第177話 革鎧

 話の途中ではあったが、アイーダが舞踏会に出るための仕度を整える必要があるので、子爵家の屋敷へと戻ることとなった。

 その代わりに、翌日再度ファビアンを訪ねる約束をさせられてしまった。


 エルメリーヌ姫が参列する『巣立ちの儀』を無事に終わらせるためだと王子様直々に言われてしまえば、平々凡々の一般庶民の俺が断われるはずがない。

 明日は違うケーキを用意させよう……なんて言葉に釣られたわけじゃないんだからにゃ。


 それにしても、粉砕の魔法陣を遠隔で作動させられるのは厄介だ。

 フロス村での襲撃のような自爆という形ならば、身体検査と持ち込む荷物の検査を徹底すれば防げるはずだ。


 周囲の人間を殺傷するだけの威力を発揮する魔法陣は、それなりの大きさと厚みが必要だからだ。

 遠くから見ただけだが、大聖堂で発見された魔法陣は、フロス村で使われたものと基本的な構造は一緒に見えた。


 魔法陣は模様が複雑だし、精度が悪いと望んだ威力を発揮できない。

 魔道具の製造工程は良く知らないが、手本となる型があるのだろう。


 50センチ四方の大きさの板では、沢山の荷物に紛れてならば持ち込めるが、手荷物として気付かれずに持ち込むのは困難だ。

 逆に、遠隔操作で爆破するために、事前に隠されてしまうと発見が難しくなる。


 大聖堂に仕掛けられていた粉砕の魔法陣を発見出来たのは本当に偶然で、あと少し位置がずれていたら全く分からずに当日を迎えて爆破されていたはずだ。

 ファビアンやカーティスの話では、教会も権威を維持するために王家と手を組んでいる状態なので、反貴族派の標的とされたらしい。


 大聖堂の内部や周辺は、ファビアンの命令で徹底的に調べられるようなので、爆破テロが行われる可能性は低くなったはずだ。

 ただ、ファビアンにも話したが、反貴族派の襲撃が爆破だけとは思えない。


 フロス村での襲撃では、粗悪な魔銃や弓矢も使われた。

 王都でも粉砕の魔法陣以外の手段で混乱を引き起こそうとする可能性は高いと思われるが、その襲撃方法がどんな物になるのかが分からない。


 王都に来たのも初めてならば、大聖堂前で行われる『巣立ちの儀』を見るのも初めてだ。

 どこを攻めれば混乱が広がり、どこに隙が生まれるのかが分からないし、そもそも反貴族派の一番の目的が分からない。


 王族や貴族の殺害が目的なのか、それとも大きな騒ぎを起こして王室の権威を失墜させるのが目的なのか、狙いによっては攻め口も変わってくるだろう。

 情報も足りないが、事態の先を読む経験の乏しさを感じてしまう。


 屋敷に戻って夕食をうみゃうみゃした後、部屋のベッドの上で頭を捻っていたら、ナバックに声を掛けられた。


「どうしたよ、ニャンゴ。さっきから難しい顔で何を考え込んでるんだ?」

「反貴族派は、何を狙って来るんでしょう?」

「そりゃあ、王族様や貴族様が嫌がることに決まってるだろう」

「嫌がること……?」

「考えてもみろよ。俺達が襲われた時とは違って、厳重な警備が行われるんだぜ。命を奪おうなんて大それたことを考えたって上手くいかないだろう。だったらやるのは嫌がらせだろう」

「でも、嫌がらせ程度であっても、王都で騒ぎを起こしたら最悪死罪ですよね?」

「まぁ、そうだな。それでも、王族様や貴族様ってのは体面を気にするものだ、場合によっては命を奪われるよりも痛手になるものらしいぞ、思い出してみろよ、金ピカ屋敷を……」


