第218話 戸惑う理由
兄貴が無事にアツーカ村の復興事業に関われるのか、少しは心配していたけれど大丈夫だろうと高を括っていた。
別に兄貴が役に立たないから、必要無いから行かせてもらえると思っていた訳ではなく、チャリオットのみんなならば気持ち良く送り出してくれると思っていたからだ。
そして、俺の予想していた通りにライオスは許可を出してくれたのだが、その先の話は全く予想すらしていなかった。
ダンジョン攻略に挑む……セルージョとガドは聞いていたようだが、ライオスがそんな夢を抱いているとは聞かされていない。
ダンジョンは、イブーロから見ると先日行った新王都の更に先、旧王都の近くにある。
旧王都の近くにあると言うよりも、ダンジョンを中心として街が出来て、やがてそれがシュレンドル王国の礎となったのだ。
現在、広く使われるようになってきている魔道具や、俺が空属性魔法で活用している魔法陣などの技術は、全てダンジョンから発掘された物だ。
今は失われてしまった先史文明の魔法技術が、刻印魔法なのだ。
ダンジョンは、その先史文明による遺跡とされていて、地中深くに広がっているそうだ。
入口は、地中へ続く竪穴と、その脇に作られた狭い階段で、まるで地下へと延びる塔のような造りになっているらしい。
七十階層の階段を下り切った先には、古代の都市があり、既に朽ち果ててしまっているが多くの遺物が残されていたそうだ。
王都まで乗っていった魔導車の動力部も、ダンジョンで発見されたものを解析して作られているらしい。
更に、地下の古代都市には、いくつかの大きな横穴があり、その先には別の古代都市があると考えられている。
ただし、遺跡には強力な魔物が巣食っていて、未だに別の都市に辿り着いた者はいないらしい。
ダンジョンの完全攻略は、たぶん俺達が生きている間には成し得ないだろう。
ライオスが目指しているのは、おそらく誰も辿り着いたことの無い場所に到達したり、これまで発見されていない遺物を見つけたりすることを指しているのだと思う。
それは、冒険者にとっては、とてつもなく魅力的な話であり、それこそが冒険だと思う。
前世、日本の高校生の記憶を持つ俺にとっても、これこそが異世界の冒険だと言っても過言ではない。
でも、今イブーロを離れるのは、アツーカ村から遠く離れてしまうのは不安だ。
ブロンズウルフにハイオーク、数年に、いや十数年に一度ぐらいしか現れないはずの魔物が立て続けに姿を見せている。
ゼオルさんが言う通り、アツーカ村を囲む山で何か異変が起こっているのかもしれない。
もしかすると、ハイオークに率いられたオークの群れというのが一番大きな災害で、この後は何も起こらないのかもしれないが、逆に更に大きな災害が起こる可能性もある。
ゼオルさんに話を聞かされた後で考えていたのは、チャリオットの一員として活動しながら、休日はアツーカ村で過ごす計画だ。
今はまだ方法を思いつけていないが、時速二百キロぐらいで飛んで行けるならば、二十分も掛からずに到着出来る。
それこそ、アツーカ村からイブーロの拠点に通ったって良いぐらいの時間だ。
でも、ダンジョン攻略のために旧王都に拠点を移してしまったら、簡単には帰ってこられない。
例え時速二百キロ超えで飛行できたとしても、四時間ぐらいは掛かるだろう。
ジェット戦闘機ぐらいの速度が出せるならば、一時間掛からずに戻って来られるかもしれないが、空属性魔法だけで実現するイメージが湧いてこない。
屋根裏部屋から天窓を出て、屋根に寝転びながら空を見上げる。
残照を僅かに残して、深い藍色に染まっていく空は、アツーカ村にも旧王都にも繋がっているけど、隔てる距離が違いすぎる。
それに、ダンジョンに一度潜れば、数日は地上まで戻って来られない。
現場まで下りるのにも時間が掛かるし、発掘にも時間が掛かる。
「そうだ、チャリオットが拠点を移すなら、ここに婆ちゃんを……って、無理だろうなぁ」
イブーロの街ならば、冒険者もたくさんいるし、ラガート騎士団もいるから安心だけど、カリサ婆ちゃんが長年暮らしたアツーカ村を離れるとは思えない。
それに、俺がここで一緒に暮らすならば話は違ってくるだろうけど、誰も知り合いのいない街になんて住みたいと思わないだろう。
うちの家族は……正直全く頼りにならないし、ゼオルさんは村全体に目を光らせなきゃいけない。
