第210話 急報
遠征から戻って来たチャリオットのみんなと一緒に、ゼオルさんに教えてもらった串焼き屋に来ている。
ギルドの酒場で打ち上げをしないのは、今回の遠征も思わしくない結果だったからだ。
「まったく、俺達が三連続でオーガを引いていたつーのに、王都で騎士様になっただけでなく、お姫様に気に入られて目を治してもらって、美味い物三昧でポッコリ腹まで膨れて帰って来たのか?」
「オーガ三連続とか、俺の責任じゃないですから……」
オークの討伐依頼を受けて、行ってみたらオーガでしたというパターンは、いわゆるハズレの依頼だ。
オークの場合は、持ち帰れば食用として買い取ってもらえるが、オーガの肉は固くて臭くて食えたものではないらしい。
そのため、討伐成功の報酬はアップするものの、素材買取の価格が格段に下がってしまうので、一人で受けたならまだしも、パーティーで遠征した場合には殆ど儲けが出ない。
おかげでセルージョの愚痴に付き合わされる羽目になっている訳だ。
「今回の依頼を選んだセルージョが悪い……それにプニプニのニャンゴも悪くない……」
「へぇへぇ、そうでございますよ。みんな俺が悪いんですよ」
留守にしていた分を取り戻すからと、俺はシューレの膝の上に載せられて、さっきからシャツをたくし上げられて腹をモフられ続けている。
兄貴とミリアムは、ガドの膝の上だ。
「ちゃんとお土産も買ってきたじゃないですか」
「おぅ、あのナイフはなかなかの物だな」
ライオス、セルージョ、ガドの三人にはナイフ、シューレにはレイラさん達と石の色違いのネックレス、兄貴とミリアムには胸と背中を守るプロテクターだ。
王都で革鎧を作ってもらった時に、ラーナワン商会のヌビエルさんに、こんな感じで作れないかと頼んでおいた物だ。
兄貴とミリアムが、この先どれだけ遠征に同行するのか分からないけど、万が一のために防具はあった方が良い。
ベルトで調整が出来るようになっているし、ミリアムの胸は言われないと気付かない程度の膨らみだから装着には影響しないだろう。
「何よ、シューレの膝を貸してあげてるんだから、文句言うんじゃないわよ」
いや、別に文句を言うつもりは無い。
てか、兄貴もミリアムも、俺が留守の間はドライヤーは使えなかったはずなのに、やけにフワフワな毛並みをしている。
風呂場に置いてあった石鹸は変わっていなかったし、シューレに何かされているのだろうか。
「ニャンゴ、名誉騎士様になって、目も治ったんだから、実家に顔を出しておいた方が良いんじゃないのか?」
「はい、そのつもりでいます」
ライオスに言われるまでもなく、村長にプローネ茸の栽培計画なども話すつもりなので、一度アツーカ村には戻るつもりでいる。
村に戻るなら兄貴も連れて行きたいし、家族やカリサ婆ちゃんへの土産も持って帰りたい。
馬車を借りたいと申し出ると、遠征から戻ったばかりなので、明後日以降なら構わないと言ってもらえた。
御者は、今回もシューレが買って出てくれた。
シューレが行くならと、ミリアムも付いて来るつもりらしい。
「それにしても、名誉騎士様ねぇ……ニャンゴ、反貴族派に狙われるんじゃねぇのか?」
「やめて下さいよ。もうあんな戦いとかしたくないです」
王都に行った土産話をすれば、当然道中の襲撃や『巣立ちの儀』の襲撃についても話すことになる。
茶トラの猫人が自爆した話をすると、みんな苦い表情を浮かべていた。
ラガート領で農民に課せられる年貢は、疑惑のグロブラス領とは違い、王家から通達されている限度額よりも低く抑えられている。
それでも、猫人に対する風当たりは、どこの村でも強いようで、ミリアムの実家もお世辞にも裕福とは言えない暮らしだったらしい。
猫人だけで反貴族派の組織が作れるとも思えないが、いつかは猫人の地位向上にも道筋をつけたいと思っている。
セルージョの愚痴に遅くまで付き合わされ、シューレの抱き枕を務めた翌朝、顔を洗いに洗面所に行って驚いた。
「にゃにゃっ! 目が青い……」
昨日までは、両目ともに金色に近い黄色だったのに、起きたら左目が青くなっていた。
これは、土手に寝転びながら、魔力回復と思われる魔法陣を観察し続けた影響としか思えない。
視力自体には影響は無いし、特段痛みなども無いから大丈夫だとは思うが、ちょっと心配で……その何倍もオッドアイとか、かっけ──と思ってしまった。
