第247話 覚醒(カバジェロ)

※今回もジェロ目線の話です。


 タールベルクとエスカランテ侯爵の屋敷を訪れた翌日から三日間は、グラーツ商会の会長オイゲンの外出に同行して護衛の助手を務めた。

 あの日、壜の栓が飛んだ時に思いついた方法を試してみたいのに、ギルドの訓練場に行けないのがもどかしい。


 グラーツ商会の敷地は広いが、さすがに火属性魔法の練習は出来ない。

 火事にでもなったら、受けた恩を仇で返す事になる。


 それと、あれからルアーナがどうしているのかも気掛かりだ。

 俺自身がグラーツ商会やタールベルクの好意で生活出来ている状態なのに、他人を気にするなんておこがましいのかもしれないが、それでも気になってしまうのだ。


 ギルドに行けない間、残っている左足を使って、その場で飛び上がる訓練を続けている。

 少しでも動けるようになるには、足を鍛えるしかない。


 同時に、杖を使わずに素早く起き上がる練習も重ねている。

 折れないように鉄の棒を使っているが、杖が手許を離れてしまうような状況はいつ起こっても不思議ではない。


 冒険者を続けるならば、杖を失った状態でも生き残る術を手にしておくべきだ。

 練習をしてみると、片足が無い、片腕が無いハンデが改めて圧し掛かって来た。


 普通の人々が、普通にやっている事が出来ずに情けなくなってくるが、訓練を続ければアルバロスのような剣技は無理だとしても、人並程度には動けるようになれるはずだ。

 タールベルクは、俺から聞かない限り助言をしてくれない。


 自分で考えて工夫する事が大切だそうだ。

 だから、何度も転がって、何度でも起き上がる。


 汗と埃でドロドロになっても諦めない。

 疲労で左足の筋肉がピクピクと痙攣して、立ち上がれなくなるまで続ける。


 護衛の助手を三日続けた翌日は、いよいよギルドの訓練場に行けると思ったのだが、その前に溜め込んでいた洗濯を片付けなくてはならない。

 汗と埃で汚れた三日分の洗濯物を抱えて、宿舎の裏手にある洗濯場へ向かうと、グラーツ商会のメイド、ノーマさんが洗濯をしていた。


「おはようございます、ノーマさん」

「おはようございます、ジェロさん」


 笑顔で挨拶を返してくれるノーマさんは、四十代ぐらいの鹿人だがグラーツ商会に務めて三年ほどらしい。

 使用人の食堂などで耳にした話によると、旦那さんと死別し、子供もいなかったので住み込みで働き始めたそうだ。


「そこに置いておいて下さい」

「えっ……?」

「ジェロさんがやるよりも、私がまとめてやった方が早いですから」

「これは俺の私物ですし、この先も一人で生きて行くには自分でやらないと……」

「そうですか、余計なお世話でしたね」

「いえ、気に掛けてもらって、ありがとうございます」


 開拓村にいた頃は、ロクに洗濯もしなかった。

 服を着たまま川に入って、水浴びと洗濯を一度に済ませた……つもりでいたが、今になって考えてみると薄汚い格好をしていたと思う。


 ノーマさんに教わりながら洗濯を済ませ、干すだけはお願いした。

 俺では物干し竿が高すぎて、手が届きそうもないからだ。


 洗濯で少々時間を食ってしまったので、急いでギルドに向かったが、射撃場にルアーナの姿は無かった。

 俺が護衛の助手を務めていたように、ルアーナだって生活していくためには仕事をやらねばならない。


 訓練場に来れば、毎回会える訳ではないと分かってはいるが、ちょっと残念だったし、元気にしているのか気に掛かる。

 でも、今は俺自身の訓練に集中しよう。


 今日の課題は、圧縮と解放だ。

 前回、魔法の練習をした時には、火球を叩いて飛ばすイメージをしていたが、間違いだった気がする。


 もっと火球の速度を上げるためには、圧力を加えてから一気に解放するのが正解なんだと思う。


「炎よ……」


 体の前に作り出した火球を手の中に握り込むようなイメージで、ギューっと固めてから一気に解放した。


「うにゃぁ! 熱っ、熱っ、ヒゲが焦げる!」


 圧縮した火球は、解放した瞬間四方八方へと燃え広がり、俺の方へも噴き付けてきた。


「危なっ……これじゃ駄目だ。飛んでいく方向を限定しないと、炎よ……」


 二回目は前に向けて、圧縮した火球を解放したが。ボワっと炎が噴き出ただけで的に届きもしなかった。

 三回目、四回目と更に解放する範囲を狭めていくと、火球が前に向かって飛ぶようになったが、前回の叩くイメージ発動させた時よりも速度が遅くなっている。


「うーん……良い方法だと思ったんだけど……そうだ、圧縮する前の火球をもっと大きく作れば良いのか」


 これまで、両手の平で包み込める程度の大きさだった火球を両腕で抱え込むぐらいの大きさにして圧縮を加える。

