第219話 お披露目
兄貴が復興を手伝うために村に戻る準備を進める間、俺は村長に同行して子爵の城やイブーロの学校にルチアーナ先生を訪ねたりした。
城に同行したのは、ハイオークによる襲撃がどのようなものだったのか、どう対処したのかなどを具体的に子爵に説明するためだ。
「なるほど、ハイオークの統率によって住居や畑への被害が大きくなった反面、統率されていたから人への被害が小さくて済んだのだな?」
「はい、形の上ではそうなりますが、学校を守りきれていなければ人の被害も甚大でした」
「そうか……森に接しているのはアツーカ村だけではない、こうした事態は他の村で起こっても不思議ではないな」
王都に行く以前の俺では、子爵の前では緊張しまくって上手く話せなかっただろうが、一ヶ月ほども近くで過ごしてきたおかげで気兼ねなく話が出来ている。
「それで、アツーカでは個別の住居に避難スペースを作る対策を講じるのだな?」
「はい、一時的にでも身を隠せれば、助かる確率が高まりますので」
「村長、その籠城した学校を手入れして、更に頑丈な避難所とすることは可能か?」
「そちらも実施する予定でおります」
「そうか、ならば今期の年貢は基本免除とし、被害の無かった者の分は復興とこれからの備えに充てる事を許可しよう」
「ありがとうございます」
昼食は、城の建つトモロス湖でとれたモルダールのムニエルを存分にうみゃうみゃしながら、プローネ茸の栽培の話をした。
学校のルチアーナ先生に協力を仰ぎ、村長の許可も得て村の復興と同時に進めることになっていると説明した。
「そうか、新しい事業というものは簡単に進むとは限らん、このモルダールの養殖も数年にわたって失敗を繰り返してようやく軌道に乗り始めたばかりだ。プローネ茸の栽培も、事業として成り立つには数年を要するであろうが、アツーカに新たな収入や雇用を生み出すためにも根気よく取り組んでくれ」
村からの要望は全面的に叶えられたし、それ以上に騎士団からの協力も得られる事になったので、村長ともども胸を撫でおろしてイブーロまで戻った。
翌日は、学校にルチアーナ先生を訪ねて、改めてプローネ茸の栽培への協力を要請し快諾してもらった。
今は新学期が始まったばかりだし、村も復興途上なので訪問は難しいが、折を見てアツーカ村にも足を運んでくれるそうだ。
それまでに、プローネ茸の生える場所と同等の環境を整え、管理を行う責任者を選出することになった。
この席で、村長から意外な人物の名前が挙げられた。
「ニャンゴ、カリサさんに協力してもらったらどうだ?」
「えっ、婆ちゃんに……ですか?」
「そうだ、うちの村では一番薬草に詳しい、どこにどんな草が生えるといった知識は、プローネ茸の栽培に役に立つだろう」
「そうですね、確かにその通りです。何で今まで気付かなかったんだろう」
「まぁ、だいぶお歳を召しているからな。栽培する場所の管理をカリサさん一人に任せるのは無理だろうから、誰か力の強い助手のような者を付けてやろう」
「はい、お願いします」
村長からの申し出は、俺にとっては渡りに船だった。
良い機会だと思って俺の心配も打ち明けてみると、村長としても薬屋の存続はこれからの村の課題の一つとして認識していたそうだ。
カリサ婆ちゃんの薬作りの弟子、兼ボディーガードのような人材は、村長だけでなくゼオルさんも協力して選んでくれるそうだ。
これなら、安心してダンジョン攻略に取り掛かれる……と思ったら、早く兄貴を村へと連れて帰り、早く作業に取り掛からせたいなんて考えてしまった。
夕食は、ゼオルさんと一緒に以前行った串焼き屋で食べたのだが、当然話題はダンジョン攻略や旧王都の話だった。
「冒険者になれば、一度はダンジョンに挑んでみたいと思うのは当然だし、あの旧王都の雰囲気は味わっておいて損は無いだろうな」
「旧王都って、そんなに賑わっているんですか?」
「俺は最近の様子は知らんが、旧王都は新王都よりも広く、もっとギチギチに密集している感じだ」
元々、ダンジョンを攻略する者が集まって出来た街だけあって、新王都のような綺麗な区画割りはされておらず、細い路地に建物が寄せ集まって建っているそうだ。
「ダンジョンの底が迷宮ならば、ダンジョンの外も迷宮だ。比較的安全な通りから、一本裏に入ればイブーロの貧民街のような場所に出る。ボーっと歩いていると、冒険者だって身ぐるみ剥がれて路頭に迷うことになるからな」
