第244話 末路

 コスカでの摘発作戦は、昼までには完了した。

 ボーデがリーダーを務めていたレッドストームのメンバーの話によると、やはり崖を爆破して落石を引き起こすつもりでいたらしい。


 ボーデ達が立て籠もっていた家まで爆破用の魔導線が引き込んであり、二階の窓から監視を行い騎士団が踏み込んで来たタイミングで正面の崖を爆破する予定だったそうだ。

 実際に行われていたら、斜面を転がった岩によって大きな被害が出ていたかもしれないし、あるいは爆破したボーデ達の方向まで落石が及んで自爆していたかもしれない。


 粉砕の魔法陣の設置は全てガウジョの指示で行われたそうで、作戦の内容まで示しておきながら、自分達は先に逃亡したらしい。

 イブーロへの帰路も、馬車に同乗したヤンセンに色々と聞いてみた。


「ガウジョ達は、どこに向かったんでしょう?」

「今の時点では全く分かりません。どこか他の街に拠点を置いているのか、あるいは別の領地を目指したのか……」


 今後、ガウジョ達については、ラガート子爵領だけでなく、他の領地にも手配書が回されるらしい。

 チャリオットが討伐したゾゾンのような感じだろう。


 ガウジョ達幹部はどうか分からないが、少なくとも冒険者として活動していたテオドロとジントンについては、大幅に行動が制限される。

 冒険者ギルドでの登録には、個人の魔力パターンと血液のデータが読み込まれるので、新たに登録しなおそうとした時点で居場所が特定される。


 また、冒険者ギルドと商工ギルドは登録者のデータを共有しているらしく、冒険者ギルドが駄目なら商工ギルドで……と考えても監視の目からは逃れられないらしい。


「それなら、もう街には入れないんじゃないですか?」

「いいえ、そうでもないです。イブーロのように城壁の無い街もありますから」

「あぁ、そう言われればそうですね。小さな村にはイブーロみたいな検問所もありませんものね」


 イブーロの街は、かつての戦争では城郭として使われたこともあるし、隣国と戦争が起こった場合には重要な拠点となるので城壁が築かれている。

 だが、王都に行く途中で見た街は、むしろ城壁に囲まれていない街の方が多い。


 一応、街に入るには街の外にある検問所で身分表示を行うが、夜間に忍び込む、あるいは昼間でも入ろうと思えば入れてしまう。

 結局、行方を眩ませたガウジョ達は、何かヘマをして足取りを掴まれなければ、追跡するのは難しいという訳だ。


「では、これからはどうやって追跡をするのですか?」

「まずは、近隣の村や街に、それらしい一団が通らなかったか聞き込みを行います。ただ、それも奴らが固まって移動しているならば分かりやすいですが、バラバラに移動されたら単なる旅人や行商人にしか思われないでしょうね」

