第212話 オーク襲来
集まった村人は、村長の家の敷地にある学校に立て籠もることになった。
学校といっても日本のような鉄筋コンクリート作りではなく、一階二階にそれぞれ教室が二つずつあるだけだ。
それでも万が一の事態に備えて頑丈な造りになっているし、オークに突入を許した場合でも女性や年寄りなどは二階に立て籠もっていられる。
村長の家は広いが平屋造りなので、安全を考慮して学校が選ばれたのだ。
学校の周囲には、村人が総出でバリケートを作った。
丸太を組んで荒縄で縛り上げ、先を尖らせた枝を外に向け、根元は土を掘って埋めてある。
何度もオークの突進を食らえば壊されてしまうだろうが、バリケードの内側では村のおっちゃん達が槍を構えて足が止まった所を攻撃する予定だ。
バリケードの内側では篝火を焚き、周囲を照らすとともに煙の匂いでオークをけん制する予定だが、突進を止めるほどの効果は期待できそうもない。
明りについては、二階の窓からも魔道具で照らす予定だが、どの程度の明るさが確保されるのか未知数だ。
オークは夜目が利くが、身体強化を使えない人にとっては夜の闇は大きな弱点となる。
「ゼオルさん、何頭ぐらいで攻めてくるつもりですかね?」
「正直、分からないとしか言いようが無い。ハイオークの周囲には、少なくとも五十頭以上のオークがいたように見えた。あれが一度に襲い掛かってきたら、かなり厳しい迎撃戦になるだろうな」
ゼオルさん達が西のやまでオークの群れをけん制していた時も、村のあちこちでオークが住民を襲っていた。
遊撃部隊だったのかもしれないが、それでも俺は八頭のオークを討伐している。
ハイオークに率いられたオークの群れは、住民を村の中心に追い込むような統率された動きをしてた。
これから行われるであろう襲撃が、東西南北、学校を囲む全ての方向から一度に襲われたら、かなり苦しい展開になるだろう。
オークがバリケードに取り付く前に、俺がどれだけ削れるかが勝敗の行方を左右しそうな気がする。
使える魔法を総動員して、とにかく勢いに乗った状態で突っ込んでこれないようにしたい。
ゼオルさんとシューレは、村のおっちゃん達と一緒にバリケードの内側で迎撃を担当する。
俺は学校の屋根の上から、近付いてくる連中に魔法で攻撃を加える予定だ。
夕食は持ち込んだ食糧を使って豪勢にふるまわれた。
負ければ最後の晩餐、勝てばオーク食い放題、それならば士気を高めるためにもケチケチせずにガッチリ食おうということらしい。
「お前ら、動けなくなるほど食い過ぎるんじゃねぇぞ! 意地汚く食わなくても、明日はもっと美味い物をたらふく食えるから安心しろ!」
「おぉぉ!」
夕食の席で、俺が使う砲撃と粉砕の魔法陣について説明をしておいた。
どちらも、かなり大きな音がするので、村のみんなが驚かないようにするためだ。
夕食を食べ終えた者から持ち場へと散っていく。
女性や子供達は二階に避難し、全員が上がり終えたら階段も外してしまうそうだ。
万が一、一階がオークによって全滅させられても、明日になれば騎士団やイブーロの冒険者が応援に駆けつけてくれるかもしれないからだ。
「ニャンゴ、無理をするんじゃないよ」
「大丈夫だ、婆ちゃんは、二階で皆とくつろいでいてくれ」
カリサ婆ちゃんは俺を心配してくれたのに、親父は自分の身の方が心配らしい。
「お、おい、ニャンゴ、本当に大丈夫なんだろうな?」
「じゃあ、ここから出て別の場所に避難するか? みんなが力を合わせてオークどもを撃退しようと頑張ってるんだ、気分を落ち込ませるような事は言うなよ」
親父はまだ何か言いたげだったが、周りのオッサン連中に睨まれて、口の中でうにゃうにゃ言いながら引き下がっていった。
まったく、あれが自分の父親だと思うと情けなくなってくる。
「イネス、婆ちゃんを頼むな」
「うん、ニャンゴも気を付けて」
「任せろ、オークなんか返り討ちにしてやる」
階段が取り外され、家族との別れを終えたおっちゃん達が持ち場に付く。
俺もゼオルさんと最後の打ち合わせを行った。
「気持ち悪いぐらい静かですね?」
「あぁ、ハイオークのせいだろうな。単純に腕っ節で従わせるだけでなく、何らかの魔法で従わせているという説もある」
「そんな事が出来るんですか?」
「さぁな、嘘か本当かは分からんが……この静けさが答えじゃねぇのか?」
ゼオルさんが西側、シューレが北側、俺が東と南を担当する。
ステップを使って屋根に上がったら、探知魔法を使って周囲の様子を探ってみたのだが、オークの反応を捉えられない。
探知魔法は、相手が動いていないと捉えにくいという欠点がある。
例えばオークがいたとしても、地面に伏せてジッとしていたら分からない。
膝を抱えて丸くなっていたら、そこらの岩と間違えてしまう可能性がある。
反応が無いからと言って、オークがいないと思い込むのは危険だ。
何も起こらないまま時間だけが過ぎて行き、配置に付いた当初は緊張していたおっちゃん達も、今日の襲撃はないかもしれないと思い始めたのか小声で話し始めた。
