第238話 村での生活(フォークス)
※今回はニャンゴの兄フォークス目線の話になります。
「よう、フォークス、今日はどこで作業してきたんだ?」
「今日は、グリンさんの所だ」
「そうか、お疲れさん」
「どうも……」
村の家々の床下に、万が一の時のための避難スペースを作り始めてから一週間程が過ぎた。
娯楽の少ない村だから、作業を始めた二、三日は見物人が入れ替わり立ち替わり現れていたが、それもどうやら収まった。
見物人は来なくなったのだが、村を歩いていると色んな人から声を掛けられるようになった。
イブーロに行く前には、こんな事は無かった。
道で擦れ違う時などに頭を下げれば、軽く会釈は返してくれたが、言葉を掛けられたり、ましてや名前を呼ばれたり、労いの言葉を掛けられることなど無かった。
少しは村に対して役に立っていると認められたのだろうか。
仕事を終えたら、実家ではなく村長宅の離れへと戻る。
村で仕事をしている間、ゼオルさんの部屋に居候させてもらっているのだ。
朝は棒術の素振りを見てもらい、仕事を終えた後には身体強化魔法の手ほどきをしてもらっている。
村での仕事を終えた後、チャリオットのみんなとダンジョンの攻略に挑むと話したら、覚えておけと言われたのだ。
俺の体格では、直接的な戦闘は無理だとしても、逃げ足を速めるのにも使えるから覚えておいて損は無いらしい。
確かに、何か不測の事態が起こって退却するような場合に、担いでもらうのでは仲間の足を引っ張ることになる。
覚えるのは良いとして、体の中をいじられているような感覚には未だに慣れない。
弟のニャンゴは身体強化魔法もマスターして、しかも属性魔法との併用もしている。
ゼオルさん曰く、高ランクの冒険者や騎士の中でも完全に併用できる者は少ないらしい。
まったく、我が弟ながら驚かされてばかりだ。
「よし、今日はここまでだ。裏で水浴びでもして、サッパリしてこい」
「はぁ……はぁ……ありがとうございました」
身体強化魔法の手ほどきを終えると、全身汗でビッショリになる。
裏手の井戸で一日の仕事の埃と汗を流しながら洗濯を済ませ、ついでに水をガブ飲みして喉の渇きを癒した。
手拭いで体を拭いた後、ニャンゴが家族のために買った温風の魔道具で毛並みを乾かす。
折角、魔道具商会から融通してもらった温風の魔道具だが、猫人の家族では魔力が少なすぎて上手く使えなかったので、ゼオルさんが買い取ったものを使わせてもらっているのだ。
イブーロで弟と再会して以来、ほぼ毎日体を洗うのが習慣となった。
これまでは気にならなかったが、自分が身ぎれいになると親父たちが薄汚く獣臭いと感じるようになった。
それに、ちゃんと綺麗にしておかないと、シューレに吸われた後で洗い直しを命じられることになる。
そのために、特に腹は念入りに仕上げる必要があり、弟が王都に出掛けている時には拠点の屋根の上で、ミリアムと二人で魚の開きのように日光浴する羽目になった。
男の俺はまだしも、ミリアムにとってはかなり恥ずかしいポーズなので、見ていないアピールをするために首が痛くなるほど、そっぽを向かなければならなかったものだ。
俺が拠点に戻る頃には、温風の魔道具も手に入っているだろうから、あんな思いはしないで済むだろうが……少々残念でもある。
「失礼いたします。お食事をお持ちいたしました」
ゼオルさんは、離れで自炊することもあるが、面倒な時には村長宅の調理場に食事を頼んでいる。
村の復興事業に関わっている俺も御相伴にあずかっている。
食事を運んで来たのは、俺と同い年のタヌキ人のグリタだ。
学校を卒業した後、村長宅にメイドとして雇われているらしい。
「フォークスさん、今日も一日お疲れさまでした」
「ど、どうも……」
グリタは小柄で少しポッチャリしているが、可愛らしい顔立ちで同年代の男子から人気があったが、猫人の俺は話どころか挨拶をした記憶も無かった。
ゼオルさんの所に居候するようになってから、時折話し掛けられるようになったのだが、やっぱり上手く話せない。
「今夜は、ツクシとオークの塩漬け肉のパスタです。温かいうちにどうぞ」
「あ、ありがとうございます」
グリタはテーブルにパスタとスープの皿を並べると、にっこりと微笑んでから村長宅へと戻っていった。
他の使用人達と一緒に、別棟に住み込みで働いているらしい。
「モテモテだな、フォークス」
「そ、そんなんじゃありませんよ。ただお客扱いされてるだけですよ」
「そうなのか? 昼間あちこちを見回りしているが、お前さん評判が良いぞ」
「それは、弟のおかげでしょ……」
「いやいや、毎日熱心に働いてくれている。仕事も丁寧だし早いって噂されているぞ」
「でも、それはこれまでが駄目すぎたから、反動で良く見えているだけですよ」
「ふむ、そんな事はないと思うが……まぁいい、冷めないうちに食おう」
「はい、いただきます」
ニャンゴが『巣立ちの儀』を受けて以後、家の食事は良くなっていたが、貧民街に落ちてからは食うや食わずの毎日だった。
チャリオットの拠点で寝起きするようになってから、食生活も大きく変わった。
イブーロでの食事に較べると、やはり村の食事は質素だと感じるが、ツクシのほろ苦さは春の訪れを感じさせる。
「なかなか美味いな」
「はい、春って感じですね」
「うむ、まったくだ」
ゼオルさんは、若い頃には旧王都でも活動していたそうで、ダンジョン絡みの話などをしてくれる。
だいぶ年数が経っているから、今とは状況が違うだろうがと前置きするが、話を始めると目の輝きが違ってくる。