「ボーデ達が行方を知っている可能性は?」

「無いでしょう。置き去りにしていったのですから、むしろ逃亡先は隠していたんじゃないですか」

「そうですね、良くて刺し違える、悪くすれば早々に投降して全部話されるような状況ですもんね」


 イブーロを発つ前に、官憲の所長オルドマンにガウジョの拘束を頼まれたが、またしても逃げられてしまった。

 こんな時、埼玉県警から出向している昭和一桁生まれの警部なら、地の果てまでも追えって言うんだろうけど、俺の場合はどこまで協力したものだろうか。


 今は、兄貴がアツーカ村の復興事業を手伝っているし、ライオス達も準備が出来ていないからイブーロから動かないが、いずれはダンジョンに向けて出発する。

 それまでに決着するならば協力を惜しまないが、どこに向かったのかも分からない相手を追いかけるのは勘弁してもらいたい。


 今後のチャリオットの活動について考えていたら、ヤンセンが意外な事を口にした。


「もしかすると、奴らは旧王都を目指すかもしれません」

「えっ、旧王都って、ダンジョンがあるところですよね?」

「そうです。旧王都ではダンジョンの攻略が最優先されていて、手配書の回っている人物の取り締まりなどは殆ど行われていないと聞きます」

「そんな、それじゃ無法地帯じゃないですか」

「無法地帯という程ではないものの、それに近いぐらい治安は良くないと聞きます」


 旧王都にも官憲の組織はあるものの、犯罪件数が多すぎて取り締まりが間に合わないらしい。

 殺人や誘拐、多額の窃盗などの捜査は行われるが、それとてもおざなりに済まされる場合が多く、自分の身は自分で守るのが基本だそうだ。


 腕の立つ人間であればダンジョン探索のパーティーや、それよりも規模の大きなクランなどに加盟して、活動することも可能らしい。


「何だか犯罪者の巣窟になっていそうですけど、大丈夫なんですか?」

「官憲の手は回りませんが、旧王都には独特な仕事を専門でやっている人達がいます」

「独特な仕事って……犯罪者絡みですか?」

「はい、賞金稼ぎです」

「あっ、なるほど……」


 貧民街で討伐したゾゾンには、大金貨十枚もの懸賞金が掛けられていた。

 旧王都の官憲事務所には、賞金首についての情報を提供するスペースが設けられているそうだ。


 そこには賞金稼ぎだけでなく、情報屋も集まってくるらしい。

 腕っ節に自信がなくても、情報提供する見返りに懸賞金の一部を受け取る。


 賞金稼ぎや情報屋の存在が、官憲の人手を補っているようだ。

 旧王都以外でも、ゾゾンのように賞金首が討ち取られる事があるが、冒険者が依頼の合間にやる程度で、専門にやっている人は少ないらしい。


「そもそも、頻繁に賞金首が現れる場所でなければ成立しない仕事ですし、倒す相手は魔物ではなく人間ですからね。賞金額の高い者は、それだけ危険な相手ですから楽な商売ではありませんよ」

「確かに、人間が相手だと自分以上に頭が良かったり、特種な技能を持っているかもしれませんもんね。でも、相手を間違えたりしないんですかね?」

「さぁ、詳しい話は私も知りませんが、それこそギルドの登録情報などで鑑定するんじゃないですか?」

「だとしたら、生け捕りにしないと駄目でしょうし、ますます難易度が上がりそうですね」

「ですが、エルメール卿ならば簡単じゃないですか? 今日もレッドストームの連中に何もさせずに捕らえてしまわれましたよね」


 確かに、雷の魔法陣を使ったスタンガンならば、相手を殺さずに無力化できそうだ。


「でも、まだ高ランクの冒険者に使ったことがないから、身体強化魔法を使う人にも効果があるか分かりませんよ」

「そうですね、高ランクの冒険者、騎士団の隊長クラスは、同じ人間なのかと疑いたくなるほど凄い人がいますからね」


 実際、身近な存在ではゼオルさんやシューレには、魔法抜きの格闘戦では敵わない。

 魔法を使った戦いでも、俺を上回る存在はいると思っていなければ、一発食らうだけでも猫人の体では致命傷になりかねないのだ。


 ダンジョン攻略のために旧王都に移住したら、今まで以上に日頃から警戒を絶やさないように心掛けよう。

 コスカで捕らえられた集落の人達は、官憲の留置場で一晩を過ごした後、トモロス湖畔に作られた施設に送られるらしい。


 そして、ボーデ達レッドストームのメンバーと下っ端の三人は、官憲の事務所で取り調べられるそうだ。

 事務所では所長のオルドマンが出迎えてくれたが、ガウジョ達の逃亡を伝えると心底悔しそうにしていた。


「くそぉ、どこまでも卑怯な……だが、必ず見つけ出して捕らえてやる」

「ご期待に沿えず、すみません」

「とんでもない、エルメール卿が協力してくださったおかげで、一人の怪我人も出さずに捕縛を終えられました。心より感謝いたします」


 イブーロに戻って早々だが、ボーデの取り調べを行うと聞いて見学させてもらった。

 取り調べといっても、日本のように容疑者の人権保護などは考慮されず、拷問と呼んだ方が良いもののようだ。


 特に今回は、貧民街の崩落によって自分達の仲間を殺した容疑者であり、今日は投降の呼び掛けを無視して攻撃を仕掛けてきた連中だ。

 私的な感情を完全には排除するのは難しいのだろう。


 僕ろ一緒に見学するオルドマンと共に取り調べ室に向かうと、ボーデは肩に渡すように担がされた太い鉄の棒に両腕を縛られた状態で跪かされていた。


「このクソにゃんころがぁ! お前さえいなければ……」


 僕の姿を見つけた途端、猛然と立ち上がって駆け寄ろうとしたが、鉄棒に繋がれた鎖に阻まれた。


「僕さえいなければ……なんですか?」

「お前さえいなけりゃ俺たちはイブーロ一の冒険者パーティーになってたはず……がはっ」


 俺が反論するよりも早く、オルドマンが堅く握った拳でボーデの頬を殴り飛ばした。


「この愚か者が! 貴様がそんな格好をさせられているのは、誰のせいでもなく貴様自身の愚かさのせいだ!」

「お、お前なんかに何が分かるってんだ!」

「分かっていないのは貴様の方だ、官憲を舐めやがって、楽に死ねると思うなよ……始めろ」


 ボーデ自身が俺に絡んできた件だけでなく、下っ端の三人が路地裏で俺を襲った件までオルドマンは知っていた。

 オルドマンの監督下で行われた取り調べは苛烈で、最初は太々しい反抗的な態度だったボーデが泣きながら許しを請うまで三十分も掛からなかった。

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