最初は、オークが突っ込んで来た時の対処法の確認とかだったが、徐々に討伐以外の話題が増え、張り詰めていた空気が緩んでいく。
俺は、集音マイクも配置してオークの反応を探り続けているが、探知の範囲の外にいるのか物音一つ拾えない。
こんなに夜のアツーカ村は静かだったのだろうか……などと思っていると、突然西の方向からハイオークのものと思われる声が響いてきた。
「ブゥゥゥ……ブッフゥゥゥゥ……」
微妙な抑揚を付けた声が、静まり返っていたアツーカ村全体に広がっていく。
「全員気を引き締めろ、来るぞ!」
ゼオルさんが気合いを入れた直後、探知魔法に一斉に反応が現れた。
南側だけでも五十頭ぐらいいるようだ。
「ブゥモォォォォォ!」
それまでの静けさが嘘のように、学校を取り囲むように三百六十度からオークの雄叫びが上がり、配置についていたおっちゃん達の肝を震え上がらせた。
ドドドドド……っと地面を揺らすような重たい足音が、速度を上げて接近してくる。
「ファランクス!」
ズダダダダダダダ……イメージしたのは重機関銃。
学校の屋根の上から横に広がってオーク達を、南側から東側に向かって薙ぎ払うように掃射した。
魔法陣から放たれる火属性の魔法が、まるで機関砲の曳光弾のように闇を斬り裂いて飛んで行く。
「ブモォォォォ!」
連射性を重視したので撃ち出された魔法は砲撃程の威力はないが、それでも並みの魔銃よりは破壊力があるはずなのにオークの勢いが殺せない。
北側と西側もファランクスで薙ぎ払うが、少し勢い鈍った程度で押し返せなかった。
オーク達は頭を下げ、姿勢を低くして突っ込んでくるので、銃弾は肩口や背中に当たってしまっているようだ。
「くそっ、粉砕……粉砕!」
足下を狙って粉砕の魔法陣を発動させて吹き飛ばすと、局所的に突進の勢いは鈍ったが、練習していないから魔銃の魔法陣のような連発はできない。
しかも、オークは片足を無くしても這って前に進もうとしていた。
「来たぞ! 気合い入れろ!」
「おぉぉぉぉぉ!」
俺が連射でオークの群れを薙ぎ払っている間も、抑揚を付けてハイオークの声が響いていた。
たぶん、この声でオーク達を操っているのだろう。
殆どのオークが手負いだったが、半数以上のオークに接近を許してしまった。
ドガァ……っと大きな音を立て、衝突されたバリケートが歪む。
「ブモォォォォl」
雄叫びを上げてバリケートを壊そうとするオークに、村のおっちゃん達が三人掛かり、四人掛かり槍を突き入れる。
「突いたら、すぐ戻せ! モタモタしてると槍を圧し折られるぞ!」
バリケードを挟んで村のおっちゃん達が接近戦を始めてしまったので、危なくて連射も粉砕の魔法陣も使えない。
「それなら、スタンシールド!」
「ギィィィ……」
雷の魔法陣を組みこんだシールドを展開すると、バリケードを破壊しようと腕を振り下ろしたオークは、接触した途端に身体を硬直させて動きを止めた。
いくらオークが大きくても、動きを封じてしまえば首筋や心臓などの急所を狙える。
スタンシールドを使って、バリケードが破られそうな場所の圧力を和らげていくが、ギリギリで均衡を保っている状態だ。
この状況が長く続けば押し切られかねないと思った時だった。
「ブオッ、ブオッ、ブオッ、ブオッ」
「ブオォォォォォ!」
ハイオークと思われる声の調子が変わったと思ったら、バリケードに取り付いていたオーク達が狂ったように暴れ始めた。
「うぎゃぁぁぁ!」
「破られたぁ!」
北西の一角でバリケートが壊され、オークが雪崩れ込んで来ようとしている。
「ちくしょう、シールド、バーナー!」
「ブギァァァ!」
バリケードが壊れた部分をシールドで塞ぎ、バーナーで近づくオークを追い払う。
「うわぁぁぁ、こっちも破られた!」
「こっちもだ! 援護してくれ、早く!」
ゼオルさんは五十頭が一度に襲ってくれば厳しいと言っていたが、正直その程度ならば俺一人でも押し返せると高を括っていた。
だが実際に襲ってきたのは、予想の数倍規模のオークの大群だった。
このままでは、押し切られるのも時間の問題だ。
「バリケードに火を掛けろ! 建物の中まで下がれ!」
ゼオルさんの号令に従って、バリケードに火が着けられる。
こうした状況も想定して、あらかじめ油を沁み込ませてある。
バリケードが壊されそうになったら、放棄して建物に籠る、入口と窓を固めて立て籠もるという作戦だが、想定していたタイミングよりも早すぎる。
「ブフゥゥゥゥ……」
炎が燃え広がったことで一旦後退したが、オーク達は牙を剥き足を踏み鳴らしている。
火の勢いが衰えれば、間違いなく突っ込んでくるだろう。
「ブオッ、ブオッ、ブオッ、ブオッ」
村のおっちゃん達は、怪我人に手を貸しながら建物の中まで避難を終えたが、不気味なハイオークの声は、さっきよりも大きく勢いを増しているように聞こえた。
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