第239話 幹部達の行方
レイラさんとジェシカさんにご奉仕して、いっぱい踏み踏みした翌日は、またトラッカーの三人とネズミ退治に奔走した。
さすがに一日目程の数はいなかったが、それでも依頼を出した側にすれば商売や生活に支障をきたしかねない数のようだ。
厄介なネズミ共を迅速に退治し、侵入経路まで塞ぐと、どの依頼主からも感謝された。
昼飯は、依頼を終えたパン屋から貰った総菜パンで済ませ、夕方までには前日に手渡された依頼を全て片付けられた。
俺は空属性の魔法を使うだけだし、魔力回復の魔法陣も使っていたのでヘトヘトになるほどは疲れていないが、トラッカーの三人にはかなりハードな一日になった。
まぁ、それでも昨日以上の報酬を手にすれば、疲れも吹っ飛ぶんじゃないかな。
ギルドに戻り、カウンターに報告に行こうと思ったら、ギルドマスターのコルドバスに声を掛けられた。
「エルメール卿、少し時間を取れるかな?」
「構いませんよ。カルロッテ、依頼完了の報告を頼んでもいいかな? 僕の分の報酬は口座に振り込んでもらって」
「いいぜ、やっておくよ」
「では、行きましょうか」
コルドバスに続いて階段を上り、二階の執務室へと向かう。
「先程の依頼は、例のネズミ退治かい?」
「そうです。ジェシカさんから依頼された分は、昨日と今日で全部片づけました」
「ほほう、それはそれは、今夜もご褒美かな?」
「いえ、今夜は拠点に戻るつもりでいます」
「そうか、まぁ座って楽にしてくれ」
執務室に入ると、コルドバスは自らお茶の仕度を始めた。
それだけギルドの職員が足りないのかもしれない。
意外にも器用にお茶を淹れ終えたコルドバスは、ドッカリとソファーに腰を下ろすと葉巻に火を点した。
連日激務が続いているのだろう、普段なら怖いほどの迫力を感じるのだが、今日は体が一回り小さくなったような印象すらある。
「話というのは他でもない、貧民街の幹部連中の行方だ」
「見つかりましたか?」
「まだ確定ではないが、ほぼほぼ間違いないだろう」
「では、明日あたり捕縛作戦が行われるんですか?」
「いや、そんなに簡単ではないらしい。イブーロの北東にコスカという小さな集落があるのを知っているか?」
「いいえ、集落というには村ほど大きくはないのですか」
コルドバスは、頷きながら葉巻の煙を吐き出した。
上質そうな葉巻の煙は、甘い香りを含んでいた。
イブーロから北東へ、歩きでも半日も掛からない距離にあるコスカは、川と山の尾根の間に挟まった狭い土地に、全部で十戸ほどの家が集まった小さな集落だそうだ。
街道からの入口は、川に架かった小さな橋しかなく、行商人も余り訪れないらしい。
「奴ら、その集落の住人を脅して、立て籠もっているんですね?」
「いや、そんなに簡単な話ではないようだ」
「えっ、まさか住民が進んで協力している……とか?」
俺の問い掛けに、コルドバスは頷いてみせた。
「どうやら、集落の長がガウジョと手を組んでいるらしい」
「村全体で積極的に手を貸しているんですか?」
「まだ、はっきりとはしないが、おそらく……」
貧民街の崩落によって多くの人員が犠牲になった騎士団や官憲は、血眼になって幹部連中の行方を追い掛けたそうだ。
イブーロから東西南北に延びる街道沿いの集落に人を走らせ、イブーロの行商人達から聞き込みを行った結果、浮かび上がってきたのがコスカだったそうだ。
「行商人の話によれば、今年に入ってからコスカでの売り上げが急激に増えたらしい。住民の数も増えているようだし、川に架かる橋では見張りが目を光らせているそうだ」
「では、今回の貧民街解体計画よりも、ずっと以前から移転を始めていたのですね?」
「そう考えるべきだろうな。秋の収穫の時季に小さな村や集落が豊かになるというのは良くある話だが、年明けに突然羽振りが良くなるとは考えにくい」
「どちらから話を持ち掛けたんでしょう。コスカの長なのか、それともガウジョの方からなのか……」
「そこまでは調べがついていないが、どちらが主導であろうとも集落の全員が関わっているとなれば、ガウジョ達だけでなく集落の人間も捕縛する必要がある」
「それは……厄介ですね」
騎士団や官憲は、ガウジョ達の行方が分かり次第、急襲して捕縛、抵抗するならば討ち果たすつもりだったそうですが、方針転換を余儀なくされているようだ。
「コスカは貧しい集落で、口の悪い連中は『イブーロの街中よりも貧民街に近い集落』などと呼んでいるそうだ」
「その貧しさから抜け出すために、裏社会の連中と手を組んだ?」
