第211話 不自然なオーク
峠を下る道へと入り、速度を上げた馬車は大きく揺れた。
雪解け時期にぬかるみ、荒れた路面は少しずつ補修が行われていくが、深い轍を優先するので比較的浅い凹みは後回しにされる。
速度を落として乗り越えるならば影響は少ないが、勢い良く通ると突き上げるような衝撃が馬車を大きく揺らした。
兄貴とミリアムは、荷物と一緒に揺さぶられながら、幌の支柱にしがみついている。
俺は空属性魔法を使って体を馬車に固定して、御者台に立って先を眺め続けている。
「シューレ、もうすぐ左に大きく曲がるから速度を落として」
「了解……」
シューレは手綱を引き、馬車のブレーキも併用して速度を落とす。
左に九十度近い角度で曲がるカーブを馬車は片輪を浮かせながら通過した。
更にいくつかのカーブを曲がり、村の入口が見えてきたが、そこには二頭のオークが立ち塞がっていた。
「邪魔だ! 粉砕!」
ズドーン! という轟音と共に、特大サイズの粉砕の魔法陣がオークどもを道の脇へと吹き飛ばした。
更に、村の上空に向けて立て続けに五発の炎弾を打ち上げる。
これ以上、俺の故郷を勝手にはさせないという宣戦布告だ。
「ニャンゴ、そんなに飛ばしていたら魔力切れを起こすわ」
「大丈夫、もう魔力切れの心配は要らない」
理由はリニューアルしたプロテクターにある。
胸の部分に、魔力回復の魔法陣をプロテクターと同程度の強度で作って組み込んである。
今も大きな魔法を使ったけれど、落ち込んだと思った魔力はすぐに回復した。
これならば、魔力切れを心配せずに戦い続けられる。
「ニャンゴ、右手に二頭。人が襲われてる!」
「砲撃!」
峠を下りきって村に入った途端、オークに追われている人が見えた。
すかさず砲撃を加えて、一頭は頭を吹き飛ばし、もう一頭は腹に風穴を空けてやった。
左目の視力が戻ったので、狙いも距離感も格段に付けやすくなっている。
オークに追われていた人を馬車に回収して村長の家を目指す。
「ニャンゴ、もう報せが届いたのか?」
「ううん、たまたま里帰りに戻ってきたところ」
避難を知らせる鐘が鳴ったので、準備を進めていたら家がオークに襲われたらしい。
街道に二頭、村に入ってから更に二頭を討伐したが、まだ他にもいるのだろうか。
村長の家の敷地へ馬車を乗り入れると、村の住民達が隣接する学校に避難してきていた。
「ニャンゴじゃないか、お前、目は?」
「村長、その話は後で、ゼオルさんは?」
「ゼオルは北西の山で、群れが降りて来るのを食い止めている。行って助けてやってくれ」
「はい、でもその前に、婆ちゃんは?」
「カリサか、そう言えばまだ見ていないような……」
俺達が馬車で乗り込んで来たので、避難していた住民達が集まってきている。
その中には親父やお袋など、俺の家族の姿を確認できたが、カリサ婆ちゃんの姿が見えない。
「まだ家にいるのかもしれんな……」
「婆ちゃん! シューレ、ここをお願い!」
村長の一言に全身の血の気が引いていき、シューレに後を頼んで走り出した。
身体強化の魔法を使って、通常の全力疾走の三倍ぐらいの速度で走る。
ステップも使って畑の上を突っ切って、婆ちゃんの薬屋まで一直線に駆けつけた。
「扉が……」
カリサ婆ちゃんの薬屋は、表の扉がメチャメチャに壊されていた。
急いで飛び込もうとした店の中から、ぬっと姿を現したのはオークだった。
五メートルほどの距離で鉢合わせとなって、一瞬ギョッとした表情を浮かべたオークだったが、猫人の俺を獲物と見たのか牙を剥いて鼻息を荒くした。
「ブフゥゥゥ……」
「お前……お前、お前、お前ぇぇぇぇぇ!」
オークの口許から覗く牙が赤い血に染まっているのを見て、頭の中が怒りで沸騰した。
「うぅぅにゃぁぁぁぁぁ!」
叫び声を上げながら、手加減無しの魔銃の魔法陣を展開する。
ズドドドドドド……周囲の大気をビリビリと震わせる砲撃の連射を食らって、オークは肉片となって消し飛んだ。
急いで駆けこんだ店の中は、暴風が吹き抜けた後のように住居の方まで破壊され尽くされていた。
「うぁぁぁぁ……婆ちゃん、婆ちゃん、婆ちゃぁぁぁ……」
あと少し、もう少し早く俺が駆けつけていれば、治った左目も、名誉騎士服を着た姿も見せられたのに。
せっかく見えるようになった左目が、涙でグチャグチャに歪んだ。
「婆ちゃん……」
「ニャンゴかい……」
婆ちゃんの声が聞こえた気がして、脳裏に優しい笑顔が浮かぶ。
時に厳しく、でもその何倍も優しく俺を包んでくれた笑顔だ。
「婆ちゃん……婆ちゃん……」
「ニャンゴ、ニャンゴなんだね?」
「婆ちゃん……?」
なぜかカリサ婆ちゃんの声が、足の下から聞こえてきた気がした。