「うちの兄貴や、もう一人の猫人も行く予定なんですけど……」
「そいつらは、腕の立つ連中と常に行動を共にさせるんだな」
「なるほど、だったら兄貴はガドと、ミリアムはシューレと一緒だな……」
「ニャンゴ、お前も油断してると身ぐるみ剥がれるぞ」
「うっ……気を付けます」
翌日、村長や兄貴達と一緒にアツーカ村へ向かった。
前回、ドタバタしていたからカリサ婆ちゃんに騎士服姿を見せ忘れたのだ。
村長の家の部屋を借りて着替え、カリサ婆ちゃんが間借りしている部屋を訪ねた。
「婆ちゃん、いる?」
「ニャンゴかい、入っておいで……」
「見て見て、婆ちゃん。国王様から貰った名誉騎士の服だよ」
俺の姿を見たカリサ婆ちゃんは、大きく見開いた瞳からポロリと涙をこぼした後、両手で顔を覆ってしまった。
「うぅぅ……」
「婆ちゃん、どうしたの?」
「立派になった……立派になったよ、ニャンゴ。いいや、エルメール卿とお呼びしなくちゃいけないね」
「嫌だよ! そんな他人行儀な呼び方しないでよ。名誉騎士に叙任されようと、Aランクに昇格しようと、婆ちゃんは俺の婆ちゃんなんだから、今まで通りにニャンゴって呼んでよ」
「うんうん……そうだね、ごめんよ、ニャンゴ」
「婆ちゃん……」
顔を上げたカリサ婆ちゃんは、しわくちゃな両手で涙を拭うと、俺をギューっと抱きしめてくれた。
「あぁ、大きくなった……本当に立派になった。ニャンゴは、私の自慢の孫だよ」
「婆ちゃん……」
本当に俺が大きくなったのだろうか、カリサ婆ちゃんは昔よりも細く小さくなった気がする。
人間は永遠には生きられないし、冒険者として活動するようになってから人の死に遭遇する機会も増えて、あっけなく死んでしまう場合もあると分かっている。
それでも、カリサ婆ちゃんには一日でも長く生きていてもらいたいし、死んでしまうなんて考えたくもない。
先日の襲撃の時、めちゃめちゃにされた薬屋からオークが出て来た時には、本当に怒りに我を忘れた。
カリサ婆ちゃんが殺されたと思ったら、体の中にポッカリと穴が開いたように感じた。
あんな思いは二度としたくないから対策を講じて、村長も協力してくれると言ってくれたから一度は安心したけれど、また不安が頭をもたげて来る。
「婆ちゃん……」
「何だい、ニャンゴ」
「婆ちゃんに弟子を育ててもらいたいんだ」
「今更、弟子なんて要らないよ」
「うん、でも婆ちゃんの後を継いで薬屋をやってくれる人がいないと村が困るから……」
「薬なんか、街で買って来れば良いのさ」
以前にいたという弟子になろうとした人と、カリサ婆ちゃんの間に何があったのか知らないが、新しい弟子を取るのに乗り気でないのは言葉の感じからも伝わってくる。
「でも、街までは馬車で一日掛かるから、往復で二日も掛かる。その間、薬を使えないのは辛いと思うよ」
「まぁ、それもそうだねぇ……」
「ちゃんとした人を村長とゼオルさんが選んでくれるって言ってるから、とりあえずやってみてよ」
「はぁ、仕方ないねぇ……村のためじゃ仕方ない」
この状況で、プローネ茸の栽培の件を切り出すのは気が重かったが、意外にもカリサ婆ちゃんは興味を示した。
「ほぅ、山から採ってくるのではなく、村で栽培するとはねぇ……」
「すぐには難しいと思うけど、上手くいけば村の新しい産業にもなるし、そうすれば口減らしに街に出なきゃいけない人も減らせると思うんだ」
兄貴が、良い仕事にありつけず貧民街に身を寄せる羽目になった事を、色々とボカシながら話すと、カリサ婆ちゃんも新しい産業の必要性を感じてくれたようだ。
「それで、私は栽培の助言をすれば良いのかい?」
「うん、栽培するにはプローネ茸の生えている場所と同じ環境を整えてやる必要があるんだ」
「そう言われても、プローネ茸が決まって生える場所なんて私は知らないよ」
「あっ、そうか……一度、婆ちゃんを連れていかないと駄目か」
「ほぉ、その様子ではニャンゴは穴場を知っているようだね」
「うん、まぁね……」
「教えちまっても良いのかい?」
「村で栽培できるようになれば、必要なくなるし、というか栽培できるようにしたいんだ」
「分かったよ。ニャンゴの夢が叶うように、私も協力させてもらうよ」
カリサ婆ちゃんが協力してくれることになったので、一度穴場まで案内することにした。
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