第178話 王族

 午後からは、カーティスに連れられて王城へと向かった。

 早速、仕上がったばかりの革鎧を着込んでいる。


 これだけラガート子爵家の紋章が染められていれば、いくら猫人であっても不審者だとは思われないだろう。

 魔導車が王城の車寄せに停められ、まずは俺が……カーティスに抱えられて降りた。


 ぶほっ……カシャカシャ……


 フルプレートの金属鎧に身を固めた王国騎士達が、揃って肩を震わせている。

 うん、出落ちはオッケー……じゃねぇよ、俺を使って遊びすぎだろう。


「うむ、いくぞニャンゴ!」

「はぁ……」


 抱えられた状態だから、俺に拒否権なんて無いだろう。

 俺を抱えて胸を張って歩くカーティスと、カタカタと小刻みに揺れる鎧の騎士達……どんな絵柄なんだよ。


 所詮、猫人の冒険者なんて貴族様のオモチャなのか……なんて思っていたら急にカーティスは足を止め、玄関へと続く通路の脇へと退いて跪いた。

 ついでに、隣に跪いた俺の頭をグッと下に向かって押さえ込んだ。


 自分の足元だけしか見えなくなってしまったので、探知魔法を発動しかけたが、騎士団の施設での出来事を思い出して踏みとどまった。

 騎士達が一斉に姿勢を正す音が響いた後、何者かが近づいてくる足音が聞こえた。


 コツコツと通路の大理石を踏む音が近づいて来て、俺たちの前で止まった。

 視界に見えるのはピカピカに磨き上げられた長靴で、サイズからして大柄な男性のようだ。


「ラガート家の息子か……」

「はっ、アーネスト殿下におかれましては、ご機嫌麗しゅう……」

「ふん、そんな訳がなかろうが……なんだ、その劣等種は……」

「私の護衛にございます」

「ふん、戯言を……先祖の功績に驕って、あまり調子に乗るな」

「はっ……」


 アーネストという王族らしい男と、従者と思われる数人が通り過ぎるまで、カーティスは身じろぎもせずに跪いていた。

 結局、獅子人らしき後ろ姿しか見られなかった。


「ふぅ、先が思いやられるな……」


 カーティスはアーネストを見送ると、さぁ行くぞとばかりに首を振って歩きだした。

 うん、抱えられていないのは、それはそれで少しつまらないので、ステップを使って浮いていると分かる高さでカーティスの後へと続いた。


 オドオドとすれば余計に不審に思われるだろうから、胸を張って堂々と歩く。

 当然、通路を警護する騎士達の視線が集まるが、警戒するというよりも興味を引かれているという感じだ。


 子爵家の紋章が入った革鎧を着て、宙に浮いて歩く猫人……なかなか良いのではないかい。

 騎士の気配に気づいて振り返ったカーティスは、先程までの仏頂面を崩して笑みを浮かべた。


 玄関を入ると、既に連絡が届いていたのだろう、メイドさんが応接室へと案内してくれた。

 羊人のメイドさんは、秋葉原あたりにいるようなフリフリなメイド服ではないが、容貌、スタイル共に抜群で、幼馴染のイネスとは月とスッポンぐらいの差がある。


 応接室では、今日もカーティスの隣に座らされたが、メイドさんが用意してくれたのはお茶だけだった。

 そんな……今日は違うケーキを用意してくれるって話だったのに……。


「心配するな、ニャンゴ。まだ昼が済んだばかりの時間だから、お楽しみはもう少ししてからだ」

「はぁ……」


 ケーキの心配をしていたのを見透かされてしまったのは情けないが、ちゃんと用意されているらしいので安心してお茶を飲んだ。

 さすがに王城で出されるものだけあって、華やかな香りと味わいで、うみゃ。


「あの……カーティス様、先程の方は?」

「アーネスト殿下は、第一王子……つまりは次期国王に一番近い場所にいる方だ」


 第一王子が劣等種なんて言葉を投げつけて来るとは……先が思いやられるとカーティスが案じるのも当然だ。

 というか、王族にあんな考えの人間がいるのでは、反貴族派なんてものが現れるのも当然ではないのだろうか。


 暴力による現状打破、しかも子供たちにとっては一生一度の晴れ舞台である『巣立ちの儀』を利用するなんてことは断じて容認できないが、差別や偏見を王族自らが助長しているならば、今後の対応は考える必要があるかもしれない。


