第188話 叙任

 夕刻から行われた晩餐会は、王城の南側の庭園に面したホールで行われた。

 この席で、先日行えなかった貴族の子息たちの『巣立ちの儀』も執り行われるので、魔法を披露するのに屋外に出る必要がある。


 儀式を受け、魔法を披露する様子が良く見えるように、テーブルは庭園に向かって大きく開かれた扉を扇状に囲むように配置されていた。

 今夜は第一王子アーネスト殿下を偲ぶ会でもあるので、王都に屋敷を持つ全ての貴族は誰かしらを出席させている。


 全ての参加者が席に着いたところで、おもむろに国王が席を立って話し始めた。


「皆の者、よくぞ集まってくれた。今宵は、過日の襲撃によって命を落としたアーネストを悼むための集いだ。ささやかではあるが食事を共にして思い出話に花を咲かせてくれれば、アーネストも喜んでくれるだろう。食事に先立ち、先日儀式を受けられなかった者達の『巣立ちの儀』と騒動の鎮圧に功績のあった者を顕彰いたす」


 式の順序は、開会前に王家の執事から説明を受けている。

 国王に向かって、中央にエルメリーヌ姫、その左側に『巣立ちの儀』を受ける貴族の子供、右側に俺が並んで頭を下げた。


「ラガート子爵領、ニャンゴ、前へ……」

「は、はい!」


 おかしい、説明では先に『巣立ちの儀』を行い、俺の叙勲は後のはずだが……国王が含みのある笑みを浮かべていた。

 自分の息子を偲ぶ会なのに、アドリブとか楽しみすぎだろう。


「国王陛下、まずはこのメダルをお返しいたします」

「ふむ、エルメリーヌの近衛の地位は望まぬか?」

「はい、浅学な未熟者ゆえ、今少し世の中を学び、野にあって王家の役に立ちたいと思います」

「そうか、エルメリーヌよ、ニャンゴはこう申しておるが……」


 えっ、ちょっと待って、この問答も、事前に執事から教えられたもので、国王様は納得してメダルを受け取る事になっていたはずだけど……。


「ニャンゴさん、私の近衛になるのは、そんなにお嫌ですか?」

「はっ、いえ……何と申しましょうか……その、去勢されるのは……」

「その件でしたらば心配ございません。私を妻として娶ると約束していただければ去勢する必要はございませんよ」

「えぇぇぇ……つ、妻として……」


 メダルを返却するだけのはずだったのに、なんで妻とか話が大きくなってるんだよ。


「エルメリーヌ、それはならぬぞ」

「どうしてですか、お父様」

「シュレンドルの王族たるもの、平民のもとへと嫁ぐことは相成らぬと王室典範に書かれておる。民の範たるべき王族が、自ら決まりを破ることは許されぬ」

「分かりました。では、お父様、褒賞の続きを……」

「うむ、そうだな……」


 いやいや、待って待って、褒賞の続きを進めると名誉騎士に叙任されちゃうんだよね。

 それって、平民から貴族に格上げされるってことで……えぇぇぇぇ。


 国王は、俺が跪いて両手で差し出したままになっていたメダルを手に取ると、控えていた執事に手渡し、代わりに短剣を手に取った。


「ラガート子爵領、ニャンゴよ。そなたは混乱する会場において数多の襲撃者を退け、エルメリーヌを守り通したのみならず多くの者の命を救った。雨のごとき石礫や炎弾を跳ね除けた様は『不落』と称するにふさわしい見事な働きであった。その功績を称え、ここに名誉騎士の称号を与える」


