第179話 第二王子バルドゥーイン
別々の魔導車では道中に話が出来ないので、騎士団の施設にはラガート家の魔導車で向かうことになった。
ファビアン達と共に王城の玄関ホールに出た所で、南側の廊下から通り掛かった男性と行き会う形になった。
すかさずカーティスとジゼルが跪こうとしたが、護衛の騎士を連れた白虎人の男性は、軽く右手を挙げて声を掛けてきた。
「あぁ、そのままで構わんよ。確か、ラガート家の次男坊だったな?」
「はっ、カーティスです。ご無沙汰しております、バルドゥーイン殿下」
「ファビアンやエルメリーヌと仲良くしてくれているようだな、これからもよろしく頼むよ。特に、ファビアンは変わり者だからな」
「兄上だけには言われたくありませんよ」
「ふははは、自覚が無いのはお互い様というところか」
先程、通路で出くわした第一王子のアーネストが陰の気の塊だとすると、このバルドゥーインという王族は陽の気の塊のように感じる。
そのバルドゥーインの視線に捉えられて、思わずヒゲがビビっとした。
「カーティス、随分と風変わりな騎士を連れているようだが……」
「兄上、ニャンゴはエルメリーヌの護衛に借り受ける切り札ですよ」
カーティスの代わりにファビアンが答えたのだが、ジゼルとの手合わせなどを嬉々としてバルドゥーインに語って聞かせている。
だから、切り札の手の内をペラペラと喋りすぎだろう。
「ほぉ、凍獄のジゼルが斬れぬ盾か……面白いな」
バルドゥーインの底光りする蒼い瞳に見詰められ、背中の毛がゾワっと逆立って汗が滲んでくる。
何かは分からないのだが、カーティスやファビアンのような無邪気な好奇心とは違うものを感じる。
以前、どこかで同じような視線に晒された気がするのだが、どこだったのか思い出せない。
というか、ジゼルって王族にも名前の知られている二つ名持ちなのかよ。
「ファビアン、有能な者を取り立てることを咎めるつもりは無いし、私としては大いに奨励するが、明日の警備を仕切るのは兄上だ、齟齬をきたさぬように打ち合わせをしておけよ」
「はい、心得ております」
「そうか、それならば良い。ニャンゴ……だったな、妹を頼むぞ」
「かしこまりました」
バルドゥーインは俺達に向かって笑顔で頷くと、しなやかな足取りで騎士を引き連れて去っていった。
パッと見ただけでも、そうとう武術の鍛錬を積んでいるように感じる。
バルドゥーインを見送った後、俺達も車止めへと向かい、ラガート家の魔導車に乗り込む。
魔導車が動き始め、門へと向かう道を進み始めたところでファビアンが切り出した。
「僕は、バルドゥーイン兄様に次の国王になってもらいたいと思っているのだが……」
「王室の慣例ってやつか?」
「あぁ……下らない仕来りさ」
この世界では、違う種族同士が結婚した場合、生まれてくる子供は父親か母親、どちらかの種族を引き継いで生まれてくる。
例えば、獅子人と虎人が夫婦になった場合、生まれてくる子供は獅子人か虎人で、ライガーのようなハーフは生まれて来ない。
現在の国王は獅子人で、複数いる王妃には獅子人以外の者もいる。
それ故に、バルドゥーインやファビアンのように、獅子人以外の王子が存在しているのだが……王室の慣例として国王には獅子人の王子が選ばれるそうだ。
王室典範のようなものに明記されている決まりではないので、厳密に守らなければならない訳ではないらしいが、それでも歴代の国王は獅子人しかいない。
バルドゥーインは第二王子だが、アーネストとは母親が違い、誕生日は2週間ほどしか変わらないそうだ。
それでも第二王子だし、白虎人ということを考えれば、アーネストが次期国王という構図は動かしがたいらしい。
「王城の中では、どこに人の目や耳があるのか分からないから、こうした場所でしかカーティスとは話せないが、アーネスト兄様の純血主義は目に余る」
「アーネスト様は、まだ国王ではないし、俺もラガート家の当主ではないから黙っていたが、ニャンゴを劣等種と呼んだ時には、正直腸が煮えくりかえったぞ」
「劣等種って……そんなことを口にしたのか。ニャンゴ、すまなかった」
「あぁ、やめて下さい。ファビアン様の責任ではございません」
俺に向かって頭を下げようとしたので、慌てて止めた。
ファビアンやエルメリーヌ姫、それにバルドゥーインからも猫人を差別する感じは伝わって来ない。
そんな人たちに頭を下げさせては、かえって申し訳ない気持ちになってしまう。
「もし、アーネスト兄様が次期国王となり、それでも一部の人種を差別するならば、僕は一命を賭してでも諫めるつもりだ」