アツーカ村での暮らしを気に入ってくれているようだが、それでもバリバリの冒険者として活躍していた頃が懐かしいのだろう。
俺としても、これから挑むダンジョンの情報を知れるのは有難い。
もっとも、ゼオルさんの武勇伝のような立ち回りは俺には無理な相談だ。
ゼオルさんの淹れてくれたお茶を飲みながら、冒険者としての体験談を暫く聞いたら、早々に明かりを消して眠りに就く。
「明日も、グリンの所か?」
「いえ、グリンさんの所は仕上がったので、ビオノさんの所に行く予定です」
「そうか、よろしく頼むな」
「はい……」
翌朝も、起きたら棒術の素振りをゼオルさんに見てもらい、朝食を済ませたら仕事に出掛ける。
支度を終えて離れを出ると、グリタが庭の掃除をしていた。
「おはようございます、フォークスさん」
「お、おはよう……」
「これからお仕事ですか?」
「う、うん」
「いってらっしゃいませ」
「う、うん……」
ただの挨拶だと分かっているのに、顔が熱くなって上手く話せなくなる。
酒場のレイラさんやギルドのジェシカさんと平然と話している弟は、いったいどんな心臓をしているのか一度見てみたいくらいだ。
だが、俺もチャリオットの一員として活動していくならば、もう少しまともに話が出来るようになる必要があるだろう。
冒険者同士の交渉は無理だとしても、買い物をする時に店員の説明を聞く程度も出来ないようでは恥ずかしい。
俺や弟には強気な態度を崩さないミリアムも、外に出るとシューレの陰に隠れてキョロキョロと辺りを窺うようになる。
あれを我が姿と思って、矯正するようにしたいものだ。
鹿人のビオノさんは、大きな畑を所有している村では比較的裕福な家だ。
先日のオークの襲撃で、扉や壁の一部が壊されたが、家自体は倒壊せずに残っていた。
「お、おはようございます、避難スペースの設置に来ました」
「おぉ、フォークス。待ってたよ、よろしく頼むな」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
村では裕福な家の人間ほど高圧的な態度になりがちなので、少し緊張しながら訪ねたのだが意外にも温かく迎えてもらった。
避難スペースを設置する場所や広さなどを相談して、早速作業に取り掛かる。
小さい村だが、殆どの家に避難スペースを作るのでノンビリはしていられない。
作業は、床や壁、柱、階段などの部分を土を圧縮しながら形作り、余分な土は運び出して避難スペースにする。
大きな岩などが埋まっていると俺では対処出来ないので、地中の様子を探知してから場所を決めている。
それでも大きな石が混じる事があり、俺の力で運び出せないものは中に残して避難スペースを完成させ、あとで力の強い人に運び出してもらうようにしている。
今回も階段の途中に大きな石があって、それは残しておくことをビオノさんにも了承してもらった。
同様の作業を毎日繰り返してコツを飲み込めてきたおかげで、昼までには階段と避難スペースの一部を作り終えた。
昼食を御馳走になり、庭先の日当たりの良い場所に敷物を広げて休憩していると、ビオノさんの息子で俺と同い年のプリーニオが歩み寄ってきた。
「ダラダラ休んでないで、さっさと働け」
「む、無理だ、ちゃんと休まないと魔力切れを起こす」
「なに一端の口利いてやがんだ。だったら魔力切れを起こしてから休め」
「そ、それだと、回復まで余分に時間が掛かる」
「ちっ、言い訳ばっかりしてんな。俺はこの家の跡取り息子なんだぞ、ちょっと弟が出世したぐらいでいい気になんなよ。お前自身は、ただのニャンコロのまんまなんだからな」
話し掛けられた直後は、学校に通っていた頃に威圧された思い出が蘇って萎縮してしまったが、弟の話が出たことで逆に落ち着いた。
こいつは、弟が良く返り討ちにしているイキがっているだけの冒険者みたいなものだ。
こいつは大きな畑を持つ家の跡取りだが、別にこいつ自身が畑を切り開いた訳でもなければ、自分の金で手に入れた訳でもない。
ただ畑を持っているビオノさんの息子に生まれただけの話だ。
畑仕事は出来るかもしれないが、俺と較べて特段に優れている訳じゃない。
「そうだな、確かに弟のオマケだが、今は村長の依頼を受けて仕事をしている。お前に指図されるいわれは無いよ」
「な、何だと、このニャンコロが……」
「仕事の邪魔をするなら村長に報告する」
「ちっ……あんまり調子に乗るなよ」
「あぁ、気を付けるよ」
プリーニオは、舌打ちを繰り返しながら去っていった。
こんな時、弟だったら『お前もな……』なんて言うのだろうが、そこまで言う自信は無い。
もっと棒術が上手くなって、身体強化魔法が使えるようになったらば、プリーニオをやり込めるぐらいは出来るようになるのだろうか。
グリタとも、オドオドせずに話せるようになるのだろうか。
「はぁ……こんな事なら、もっと早くから鍛錬しておけば良かった。でもニャンゴの奴は、どこから情報を仕入れて鍛錬しようなんて思うようになったんだ?」
思い返してみると、弟は幼い頃から変わった振る舞いをする子供だった。
俺と較べて特別に交友関係が広かった訳でもないだろうし、やはりカリサさんから色々と話を聞いていたのだろうか。
何にしても、今の俺があるのは弟のおかげだ。
あまり心配を掛けなくても済むように、俺なりに頑張ってみるとしよう。
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