ラガート騎士団が駐留してくれるようになるみたいだけど、それでも不安が拭えない。
「もし……もし俺が行かないって言ったら、ライオスはどうするんだろう。夢を諦めるのだろうか……」
誰かが欠けたら諦める夢なんて、自分の夢じゃない……なんて思ってしまうけど、一人の力で成し遂げられる事には限界があるし、仲間と一緒に夢を追うのは正しい。
俺もチャリオットのみんなと一緒に、ダンジョンに挑んでみたい気持ちはある。
「たぶん、婆ちゃんに話したら、私のことなんか心配せずに行って来いって言うんだろうにゃぁ……」
カリサ婆ちゃんを心配して、俺が立ち止まってしまったら、それでチャリオットの歩みを止めてしまったら、たぶん婆ちゃんに怒られる。
「行くしかないし、行きたい。ダンジョンに潜ってみたい! 問題は、どうすれば安心できるか……だな」
冷静になって考えてみれば、答えは最初から決まっている。
カリサ婆ちゃんを安心させるためにも、俺は前を向いて進まないといけない。
その為には、俺がアツーカ村から離れていても、俺が安心していられる仕組みを作らなければならない。
「瞬間移動とか出来れば最高だけど、それでも村のピンチを知る方法が無いよな」
この世界には、携帯電話のような通信設備は無いから、一般の人が知らせを届ける手段は手紙しかない。
いくら素早く移動出来る手段を手に入れても、村の危機を知らせる方法が手紙では、どう足掻いても対処のしようがない。
遠距離の通信が出来るであろう仕組みは、ギルドのデータ共有システムぐらいのものだが、実物は見たことはないが丸ごと一部屋必要なほど大掛かりなものらしい。
どの程度の内容のやり取りが出来るのか分からないが、たぶん、個人が通信に使えるような物ではないのだろう。
「俺が駆けつけるのが無理ならば、魔物を村に入れない仕組みか?」
先日行った新王都のように、何重もの壁と掘りで囲めば安心だが、ポツン、ポツンと家が点在している状態なので村全体を囲むしかない。
小さな村だが、全体を囲むのは大掛かりになりすぎる。
「じゃあ、カリサ婆ちゃんの家の周りだけでも壁を作るか?」
それじゃあ、ただでさえ近所付き合いが下手な婆ちゃんが、更に孤立しかねない。
今回は、床下の収納に隠れて難を逃れたけど、兄貴にもっと大きなスペースを作るように言わないと駄目だし、明りの魔道具とか、水の魔道具とか、非常食とかも用意しないと長期の籠城が出来ない。
いっそ、核シェルターみたいな頑丈で、それなりに快適な地下室を作ってしまえば良いかもしれない。
通気口とか、脱出用の抜け穴とか、秘密基地みたいにしておけば良いのだろうが、婆ちゃんはそこまでの工事は望まないだろう。
「というか、誰か身体の大きい人を婆ちゃんの弟子にして、修行しながら婆ちゃんを見守れば良いんじゃないのか?」
このままカリサ婆ちゃんが歳を取って動けなくなったら、村から薬屋が無くなってしまう。
俺みたいな猫人ではなく、もっと体の大きな人種だったら、カリサ婆ちゃんを背負って逃げられるだろう。
「そうだよ、誰かを婆ちゃんの弟子として雇えば良いんだよ」
アツーカ村に一軒しかない薬屋を存続させるためにも誰かを弟子入りさせる。
何なら俺が、修行中の給料を支払っても良い。
イブーロに行かなくても村でお金を稼げて生活出来るなら、弟子入りしたいと思う奴もいるような気がする。
「ゼオルさんに相談してみるかな?」
ゼオルさんに鍛えられれば、カリサ婆ちゃんを背負って走る程度は出来るようになるだろう。
これが一番現実的な対策だと考えたのだが、それって婆ちゃんへの思いを金で買ってるような気がしてきた。
だが、村には仕事が少ないし、学校を卒業する歳になれば、うちの兄貴のように半ば強制的に街に出なければならない者もいる。
それだったら、俺が金を出してカリサ婆ちゃんの弟子を募集するのは、むしろ良いことだと思うのだが……結局は自分が婆ちゃんの近くに居られないのが不満なのだ。
「はぁ、駄目だな、駄目駄目だ……」
ゼオルさんと村長は、明日はラガート子爵を訪ねる予定で、村に戻るのは明後日以降の予定だ。
兄貴は、その時に一緒に村に戻ると言ってたので、それまでにもう少し考えをまとめておこう。
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