 ナバックが例にあげたのは、グロブラス伯爵の成金屋敷だ。

 確かに、あんな屋敷を作る貴族ならば、体面とか、見栄を張るのに命を懸けそうだ。


「でも、嫌がらせとか、恥をかかせるっていっても、どうすれば良いのか……」

「さぁな、そこまでは俺にも分からねぇが、そもそも騒ぎを起こすだけでも王家の面子は潰れるんじゃないのか?」

「だとしたら、第二街区だけでなく、第三街区で何かをやってくるかもしれない……なんて考えたらキリが無いですよ」

「だろうな。だが、それを防ぐのはニャンゴの仕事じゃねぇだろう。色々と考えるのは構わないけど、まずは自分の仕事を完璧にこなすことを考えた方が良いんじゃねぇのか?」

「確かに……」


 ラガート子爵から求められているのは、第一に王族の安全、その次が子爵たちの安全だ。

 まだ、ハッキリとは分からないが、たぶん俺は王家に一時的に貸し出される形になるはずだ。


 会場脇の櫓から、エルメリーヌ姫とアイーダを見守って、何かあった時にはシールドを展開して保護するのが一番の仕事となる。

 子爵の警護まで手が回らなくなってしまうのが少し心配だが、王族や貴族が居並ぶ辺りは厳重な上にも厳重な警備が行われるはずだから、そちらを信用するしかない。


 一夜が明けて、今日もまた王城へ行く約束だが、俺1人で行ったところで門前払いになるだけだ。

 そこで、カーティスに連れられていく予定なのだが、どうやら昨夜の舞踏会で羽目を外し過ぎたらしく、王城へ行くのは午後からになった。


『巣立ちの儀』が終わるまでは王都観光も難しいので、部屋のバルコニーでぬくぬくとひなたぼっこをしていたら子爵に呼び出された。

 どうやら、革鎧が出来上がったらしい。


「失礼いたします……」

「おぅ、来たかニャンゴ。早速だが、着てみてくれ」

「はい」


 ラーナワン商会のヌビエルから説明を受け、革鎧を身に着ける。

 胸当て、背当て、左右の肩当てと腰当て、合計6枚のパーツは革のベルトで繋がれていた。


 胸当てと背当てを繋ぐ肩の部分のベルトを緩め、右サイドのベルトを外し、潜り込むようにして身に着けたら身体に合わせてベルトを締める。

 見栄え良く張りを持たせるために、全てのパーツは相応の厚みの革で作られているので、思っていたよりも重さを感じるが、動けなくなるほどの重さではない。


 全てのパーツには、青い盾、銀の戦斧、金の稲妻のラガート家の紋章が描かれている。

 王都の警備を担当する騎士や兵士は、貴族の家の紋章を暗記させられるそうで、この革鎧を身に着けていればラガート子爵家に縁のある者だと認識されるらしい。


「どうだ、ニャンゴ」

「サイズは問題ありません。ただ、やはり鎧を着けていない時と較べると、少し動きが制限されてしまいます」

「警護に支障を来すレベルか?」

「いえ、そこまで重たくありませんし、今回は主に魔法での警護となりますので、大丈夫だと思います」

「そうか、その警護だが、ラガート家はファビアン様からの申し出を受けることにした。『巣立ちの儀』の当日は、エルメリーヌ姫を守ることに全力を注いでくれ」

「承知いたしました」

「くれぐれも言っておくぞ、アイーダの安否は考えなくて良い。何よりも姫様の安全を最優先に考えてくれ」

「はい」


 了承したと答えたものの、アイーダを切り捨ててエルメリーヌ姫だけを助けるような決断が出来る自信は無い。


 俺は貴族ではないし、そこまで割り切った考え方は出来ない。

 それならば、二人まとめて完璧に守ってみせれば良いだけだ。


「あの……ヌビエルさん、少し質問させてもらってもよろしいでしょうか?」

「何でございましょう。私に答えられることでしたらば、何なりとお聞き下さい」

「第二街区に店を構えていらっしゃる方々は、殆どが貴族の皆さんと取り引きなさっていらっしゃるんですよね?」

「はい、おっしゃる通りです。違う言い方をさせていただくならば、貴族の皆様と取り引きする実力が無ければ、第二街区で店を構えることは叶いません」

「では、反貴族派に手を貸すような人はいない……そう考えてもよろしいのでしょうか?」

「勿論です。我々は、王都の平穏があってこそ商売を続けられるのです。その平穏を乱すような者達と、手を組むはずがございません」


『巣立ちの儀』の当日に、第三街区から第二街区へと入り込むのは困難を極めるはずだ。

 だとしたら、検問が厳しくなる以前に第二街区に入り込む必要がある。


 そして、第二街区に潜入したならば、当日まで暮らしていく場所が必要だ。

 一番有力なのは、大聖堂と同じ敷地にある巡礼者が泊まるための宿舎だが、そこはファビアンからの命令で徹底的な調査が行われているはずだ。


 それ以外の場所と考えた時に頭に浮かんだのは、第二街区に店を構える商会の敷地だと考えたが、反貴族派に協力するとは思えない。


「あとは……第二街区で人が隠れて暮らせるような場所はありませんか?」

「隠れ住む場所ですか……単純に隠れるだけならいくらでもありますが、何日も隠れ住むような場所となると限られてきますし、そもそも食料の確保が難しいと思いますよ」


 事前に第二街区に入り込んで隠れて暮らし、当日に騒ぎを起こす……なんて考えてみたが、みすぼらしい姿をしているだけでも目立ってしまうので難しいだろう。


「前もって入り込むとしたら、やはり協力者は不可欠……でも、協力しそうな人物はいないという感じですか?」

「そうでございますね。ただ、世の中というものは思いがけないことが起こるものです。例えば、家族を人質にされて脅されて……とか、全く別の名目で滞在しているが実は……なんてことも無いとは限りません」

「なるほど……ただ、そこまでは我々では対処しきれませんね」

「『巣立ちの儀』は明日でございますし、時間的にも間に合わないでしょう」


 大聖堂や沿道の爆破には一応の対処は出来たが、やはり当日には何らかの襲撃があると思って備えておいた方が良さそうだ。

 子爵に視線を向けると厳しい表情で頷かれ、急に革鎧の重さが増したような気がした。

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