第216話 フォークスの決断
兄貴が村に残ると言い出した。
「駄目よ……まだ夜は冷えるから、駄目!」
間髪入れぬシューレの駄目出しには、ミリアムも苦笑いを浮かべている。
風属性魔法の師弟関係でもあるから、百合百合抱き枕な夜を過ごしているのかと思いきや、やはり猫人の気質としては気ままに一人で眠りたいらしい。
俺が王都に行って留守の間、シューレは兄貴とミリアムに日光浴のノルマを課して、夜は両手で二人を抱えて眠っていたらしい。
シューレにしてみれば、両手にモフモフ生活が出来なくなる事態は避けたいようだが、俺は兄貴が村に残りたい理由を聞いて尤もだと思ってしまった。
「俺は、練習してきた土属性魔法を使って村の復興に協力したい」
村長が、村の家全てに緊急時に避難できる地下スペースを作るつもりだと聞いて、その工事に協力したいと思ったそうだ。
「俺は村にいる頃、家の畑を時々手伝うだけで、勉強しかしていなかった。それも教本に載っていることしか見ていなかったから、イブーロに行って現実に直面した時に何も出来なかった」
家の畑を継ぐのは一番上の兄貴、二番目だったフォークスは学校を卒業したら口減らしの意味でも家を出ることになっていた。
職を求めてイブーロに行き、またアツーカ村へと戻って来る者は、職に就き、それなりの成功を収めた者ばかりだ。
フォークスのように貧民街に落ちてしまった者達は、村に帰って来ないし、帰ってこられない。
だから村に伝わるのは、それなりに成功した者の話だけで、失敗した者達の話は届かない。
フォークスも、成功談だけを耳にして、意気揚々とイブーロに向かったそうだ。
だが、その成功は普通の人種で、普通に他者とコミュニケーションを取れる者だから手に入れる事が出来たものだった。
猫人に対する世間の厳しさを知り、自分のコミュニケーション能力の低さを思い知った時には、既に手遅れだったらしい。
「チャリオットのみんなや、ニャンゴのおかげで、まともな生活に戻って来られたし、土属性魔法の使い方も教えてもらえたけど、まだ俺自身では殆ど何も成し遂げていない。村の復興のためには一日でも早く工事を終わらせる必要があるし、そのために俺の力が役に立つなら……やってみたいんだ」
ゴブリンの心臓を食べさせたことで、兄貴の魔力は以前よりも高くなった。
高くなった魔力を使って、遠征時の竈作りや、馬車の下にねぐらを作るなど、チャリオットの一員としても成果を出し始めている。
体の大きなガド達と日常的に接する機会が増えて、以前よりも物怖じせずに話ができるようにもなってきた。
自分の力で何かを成し遂げたいという思いは、同じ猫人で兄弟なのだから痛いほど良く分かる。
ただ、不安や問題も残されている。
「兄貴、村の復興に協力するのは良いけどさ、その仕事が終わった後はどうするんだ?」
「正直、後の事はまだ考えていない。計画の見極めが甘いと思われるかもしれないが、とにかく今は故郷の復興に協力したいと思ってる」
「うん、兄貴の気持ちは分かったし、協力したいと思ってる。でも、村の全ての家に地下室を作るとなると、かなりの長期間になるんじゃない?」
「そうだな、一週間や十日で終わる仕事ではないだろうな」
「だったら、拠点に一度戻って、着替えとか必要な物を持って戻って来た方が良いんじゃないか?」
「そうか、そうだな……」
「それに、兄貴だってチャリオットの一員なんだから、リーダーのライオスに何も言わずにアツーカに戻るのはマズいだろう」
「うん、一度イブーロに戻って、ライオスに話してからにするよ」
ライオスと話すと言いつつ、兄貴の決心は固いようで、村長に工事の手伝いをしたいと直談判しに行った。
「仕方ないわね。兄が抜けた穴は、弟が責任もって埋めるように……」
「いやいや、埋めないからね。俺は一人で布団でヌクヌクするからね」
「そんな我が侭は許さないわ。許して欲しければ、私に手合わせで勝つことね。勿論、魔法は無しよ」
なんだかシューレの主張がミゲルみたいになってるんだけど……てか、ミリアムがその通りみたいな顔をしているけど、人を道連れにしようとするんじゃないよ。
大人しく、兄貴の分も抱き枕として本領を発揮してくれ。
大宴会の翌朝、日が昇る前から村中の馬車を搔き集めてオークの積み込み作業が行われた。
ここでもラガート騎士団の兵士達が総出で力を貸してくれたので、思っていたよりも早く作業を終えられた。