 そして、手の平で握り込めるぐらいまで圧縮し、的に向かって一部分だけを解放した。


 ボンっという音を残して飛んだ火球は、これまでで一番の速度で飛んでいったが、的から大きくハズレてしまった。

 威力も上がっているように見えたが、その分魔力も多く消費している気がする。


「良くはなってるけど、これじゃないような……」


 同じ手順を繰り返して、三発目でようやく的に当たったが、それでもニャンゴが使っていた魔法には速度も威力も遠く及ばない。


「遠くに当てるには練習を繰り返さないと無理そうだけど、ルアーナみたいに武術と併用するなら十分じゃないか?」


 圧縮した火球をルアーナのように握り込もうとして、また失敗をやらかした。


「熱ぅ! ふぎゃ……」


 火球の熱さに驚いて手を離した瞬間、集中力も途切れて火球が暴発した。

 目の前で弾けた火球の爆風に吹き飛ばされて、訓練場をゴロゴロと転がった。


「しくじった……うわぁ焦げ臭い……」


 顏の毛や肉球の表面が焦げ、ヒゲがチリチリになっている。

 少し威力を抑えめで試したから良かったが、全力だったら怪我していたかもしれない。


「くっそぉ……上手くいかないなぁ」


 魔法の威力を上げるのには、圧縮すれば良いと思ったのだが、威力が上がれば危険度や扱いにくさも増してしまっている。

 これでは危なくてルアーナには教えられない。


 その後も、少し威力を下げて撃ち出すまでの手順を考えたのだが、思ったような結果が出なかった。

 魔力も底を尽き、腹の虫も鳴きはじめたので一旦休憩にしてギルドの酒場に向かう。


 すでに昼休憩も終わりに近い時間だったので、注文待ちの列は無くなっていた。

 昼のセットを注文して金を払い、テーブルに移動しようと思ってから気付いた。


 前回はルアーナが運んでくれたが、トレイを持っていると杖をついて歩けないのだ。

 どうしたものかとオロオロしていると、見かねた店員さんが近くの空いているテーブルまで運んでくれた。


「あ、ありがとう」

「どういたしまして」


 小さい人種用の高めの椅子を持って来て、よじ登ってテーブルにつく。

 今日は厚切りのベーコンではなくソーセージが二本と目玉焼きだ。


「熱ぅ! ジュワって……ソーセージもか」


 かぶりついたソーセージの皮が弾けた瞬間、熱々の肉汁が噴き出してきた。


「熱いけど、うみゃい……うみゃいけど、熱い……」


 ソーセージも目玉焼きも、フーフーしながら慎重に味わった。

 食事を終えた後、高めの椅子にトレイを載せ、ズリズリと押して移動してトレイも椅子も返却した。


 射撃場に戻って練習を再開したのだが、満腹になったせいで眠気が襲って来て集中出来ない。

 圧縮の途中で火球が崩れてしまったり、全然上手くいかない。


「駄目だ、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ……」


 訓練場の隅に置かれたベンチで丸くなると、すぐに眠りが訪れた。

 俺は人よりも何倍も遅れているのだから眠っている場合じゃないのに、猫人の体は言うことを聞いてくれない。


 それでも気持ちが焦っているからか、夢の中にも訓練場が出てきた。

 火球を圧縮して、握ろうとして熱くて手を離した俺は、火球をフーフーして冷まそうとしていた。


 我ながら、なんて馬鹿なことをしているのだと思っていたら、火球は冷えて火が消えて持てるようになった。

 冷えた火球をギュッと握り、的に向かって突き出しながら手を開くと、パーンと乾いた音と共に凄い速度で火球が飛んで行き、的を粉々に吹き飛ばした。


 あまりの威力に驚いて、ベンチから落ちて目を覚ました。


「にゃんだよ、夢か……あぁ、ホントに火球をフーフーして冷やせればいいのに……」


 夢だったけど、火球を撃ち出した感触が妙に生々しく残っている気がする。


「火が消えた火球……握って撃ち出す……火が消えた……そうか!」


 頭にひらめいたアイデアを、的に向かって実践してみる。

 初めは威力を控えめにして撃ってみたが、これまでよりも明らかに威力が上がっている。


「これを全力で……圧縮して……こうだ!」


 夢の中と同じようにパーンと乾いた音を残して、火球はこれまでの何倍もの速さで飛び、大きな鉄の的が見えなくなるほどの火の玉となって弾けた。


「うにゃぁぁぁ! これだ、これを磨き上げれば、俺だって強くなれる!」


 この後、魔力が切れるまで撃って、撃って、撃ちまくった。

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