 カーティスに、なぜ劣等種なんて言葉を使ったアーネストを咎めなかったのか聞こうとした時に、ファビアンがエルメリーヌ姫と護衛のジゼルを伴って現れた。

 ファビアンは、俺の革鎧を見て目を細めた。


「ほぅ……早くも手を打ってきたのかい、カーティス」

「王家にニャンゴを取られないように……と思ったのだが、アーネスト殿下のお気に召さなかったようだ」


 アーネストの名を聞いた途端、ファビアンの表情が曇る。


「ニャンゴ、何か不快なことがあったならば、私から謝罪しよう」

「いいえ、大丈夫です。慣れてますから、お気になさらず……」

「いいや、それでは駄目だ。一部の者たちが理不尽に虐げられるような状況に慣れてしまうなんて間違っている。兄には私から抗議をしておくよ」


 アーネストとの温度差に驚いていると、エルメリーヌ姫も厳しい表情で頷いていた。

 まだ、どちらが王族としての主流なのか分からないが、人種による差別を良しとしない王族も存在するようだ。


 少なくとも、エルメリーヌ姫は守るに値する王族なのだろう。

 金髪のフワフワとした巻き毛に、おっとりとした柔らかな表情は、絵に描いたようなお姫様という感じだが、芯は強いものがありそうだ。


 申し訳ないが、エルメリーヌ姫と較べるとアイーダは二段ぐらい洗練さに欠ける。

『巣立ちの儀』の後は、王都の学校で学ぶことになるそうだから、少しは磨きがかかるのだろうか。


 応接ソファーに腰を落ち着けて、明日の予定を確認する。

 俺はアイーダと一緒に会場でエルメリーヌ姫と合流し、可能な限り目を離さない場所に控えている手筈だ。


「警護が一番手薄になるのは、儀式が行われている間だ。儀式の開始を告げる祈りの後、エルメリーヌが一番最初に儀式を受け、魔法を披露し、退場する。この間は、警護の騎士も近くにはいられない。長い時間ではないが、この間の警護をニャンゴに頼みたい」

「かしこまりました」


 会場や大聖堂、それに付随するファティマ教の施設は徹底した調査が行われ、夜の間も不審な者が立ち入らないように警護を行っているそうだ。


「ニャンゴのおかげで、粉砕の魔法陣を用いた襲撃の心配はほぼ無くなった。あとは攻撃魔法か刃物などを使った襲撃を防ぐだけだ」

「儀式の間なのですが、封印を解く瞬間や魔法を披露する時は難しいですが、例えば儀式を終えて魔法を披露する場所まで歩く間、姫様の周囲に盾を巡らせておきたいのですが……」

「構わないよ、むしろお願いしたいが……何か問題があるのかい?」

「はい、実は先日襲撃犯を騎士団の施設まで護送した時なのですが……」


 探知魔法を使ったのを気付かれて、咎められた経緯を説明し、盾を展開すると襲撃と誤認される恐れがあると伝えた。


「なるほど、確かに探知を行う者からすれば魔素の動きがあれば警戒するのは当然だな」


 ファビアンの話によれば、魔素の動きを感じ取り、魔法の発動を見破る騎士がいるそうだ。

 当然『巣立ちの儀』の会場にも配置されるそうで、俺がシールドを展開すれば間違いなく気付かれるそうだ。


「自分がシールドを展開することで、他の魔法の検知に支障をきたすのは好ましくありませんよね?」

「そうだな……そこは実際に騎士団と打ち合わせておいた方が良さそうだな。よし、騎士団に行ってみるか」

「兄上……」

「なんだい、エルメリーヌ」

「お出掛けになる前に、ニャンゴさんとのお約束を果たされた方がよろしいのでは?」

「あぁ、そうだった。確かに騎士団まで行って打ち合わせをして、それから戻って来るのでは少々遅くなりそうだからな」


 俺との約束とは……なんて考えるまでもない。

 ファビアンが合図をすると、メイドさんがお茶とケーキを用意してくれた。


 今日のケーキは、ナッツぎっしりのタルトと、カスタードたっぷりのミルフィーユ、ベリーをふんだんに使ったロールケーキだ。

 正直、どれにしようか迷ってしまう。


「さぁ、ニャンゴ、遠慮せずに食べてくれ」

「よ、良いのですか?」

「あぁ、なんなら全部味わってもらって構わんよ」

「全部……ありがとうございます」


 最初に選んだのは、ナッツのタルトだ。

 パッと見ただけでも4種類ぐらいのナッツがのっている。


「うみゃ! ナッツが香ばしくてコリコリで、うみゃ! 種類によって味わいが違うし、下はマロンクリームで、うみゃ!」

「はははは、気に入ってもらえたようで何よりだよ」


 今日はアイーダがいないけど、ジゼルから氷のような視線を浴びせられているが、極上ケーキの味わいの前では全くの無力なのだよ。


「ミルフィーユ、うみゃ! 濃厚カスタードに挟まっているのに、パイ生地がサックサクのままで、うみゃ!」


 ファビアンやカーティスに生暖かい視線で、両手をワキワキさせているエルメリーヌ姫には怪しい視線で見詰められているけど、もう手が止まらない。


「うんみゃ! 濃厚生クリームとベリーの甘酸っぱさ、スポンジはしっとりフワフワで、うんみゃ!」


 結局、全種類を堪能してしまった。

 うむ……満足したから、ちょっとだけならモフらせてあげないこともないよ。


 何なら、明日の『巣立ちの儀』に備えて、レイラさん仕込みの洗浄テク……は、怒られちゃいますよねぇ……。

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