馬車の御者も護衛を兼ねて兵士が担当してくれる。
チャリオットの馬車にもオークを積み込み、シューレが手綱を握った。
村長は、先頭の幌馬車の御者台にゼオルさんと並んで座り、俺はその屋根の上で車列の監視を行っている。
内臓を取り出して、流れた血は綺麗に洗い流されているとは言っても、それでも大量のオークを運ぶのだから匂いが流れる。
魔物が近寄って来た場合には、俺が粉砕の魔法陣や雷の魔法陣で追い払う予定だ。
途中で立ち寄ったキダイ村は、アツーカ村からの知らせを聞いて物々しい警戒態勢を敷いていた。
オークの群れによる襲撃があったという知らせは出したが、討伐が終わった後は祝勝ムードと後片付けに追われて無事の知らせを忘れていたらしい。
心配を掛けたお詫びに、オークを二頭ほど置いていく。
キダイ村の人々は、大量のオークに目を丸くすると同時に、もし自分達の村が襲われていたら大変な事になっていたと口々に話していた。
今回、オークの大群が来たと思われる北の奥山とキダイ村の位置関係を考えると、間にあるアツーカ村が先に襲われる可能性が高いが、絶対ではない。
尾根を越えて、アツーカ村を迂回して、直接キダイ村を襲わないとも限らないのだ。
アツーカ村にラガート騎士団の一隊が常駐する措置が取られると聞いて、キダイ村の村長は同様の措置を子爵に要望するらしい。
これだけの数のオークが、ハイオークの統率もされずに押し寄せていたら、アツーカ村は壊滅していただろうし、キダイ村も同じ運命を辿っていただろう。
群れの動きによってはイブーロの街にだって大きな被害が出ていたかもしれない。
キダイ村の村長の危惧も、ラガート騎士団が迅速に対応を始めたのも当然の措置なのだろう。
預けておいたチャリオットの馬を戻してもらい、他の馬車も馬を代えてもらいイブーロに向かう。
途中、イブーロのギルドに出した依頼を見て、アツーカ村へ向かう冒険者達に出会った。
既にハイオークの討伐が終わったと聞いてガックリすると同時に、馬車に積まれた大量のオークを見て更にガックリと肩を落としている。
これだけの量のオークが持ち込まれれば、当然肉の相場が下がる。
オークの討伐は、討伐そのものの依頼料よりも肉の買い取り価格の方が大きいので、相場の下落は冒険者の財布を直撃するのだ。
とは言っても、家が壊され、畑が踏み荒らされたアツーカ村の惨状を聞けば、オークの売却代金を復興に充てるという話にも納得せざるを得ない。
冒険者達は、苦笑いをしつつイブーロへと引き返していく。
ライオス、セルージョ、ガドの三人とも、イブーロに向かう道の途中で合流した。
普段なら、馬車に装備を放り込んで討伐に向かうところが、装備は箱に入ったまま拠点に置かれているので、どこまで持ち出すか準備に少々手間取ったそうだ。
チャリオットの馬車にもオークを積み込んでいるので、御者台にガドとライオスが座り、兄貴とミリアムがシューレの膝の上、俺はセルージョに抱えられている。
「ニャンゴ、いったいオークは何頭いやがったんだ?」
「たぶん、二百頭以上いたと思いますよ」
俺よりも遥かにベテランのセルージョでも、ここまで大きな群れには遭遇した事は無いそうだ。
「お前ら、マジで良く無事だったな」
「防戦している時は、ハイオークは厄介だと思っていましたけど、統率されていたおかげで被害が小さくて済みました」
「それも、村のみんなの協力があったから……それとニャンゴは超有能……」
「だから、なんでシューレが自慢するのか分からねぇけど、村の団結も大したもんだな」
「えぇ、昔冒険者をやっていたゼオルさんが、色々と指導してくれているおかげです」
今回も、バリケードの組み方や火を放つタイミング、応戦の仕方など、事細かに指示を出し、叱咤激励して村人を動かしていた。
ゼオルさんの指示が無ければバリケードも完成しなかっただろうし、もっと大きな被害になっていただろう。
そう考えると、ゼオルさんを雇い入れた村長の先見も大したものだと言える。
備えがあったからこそ村人が守られたが、村の将来を考えるとミゲルという名の大きな懸念材料を何とかしなければならない。
いっそゼオルさんに兄貴を鍛えてもらって、将来の村長にするというのはどうだろう……なんて妄想を膨らませながら目を向けると、兄貴は手綱を握るガドの横顔をじっと見詰めていた。
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