「おそらくな。貧民街の生き残りの中には、ガウジョ一味の移転の噂を聞いていた者もいるようだ。あくまで噂の域を出ないが、コスカを丸ごと歓楽街に作り変える……なんて計画まであったらしいぞ」
「歓楽街を牛耳っている、古い裏社会の連中に取って変わろうって魂胆ですね?」
「そのようだな」
ガウジョ達は歓楽街周辺で騒ぎを頻発させ、治安が悪い、近付かない方が良いというマイナスなイメージを植え付ける一方で、コスカに趣向を凝らした高級な歓楽施設を作り、イブーロの金持ち連中を引き寄せようと画策しているらしい。
「さっきも話した通り、コスカに入るには川に架かった橋を渡るしかない。そこと川沿いを監視していれば、敵対する連中を中に入れずに済むという訳だ」
「それじゃあ、これまでは貧民街に落ちて、金のある連中の慰み者にされていたコスカの人達が、逆に金持ち連中から絞り取る……ってことですか?」
「ガウジョ達と手を組む動機としては十分だろう」
お世辞にも裕福とは言えないアツーカ村で育ったからコスカの人達の気持ちは理解出来るが、それでは別の貧しい村からの出身者が食い物にされるだけな気がする。
「ガウジョ達は、歓楽街の他に例の魔銃や麻薬の密造所もコスカに作るつもりらしい」
「えぇぇ……まさか、もう稼働していたりするんですか?」
「分からんが、設備は既に移設してあるか、あるいは新たに設置するのだろうな」
魔銃は見方を変えれば魔道具だ。
その工房を作るなら、当然別の種類の魔道具も作られるようになるだろう。
貧民街の崩落に繋がった、粉砕の魔法陣や魔導線なども、あるいはガウジョ一味が密かに作った物かもしれない。
それが、王都での『巣立ちの儀』の襲撃に使われたと考えるのは早計だろうが、このまま製作を続けさせれば別のテロに利用される可能性がある。
「今、騎士団と官憲が連動して内偵を進めているが、最悪の場合にはコスカに立て籠もっている連中と戦争になるかもしれん」
「勿論、その前には投降を呼び掛けるんですよね?」
「当然呼び掛けるだろうが、拒絶するならば降伏するまで攻撃を仕掛ける可能性が高い」
「コスカには、幼い子供もいるんですよね?」
「いるだろうし、騎士団も官憲も幼い子供の命まで奪おうなんて考えてはいないだろう。それだけに、攻め方が難しくなるな」
イブーロの学校を襲撃したのも、ガウジョの一味だったと思われている。
あの事件では、実行犯はイブーロの子供達を窓際に立たせて、官憲達が踏み込んで来るのをけん制していた。
あの状況を考えれば、コスカでも子供を盾に使う程度の戦略は当然行われるだろう。
唯一の突入口である橋の上に子供を並べて盾に使う……なんて状況は起こって欲しくない。
「エルメール卿には、ガウジョ達が見つかり次第、捕縛に協力してくれという話が行ってるかもしれんが、内偵が済むまで作戦は先送りになるだろう」
「仕方ないでしょうね。折を見て騎士団にも顔を出しておきます」
「あぁ、そうしてもらえるとありがたい」
コルドバスとの会談を終え、レイラさんに捕まらないように気を付けながらギルドを出た。
今日は拠点の自分の部屋で、布団に包まってヌクヌクしたい気分なのだ。
通い慣れた道を拠点に向かって歩いていると、貧民街が崩落したなんて嘘ではないかと思えてくる。
現場では今も瓦礫の撤去作業が続けられているが、街中の風景はいつもと変わった様子が見えない。
街で暮らす人々も日々の生活に追われていて、深い付き合いの無い人達のことに何時までも関わっていられないのだろう。
昨夜の酒場での揉め事のように、元々イブーロで暮らしている人にとって貧民街は迷惑な存在でもあったようで、余計に関心が続かないのだろう。
貧民街で亡くなった人達の遺体は、明日いっぱいは現場に安置されるそうだが、明後日には街の外に運ばれて荼毘に付されるそうだ。
ただ、遺体の身元が判明して、家族に引き取られるのは騎士団や官憲、ギルドの職員などが殆どで、貧民街で暮らしていた人の遺体が引き取られるのは稀らしい。
貧民街の跡地に作られる予定の新しい街区には、今回の騒動で亡くなった人のための慰霊碑が作られるそうだが、何ともやり切れない気持ちになる。
家族に知られることもなく、貧困の末に唐突に人生の終わりを迎えた人達の無念はいかばかりか。
せめて心安らかに天に召され、来世では幸せな人生が送れるように祈るばかりだ。
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