなった。

 グラーツ商会の建物でも凄いと思っているのに、鎧を着た門番がいる大きな屋敷は平民が所有するものであるはずがない。


「こ、この屋敷は……」

「ここか、ここは現王国騎士団長、アンブリス・エスカランテ侯爵様の屋敷だ」

「ど、どうして……」

「先代のアルバロス様に気に入られてな、時々街の話を聞かせろと呼び出されている」


 やはり貴族の屋敷、俺の正体がバレれば捕らえられて処刑されるかもしれないが、ダグトゥーレの話が本当だったのか、嘘だったのか見極める絶好のチャンスでもある。

 正体がバレるまでは貴族というものを見極め、捕まりそうになったら刺し違えてでも一人でも多くの貴族を殺そう。


「どうだ、俺よりも名前を聞いただけでビビる人物はいるだろう?」

「それは強さじゃなくて身分だろう」

「そうだな、だが身分だって強さの一つだろう」

「それはそうだが……手に入れようがないじゃないか」

「ふふん、そうでもないらしいぞ……」

「えっ?」


 タールベルクは、いつもと変わらぬ調子で門番に話し掛けた。


「ご隠居のご機嫌はどうだい?」

「タールベルクさん、いつもご苦労様です。先代様が首を長くして待っておられますよ」

「引退するのが早すぎたんじゃないのか?」

「まったくです。コッテリ絞られた新人がボヤいてましたよ、同じ人間とは思えないって」

「まぁ、鍛え方が違うから仕方ないな、じゃあ通らせてもらうよ」

「あぁ、タールベルクさん、お連れの方は?」

「おっといけねぇ、今度俺の助手に雇ったジェロだ。ギルドのカードを出せ」

「へぇ、タールベルクさんの助手ですか……はい、確かに拝見しました」

「どうだ、ご隠居が好きそうだろう?」

「あぁ、確かに……」


 なんだ、なんだ、その俺を憐れむような目は、蔑む感じではないが嫌な予感しかしない。

 今なら戻れるのでは……と思い掛けた途端、タールベルクに抱えられてしまった。


「よし、行くぞ」

「俺には拒否権無しか……」

「ふふっ、なかなか経験出来る事じゃないぞ。楽しめ、楽しめ」

「はぁ……」


 出迎えた執事に案内され、巨大な彫刻が並ぶ玄関から、磨きあげられた鎧や盾、武器などが飾られた廊下を抜けて中庭へと通された。

 綺麗に刈り揃えられた芝生の庭では大柄なジャガー人が、俺の背丈よりも遥かに長い剣をまるで小枝でも握っているかのように軽々と振り回していた。


 腰から背中、頭までは、まるで鉄の芯が通っているかのように揺らがず、ゆったりと動いているのだが、肩から先はまるで別の生き物のように滑らかに鋭く動き続けている。

 長大な剣は、余りに素早く振られているので、俺の目にはまるで扇のように映っている。


 あんな剣を打ち込まれたら、俺なんか斬られたと感じる前に真っ二つにされてしまうだろう。

 確かに、風貌は相応の年齢に見えるが、これのどこが隠居なんだ。


 俺達平民と貴族では、隠居という言葉の意味も違っているのだろうか。


「ジェロ、気付いてるか?」

「えっ、何が?」

「あれだけの勢いで剣を振り回しているのに、静かだと思わないか?」

「あぁっ!」


 あれほど長い剣を、あれほどの速度で振り回せば、もっと風を切る音が聞こえても良いし空気が動くはずなのに、庭は驚くほど静かだ。


「刃筋がブレず、速度が落ちない、一度振り始めた剣先を鈍らせることなく振り続けているから、あれだけの動きをしながら殆ど力は使っていないんだとさ。どうだ、世の中には俺らの理解の及ばぬ化け物がいるんだぜ」


 いったい、どれほどの修練を積めば、この領域に足を踏み込めるのだろう。

 ギルドの射撃場での自分の訓練など、こうした人物からみればガキの遊びにしか見えないのだろうな。


 真上から凄まじい速度で振り下ろされた剣が、地面スレスレでピタリと止められ、壮年のジャガー人はこちらを振り向いてニヤリと笑ってみせた。


「タールベルク、何やら面白そうな土産を持って来たな」

「ご無沙汰してますアルバロス様、こっちは護衛の助手に雇ったジェロです」

「ジェ、ジェロです……」

「アルバロス・エスカランテだ、よろしくな、ジェロ」

「よ、よろしくお願いします」


 あれだけ剣を振り回していたのに、アルバロスは息一つ切らしていない。


「まだまだ衰えてませんね」

「とんでもない、錆びつかないようにするので精一杯だ。もう昔のようにはいかぬ、確実に衰えているが、それもまた一興よ」


 あれで衰えているなら、全盛期はどれほどだったんだ。


「さて、タールベルクよ。今日はどんな話を聞かせてくれる?」

「ジェロの話もいたしますが、まずはラガート領のハイオークの話を……」

「ハイオークだと? 被害はどれほどだ?」

「家屋を壊され、怪我人が数名だけという話です」

「馬鹿な、それは本当にハイオークだったのか?」

「吠え声で二百頭以上のオークを操って、追い詰めた村人を襲ったそうですよ」

「それが本当ならば、確かにハイオークだが、騎士団が間に合ったのか?」

「いいえ、騎士団が駆けつけたのは、襲撃があった翌朝になってからだそうです」

「それほどの備えをしている村があるのか、大したものだ」

「いいえ、村の備えは十分ではなかったようです」

「ハイオークに襲われ、備えも十分ではない……まさか」

「はい、不落の魔砲使いが里帰りしていたそうです」

「ふははは、さすがはエルメール卿だな。普通の村なら全滅していただろう」


 タールベルクの話を聞いて、アルバロスは上機嫌に笑い声をあげているが、俺には何の話か良く分からない。

 俺が話を理解出来ていないのに気付いたタールベルクが声を掛けてきた。


「ジェロには、エルメール卿の話をしていなかったか?」

「誰なんですか、そのエルメール卿って」

「ワシが教えてやろう」


 タールベルクが口を開く前に、アルバロスが解説を買って出た。


「エルメール卿とは、王都の『巣立ちの儀』の会場が反貴族派に襲撃された時に、エルメリーヌ姫をたった一人で守り抜き、国王様より名誉騎士の叙任を受けた猫人の冒険者だ」

「猫人の冒険者って、もしや片目の黒猫人では?」

「元片目だが……ジェロはニャンゴの知り合いか?」

「い、いえ……襲撃の現場に居合わせたので……」

「襲撃? おぉ、フロス村でラガート家の馬車が襲われた時か?」

「は、はい……運悪く居合せてしまいました」

「その腕と足は、その時の怪我か?」

「はい……」

「そうか、大変だったのぉ……」


 ニャンゴと顔見知りである事を誤魔化すために、口から出まかせを並べたのだが、これは悪くない設定かもしれない。

 被害者ならば、反貴族派とは疑われないだろうし、左手と右足を失った理由にもなる。


「ジェロよ。思い出すのは辛いだろうが、あの襲撃の様子を聞かせてはくれぬか?」

「はい……あの日は、たまたま出向いたフロス村で、貴族様の馬車が通ると聞かされて見物しておりました……」


 思わぬ形で、思わぬ人に、俺達の襲撃の様子を語って聞かせることになるとは、あの日には想像もしていなかった。

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