「手を貸しておくれ、扉が開かないんだよ」
「婆ちゃん! どこ、どこにいるの?」
「薬棚の下だよ。床下の物入れに隠れているんだけど、戸が開かないのさ」
薬棚の下には、カウンターが横倒しになっている。
そういえば、薬棚の下には乾燥した薬草を保存する収納スペースがあった。
「うんにゃぁ!」
身体強化を使って重たいカウンターを押しのけると、ガチャっと掛け金の外れる音がして土間に設えた扉が開いてカリサ婆ちゃんが姿を現した。
「婆ちゃん、婆ちゃん……」
「おやおや、どうしたんだい?」
「だって、だって、店がメチャクチャになっていて、オークがいるのに婆ちゃんがいなくて……てっきり、てっきり……」
「そうかい、それは驚かせちまったねぇ……」
しがみついた俺の頭を優しく撫でてくれるカリサ婆ちゃんからは、いつもの薬草の匂いがした。
「ニャンゴ、あんた目が……」
「うん、王都で手柄を立てて、そのご褒美に治して……」
「ブッフゥゥゥ!」
「ニャンゴ、後ろ!」
「シールド! バーナー!」
「ブギィィィ……」
てっきりカリサ婆ちゃんが殺されてしまったと思い込んで気が動転し、別のオークの接近に対する注意を怠っていた。
「大丈夫、婆ちゃんは俺が守るよ」
「ブモォォォォ!」
バーナーに炙られて店の外まで追い出されたオークは、こちらを睨み付けて怒りの声を上げた。
俺は目の前のオークに視線を向けつつ、店の周囲に探知ビットをばら撒いて、この他にもオークが潜んでいないか確かめている。
ピストル型にした右手をゆっくりと差し向けると、オークは何事かと俺の指先に視線を向けてきた。
パ──ン! 魔銃の魔法陣と眉間が火線で結ばれると、グラリと体を揺らしたオークは、朽ち木のようにバッタリと倒れて、そのまま動かなくなった。
「ニャンゴ……」
「俺、イブーロに行って強くなったんだよ。今ならオークだって一人で倒せるんだ。さぁ、学校に避難しよう」
「あぁ、逞しくなったんだねぇ……」
カリサ婆ちゃんは、治った左目の辺りを皺くちゃな右手で撫でると、ポロポロと嬉し涙をこぼした。
空属性魔法で背負子を作って、婆ちゃんを背負って学校へと向かう。
途中で見掛けたオークを更に二頭砲撃で倒したが、これでもう八頭になる。
オークの群れだといっても、いくらなんでも数が多すぎるのではないか。
村長宅に隣接する学校へ戻ると、シューレが村のおっちゃん達と一緒に守りを固めてくれていたが、ゼオルさんの姿が見えない。
「ニャンゴ……カリサさんも無事で良かった……」
「シューレ、こっちにオークは?」
「ここまでは来ていない。何か動きが変……」
「変って……どんな感じに変なの?」
「オークに追われた人に聞いたんだけど、暴れて脅すだけで襲って来なかったみたい……」
「どういうこと?」
「もしかすると、オーク達に追い詰められているのかも……」
オークの群れが最初に発見されたのは西の山で、炭焼き小屋に仕事に向かった人が見掛けてゼオルさんに知らせたそうだ。
群れの数はパッと見ただけでも二十頭以上で、ゼオルさんはビスレウス峠の騎士団とイブーロのギルドに救援要請を出すように言いつけ、村でも腕っぷしの強いおっさんと一緒に山に入ったらしい。
ゼオルさんが山に入ると同時に非常時の鐘が鳴らされて避難が始められたそうなのだが、北からも、南からも、東からもオークが現れて住民を追い立てたそうだ。
「それじゃあ、まるで魚の追い込み漁みたいだよ。オークがそんな手の込んだ襲撃をするものなの?」
「普通はしない。ハイオークがいるのかも……」
「ハイオーク……」
ハイオークは、オークが突然変異した上位種だと言われていて、知能が高く、オークを統率して大きな被害をもたらす危険な魔物とされている。
率いる群れの規模にもよるが、場合によってはワイバーンよりも甚大な被害を及ぼす事もある。
「ゼオルさんだ! ゼオルさん達が戻ってきたぞ!」
西の山から戻ってきたゼオルさん達は、満身創痍という感じだった。
ゼオルさんも頭に巻いた布に血が滲んでいる。
「ニャンゴ、戻ってたのか?」
「はい、ちょっと前に戻ったところです」
「助かった、これで少しは生き残る目が出てきたぜ……って、お前左目は?」
「その話は後で……ハイオークなんですか?」
「そうだ、恐らく夜になってから襲ってくる。今のうちに守りを固めるぞ」
ゼオルさんの読みでは、夜目が利いて有利になる夜を待ってオーク達は襲ってくるつもりらしい。
いいだろう、望むところだ。俺の故郷に手を出した事をあの世で後悔させてやる。
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