いったいどこまで俺の美猫っぷりは上がってしまうのだろう。
朝食の席でシューレに聞くと、昨夜の時点で少し青みがかってきてはいたらしい。
魔力回復の魔法陣の話をすると、里帰りしている間に実験してみようという話になった。
俺自身は魔力回復させられるが、他の人にもブースト出来るならば、パーティーの戦力アップにも繋がる。
ミリアムには、まだ魔物の心臓を食べさせていないそうで、魔力切れまで魔法を使い、魔法陣で強制回復、また魔力切れまで魔法を使うの繰り返しをしたら、どのぐらい魔力が伸びるものなのかシューレが興味を持ったようだ。
何か聞いただけでもキツそうだけど、俺は回復させるだけだから、まぁいいか。
拠点で朝食を済ませた後は、村へ持っていく土産を買いに、兄貴、シューレ、ミリアムと一緒に市場へ出かけた。
最初に向かったのは魔道具を扱っているカリタラン商会で、買ったのは水の魔道具が四つ、火の魔道具が二つ、それにまだ試作段階のドライヤーも特別に分けてもらった。
水の魔道具は、畑の水やりにも使えるように、親父と一番上の兄貴、それと家で使う分と予備。
火の魔道具は火種を点す程度のもので、台所で使う分と予備だ。
お袋が火属性なので、普段は火種に困らないが、体調を崩して寝込んだりした時には、姉貴は水属性なので火種に困るからだ。
ドライヤーは、体を簡単に乾かせるようになれば、風呂嫌いも改善されるだろう……という希望的観測に基づく土産だ。
シューレも欲しがったが、まだ試作段階なので、製品版が出るまでお預けだ。
魔道具の後に向かったのは服屋だ。
といっても、いつぞやか兄貴と行った余所行きの服を買った店ではなく、普段着の店だ。
男物は俺や兄貴でも選べるけど、女物、特に下着なんて選べないし買えないので、ミリアムに手伝ってもらった。
手間賃としてミリアムの分も買ってやったから文句は無さそうだが、シューレにも御者を務めるのだからと服をねだられてしまった。
この他、実家とカリサ婆ちゃん用に、肌触りの良いシーツや夏掛けの布団、ゼオルさん用に香りの良い茶葉、干し貝柱や米も持って帰るつもりだ。
最後に、ギルドで実家に持って行くお金を下ろして、里帰りの準備は完了した。
里帰り当日、空には筆で掃いたような雲が広がっていたが、雨は降りそうもない。
相変わらずアツーカ方面に向かうイブーロの北門は、王都に向かう南門に較べると閑散としていた。
この状況こそが、アツーカ村が寂れていることを如実に表している。
プローネ茸の栽培が成功しても、急にアツーカ村を目指す馬車が増えたりはしないだろうが、何かが変わる切っ掛けぐらいにはなるのではないかと期待している。
昼前にキダイ村に到着して、村長に挨拶に行ったついでに名誉騎士の叙任を受けたと話すと、お祝いだと言って替え馬を使わせてくれた。
チャリオットの所有馬、エギリーは帰りまで預かっておいてくれるそうだ。
薄曇りだけれど、暑くもなく、寒くも無い過ごしやすい陽気なので、道中は順調に進んでいたのだが、キダイ村とアツーカ村の間にある峠を上り終えたところで、前から勢いよく馬を走らせている人が近づいて来た。
「止まれぇ! ここから先は危険だから引き返せ!」
大声で呼び掛けて来たのは、村長の家で働いているヘリセスだった。
「ヘリセスさん、何があったんですか」
「ニャンゴか、村がオークの群れに襲われている。村の住人は学校に避難している。俺は、イブーロに救援を頼みに行くところだ」
「シューレ、出して! 急いで!」
「馬鹿、戻れ、ニャンゴ! 二頭や三頭じゃないんだぞ……」
ヘリセスは俺達を引き留めようとしたが、シューレは手綱で合図をして馬の足を速めた。
馬車から討伐に行く時の装備は下ろしてしまったが、シューレが使う武器や兄貴とミリアムの防具は積んである。
俺だけ先に行こうかとも考えたが、シューレが手綱を握らなきゃいけない状況で馬車が襲われたら危険なので残った。
「シューレ、深い轍が残っているかもしれないから気を付けて」
「分かった……でも、飛ばすわよ……」
「うん、お願い……」
こういう時こそ冷静に……と思っても、腹の底からジワジワと焦りが上ってくる。
どうか、みんな無事でいてくれと祈りながら、馬車の行く手を睨みつけた。
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