 国王は、抜き放った短剣を俺の左肩に当てて高らかに宣言すると、鞘に納めて差し出した。

 もっと体格の良い者が、通常サイズの剣を使って叙任されれば絵になるのだろうが、俺の身体に合うサイズの剣では少し長めのナイフにしか見えず少々締まらない。


「はっ、ありがたき幸せ……」

「今宵からは、ニャンゴ・エルメールと名乗るが良い」

「ははっ……」


 えっ……名誉騎士の叙任を受けるとは聞いていたけど、家名まで与えられるとは聞いてないし……エルメールって、姫様の名前から取ったんだよね。

 てか、これで一応貴族になっちゃったんだけど……。


「お父様、これで私がニャンゴ様の許へと嫁ぐことに、何の問題もございませんね?」

「いいや、『巣立ちの儀』も済ませておらず、世の常識にも疎い。縁談を進めるのは学院を出てからだ」

「はぁ……仕方ありませんね」


 厳格な態度で縁談をこばむ国王と、不満げな表情を隠さないエルメリーヌ姫、これは何のコントなんですか。

 剣を両手で受け取って目線を上げると、国王もエルメリーヌ姫も、何やら意味深な笑みを浮かべている。


 うにゃぁぁぁ……怖い、怖い、縁談とか本気で言ってるんじゃないよね。

 執事に目で促されて元の位置まで戻ったけれど、背中に嫌な汗が滲んでくる。


「続いて『巣立ちの儀』を執り行う」


 促された神官が歩み出て、入れ替わるように国王は席へと戻った。

 儀式を行うのは、先日よりも若い神官だ。


 襲撃当日に儀式を行っていたのは、教会で一番偉い司教だったようだが、この場に来られないような怪我を負ったのだろう。

 ぶっちゃけ姫様たちを守るのが精一杯で、教会の関係者がどうなったとか全く見ていない。


 というか、女神像の後に粉砕の魔法陣が仕掛けられていたり、襲撃犯が教会内部を通って会場まで下りて来たり、内通してるのではと少し疑っている。

 当然、騎士団の調べが入るだろうけど、ファティマ教はそれこそシュレンドル王国全土に広がっている組織だから明確に敵対すると面倒なことになるだろう。


 かと言って、葬儀での国王の態度からして、手心を加えるとも思えない。

 王族貴族と反貴族派、それにファティマ教の三竦みのような状況になれば、さらに事態は混乱していくだろう。


「シュレンドル王国第五王女エルメリーヌ姫殿下、こちらへ……」

「はい」


 俺達が『巣立ちの儀』を受けた時には、神官の前に呼び付けられて、見下されるように跪かされたけど、さすがに姫様とあって椅子が用意されている。

 落ち着いた様子で腰を下ろしたエルメリーヌ姫に対して、神官は緊張しているらしく大きな宝玉が嵌った杖を持つ手が震えていた。


「め、女神ファティマ様の加護の下、健やかなる時を過ごされ、巣立ちの時を迎えられた姫殿下に祝福を……」


 宝玉が白い光を放つと、エルメリーヌ姫の体は眩いばかりの光に包まれた。


「おぉぉ……属性は光! エルメリーヌ姫殿下、女神ファティマの恩恵をご披露下さい」

「はい……」


 椅子から立ち上がったエルメリーヌ姫は庭園に向かって歩を進め、不意に立ち止まって振り返った。


「姫殿下、いかがなされましたか?」


 『巣立ちの儀』を終えたら庭園に出て魔法を披露する予定になっているのだが、エルメリーヌ姫は神官の声など聞こえていないように、じっと俺の顔を見詰めた後で戻ってきた。


「姫様……?」

「ニャンゴ様、そのまま動かないで下さい」

「は、はい……」


 エルメリーヌ姫は一つ大きく深呼吸をすると、右手を俺の横顔に添えた。


「女神ファティマの名のもとに、光よ癒せ!」


 エルメリーヌ姫の右手が暖かな光を放ち、閉じたままの瞼を通して左目の網膜を照らした。


「えっ……?」


 そうだ、左目が光を感じている。

 そう気付いた途端、身体が震えてきた。


「ニャンゴ様、目を開いてみて下さい」


 エルメリーヌ姫に促されて恐る恐る左目を開くと、ボンヤリとした視界がすぐに美しい笑顔となり、直後にグシャグシャに歪んだ。

 溢れてくる涙が止められない。


「見える……左目が見える……」

「良かったです。初めてなので、上手く出来るか少し心配でした」

「ありがとうございます……ありがとうございます……」


 光属性魔法を授かる人は、1万人に1人いるかいないかだと言われている。

 高度な治癒魔法を行えるほどの魔力指数を持ち合わせる者となると、更に貴重な存在となる。


 だから、アツーカ村のような僻地には治癒士はおらず、病気になったらカリサ婆ちゃんの薬頼みだ。

 イブーロには治癒士がいるそうだが治療は高額で、アツーカの村人では到底支払える額ではない。


 その上、俺の左目の古傷を復元するような高度な治療は、王都にいる高名な治癒士でなければ行えず、その治療費となるとイブーロで屋敷が買えるほどの金額だと聞いた。

 だから左目を失った時には、もう右目だけで生きていくしかないと覚悟を決め、探知魔法などの工夫も重ねてきたのだ。


「見える……見えます。左目で見える……ありがとうございます。姫様、ありがとうございます」

「ニャンゴ様が、私の命を救ってくださったおかげです。私の方こそお礼を言わせてください。ありがとうございます。私は、この力で多くの人の命を救ってみせます」


 気が付くと会場は、割れんばかりの拍手に包まれていた。

 優れた魔法の資質を持つ王族でも、光属性を得る者は少ない。


 その上、初めての治療で失明した目の古傷を復元してみせたのだ、この先のエルメリーヌ姫の活躍は疑う余地などない。


「姫様、『巣立ちの儀』おめでとうございます。これからの活躍をお祈りしております」

「ありがとうございます。学院で学びながら、更に治癒の技術も高めて多くの民を救ってまいりますので、いずれ……エルメリーヌ・エルメールにしていただいても良いのですよ」

「えっ……?」


 エルメリーヌ姫の顔が近づいて来て、チュっと小さな音を立てた後で離れていった。

 この後、アイーダやデリックの『巣立ちの儀』が行われたのだが、あまりの急展開を受け入れるのに必死で良く見ていなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る