第187話 葬儀
『巣立ちの儀』の2日後、ミリグレアム大聖堂で第一王子アーネスト殿下の葬儀が営まれた。
通常、王族が逝去した場合には、王城の門を出た棺は第一街区から第三街区までを順に巡るが、今回は直接大聖堂へと入った。
理由の一つは、言うまでも無く反貴族派の襲撃が行われたことで、街の混乱が完全に収まっていないためだ。
もう一つ、通常王族の棺は蓋が開けられた状態で街を巡り、国民に姿を見せてから荼毘に付されるのだが、アーネスト殿下の場合遺体の損傷が酷すぎるようだ。
どうやら粉砕の魔法陣は、アーネスト殿下が腰を下ろした座席の真下に仕掛けられていたらしく、本人の確認が困難なほどバラバラになっていたらしい。
そして、爆破された魔導車は、日頃からアーネスト殿下が使っていたもので、最初から狙われていた疑いが濃厚となっている。
大聖堂の葬儀には、俺もラガート家の護衛として参加した。
前々から予定が決まっている訳ではないので、反貴族派の襲撃は無いだろうと予想されているが、それでも油断する訳にはいかない。
『巣立ちの儀』の会場とは違い、櫓の上から監視をする訳にはいかないので、俺はラガート家の騎士の肩に座って警護を行っている。
ステップを使えば、もっと高い位置からの監視も出来るのだが、式場内部での魔法の使用は厳しく制限されるそうなので、仕方なくこの形に落ち着いた。
葬儀の会場とあって、声を出して笑う者はいないが、すれ違った人の多くが肩を震わせている。
俺としては、例え見世物になろうとも、ラガート家の皆さんを守るつもりだ。
長身の騎士の肩に乗っているおかげで、参列者の顔は良く見えた。
王族は少し離れた場所で、紹介もされていないから誰が誰だかも分からないが、少々認識を改めさせられた。
第二王子のバルドゥーイン殿下だけでなく、獅子人の王子達は誰もがゾゾンのような目をしていた。
沈痛な面持ちを装いつつも、王子同士で視線を交わす時には、瞳に剣呑な光が宿る。
アーネストという頭一つ抜けた存在がいなくなり、次期国王選びは混沌としてきている。
個人の資質については分からないが、年齢と人種という条件に限定するならば、第三、第四、第五王子は横一列と言っても構わないだろう。
男性王族の周囲が戦場のごとく張り詰めた空気に包まれている一方で、女性王族の周りはまるで静謐な花園のようだ。
前世の地球のように、葬儀の席であっても女性は黒いベールを身に着けていないので、磨き上げられた美の競演が繰り広げられている。
葬儀に参列し、ラガート家の警備を行っている身としては不謹慎だとは思うが、欲深い野郎どもを眺めているよりも、可憐な花を眺める方が良いに決まっている。
『巣立ちの儀』の時の絢爛豪華なドレスとは打って変わって、シックな喪服に身を包んでいても、エルメリーヌ姫の美貌にはいささかの陰りも無い。
いずれ有力貴族の美丈夫と将来を共にするのだろうが、デリックあたりでは釣り合いが取れそうもないな……などと思っていたら、エルメリーヌ姫と目が合った。
かなり離れているけれど、間違いなく俺を見て少しだけ表情を緩めたのを見て、股間がヒュってなった。
騎士の肩の上に座っている姿を見て表情を緩めたのだろうが、ちょっとだけ逃がさないわよ……と言われたような気がしたのだ。
そもそも女性王族に近衛としてつくのは基本的に女性騎士らしいのだから、どうか名誉騎士で留めておいて欲しい。
参列した貴族たちは、棺の周囲に花を供えて祈りを捧げる。
ここでも棺の蓋は固く閉ざされたままだ。
参列者全員の献花が終わり、ファティマ教の神官による祈りの言葉の後、国王が棺の前に立って会場を見渡した。
次期国王と目されていたアーネスト殿下を亡くされて、もっと憔悴しているものと思っていたが、国王の瞳には強い光が宿っている。
言うまでもなく、怒りの炎だ。
「この度の卑劣な襲撃によって、アーネストのみならず多くの命が失われた。その中には『巣立ちの儀』を迎え、希望に胸を膨らませていた、これからこの国を担っていく前途有望な若者も多く含まれていた。私は、今回の襲撃を企てた者を決して逃がしはしない。例え地の果てまで逃亡しようと、追いかけ、追い詰め、必ず捕らえて罪を償わせる」
大きな声を出している訳でもなく、声を荒げている訳でもないのに、国王が静かに紡ぐ一言一言がビリビリと空気を震わせているようだ。
もし自分が襲撃犯の仲間だったら、その場に平伏し、罪を認め、命乞いをしていただろう。
