第240話 騎士団の対応
「やっと帰ってきやがったな、このハーレムニャンゴめ」
「なっ、何がですか、俺は二日間ネズミ退治に奔走してたんですよ」
「はぁ? ネズミ退治だぁ?」
久々に拠点に戻ったらセルージョにあらぬ疑いを掛けられた。
「貧民街が崩壊したせいで、大量のネズミが街に逃げ込んだんですよ」
「おぉ、なるほど、それでスペシャリストに御指名がいったって訳か」
「そうですよ、以前一緒に護衛の依頼に行ったトラッカーの三人と二日間で六十件以上も片付けてきたんですよ」
「なるほどなぁ、昼間はネズミを退治して、夜はレイラとジェシカを退治……いや退治されたのか?」
「いや、それは……ちょっと踏み踏みしただけですよ」
「踏み踏みねぇ……さすがイブーロギルドに所属する冒険者が、ぶち殺したい奴ランキングぶっちぎり第一位は違うねぇ」
「はぁ、物騒な事を言わないで下さい。というか、他の人達は?」
拠点一階のリビングには、セルージョの姿しかないし、二階からも物音は聞こえてこない。
「ライオスとガドは瓦礫撤去からまだ戻ってきていない、シューレとミリアムは買い物だ」
「瓦礫撤去が終わるまでは、チャリオットとしての活動は停止ですか?」
「まぁ、そうなるな。てか、そっちはどうなってんだ?」
「逃げた幹部連中は、どうやらコスカの集落に逃げ込んだみたいです」
「コスカって、街の北東にある小さな集落か? なんでそんな所に逃げ込んだんだ?」
「どうやら集落の長と結託してるみたいなんです」
「はぁぁ?」
さっきコルドバスから聞いた話をすると、セルージョは呆れつつも感心していました。
「なるほどなぁ、貧民街だけでなく歓楽街の利権まで奪っちまおうって魂胆か。だとしても、騎士団と官憲を丸々敵に回しちまったのは失敗だな」
「ですよね。俺と突入した人達が奇跡的に難を逃れて生き残ったんですけど、メチャメチャ怒ってますよ」
「そりゃそうだろう、自分自身も殺されかけて何人もの仲間を殺されれば、笑って許すなんて出来っこねぇ。ガウジョ達は何を考えていやがるんだ? どうやっても破滅の未来しかないだろう」
「何か、まだ仕掛けとかが残っているんでしょうか?」
「さぁな、例の質の悪い魔銃が山ほどあったとしても、そいつを扱う人員が足りなくなるだろう。騎士団が人数に任せて攻め込んで来れば、いつかは支えきれなくなるぞ」
籠城戦とは、救援が来るのを前提で行うものだが、ガウジョ達に援軍が来るとは思えない。
「コスカには、行った事ありますか?」
「あぁ、ブルーヴァイパーの討伐依頼で行ったな」
「ブルーヴァイパー?」
「でっかいヘビだ。毒は持っていないが、ガドぐらいの大男でも丸呑みにしちまう」
「どうやって倒したんですか?」
「討伐自体は、そんなに難しくはないぞ。鱗には覆われているが、ブロンズウルフみたいに硬くないから攻撃は通る。俺が後衛で牽制しながら、ライオスとガドが連携して削っていって倒した」
魔物討伐の難易度は、防御力と攻撃力が大きく関係する。
ブロンズウルフやワイバーンのように、攻撃力が高く防御の硬い魔物は討伐が難しい。
「さすがにブルーヴァイパーを一人で相手をするの大変だが、力のある前衛が二人いれば倒せるな」
「なるほど。それで、コスカって、どんな集落なんですか?」
「聞いていると思うが、集落の前には川が流れている。カバーネで討伐の依頼をした後、野営する川原があるだろう。あの川の上流がコスカだ」
「それじゃあ、流れはそんなに早くないんですね?」
「いや、川の流れが緩やかになるのは、コスカの少し下流で大きく東に曲がってからだ。コスカの辺りでは流れも早いし水量もあるから、橋以外の場所から渡るのは難しいな。それに背後は切り立った崖だから、山側から下りるのも難しい」
セルージョが簡単な図を描いてくれたのだが、前面が川、背後が急な崖、上流と下流も徐々に狭まって崖に突き当たる。
川に架かる橋に至る道も、少しなだらかではあるが対岸の崖下に作られた道だけで、すでに騎士団が監視を始めていると聞いた。
「なんで、こんな不便な場所に集落があるんですか?」
「あぁ、昔は背後の崖で翡翠が採れたって話だ。今は掘り尽くしちまったみたいで、他に産業がある訳でもなく……」
「貧乏集落って訳ですね?」
「そういう事だ。あぁ、そういえば、もう廃墟になってたが、翡翠が採れた頃の色街の跡があったな。そいつを再活用しようなんて考えてんのかもな」
歓楽街としての利用には理由があるようだが、やはり籠城するには向いているとは思えない。
「この崖の先って、どうなってるんですか?」