「あぁ、その時は俺も呼んでくれよ」
「兄上、私も御一緒いたします」
平然と人種差別を行うアーネストに対して、決して差別を許さないと決意を固めている若き王族や貴族の存在に、ちょっとウルっとしてしまった。
明日は、全力を尽くそう。微力でも、この若き王族、貴族の力となれるように……。
決意を新たにして騎士団へと乗り込んだが、あまり歓迎されていないような空気が漂っていた。
応対に出てきた第一部隊の副長マニガは、ファビアンに対しても露骨に迷惑そうな表情を浮かべてみせた。
「申し訳ございません。お申し出の趣旨は理解いたしましたが、会場内部では儀式を執り行う司教と、儀式を終えて披露する者にしか魔法の行使を認めておりません。会場には魔素の動きを感知する者を配し、発動の気配を察知した時点で警報を出すように命じる予定でおります。そうした者達の働きを妨げることとなりますので、例え防御のための魔法であってもお控え下さい」
ファビアンが、俺の魔法は守りを固めるためのものだと力説しても、感知の妨げを理由としてマニガは首を縦には振らなかった。
話し方はいたって丁寧なのだが、俺に向けられる視線には蔑みの色が混じっているように感じる。
まぁ、王国騎士団ともなれば、エリート中のエリートとして鍛えられ、磨かれてきたという自負もあるだろうし、得体の知れない猫人に反発するのも当然なのだろう。
「あのぉ……警報が出た後でも駄目でしょうか?」
「警報が出た後……?」
「はい。何らかの襲撃が行われたら警報が出されて、騎士団の皆さんは当然魔法の準備をして、感知云々ではなく戦闘態勢に移行するのですよね?」
「まぁ、そうなるな……」
「では、そのタイミングならば、姫様を守る魔法を発動しても問題はありませんよね?」
マニガは苦虫を噛み潰したような表情になりつつも、それでも首を縦に振らず、結局空属性魔法の盾を作って試させて、ようやく俺の参加を認めた。
当日混乱しないように、俺が陣取る櫓も決めておいた。
後ろ姿では判別が付かない恐れがあるので、姫様が参列する場所とは通路を挟んだ反対側の斜面の上に陣取る。
もしもの時には、観客の頭の上をステップで駆け抜けて、姫様の近くまで行く許可も取り付けた。
あとは、持てる力の全てを使って、姫様とアイーダを守るだけだ。
大聖堂に仕掛けられた粉砕の魔法陣は撤去出来たが、あれだけの仕掛けをする連中ならば、他の手段を使って襲撃してくるはずだ。
今夜は、眠りに落ちるまで、護衛のシミュレーションをしておこう。
打ち合わせを終えて王城へと戻る魔導車の中では、ジゼルが深々と頭を下げて謝罪の言葉を口にした。
「申し訳ございませんでした。ファビアン様からのお申し出にも関わらず、あのように失礼な応対をいたしまして」
「なぁに、気にしていないよ。たぶん、粉砕の魔方陣の捜索や櫓の設置が原因なのだろう」
「はい、強固な団結力こそが騎士団の強さの源なのですが、それは時に外部への閉鎖性となってしまいます」
魔法陣の捜索や櫓の設置が有用だと分かっていても、我々には我々のやり方があると拒否感を示す騎士がいるらしい。
勿論、有意義な方法であれば、ドンドン取り入れようとする進歩的な考え方の騎士もいるそうだ。
王族の中でも人種に対する考え方が違うように、団結をモットーとする騎士団であっても考え方の違う者は存在するのだろう。
ファビアン達を王城まで送り届け、カーティスと共に夕暮れの道を屋敷へと向かう。
「どうだ、ニャンゴ、少しは警備のイメージは描けたか?」
「そうですね、会場の様子とかはイメージ出来るのですが、どうやって襲撃してくるのかを上手く想像出来ません」
「そうか、実際会場周辺の警備は厳重だし、第二街区では不審な者は目立つからな」
「あとは、第三街区から攻め入って来るか……」
「明日、門の警備は今まで以上に厳しくなるはずだぞ。そうそう簡単には入り込めんぞ」
「そうですよねぇ……だとしたら、第三街区から直接攻撃する……?」
「色々と考えるのは構わないが、今夜はしっかりと睡眠をとって明日に備えてくれよ」
「はい、早めに寝るつもりです」
「明日の『巣立ちの儀』が無事に終わったら、何か美味い物を食いにいくか」
「それは楽しみですね」
王都に滞在している貴族の坊ちゃんが、美味いというものだから期待しても良いよね。
てか、なにげにフラグ立てられてるのかにゃ……?
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