「もう一度言う、襲撃に加担した者は、一人残らず捕らえて罪を贖わせる。それと同時に、国の改革を強力に推し進める。貧しき者達には生活を立て直す助けを与え、他者を虐げ私腹を肥やす者には鉄槌を下す。もう一度、この国に住まう全ての者が、笑って暮らせるような世の中にするために、私の残りの人生を費やすと誓おう。そして、私の意志を継ぐ者こそが、次代の国王になると心得よ」
国王に視線を向けられた王子達は、姿勢を改めて頷いてみせた。
「今一度、アーネストの魂に祈りを……」
カーン……カーン……カーン……
国王が目を伏せて祈りを捧げると同時に、大聖堂の鐘が打ち鳴らされた。
参列した全ての貴族が頭を垂れて祈りを捧げているが、俺は右目を見開いて異常が無いか会場を見まわした。
幸い、何の襲撃も行われず、滞りなく葬儀は終了した。
参列した貴族は、大聖堂の前で花の山に埋めつくされた棺を見送り、この場で解散となる。
棺には、王族のみが付き添い、王城へと戻っていく。
棺は王城にある火葬場へと運ばれ、荼毘に付され、砕かれた骨は王家の墓所に納められるそうだ。
棺が見えなくなるまで見送った後、貴族達が動き出す。
俺も騎士の肩から降りて、ステップを使ってラガート家の皆さんの元へと歩み寄った。
「なんだ、もう下りてしまったのか……」
「カーティス様、お戯れが過ぎますよ」
「何を言う、落ち込んだ空気を和ますためだぞ、ケチケチせずに一肌脱げ」
「この後は、お屋敷に戻られるのですね?」
「あぁ、道中の警護を頼むぞ」
この後、ラガート家の人々は一旦屋敷へと戻り、夕刻に服装を改めて王城へと上がるそうだ。
アーネスト殿下を偲ぶ晩さん会が行われ、その時に貴族の子息のための『巣立ちの儀』も行われるらしい。
ついでに、俺の名誉騎士への叙任が行われるそうだ。
メダルは、その時に返却すれば良いと言われている。
ラガート家の屋敷から大聖堂まで、往復の道程を魔導車の屋根に上って警護した。
ただの猫人の格好だと不審者扱いされてしまうが、ラガート家の紋章をこれでもかとあしらった革鎧を身に着けていれば大丈夫だ。
大丈夫どころか沿道を警備する騎士は、俺の姿を認めると敬礼をしてみせた。
こちらからも、見よう見まねの敬礼を返しておいたが、どうやら騎士団には顔というか姿が売れているらしい。
ただし、騎士達は敬礼した瞬間は引き締まった表情をしているのだが、俺が敬礼を返すと何だか緩い笑顔になっている。
もしかして、俺の敬礼はどこか変なのだろうか。
屋敷に戻った後は、一度革鎧を脱いで食事を済ませ、時間まで仮眠させてもらうことにした。
名誉騎士への叙任や『巣立ちの儀』、アーネスト殿下を偲ぶ会と、まだまだ一日は終わらない。
名誉騎士に叙任されるので、ラガート家の皆さんとは離れた席に座らされる可能性もあるらしい。
もしも王族の近くに座らされたら、途中で居眠りなんかやらかす訳にはいかないのだ。
今夜着ていく衣装は、昨日の午後、王城の衣装係が採寸に来て、葬儀に参列している間に届けられていた。
デザインは、騎士の制服に似た感じだが、王国騎士の制服が臙脂なのに対して蒼い生地で
仕立てられている。
野鳥の羽のように独特な光沢があり、見るからに高そうだ。
裏地はサラリとした手触りで、袖を通しても窮屈な感じは一切しない。
超特急仕上げとは思えない、素晴らしい仕立てだ。
パンツはニッカーボッカーズのようなゆったりとした作りで、こちらは黒い生地で仕立てられている。
そして、騎士服と一緒に届けられている品物がもう一つある。黒い革靴だ。
昨年末に、兄貴と余所行きの服を買った時に靴も一足買ったのだが、箱に入れたまましまい込んでいて一度も履いていない。
猫人に生まれ変わってから、靴なんか履かずに暮らしてきたので、足元を締め付けられるのに馴染めないのだ。
勿論、前世の頃は毎日靴を履いて学校に通っていたが、裸足の解放感に慣れてしまうと戻りたくなくなってしまう。
それに、俺の肉球のクッションと爪のグリップに敵う靴は、こちらの世界には存在していないのだ。
「まぁ、今夜は仕方ないから我慢するか……おぉ、これは……」
試しに履いてみた革靴は、イブーロで購入したものよりもシックリときた。
勿論、いつもの調子で歩こうとすると、ツルツル滑って転びそうになるが、そこはステップで上手く補助しておこう。
「あと問題は……晩さん会の料理だな……うん! ん、うん……う、美味いでないか……美味しぅございました……結構なお点前で……」
うみゃいはうみゃいで良いと思うのだけど……うみゃうみゃしないように気を付けねば……。
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