「さぁな、下流はずっと川に接する崖だったと思うが、背後や上流はどうなってるか分からねぇな」
当然、騎士団などでも抜け道が無いか調べてはいると思うが、念のために確認しておいた方が良い気がする。
その日の晩は、自分の布団で朝までヌクヌクして、翌朝のシューレとの手合せではボロ負けした。
王都での飽食生活のツケが、まだ払いきれていないようだ。
ライオスとガドは、その日も瓦礫撤去の手伝いに行くそうなので、俺は学校にある騎士団の施設を訪れた。
来訪の意図を告げると、幹部連中を捜索する作戦室へと案内され、そこにはバジーリオの姿があった。
「おはようございます、バジーリオさん」
「エルメール卿、おはようございます」
「昨日、ギルドマスターから伺ったのですが、だいぶ厄介な事になっているみたいですね」
「えぇ、内偵を進めているところなのですが、コスカに繋がる道は一本だけ。しかも、全員が顔見知りの小さな集落なので、余所者が訪れればすぐに気付かれてしまいます」
「まだ、表だって調べを進めてはいないのですか?」
「そうしたい所ですが、集落全員が敵だった場合、小人数で訪れれば捕らえられる可能性が高い。こちらから人質を差し出すような事はしたくありません」
確かに、いくら騎士団員が有能だと言っても、一人で十人以上を相手にするのは無理がある。
どれだけの人数が立て籠もっているのか分からないし、小人数では人質になりに行くようなものだ。
かと言って、十人二十人と人数を揃えて向かえば、その時点で戦いの火蓋が切られる可能性がある。
「今は、戦いを始める前提で準備を進めています」
「昨日、パーティーのメンバーから聞いたのですが、コスカに入るには橋を渡るしかないようですね」
「そうです、現在分かっている方法はそれだけですが、そんな状況で籠城を選択するとは思えないので、隠し通路が無いか探させています」
「やはり騎士団の方でもチェックしてくれていましたか」
「えぇ、貧民街では後手を踏みましたからね」
作戦室の大きなテーブルにはコスカの地図が広げられていて、抜け道を捜索している箇所が示されていた。
「背後の崖はズーっと繋がっているんですね」
「えぇ、なので抜け道があるとすれば、こちらの下流側に限定されそうです」
「一番怪しいのは、どの辺りですか?」
「川が大きく曲がる辺りですね」
「でも、道は作れそうもないですよ」
「そうですね。ですが、直接船を寄せるならどうでしょう」
「あぁ、なるほど……秘密の船着き場みたいな感じですか?」
「それが一番可能性が高いと踏んでいます」
抜け穴イコール陸路と考えると、どこにも行けそうもないように見えるが、船を寄せる場所と考えれば一気に怪しく感じられる。
「では、こちらも船に乗って調べているんですか?」
「はい、そちらの抜け穴が見つかったら、踏み込む日程を決めます」
今回は……といったら失礼だが、騎士団も入念な調べを進めているようだ。
「あの……いくつか気になることがあるんですが」
「なんでしょう? 懸念があるなら是非聞かせて下さい。今のうちに潰せるものは全て潰しておきたいので」
「先日の貧民街の騒動では粉砕の魔法陣が使われたようですが、王都で『巣立ちの儀』の会場が襲われた際には、ちょっと特殊な方法が使われていました」
王都での反貴族派が使った砲撃や待ち伏せのために道路に埋設する方法などを話すと、バジーリオは眉間に深い皺を寄せた。
「そんな使い方をするのですか。確かに、そこまでの可能性は考慮していませんでした」
「コスカへ続く道は一本道だと聞いていますし、そこに粉砕の魔法陣などが埋められていたら、近付いた途端に……」
「参りましたね。それでは不用意に近付けませんね」
バジーリオとしては、少なくとも橋の手前までは近付けると踏んでいたようだが、俺が立て籠もる側だとしたら、間違いなく道の脇にも罠を仕掛けるし、橋の対岸に向けて砲撃出来る体制は整えておくだろう。
「いやぁ、ありがとうございます。何の備えもせず、不用意に近付いていたら大きな損害を出していたかもしれません」
「確かに立て籠もられたら厄介ですが、逆に言うなら逃げることも難しい状況です。安全第一で作戦を進めましょう」
「おっしゃる通りです。これ以上、犠牲を出すことだけは何としても控えなければいけません」
この後、王都での襲撃の様子などを説明して、襲撃が行われる可能性について地図を見ながら検討を重ねた。
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